ルーン魔術師とラズバード王国の国王・1
メイドさんに連れられて更衣室に連れていかれると、さらに数人のメイドさんが待ち受けており、有無を言う時間すら与えられずに、手際よく上着をはぎ取られた俺は、羞恥の中、採寸をされた。
それから、俺の体に合う礼服と、下着まで持ってこられたのには驚いた。
まさに自然な手際で下着まで脱がされかけられるものだから、
「じ、自分でできますからっ!」
と、なんとか、彼女たちに部屋から出てもらい、渡された礼服に着替えた。
服のしわを整えられた俺は、鏡面の前に座らされ、好き勝手に髪をいじられた。
おかげで、今では、これまでの人生で一度もしたことのないような髪型になっている。
「わぁ……。かっこいいですよ」
なんて、堂に入った演技でお世辞を言われるものだから、反応に困ってしまう。全く、ラズバード王国のメイドさんたちは名役者ぞろいだ。童貞がそんなことを言われると勘違いしてしまうのでやめてもらいたい。
軟禁生活中、用がなければ避けられ続けた俺がかっこいいわけないじゃないか。
「それでは、わたくし、チルカが謁見の間にご案内させていただきます」
メイドの一人、チルカさんと名乗った女性は小さくお辞儀してそう言った。
「あの」
「はい。なんでしょうか」
「手枷はしなくていいの?」
「え、手枷、ですか?」
「あれ? いらないの?」
あぁ。そうか。てっきり着替え終わったら手枷をつけられるものかと思ってたけど、まだ軟禁されてないんだもんな。そりゃあ要らないか。
「いや、ごめん、なんでもないよ」
俺は慌ててそう付け加えた。
「? そう、ですか。では、ついてきてください」
少しだけ、不思議そうな顔をして、彼女は俺を案内してくれた。
「お、いい感じになってるじゃないか」
「やめてよ。ディアンにまでお世辞を言われたら心苦しすぎる」
謁見の間に向かう途中に出会ったディアンにもそんな風に言われてしまった。
みんなして俺を持ち上げてどうするつもりなんだ。
大体、ディアンの格好の方が全然印象が変わっているじゃないか。
最初に見た時は、血まみれだったけど、様になっていた鎧姿。
次が、冒険者風の格好。これもワイルドな感じが出て何気に似合っていた。
それで、今は、俺と同じような礼服に、さらにショートソードをさしているその姿はなかなか紳士的だ。
その姿は、お世辞でもなく、俺よりずっと似合っている。
「ふむ。ま、それは置いといて、行こうか。チルカ。ここからは俺が連れていく。下がっていいぞ」
「はい。分かりました」と、チルカさんがいう。
「ありがとう。チルカさん」
「そんな、お礼を言われるほどじゃありませんよ。それに、チルカで構いません。それでは、失礼いたします」
それから、彼女は小走りで去っていく。
「じゃ、行くか。ヴァン」
「あれ、アリシアは?」
「姫様は、先に謁見の間に入られてるよ。王族だからな。待つ側ってことだ」
「あぁ。なるほど」
謁見の間の前につくと、少しだけ緊張してくる。
アリシアのお父さん、国王がどれだけ怖い人なのかっていうのもあるし、なんだか妙に手首のあたりが寂しい。
手枷がないのはもちろんいいことなのだと思うが、いつも通りじゃないってことはなかなかに緊張するものだった。
ディアンが扉を開くと、奥に、大きな椅子があり、そこにおそらく国王と思わしき人物が座っていた。そして、その横に、白いローブをまとった老年の男性。さらに奥にドレスに着替えたアリシアと、ミラが立っていた。
「アリシア王女近衛騎士隊隊長ディアン・ウェズマ。ただいま戻りました」
「入りなさい」と、老年の男性の声が返ってくる。
謁見の間に入り、少し渋めの国王様の顔が見えるぐらいの位置で、ディアンが膝をつき頭を下げたので、その少し後ろで、俺も同じように膝をつき頭を下げる。
「報告を」
頭上から、さきほどの男性の声が聞こえた。
「はっ! グラン王国の新しい女王への挨拶は問題なく終えました。ですが、その後、帰国する道中で、賊に襲われました。不意を打たれ、我が隊は壊滅し、その後、幸運にも通りがかったこのヴァンに助けられ、アリシア王女の身を救ってもらいました。しかし、彼が居なければ、今頃わたしもこの場にはおらず、アリシア王女もさらわれていました。この度の失態、どのような罰も受ける覚悟ができています。陛下の御心のままに」
それは、当たり前だけど、とても真剣な声だった。
さきほどまで、俺に冗談を言っていたディアンと同一人物とはとても思えないほどだ。
もしかしたら、態度にこそ出していなかったけど、俺よりも緊張していたのかもしれない。
いや、どんな罰も受けると言っているのだ。その覚悟のありようは簡単に分かる。
「面を上げよ。ディアン。そして、娘の命の恩人、ヴァンよ」
低い、それでいて優しさを感じる声だった。
その声に従い、俺たちは顔を上げた。
「ディアン。この度のことは、お前がここに来る前にアリシアにある程度は聞いた。これに関しては、お前の失態もあるが、無事アリシアが帰ってきたという結果を大事にしたい。それに、お前の実力は知っているし、そのうえで任せた俺の責任ともいえよう。だが、罰が無いというのも示しがつかぬ。そこで、お前の給金の一部で、亡くなった部下の弔慰金の補填をすることで罰とする。いいな」
「寛大な処置に、感謝申し上げます」
「うむ。これからも、アリシアを頼むぞ」
「はっ!」
どうやらディアンは国王様にすごく信頼されているらしい。
どうすれば、これほど信頼してもらえるのだろうか。俺なんて十年間働いてても、部屋から出るときは基本手枷をされ、監視の兵士が付くほどの信用の無さだったのに。
「さて、アリシアの恩人よ。俺は、ラズバード王国国王、レグルス・ラズバードだ。アリシアを救ってもらい、深く感謝している。良ければ改めて、名を教えてもらっていいか」
なんだか、俺が勝手に持っていたイメージとだいぶん違う人だった。
顔立ちも冷血漢って感じじゃなくて、凛々しい雰囲気だ。
「わたしはヴァン・ホーリエンと申します」
「ふむ。そう硬くなるな。……、と言っても、場所も悪いな。ゼフ。形式的なことはこれくらいでいいだろう。談話室で話そうじゃないか。何があったかももう少し詳しく聞きたいからな」
レグルス国王がそういうと、ゼフと呼ばれた老年の男性が頷いた。
「かしこまりました。では、わしについてきてくださるかな、ヴァン殿」
「えっと、わかりました」
これ、ちゃんと解放されるんだろうな?
少しだけ不安になりつつも、俺はゼフさんの後をついていくのだった。