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ルーン魔術師とルーンの練習

 雑貨屋では、結局ルーン魔術談義を繰り広げた後、アリシアも容器に刻むルーン魔術を試してみたいということで、瓶や革袋、それからペンや紙なんかを買って出た。


「じゃあ、さっそくやってみようか」


「はい! お願いします!」


 道行く人の迷惑にならないように、あと、アリシアが目立って見つかっても困ってしまうから、俺たちは店の裏手にまわり革袋とペンを準備していた。

 紙を広げ、インクを付けたペン先を落とす。


「これが【軽量】のルーンだよ」


 俺は言いながら、一枚の紙にそのルーンを描く。

 アリシアは真剣なまなざしでペン先を追い続けていた。


 俺にとってはなんでもないルーンだが、アリシアにとっては神経を集中させるだけの価値があるのだろう。

 そう思うと、俺のほうにも気合が入る。


「っと、こんなもんかな」


 よし。めちゃくちゃ綺麗だ。

 自分の描き上げたものながら、そう言えるだけの自信があるほどに綺麗に描けた。


 ふと横を見ると、「ほぁ」と、まるで綺麗な絵画でも目にしているような、まさに呼吸を忘れていたというほどのため息をついていた。


「すごいなぁ……」


 そんな呟きを漏らしていることにも気が付いていないかもしれない。

 アリシアは、俺の描いたルーンを瞼に焼き付けるかのように凝視する。


「じゃあ、ルーンの効果も試してみようか」


「は、はいっ!」


 ルーンを描いた紙を革袋に張り付ける。

 そして、革袋にさっき買った瓶を詰めていく。

 瓶でぱんぱんになった革袋はなかなかの重さがあった。


「お、重いですね」


 小柄なアリシアが持ちあげると、すこしよろけてしまう程の重さがあった。

 ミラさんがアリシアに手を添えて、なんとかバランスを保ち革袋を地面に置いた。


「それじゃあ、ルーンに魔力を流してみて」


「わ、分かりました」


 アリシアは俺と同じように魔力が少ないが、ルーン魔術には関係無い。

 準備さえ整えてしまえば、あとは誰でも使えてしまう。

 アリシアの魔力が流れて、ルーンが輝きだす。


「もう一回持ってみて」


「はい! ……わっ! す、すごいです! わたしでも持てるくらい軽いです!」


 今度はふらつかずに持てていた。

 その光景に、驚いていたのはアリシアだけではなかった。

 ミラも目を見開いている。


「これがルーン魔術ですか……。物を軽くしてしまうだなんて、これほど便利な技術があったとは……。知りませんでした」


「ミラはルーン魔術を見るのは初めて?」


「い、いえ。見たことはありますけど……。物を軽くするルーン魔術は初めて見ました。こんなことも出来たんですね」


「他にも出来ることはありますよ。もし困っていることがあれば言ってください。出来ることなら協力しますので」


「機会があれば、頼らせていただきます」


 ミラさんが笑う。

 ぜひ頼ってほしい。

 王宮にも泊めてもらってるし、雑貨屋にいた時も気を遣って周囲の警戒をしてくれてたし、それに何より、困っている人を助けるのはルーン魔術師の本望だ。


「わたしも! いつかはミラに頼られて見せます!」


 アリシアがそういう。

 それにもミラさんは笑って答えていた。


「はい。では、ルーン魔術のお勉強を頑張らないとですね」


「じゃあ、さっそくやってみましょうか」


「お、お願いします!」


 紙とペンをアリシアに渡す。

 インクを付けたアリシアは俺が描いたのを見本に書き写すようにペンを進めた。

 だけど。

 ああ、これは……。


「あ、あれ……?」


 アリシアが首をかしげる。

 今までもアリシアに教えてきたけど、実際に描いたのは地面に練習で、とか、馬車に【耐震】のルーンを描いてもらったり、とかだった。


 今回、アリシアは初めて紙に、インクで書いた。

 慎重に書き写すように描いたアリシアのルーンは、慎重に描きすぎてインクが滲んでしまったのだ。


「も、もう一回いいですか!」


「その前に深呼吸してみましょうか。それに、失敗しても大丈夫ですよ。気負わないでアリシア」


「は、はい!」


 返事をして、アリシアは深く息を吸った。

 肩を何度か上下させて、なんとか緊張をとろうとしていた。


 そして、またペン先を紙に落とす。


「う、うーん? これは、どうでしょうか?」


 それでも、まだ少し滲んでいた。

 それから何度か試すが、どうにもうまくいかない。


 うーん。どうしようか。

 多分、あとはリラックスするだけだと思うんだけど……。


 アリシアはなかなか力が抜けない様子だ。


 そんな様子に、俺はかなり昔。

 本当に、俺が初めてルーンを描いた時のことを思い出していた。


『ヴァン。力を入れすぎだ。もっと力を抜け。普通でいいんだ普通で。文字を書くのもルーンを描くのも何も変わらねえ』


『そんなこと言われたって……』


 そう。そのときは、俺はまだそんな風にべそをかいてたっけ。

 そんな俺の小さな手を、師匠は後ろから握ってくれたんだ。


『いいか。これで最初で最後だからな。ったく、弟子ってのは手がかかる。いいか。気負うな。こうやって、さらさらっと描きゃいいんだ』


 そうして出来たルーンは、綺麗に描けた。いや、ほとんど師匠が描いたようなもんだから当たり前なんだけど……。


 でも、それ以来、俺も緊張しなくなったんだよなあ。


「アリシア」


「はい! なんでしょう?」


「ペンを持って」


「はい」


 俺はペンを持つアリシアの小さな手に、自分の手を合わせる。


「気負わなくていいんだ。こうやって、さらさらっと描けばいいんだよ」


 アリシアの手を動かす。

 そうして出来たルーンは、まあ俺が描いたようなものだから当たり前だけど、綺麗に描けた。

 これで、なんとなく感覚が伝わればいいんだけど。

 そう思いながら、俺はアリシアの手を放す。


「こんな感じでいいんだ。もう一回。やってみよう」


「……は、はい」


 新しい紙を取って、アリシアはペン先を落とした。

 ペンはするすると進んだ。


 そうして描けたルーンは、なかなかに綺麗な物だった。


「じゃあ、これを革袋に張ってみようか」


 こくん、とアリシアが頷く。


 瓶の入った革袋に張ったアリシアのルーンに魔力を流すと、ちゃんと発動した。


「お、ちゃんと軽くなってるね」


 俺が描いた時よりかはまだちょっと重たいけど、上々だろう。


 ミラさんもそれを持って、驚いたような顔をしていた。


 アリシアもミラさんから渡されて革袋を持つ。


「どう? アリシア」


「……。はい。あの、えっと、軽く、なってます。ありがとうございました」


「俺が教えるって言ったんだから、当然のことをしたまでだよ。って、アリシア大丈夫? すこし顔が赤いけど……」


「だ、大丈夫です! さ、さて! 次は繁華街に行ってみましょう!」


 そう言ってアリシアは歩き出す。

 ふむ。

 本当に大丈夫だろうか。

 俺は一応ミラさんの方をみた。

 彼女の方がアリシアのことはよくわかってるだろう。


 だが、彼女は目を細めて俺のほうをみてこんなことを呟くのだった。


「……。色々と、大変ですね。ヴァンも、アリシア様も」


「え、えっと、何が?」


「いえ。なんでもありません。アリシア様を見失ってしまわないうちに行きましょう」


「あ、う、うん」


 そうして、俺たちは走ってアリシアを追いかけていく。

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