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ルーン魔術師とラズバード王国の国王・2

 実際、部屋を移動したって緊張がほぐれるわけではないだろう。


 というよりも、むしろ緊張してしまっている。


 国王であるレグルス様、宰相のゼフ・カーディさん、アリシアの従者のミラさん、それからドレス姿のアリシアと礼服を着たディアン。それから俺が、一つの大きな机に同席している。


 なぜか国王の向かいの席には俺。謁見の間よりも、ずっと近く、お互いが手を延ばしあえば、机の上で手をつなげるだけの距離で座っている。


 これで緊張しないわけが無いのに、さらにあろうことか、隣に座るアリシアが、肩がくっつくんじゃないかって程に俺の近くまで席を移動している。


 ミラも最初は注意をしていたのだが、アリシアは全く聞く耳を持っていなかったし、レグルス様も、黙ってその様子を見て、それから俺に鋭い目線をくれていた。え、これ俺悪くないよね?


 と、こんな状態にあって緊張がほぐれるわけなく、むしろ席に着いてからずっと早鐘を打つように心臓が脈打っている。


 そんな状態で、「では、ヴァンよ。何があったか詳しく聞かせてもらってもいいかな」なんてレグルス様が言うもんだから、俺はまるで砂漠に放り出された魚のように干からびた口から必死に声を絞り出して説明するところだ。


「えーっと、とりあえず、俺のことなんですけど、グラン王国の王宮でルーン魔術師として、十年間、軟禁されながら仕事をしていたんですが、新しく俺の代わりが入ってきたり、俺の力不足とか、あとお金の問題とか、色々あって王都から追い出されたんです」


 俺が一息つくと、レグルス様は「ふむ」と一言。


「全く、ひどい話だと思いませんかお父様! それで、どうでしょうか。住む場所が見つかるまででも、しばらくヴァンに王宮の部屋を貸すというのは」


 と、アリシアが机に身を乗り出して言う。いや、そこまでしなくていいんだよ。適当に宿屋に泊まるからさ。あと王宮はやっぱりちょっと。


「ふむ。アリシア。落ち着きなさい。ヴァン。続きを」


「は、はい。そこから、当てもなく歩いていたら、横転している馬車を見つけて、近寄ってみるとディアンが倒れてたんです」


「本当に、死ぬかと思いました。そこを、ヴァンのルーン魔術で治してもらいました」


「ルーン魔術で傷を?」


「はい! ヴァンのルーン魔術は何でもできます!」と、アリシアがまた机に乗り出して言う。「ですから、ヴァンが王宮にいれば、困ったときに頼れます。ぜひ、ヴァンに部屋を貸しましょう!」


 なるほど。要求を通すためには、確かに対価の提示は大事だろう。でもいいんだよアリシア。そこまでしなくても。あと、何でもはできないんだ。ごめんね。


「ふむ。アリシア。落ち着きなさい。ヴァン。続きを」


 レグルス様はまたアリシアをなだめ、続きを促してきた。


「それで、ディアンに頼まれて、アリシアを助けに賊を追って、なんとか救出できました」


「そして、泣いてしまった私をヴァンは優しく抱きしめて、わたしが泣き止むまで、胸を貸してくださったんです」


「アリシア……様。抱きしめてはないですって! その、胸は貸したかもしれませんが」


 さすがに誤解を生む言い方だったので、思わず声を上げてしまった。

 あの時は、どうしていいかわからず、どうにか泣き止むまで声をかけたりすることで精いっぱいだった。決して抱きしめてなんていない。


「ふむ。胸は貸した、と」


 それはいいですよねっ!


 その言葉を俺はどうにか飲み込んだ。

 やましいことなんてないが、きっと下手なことは言わないほうがいいのだ。

 俺の勘がそう告げている。


「ヴァン。続きを」


「……それから、もしかしたらまた狙われるかもしれないということで、護衛の依頼を受け、護衛の間、アリシアにルーン魔術を教えてほしいと頼まれたので、ルーン魔術を教えました」


「ふむ。賊、それにルーン魔術を教える、か。続きを」


「それから、カフラという街について――」


「待ってくださいヴァン! ヴァンと一緒に寝たことを報告し忘れてますっ!」


 報告し忘れたんじゃなくて、しなかったんですよ!

 やましいことはしてないけど、聞いただけだと、絶対にいろいろと誤解を生むじゃないですか!


 恐る恐る、レグルス様の顔を見ると、少しだけ、眉が曲がっていた。


「あ、あの。本当にやましいことは無くて、えーっと、だよねディアン!」


 俺の力だけではどうしようもないと思い、ディアンを頼る。ちょっと不安だけど頼って大丈夫だよね!?


「はい。それについてはわたしが命に代えてでも保証いたします」


 と、ディアンは意外というべきか、真面目に答えてくれた。


「そうか。分かった信用しよう。続きを」


 助かった。ありがとうディアン。

 心の中で、お礼を言って、俺はつづける。あぁ、早く終わってくれ。


「それから、カフラの街で二人が着替え、次の街に向かうことになったんですが、トロールの群れが道中に現れたというので、ディアンと、それから、もう一人冒険者が居たんですが、その二人がトロールの群れを全滅させました」


「ヴァンあってのことだ」


「それと、屈強な冒険者たちに追われるわたしを抱きかかえて助けてくれました」


「アリシア、様っ! 事実ですけど、さすがにいろいろと語弊がありますって!」


「ふむ。八面六臂の活躍だな。ヴァン。続きを」


 大丈夫か? 誤解してないか?


「えーっと、それからも同じような感じで、色んな街を経由して、馬車を乗り継ぎ、国境の関所についたんですが……」


「そこで、わたしたちが居るのがおかしいといわんばかりの反応をしている者がいたのです。おそらく、賊の仲間でしょう」と、ディアンが言った。


「おそらく?」


 レグルス様が眉をひそめる。


「はい。わたしの考えですが、今回、グラン王国を訪問するにあたり、アリシア様とわたしたちが出ると知っていたのは、この王宮にいる人物たちと、グラン王国の王都にたどり着く間に利用した街の一部の人間だけです。そして、わたしたちは賊に襲われてから、可能な限り最速で国境にたどり着きました。それなのに、国境の人間が、わたしたちの生死に関する情報を持っているのはおかしい。早すぎます。なので、おそらくですが、わたしたちが無事には帰らないと、ラズバード王国内部の人間から伝えられていたのではないでしょうか?」


「なるほど。それで、おそらくというのは、問い詰めてはないということか?」


「はい。あれだけ態度に出すようなら金だけ握らされた下っ端も下っ端でしょう。問い詰めたところで情報は期待できません。それよりも、内部に敵がいるかもしれないというなら、泳がせて、内密に調査をしたいと考えてます」


「ふむ。なるほどな。……。ゼフはどう思う?」


 そこで、レグルス様は初めて宰相であるゼフに聞いた。

 ゼフはあごひげをなでながら、すこし考えるようなそぶりを見せ口にする。


「そうですな……。分かりました。まずは、信用できる者を集めて、王宮内に密偵が居ないか調査しましょう。それから、国境までに経由したラズバード王国内の街に調査をかけるとしましょうか。ただ、騒ぎ立てないように、とするなら少々時間はかかりますが」


「構わん。やってくれ」


「分かりました。では、後日改めて計画を立てましょう」


「頼むぞ、ゼフよ。さて、ヴァン。ディアン。報告は以上か?」


 レグルス様の問いに答えたのはディアンだった。


「はい。それからは、無事王都までたどり着くことができました」


「そうか」


 レグルス様はそうつぶやいて、少しだけため息をついた。

 なんだか、少し思いつめたような、そんなため息な気がする。


「分かった。ディアン。ミラ。アリシアを部屋に戻せ。そして、必ずどちらかが護衛についていろ。いいな?」


「「はっ! 命に代えてでも、アリシア様をお守りいたします」」


 二人は立ち上がり、見事な敬礼で答えた。


「うむ。行きなさい」


 え、行っちゃうの?

 っていうか、俺は?


 その疑問を、恐れ多くて口に出せなかった俺の代わりに、アリシアが声をあげていた。


「あの、お父様!」


「どうした?」


「ヴァンは……」


「分かっている。悪いようにはしない。ここまで護衛の依頼を受けてくれたのだろう? 報酬も出す。俺が少し話をしたいだけだ。さぁ、部屋に戻りなさいアリシア」


 そう冷たく言われ、少し伏し目がちになったあと、俺に心配をかけないようにか、慌てて笑顔を取り繕っていた。


「それではヴァン。また後で」


「はい。また後で」


 俺も心配をかけないように、精一杯平静なふりをした。

 内心では、ドキドキしっぱなしだ。

 だって……。


 部屋を出ていく、アリシアとディアンとミラ。


 残されたのは、俺と宰相のゼフさんと、レグルス様だけだ。


「さて、あまり警戒をしないでくれ。アリシアのことで本当に少し話したいだけなんだ」


 あぁ。やっぱり怒られるんだろうか。いや、さっきの話の誤解が解けていないなら、最悪死罪もあるのかな。


 もう軟禁でも牢屋でもなんでもいいや。


 せめて、生きていられますように。

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