ルーン魔術師と関所
カフラの街を出て、シューカーの街にたどり着き、そこから馬車を替え、さらに西へと進んでいく。
そして、次の街については、また馬車を替える。
それの繰り返しで、俺が王都から追放されてから二週間。
ようやく、今日、国境に到着するらしい。
そんな、国境に向かう馬車の中、俺の向かいに座るアリシアが不安そうな目を俺に向けていた。
「どうしたの? アリシア」
「あの、今日は大丈夫でしょうかっ! 気分悪くないですかっ? 酔っていませんかっ?」
「はい。大丈夫ですよ。よくできています」
と、言うのも、一週間前から、馬車の【耐震】のルーンを書いているのはアリシアだった。
その出来を心配して、ずっと俺を見ていたのだろう。
書き始めて最初は、効果があるのかと疑問になるほどに、揺れていた馬車だが、それも日が経つにつれて、徐々に揺れが少なくなっていき、今日なんてほとんど揺れていない。
少しの揺れはあるが、出来としては問題ないだろう。その証拠に、数時間乗っているが、俺も酔ってはいなかった。
ディアンなんて、隣で寝てしまっている。
こいつは自分の仕事を忘れてるんじゃないか?
「よかった……」
と、アリシアは胸をなでおろし、安堵の息をついていた。
教えている身としても、彼女の成長はなんだか自分のことのようにうれしかった。
師匠って程じゃないんだけど、これくらいは嬉しくなっても罰は当たらないよね。
「アリシアの努力の結果だよ。いつも頑張ってるからね」
アリシアは暇さえあれば、ルーンを書く練習をしているのだ。
地面に、壁に、時には空中に、指でなぞるようにルーンを書いていた。
「いえ。初日なんて、本当に申し訳ないことをしてしまいました」
あぁ……。と俺は思い出す。
初めてアリシアに書いてもらった時は、まぁ、それは、俺が酔いやすいということもあるのだけれど、結構ひどいことになった。
「ヴァンが書けば、何も問題ないのに、それなのに、こうして何度もわたしに挑戦させてくれるなんて。ヴァンの優しさのおかげです」
「うーん、俺の師匠の教えなんだけどね、『やらないと、うまくならねえだろ』って。だから、俺も一応は教えてる身だし、やらせてあげないと、って思ってるだけなんだ」
だから、優しさとは違うんだろうと思う。教えてる身として当然のことをしているだけだ。
ただ、師匠の言葉には続きがある。
『やらないと、うまくならねえだろ。寝んな』
それはないだろ。と、当時から思っている。ほんとふざけるなよ。
「そうなんですか……。でも、やっぱりヴァンは優しいと思いますよ」
にこっ、と可愛らしく笑ってアリシアはそう言った。
「そ、そうかな」
改めて言われて、思わず照れてしまった。まぁ、師匠に比べれば、そうなのかもしれない。
それから、しばらくして、馬車が止まった。
国境には関所が置かれていた。
一応、山とか、森とか、そういうところを超えていけば、関所を通らなくてもいいらしいが、強い魔物の出現なども確認されており、危険らしい。あと、もちろんだけど、そんなところ馬車は通れない。
今は関所を通る順番待ちをしている。前には数台の馬車が待っている。
「それにしても、本当にたすかったよヴァン。無事ここまでこれた」
そう言ったのは、目を覚ましたディアンだ。
「何をしたというわけでもないと思うんだけど、そう言ってもらえるなら、うれしいです」
実際、ここまでの道中、何か問題があったかと言われれば、賊に襲われていた彼らを助けたことと、カフラの街でトロールの群れを相手にしたこと、くらいだ。
しかもトロールの群れに関しては結局、俺は力になれてなかったし。
服を替えたのが功を奏したのか、アリシアを狙っている人も現れなかった。
実に平穏な旅をしたのではないだろうか。うん。軟禁されているよりずっと楽しかった。自由っていいね。
王都まで二人を送り届けた後は、観光でもして回りたいな。
「そう言えば、ラズバード王国ってどんなところなの?」
俺がそう聞くと、アリシアが答えてくれた。
「自然が豊かな国ですよ! あ、あの、王都の近くには、えっと、とある逸話のあるすごくきれいな滝があるんですが、一緒に行ってみませんか?」
凄くきれいな滝かぁ。確かに、見てみたいかもしれない。
「機会があれば行ってみたいね。ところで、逸話って?」
そう聞くと、彼女は顔を伏せて、
「内緒です」
と、小さくつぶやいた。
「なるほど、デートですか。いい考えです姫さま」
何がデートだよ。近衛隊長だろ。ディアンも来るんだよ。
それからしばらくして。
「次!」
俺たちの乗っている馬車の順番が回ってきて、呼ばれる。
「同乗者も一度降りてくれ」
そんな声が聞こえて降りる。
それは、ディアンが降りた時だった。
「あ、あなたは、ディアン・ウェズマ様!? い、生きていらっしゃったんですかっ!? それにアリシア王女まで!」
ディアンと、馬車を覗き込むように見て、アリシアの姿を確認したその男はそう言った。
ん?
なにか違和感が俺を襲う。
「あぁ、生きてたぜ。たった数日遅れたくらいで大げさだな。こんくらいの遅れはよくあることだろ」
「そ、そうですね。失礼しました」
「おう。じゃあ、通らせてもらっていいか?」
「はい! もちろんです!」
そう言って、男は俺たちの後ろの馬車に向かっていった。
「ヴァン。ちょっといいか」
ディアンに呼ばれる。
ちょうどいい。俺もディアンにちょっと確認したかったのだ。
「ねぇ、さっきの人の反応少しおかしくなかった?」
普通なら、王族が、街の馬車屋の馬車になぜ乗っているとか、どうしてそんな服を着ているとか、そういうことのほうが気にならないかな?
それにさっきの反応は、
「あぁ、まるで俺たちが死んでいると思っているような反応だった。あれはおかしい。ヴァン。もしかしたら、敵は俺たちの国のほうにいるのかもしれねえ」
確かに、それなら、襲われたのがあの一回というのも納得だ。
アリシアを狙っている人は、あれでことが済むはずだったのだろう。
「どうするの? あの人を問い詰めてみる?」
「いや、大した情報は持ってないだろう。それに、あいつを問い詰めたって、狙われてる事実には変わりない。俺たちが気づいてることを、相手にも気づかせてしまうだろう。とりあえずは王都に急ぎたい。ヴァン。悪いな。ここからも、まだお前を頼らないといけないようだ」
「全力はつくします」
「ふっ。心強いよ。じゃあ、行こうか」
こうして、俺たちは、一層気を引き締め、ラズバード王国に入ったのだった。




