ルーン魔術師と城門
国境を越えて、ラズバード王国に入り、それから四日ほどの馬車旅を経て、今日。
「あれが王都ラズバードだ」
ディアンの目の先、窓を超えて、丘を下り、草原を挟み、大きな街とその中心にそびえる大きな城。
その街の構造は、奇しくもというべきなのか、それとも、王都なんてこういうものだというべきなのか、グラン王国の王都とほとんど似通っているように思えた。
その光景に、アリシアもディアンも、少しホッとしたような安心感を見せる。
この四日間、まだ狙われているかもしれないという緊張感を持ちながら、ここまで来ていたため、その緊張が少しは和らいだというのもあるかもしれない。
一方、俺はというと、グラン王国の王都と似たその街を見て、なんとなく懐かしいような、だけど、軟禁されていたこともあって少しだけおぞけを感じていた。
うぅ……。なんか嫌な予感しかしないなぁ。
ラズバード王国の王様ってどんな人なんだろう?
軟禁してくるような人じゃなければいいんだけど。
俺はふとアリシアに目を向けていた。
王族には強さが求められる。そして、そのせいで、アリシアに、「自分は死んでもいい」といわせる国。
どんな冷血漢が王様をやっているんだろう。
色んな王様の姿を思い浮かべている間に、馬車は王都に到着した。
馬車を降り、王都の地面に足をつけると、あふれんばかりの活気が目と耳に入ってきた。
これまで訪れた街の中で、一番騒がしいようにも感じる。
「行きましょう。ヴァン」
周りを埋め尽くす騒がしさを楽しんでいると、透き通ったアリシアの声が、俺の思考をクリアにするかのように鼓膜を揺らす。
「ん。そうだね」
ラズバード王国ではあまりにも有名なため、深いフードをかぶっているディアンとアリシアの後を追う。
その間も、俺は王都のにぎわいを楽しんでいた。
グラン王国の王都から追い出された時も、もしかしたら、これくらいにぎわっていたのかもしれないが、あの時は淡々と追い出されたので、そんなことを楽しむ余裕はなかった。
「王都の様子が気になりますか?」
俺の顔を下からのぞき込むようにアリシアが見ていた。
彼女の綺麗な桃色の髪も今は、フードの中にその姿を隠しており、その代わりに朝露のように澄んだ瞳が一層際立って見えた。
「うん。ちょっとね。なんか、新鮮で」
「そう、ですよね。グラン王国の王都に居たと言っても、十年間も軟禁されていたんですよね。そうだ! 後で、一緒に街を回ってみませんか? きっと楽しいですよ」
「うーん」俺は少し考えて、それから小声で続ける。「でも、アリシアは狙われてるかもしれないんだよ? 危ないんじゃないかな?」
だけど、そんな心配する俺の言葉を、アリシアはきらきらと顔を輝かせて吹き飛ばした。
「大丈夫ですっ! ヴァンが居ますから!」
どんな理屈?
そんな俺とアリシアを見て、ディアンは「はっはっは!」と笑っていた。
一回、王様に怒られろ。
などと思っていたのだが、王城にたどり着く少し前から、ディアンの顔つきは俺から見てもはっきりわかるほどに変わっており、優しさを感じさせていた瞳は、鋭さを帯びている。
「何者だっ!」
城門の前にたどり着いた俺たちを不審がったのか、こちらが声をかける前に、門番君が手に持った剣を突き付けてきた。
「俺だ。今帰ったぜ」
ディアンがフードを脱ぐと、門番君の顔色はすぐに変わった。
彼は剣をしまい、姿勢を正す。
「ディアン近衛騎士隊長! よくお帰りなさいました! ですが、なぜ徒歩で? たしか、王家専用の馬車で出かけられたはずでは。それに、アリシア様はどちらに……。も、もしや」
何かを勘繰り門番君は慌て始める。
うーん?
この様子だと、この門番君はディアンたちが死んだという風には聞いてないのかな?
国境の関所であった人とは明らかに違う反応にそんな憶測をしてしまう。
「落ち着いてください! わたしならここに」
そう言って今度はアリシアがフードを脱いだ。
「こ、これは失礼いたしました! それで、後ろの方は?」
「あぁ。彼はヴァン。俺たちの命の恩人だ。怪しい奴じゃない。むしろ、国賓といっても問題ない。失礼の無いようにしろ」
「わかりました!」
門番君は見事な敬礼を見せる。
「あの、ところで、命の恩人、ということは、やはり、何かあったんでしょうか? お二人のご格好も、その、馬車がないことも、何かあったかとしか思えないのですが」
「そのことについては、まず国王と話をしたいと思っている。とりあえず、ここを通してもらっていいか?」
「もちろんです! 開門っ! アリシア様とディアン近衛騎士隊長がお帰りになったぞ!」
城門が開き、ディアンとアリシアは、王宮の中へと足を進める。
俺はというと、
「ヴァン様。どうかなされましたか? どうぞお入りください」
と、門番君が促してくれるも、どうにも城門をくぐろうと思うと、足が動かなかった。
多分、いや、ごまかさないでいうと、怖いんだ。
この一歩を踏み入れてしまうと、また出られなくなるんじゃないか。
どうしても、そんな思考が頭に張り付いて、ぬぐえない。
足が震えて、手が震えて、自分がどんな表情をしているのかもよくわからなくなって。
胃から、なにか熱いものがこみあげてくるような気がしたとき。
ふと、両手の震えが止まった。
「どうしても、というなら、ここまででもいいんだぞ。俺たちはずいぶんとヴァンに助けられた。無理はするな。報酬はまた後日渡しに行く」
「悲しいですけど、それでも会えなくなるわけではないですよね。わたしも無理だけはしてほしくないです」
左手はディアンに、右手はアリシアに、優しく握られていた。
両手から感じる暖かさに、心の震えも、止まったような気がした。
「ありがとう。大丈夫。行くよ」
「そのほうが、俺たちも助かるが、本当に大丈夫か?」
ディアンの言葉に、俺は頷いた。
「何かあれば、すぐに言ってくださいね。軟禁どころか、絶対に、拘束さえさせません。ね、ディアン」
「はい。もちろんです姫様! ヴァンが不自由をするようなら、俺の命に代えても、ヴァンをここから出して見せます」
そんな二人に手を引かれるようにして、俺はその一歩を、どうにか踏み出すことができたのだった。