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ルーン魔術師とミラの過ち

 暗闇の中、俺はゆっくりと身体を起こした。


 意識は扉の先にいる何者かに集中している。


 こんな夜に誰だろう。もしかして、チルカだろうか?

 飛び出して行ってしまったが、監視の番があることを思い出して帰ってきたとか?


 考えていると扉がノックされた。

 ひどく控えめな音で、多分起きていないと気が付かない。

 寝ているかもしれない俺を気遣ったのだろう。


 まあ、悪い人ではなさそうだ。


「どうぞ」


 俺は扉の向こうの人にそう言った。


「……」


 少しの沈黙がある。

 だけど、意を決したのか、扉が静かに開いた。


「その、こ、こんばんは……。すみません。もしかして起こしてしまいましたか?」


「ううん。まだ起きてたよ」


 入ってきたのは、申し訳なさそうな顔をしたミラだった。長く白い髪が月光に光る。格好は、昼間のメイド姿ではなく、おそらく就寝用のワンピースだった。青を基調とした服がゆらゆらと揺れている。

 その腰にはショートソードもない。きっと今日の彼女のメイドとしての仕事は終わっているのだろう。

 ん?

 だったらどうしてここに?


「えっと、どうしたの?」


 とにかく聞いてみないことには始まらない。

 俺がそう聞くと、ミラは話しづらそうにだが話し始めた。


「あ、あの。昼間の件なんですが……」

「昼間?」

「そ、その。わたしが、間違えてあなたに斬りかかってしまった、あの……」


 そこで、俺も、ああ、と思う。


「その事についてはもう終わったと思うけど」

「い、いえ! 終わってません! あれは、ディアンに後回しにされただけで……。わたしにとってはまだ……」


 どうやらミラはかなり義理堅い性格のようだ。

 別に気にしてないのになぁ。結局ケガもしてないわけだし。


 さて、どうしようか。と思っていたところだった。


 ぐすっ。


 鼻をすするような、そんな音が聞こえた。


「うぅ……。ひぐっ。わたしは……。一体どうすれば……」


 え、えぇっ!

 思わずそんな声が出そうになった。

 どうしてか、ミラが泣き始めてしまったのだ。


 まさか、そこまで思いつめていたのか?


 俺は慌ててベッドから降りる。

 明かりを付けて、ミラの近くに駆け寄った。


「だ、大丈夫っ?」


「うう……。ぐすっ。す、すみません。お見苦しいところを……」


 ミラはそういうが、その瞳からはまだ大粒の涙が溢れて止まらない。

 話を聞こうにもこれじゃ聞けないな……。

 そう思って、俺は部屋にある大きなソファを指した。


「と、とりあえず落ち着こう。ほら、こっちのソファに座ろう」


「い、いえ。そんな、これ以上、う、ぐす。迷惑を、かけるわけには」


 迷惑、か。

 全然そんなことは無いんだけど……。

 ミラの言葉を利用するようで悪いし、ちょっと厳しくなってしまうかもしれないけど、仕方ない。


「あ、あの。ここで泣かれているほうが迷惑ですから。とりあえず、どうしたのかを説明してもらわないと。なにか、ここに来た理由があるんじゃないですか? それを俺は教えてもらいたいです」


 そう言うと、ミラは最後に一度、ぐす、と鼻をすすって目の下あたりについている涙をぬぐった。


「は、はい。では……。恐れながら、ソファをお借りしてもよろしいでしょうか」


「う、うん! もちろんだよ。恐れずに使ってください」


 そうしてようやくミラはソファに腰を落ち着けた。

 俺もその向かいに座る。


 しばらく、ミラはソファの上でしゅん、としていた。

 俺は彼女が口を開くのを待つことにした。

 下手に俺から話始めてもまた泣き出してしまうことになるかもしれない。

 ミラも用があるから来たんだろうし、彼女の中で整理がつくのを待った方がいいだろう。


 ミラが大きな息を吐いた。


「あの、昼間のことは、本当にすみませんでした」


 出てきた言葉はやっぱり昼のことだった。


「えっと、本当に俺は気にしてないんだけど……。どうしてミラさんはそこまで気にするの?」


「アリシア様は帰ってきてから、本当に楽しそうにしていらっしゃいました」


 出てきたのはアリシアの名前だった。

 俺はそれに少しだけ驚いて、ミラを見ていた。


「あんなアリシア様を見るのは久しぶりで、わたしも驚かされました。それと同時に、嬉しくもなりました。わたしにとって、アリシア様が嬉しそうにしていること以上に嬉しいことなんて無いですから……」


 その顔にはうっすらと微笑みが見えた。

 本当にミラはアリシアのことを思っているのだろう。

 ん?

 だったらどうして泣くほどに思い詰めていたんだろう。

 アリシアが嬉しそうだったならいいじゃないか。


「それは良かったよ。それで、ミラさんはどうしてここに?」


「そ、それは……。アリシア様は、お部屋に戻られてからずっとヴァン様のことをお話になっていました」


 そうだったんだ。なんかくすぐったい気分だ。


「それに、就寝なさる前までずっと、ヴァン様みたいになりたい、とルーン魔術の練習をなさるほどでした。今まで、魔力が少なくて魔法が使えず、身体も細くて剣士にも向かないと言われたアリシア様は、この国にとって自分が出来ることを考えて、外交や政治の勉強にいそしんでいました」


「ご、ごめん。もしかして、俺のせいでアリシア様が勉強をしなくなっちゃってこまってるとか?」


 俺はそう思いついて言うと、ミラは慌てて手を振った。


「い、いえ。違います。そんなことは決してありません。だって、アリシア様は勉強をしているときは、本当に苦しそうな表情をされていたのです。それが、楽しそうに、嬉しそうに、ルーン魔術の勉強をされていたんです。これほど素晴らしいことはありません」


「そ、そう、なのかな?」


「はい。ですが、そんなアリシア様を見ている程に、自分がしたことの愚かさがよくわかり、恐ろしくなりました。もし、ヴァン様を傷つけてしまっていたら、アリシア様がどんな悲しい顔をされたか……」


「ミラさん……」


「それに、わたしのせいで、ヴァン様がアリシア様のもとを離れていってしまうかもしれない。そう考えると……。わたしは、いつの間にか、ここにきてしまっていたのです。なんとしても、許してもらわないとと思って……」


 ミラは本当にアリシアのことを思っているようだった。


 うーん、でも、どうしたら納得してもらえるんだろう。

 俺は何とも思ってないし、しかもこうやってまた王宮に軟禁されてしまったわけだから、ここを出られる訳も無いんだけど。


「ですので、どうかお許しを。そして、ここにもう少し居てはくださりませんか? アリシア様のためなら、わたしはなんでもできますっ! 望まれるなら、この身体をささげても構いません」


 そう言ったミラは、自分の肩に手をかける。

 そして、そのままワンピースを脱ぐように……。


「って、わああああ! な、何やってるんですかミラさん!」


 肩が見え、その下の下着が見えかけたところで、俺は思わず目を背けた。


「わ、わたしでは不足でしょうか……」


「い、いや、不足というか、どちらかというと、俺のほうが見合わないというか、いやいや、そう言う話じゃなくて、やっぱりそう言うのはよくないと思います。うん。そうです。他にもいろいろと方法はあると思いますよ!」


 早口でまくし立てる。


「そう、でしょうか」


「はい。きっとそうです。だから、その、服を来てもらえると、助かります」


「も、申し訳ございません。お目汚しを……」


 そう言って、ようやくミラはワンピースを整えた。

 それから、悲しそうに、そして本当に困ってしまったかのように言った。


「わたしは、どうすれば……」


 うーん。

 きっと、自分で自分が許せないのだろう。

 そこで、俺は一つ案を思いついた。


「それでは、一つお願いがあるのですがいいですか?」


「は、はいっ! 何でしょう! 何でもおっしゃってください」


 ぱっ、と笑って、前のめりになるようにミラはそう言った。


「アリシア様が、この国には綺麗な滝があると教えてくれました」


「滝……。おそらく、誓いの滝の事ですね」


 誓いの滝と言うのか。なんだか仰々しい名前だ。


「この国に来た時にアリシア様に一緒に行かないかと誘われまして。出来れば、そこに行けるように取り計らってもらいたいのですが」


 軟禁されていては滝になんて行けないだろう。

 そこをミラにお願いすれば、アリシアとの約束も果たせるし、ミラの罪悪感も少しは薄めてあげられるのではないだろうか。


 ミラは少し驚いた風にしていた。


「もちろん。ミラやディアンの監視がつくことは分かってます。変なことはしないと約束します。どうでしょうか?」


「そう、ですか……。誓いの滝に……。アリシア様が約束されて……」


 なにやらぶつぶつとつぶやくミラ。その言葉のほとんどは俺の耳には聞こえなかったが。


「分かりました。わたしが責任を持って取り計らいましょう。他にも、何か困ったことがあればお申し付けくださいね」


「うん。分かったよミラ。ありがとう」


 俺がそう言ったところだった。


 ガチャリ、と。扉のあく音がした。


 俺とミラは扉の方をむく。


 そこには、宰相のゼフさんがいた。


「おや。こんな時間に、話し声がすると思えば、ミラでしたか」


「ゼフ宰相? どうしてここに?」


 ミラが不思議そうに聞く。

 ゼフさんは笑いながら答えた。


「ほっほっほ。見回りですよ。なにせ、大事なお客人がいらっしゃる。何かあっては困ると思い、見に来てみれば、何か話し声がするものですからな。もしや、失礼を働いたものがいるかと思い部屋に入ってみたのですが。ミラなら心配ありませんでしたね」


「そ、そうですか。お疲れ様です」


 ミラがそう言う。

 だが、ゼフさんはミラの姿に目を細めた。


「ですが、ミラ。そんな格好で部屋の外をうろつくのは感心しませんな」


 ミラはすぐさま立ち上がり、敬礼をした。


「も、申し訳ございません!」


「ヴァン殿。何か失礼ありませんでしたか?」


「いえ。ミラはとてもいい人だということが分かりました」


「ほっほっほ。そうですか。それでは、安心が確認出来て何よりです。わたしはこれで失礼しますよ。ミラ。あなたも朝が早いのですからほどほどに」


「は、はい!」


 そうして、ゼフさんは部屋を出ていった。


「あの、夜中に本当にすみませんでした」


「いやあ、いいよ。気にしないで」


「本当に、ヴァン様は寛大な人だ。それでは、わたしも失礼させていただきます。それでは、おやすみなさい」


「うん。おやすみなさい」


 そうして、ミラは部屋を出ていった。

 俺も、ベッドに入りなおすと、案外すんなりと眠りに落ちることが出来た。

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