英雄会議の次の日
英雄会議の次の日。
グラン王国王都。そのはずれにある草原に、そうそうたる顔ぶれが集まっていた。
まず、リューシア女王。そして、彼女の側近として宰相のクロウ・シャードと、リューシア女王が新たに七英雄に任命した、ガルマ・ファレン。
さらには、女王を護衛するために数人の兵士がついている。
くわえて、七英雄の剣聖カイザー、鍛冶王アグニ、商会議長ハンス、賢者クラネス。
どこかに行ってしまった魔女ルーアンと拳神リッカ、そして追放されたヴァンを除けば、今集まれる七英雄が全員いた。
「それで、何を見せてくれるって。こっちも忙しいんだ。さっさとしてくれ」
剣聖カイザーが、面倒くさそうに言う。
「そういうな。カイザー。今日は、我の名案を見せたくて呼んだのだ」
「名案?」
こんな大変な時に、こいつは何を言っているんだ、とカイザーはリューシア女王を細い目で見据える。
「まぁまぁカイザー。それで、リューシア女王陛下。名案というのは?」
カイザーをなだめ、聞いたのは賢者クラネス。
ふふっ、と小さな笑いをこぼし、リューシア女王は誇らしげにする。
「お前たちは、ヴァンが居なくなったことに焦っておったな?」
「まぁ、仕事も増えますし、回らないところも出てきますからね。あと、あのバケモノを解き放ってしまったという不必要な不安もありますからね」
「だったら、代わりが居ればいいのではないか?」
「代わり、ですか? 確かに、代わりが居れば、今よりはまだましになりますね。でも、古代ルーン魔術を使える人物に心当たりはないんですが……」
クラネスは頭の中で、古代ルーン魔術を使える人物をリストアップするが思い当たる人物は二人しかいない。ヴァンと、その師匠だ。
「俺だよ」
前に出てきたのは、金髪を獅子のように立てている男だった。
「……。誰だっけ?」
「誰だ?」
「なんか見たことがあるのぉ」
賢者、剣聖、鍛冶王、と、三人がじっとその男の顔を凝視してそう言った。
金髪男が青筋を立て、怒鳴り上げる寸前。
「ガルマ・ファレン」
ぽつりと声が響いた。
「ヴァンの代わりとして、不相応にも七英雄に選ばれた男だ。お前たちもこの前会っただろう」
「あぁ! あの時の!」
「いたかぁ? こんなやつ」
「そういえば、おったのぉ」
「それで? 彼がヴァンの代わりになるって、古代ルーン魔術が使えるってことですか?」
「い、いや、それは……。無理だが」
クラネスの言葉にガルマが気まずそうにする。
しかし、それも一瞬で、彼は懐から、二つの黒い塊を取り出した。
そして、それらには、それぞれ紙が張り付けてある。
「だが、俺は見つけたんだ! まだ使っていない奴の【爆発】のルーンが書かれた紙を! こっちが奴のルーン! そして、こっちが俺が完ぺきに書き写したものだ!」
彼が取り出したのは、手ごろな大きさの石炭にルーンの書かれた紙を貼ったものだった。
「他にも、まだ残っている奴のルーンはある。それを複製すれば、あんな男は必要ない! 俺が居れば十分だっ!」
そういうわけではないんだけど、とクラネスは心の中で呟く。
ただ、それを彼に言ってもしょうがない。
とりあえずは彼が使えるかどうかを見極めるほうがクラネスにとっては先だった。
「ないものねだりしてもしょうがないもんね」
「クラネス。何か言ったか?」
「ううん。なにも。じゃあ、ガルマ。だっけ? 今日はそれを見せてもらうために呼ばれたってことでいいのかな?」
ガルマが自信ありげに鼻を鳴らして答える。
「ああ、そうだ」
「本当にできるかのぉ」
「無理だろ」
「金になればいいが」
七英雄の面々はまるで期待していなかった。
一方で、
「ガルマは、王都学院のルーン魔術学科を首席で卒業した天才よ。出来ないはずはないわ」
「えぇ。ガルマならできるはずです」
と、女王たちは自信満々だ。
ヴァンを知る者と、知らない者。それで期待のありようはまるで違った。
「ま、とりあえず、みてみよっか。じゃあ、ガルマ。お願い」
そういうと、ガルマが自分が作ったという方のルーンに魔力を流すと淡く光り始める。
「見ろ! これが、王都学院主席の実力だぁ!」
言いながら、勢いよく投げる。光る石炭が、きれいな放物線を描いて、
―――ドスッ!
地面に落ちた。
「……」
「……」
「……」
少しの静寂が訪れる。
「くっだんねえ! なーにが王都学院主席だよ! こっちは忙しいっつってんだろ! お遊戯に呼ぶな!」
「さて、わしもかえろうかのぉ。老体に鞭打ってきたのじゃが……」
「その筋肉で老体といわれましても。とはいえ、とんだ無駄足だったのは確かなようだ。時は金なりという偉大な言葉を知らないのか、全く」
クラネス以外の七英雄はあきれたように踵を返す。
「ま、まてまてまて! そんなはずはねえ! 俺はこの国で一番優秀なルーン魔術師だぞっ! なのに、俺ができねえはずがねえ! そうだ、こっちだ! こっちの奴のルーン。これだってちゃんと発動するか怪しいだろ! こっちが間違ってたら、俺のが発動しなかったのもしょうがねえ!」
ガルマは切羽詰まったように言葉を吐き、そして、言い終わるとともに、もう片方のルーンにも魔力を込めた。
「ほら見ろ。これも光るだけだ! あいつが、あのヴァンとかいう男のルーンがおかしかったんだ! いや、だとすると、あいつを持ち上げるお前らもグルなんじゃねえのか!」
光る石炭を見せびらかすように掲げ、ガルマはそう言った。
振り返り、それを視界の端にとらえたカイザーの目つきが変わる。
「ばっ……!」
言い終わるより先に、疾駆。
―――ガッ。
と、重たい音と共に、先ほどまでカイザーが居た場所の足元が大きく削れる。
信じられない速度で、ガルマに肉薄したカイザーはその手から光る石炭を奪い取る。石炭が赤く光り始める。
「ッかやろうがぁっ!」
赫灼の石炭が宙を舞う。
それが、放物線の頂点に達しようとしたときだった。
―――ドゴォォォオオオン!
強烈な爆音と爆風が、その場にいた者たちを包み込んだ。
そして、音と風は流れさって、「ふぅ」、とカイザーのため息がこぼれる。
「ばかかお前は!」
「な、なんだ。今のは……」
茫然とするガルマ、それから女王たちにも聞こえるように、賢者クラネスが言った。
「あれが、古代ルーン魔術ですよ。ヴァンにしか扱えなかった、失われた技術です」
「な、なぜ。俺のは発動しなかったんだ……。なんで、あいつはこんなものを、使えたんだ……。俺は、天才、だぞ」
失意にくれるガルマの肩に手を置いて、言ったのは鍛冶王アグニだ。
「そもそも、書き写して発動するようなら、わしらもそうしておる。あまり気にするな。おぬしはおぬしのできることをすればよい」
「アグニは優しいねー。年取って丸くなった?」
「黙れ! クラネス! わしはもとより優しいわい!」
そんな中、もう一人、言葉を失っている人物がいた。
女王。リューシア・グランだ。
「わ、我は、あれほどの物をつくる人物を、追放してしまったのか……」
「それを追放する前に気づいてほしかったんですけどね」
「ど、どうにかならんのか? クラネス」
「捕まえるのは、無理ですね。ただ、居場所を探り、話し合うことはできるかもしれません」
「それでいい。やってくれるか?」
「大丈夫です。もうやっていますよ。ハンス、なにかつかめた?」
クラネスの問いに、ハンスが眼鏡をクイッと上げて答える。
「カフラの街から、それらしい情報が入った。どうやら西に向かったようだ。だが、誰が行く?」
全員が黙る。決断を下したのは女王だった。
「ガルマ。お前がいけ!」
「なっ! 俺がですか!?」
「そうだ。ヴァンを、どうにか話し合いの場に呼んでくるのだ!」
女王の言葉に、逆らう勇気は、ガルマにはなかった。
力なく、ガルマは頷いた。
「は、はい……」
くそ。なんで俺が、こんなことを。
俺は天才だぞ。
それなのに、なぜ馬鹿にされ、なぜこんなことをしないといけない。
あいつさえ、ヴァンさえいなければ。
そうだ。
あいつが、いなくなればいいんだ。
あいつさえ死ねば。俺がまた、必要とされる。
でも、どうする?
どうやって、殺せばいい?
あれだけのルーンを作れる奴を……。
そうか。まだ、あいつが作ったルーンは城にいくつか残ってる。
あいつがどれだけ化け物といわれようが、自分の作ったルーンなら効くだろう。
くくく。待っていろヴァン。俺は、絶対にお前を。