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ルーン魔術師と朝

 窓から差し込む光に、俺は目を覚ました。


 ふかふかのベッドの上。見慣れぬ天井。身体を起こし、まわりを見る。かなり広い部屋だ。それに綺麗に整っている。ルーン魔術の道具で散らかってもないし、終わってない仕事も無い。窓の外には庭が広がっていて、綺麗な花壇が見えた。


 そうか。ここは俺が七英雄として軟禁されながら働いていたグラン王国ではなくて、ラズバード王国なんだ。


 ぼーっとした頭で、そんなことを考える。


 時計を見ると時刻は八時だった。

 随分とよく寝たようだ。


 さて、俺はこの国で何をすればいいのだろうか。

 こうやってまた軟禁されてしまい、ルーンを刻む毎日が始まるのだろうか。

 そう考えると少しだけ憂鬱になる。


 ま、今までと同じに戻ったって考えればいっか。


 そう開き直ったところだった。

 くぅ、とおなかが鳴った。


 そう言えば、遅いな……。


 と、俺は違和感を持つ。


 グラン王国では、この時間にはすでに俺に兵士が仕事を持ってきている時間だった。それと簡単な朝ご飯を。

 実際こんな時間まで寝ていたら叩き起こされるはずだ。


 うーん。もしかして忘れられてるとかかな。


 そんな風に思っていると、扉がノックされる。


「えっと、どうぞ」


「失礼します」


 栗色のショートカットを揺らして入ってきたのは、チルカだった。

 その手には、衣服を抱えている。


「おはようございます」


「おはよう。えっと、チルカ。それは?」


 もしかして朝の仕事だろうか。

 衣服にルーンを刻むとか。

 だけど、それにしては量が少ない。というか一人分しかない。

 俺がまじまじとその衣服を見ているとチルカが言う。


「ヴァン様のお着換えですが……」


「お、俺の?」


「は、はい。あっ! ごめんなさい。気が利かず。お着換えのお手伝いをしろということでしょうか?」


「いやいやいやいや。違う違う! あ、ありがとう着替えを持ってきてくれて。置いておいてくれるかな?」


 俺は慌てて否定して、とりあえずチルカが持っている衣服が俺の着替えだということを受け入れる。


 危ない。何か変な勘違いをされてしまいそうだった。

 着替えの手伝いなんて恥ずかしすぎるって。


「分かりました。それではここに置いておきますので、また何かあればお申し付けください」


 チルカは机の上に服を置いていく。


「一ついいかな?」


「はい? なんでしょうか」


「えっと。俺の仕事、は?」


「仕事……? ですか?」


 そう言って首を傾げるチルカは本当に困っている様子だ。

 それから、小さく腰を折って頭を下げる。


「すみません。わたしは何も聞いておりません。後ほど、どなたかに伺ってみますね。何かわかればお伝えします」


「あ、う、うん。お願い、します……」


 いや、まあ、仕事が無いというなら無いでいいんだけど。

 それからチルカが出ていき、俺はベッドから降りる。


 着替えようと机の上に置かれた着替えを手に取る。

 綺麗にたたまれたシャツやズボン、下着にはしわ一つなかった。


 俺はそれにもまたどこか違和感を感じながらも袖を通していった。


 *


 着替えとして渡されたのは、スーツの下に着るような衣服だった。

 パリッとした白いシャツに、きちっとした黒いズボン。

 きっと上等な物だろう。着心地が悪いわけではないが、何となく落ち着かない。そわそわとした気分にさせる。


 コンコン、と扉がノックされる。

 入ってきたのはチルカだった。


「失礼します。わぁ、似合ってますよ」


「あはは。ありがとう。でもこれだけいい服なら誰が来ても似合うんじゃないかな」


 似合ってるように見えるならきっとそれは服の力だ。いいものは誰にでも似合うのだ。


 チルカが小さく笑う。


「ふふっ。さて、お食事の用意が出来ています。ついてきていただけますか?」


「えっとここで、食べるんじゃないの?」


「それでもいいのですが……」


「おはようございます! ヴァン」


 チルカが何かを言おうとしたときに部屋の扉が開いた。

 扉の先に見えたのは、綺麗なスカートを履いたアリシアとメイド服を着こなしたミラだった。


「アリシア様。それにミラさんも」


 俺が二人の姿を見てそう言うと、アリシアが少しだけむくれた。


「ヴァン。アリシアでいいですよ」

「い、いやあ、ここはお城だし、そういうわけにはいかないんじゃ」

「わたしがいいと言ったらいいんです。ね、ミラ」


 流石のミラもこれには同意しないだろう。

 そう思って、俺はミラを見る。


「はい。そうですね」


 だめだこりゃ。


「でしたらわたしのことはミラとお呼びください。従者の身でありながら、主人をさしおいて敬称を付けられては沽券に関わります」


 二人はどうしても譲らないように見えた。

 結局、俺が折れるしかないようだ。


「わかりました。アリシア、ミラ。それで、二人はどうしたの」


 アリシアが笑顔で答える。ふわりと桃色の髪が揺れて、本当に楽しそうに笑う。


「一緒に朝食を食べましょう」


「では、ここからはわたしたちが案内しますので。チルカ。下がっていいですよ」


「分かりました。それでは失礼いたします」


 そう言ってチルカは小さく頭を下げた後、部屋を出ていった。


「さ、行きましょう! お父様達もお待ちです」


 そうして俺はアリシアに手をつかまれ、引っ張られるようにしてついていった。


 その横では、ミラがため息をつきながら、それでも嬉しそうにアリシアがはしゃぐ様子を見ていた。

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