王宮ルーン魔術師、追放される
「爆発300枚。湧き水300枚。発雷300枚。木縛300枚。土壁300枚……。よし、今日のノルマはおしまいっと。いやー、王様が変わったって聞いたけど、そのおかげか、ずいぶん俺の仕事も楽になったなぁ」
俺の目の前に、積まれている、計1500枚のルーンの書かれた紙を見てそう思う。
この紙にルーンを書くのが、ルーン魔術師である俺の仕事だった。
ルーン魔術は、物にルーン文字を刻み付け、あとは魔力を通すだけで魔法に似た効果を発動する術だ。
少し前までは武器にルーンを彫れだの、井戸にルーンを刻めだの、今日の仕事に加えてさんざんにこき使われたが、最近の仕事は紙にルーンを書くだけになっていた。
きっと新しい王様はいい人なんだろうなぁ。
いや、女王様って言ってたっけ。まぁ、どっちでもいいけど。
そんなことを考えながら、俺は部屋にあるソファ兼ベッドに寝転がる。
十五歳の時から、この城に軟禁されてから十年間。ずっと見てきた天井を見ながら、一息をつく。
楽になったのはいいけど、その分暇な時間も増えたなぁ。
いつか、俺ももう一度、外の世界に出てみたいなぁ。
今は、どんな風になってるんだろ?
外の世界に思いをはせ、ソファの上で、意識半分になっていると、部屋のドアがノックされる。
ドアを開けて入ってきたのは城の兵士だった。
「ヴァン・ホーリエン。女王様がお呼びだ。変な動きをするなよ。ゆっくりとこっちにこい」
「女王様が?」
なんの用だろう?
即位したのは聞いてたけど、ずっと俺のことなんか気にも留めてなかった気がするんだけど? 挨拶も来なくていいって兵士さんから聞いてたし。
だけど、俺の仕事を減らしてくれた張本人でもある。悪い人ではないんだろう。
「何をしている。早く来い」
「え、あ、はい」
突然のことにまだ事態を飲み込めていない割には体はすいすいと動いた。
兵士の前まで行くと、いつも通り、両手に手枷をつけられる。
それから、兵士が俺の体をぺたぺたと触り何も持っていないのを確認すると、ようやく「行くぞ」といわれ、彼の後をついていくと、謁見の間の大きな扉の前に到着した。
「リューシア女王様。連れてまいりました」
「入れ」
大きな扉が開き、その奥には、見慣れただだっぴろい空間が広がる。
真正面の最奥には、つい数か月前まで、王様が鎮座していた椅子に、女王様が座っている。
その両脇にはずらりと、上等な服を着た貴族たちが並んでいた。
俺は、その女王様の顔がようやくはっきりと見えるほどの位置で、膝をつかせられた。
その凛々しくも美しさを兼ね備えた顔は、子供の時の面影を残していた。
と、いっても一回あってからはなぜか嫌われっぱなしで、彼女に会うこと自体久しぶりなわけだけども。
えっと、とりあえず女王様になってから初めてあったわけだし、お祝いの挨拶をしたほうがいいのかな?
「女王様。この度は即位――」
「黙れ! 誰がしゃべってよいといった」
駄目だったのか。
仕方なく俺は黙る。
よく見ると、王様の隣にいた宰相も変わっていた。頭がはげあがり、白髭を蓄えた、腰の曲がった爺さんが宰相をしていたのだが、王様と一緒に隠居したのだろうか?
今女王の隣にいるのは、ビシッとした礼服を着ているイケメン男だ。俺が着ているよれよれの服とはまるで違うが、間違っても交換してほしいなんて思わないくらいには堅苦しそうだ。
そいつは、なぜか俺のことをにやにやした顔で見ていた。そんなに俺って珍しいかな?
「グラン王国七英雄が一人、ヴァン・ホーリエン!」
リューシア・グラン女王が仰々しくも肩書まで含めてご丁寧に俺を呼ぶ。
「今日をもって、貴様をクビにするとともに、王都より追放とするわ! 二度と王都に入ってはならない! もし、明日以降、貴様を王都で見かけたら、問答無用で死罪とする!」
「「え!? いいんですか!?」」
謁見の間にリューシア女王の言葉が広がると、俺ともう一人、隣にいる兵士が驚いた様子で声もハモらせている人がいたが、両脇にいる貴族たちと女王の隣で立っている新宰相はこれでもか、というほどの大きな拍手でたたえている。
俺も両手が空いていたら拍手で賛同したいが、残念ながら手枷をされているので、それはかなわない。
さっきは思いもよらぬ、ことに間抜けにも声を出してしまったが、そう言えば声を出すのもいけないんだったか。
仕方なく、俺は激しいヘドバンで賛同する。
「な、何をしている貴様。なんだその奇怪な動きは……」
奇怪っ……。なにも、そんな風に言わなくても。あと、周りの人もそんな目で見ないで!
冷たい視線が痛い。
「そこの兵士。さっさと手錠を外して、この王宮からそいつを追い出せ」
そうだそうだ。早くやってくれ。この視線に耐えられそうにないんだ。
だが、俺の思いは通じず、俺をここまで連れてきた兵士は一歩前に出る。
「お、恐れながら申します女王陛下! なぜ、ヴァンを追放するのでしょうか? こ、こいつは先代こく――」
「黙れ! 貴様ごときが我に口を利けると思うなよ! だが、今回ばかりは許してやろう。お前も、理由も教えられずに追放なんて納得できないだろう?」
いや、俺は納得してるから早く追放してくれないかな。
「そいつはな、前国王、つまり、我が父デューク・グランと不正に結託して、七英雄などと大層な役職について我が国の金を食い漁る、金食い虫だからだ」
「か、金食い虫、ですか?」
「そうだ。そいつは何もしていないにも関わらず、多額の給料をむしり取っている! そうだろうヴァンよ!」
そうだったのか!?
金なんて使う機会ないから知らなかった!
ってか、俺の仕事給料なんてあったんだ!
「ほらみろ。図星で声も出まい」
「いや、図星っていうか――」
「黙れ!」
ほら、声出したら怒るじゃん。どうしろっていうんだ。
そんな俺の代わりに兵士が口を開く。
「ですが、このヴァンのルーン魔術は我が国になくてはならないものではないですか?」
おいおい。余計なことを言うな。女王の気が変わったらどうするんだ。
「そういう声も上がると、我はちゃんとわかっておった。入れ!」
俺が入ってきた大きな扉が開く。
そこから、入ってきたのは、女王様の隣にいる奴と同じように、礼服をびしっと決め、金髪をがっちりと固めた男だった。
かなりのイケメンだ。いけすかない。あぁ、全く。いけすかない。
「紹介しよう。我が国の新しい宮廷ルーン魔術師、そして、新たな七英雄の一人、ガルマ・ファレンだ」
「おぉ!」と俺と貴族たちから歓声が上がる。
なんと!
俺の代わりをやってくれるのか!
「紹介にあずかりました。ガルマ・ファレンです。この度はこのような役を賜り、大変光栄に思っております」
「どうだ? そこのさえない男より華もあるだろう」
「それに、このガルマはそいつと違い魔法も使える。どれ、見せてやれ」
「はい! フレイム!」
謁見の間に火柱がたつ。
そして、また歓声が上がる。
「どうだ? 前線に立たず、王宮でルーンを刻むしか能のないそいつとは違うだろう? 記録によると、ヴァン。貴様は魔法をほとんど使えないそうじゃないか」
それは女王の言う通りだった。
俺は魔力が人と比べてすくない。使えないこともないが実戦レベルは無理だ。
だから、魔力を少し通すだけで発動するルーン魔術師をやっているのだ。
「それに、このガルマはもちろんルーン魔術師としての腕も優秀でな。すでにそのヴァンの仕事を奪うほどの実力よ。武器や井戸、馬車などにもすでにガルマのルーンが使われている」
な、なんだと。すでに君が俺の仕事をやってくれていたのか。それは助かった。
よっ! イケメン! 女たらし! ナイス金髪!
脳内で最大の賛辞を送っていると、そのイケメンはなぜか俺をにらみつけてきた。
「おっさん。わかったか? 今時ルーンしか刻めねえなんて時代遅れなんだよ。大体、なんだあのルーン。よくあんな適当なルーンでちゃんと起動してたな」
「なに? こいつのルーンはまずかったのか?」
女王が聞くと、金髪イケメンのガルマはしたり顔で述べる。
「えぇ。そりゃあもう。何が書いてあるんだかわかったもんじゃありません」
「なっ! 金をむしるだけではなく、仕事も怠けていたのか!」
いや、怠けてはないんだけど、っていったらまた怒られるんだろうなぁ。
「おい、おっさん。なんで処刑じゃなくて、追放か、教えてやろうか?」
別に気にもなってなかったんだけど。ただ、殺されるのはやだなぁ。なんでなんだ?
あと俺はおっさんじゃない。まだ二十五。
「お前みたいな適当なルーン魔術師なんざ、外にでりゃすぐに野垂れ死ぬからだよ。時代がちげえんだ。そんな適当なルーンで生きていける時代じゃねえんだよ」
な、なんだと。俺が城に軟禁されている十年の間に、世界はそんなに変わってたのか。
解雇されてありがたいが、解雇されて当たり前だなこれは。
外に出て運よく生き残れたら、またルーン魔術を学びなおそう。
「そういうことだ。話は終わりだ。さっさと連れていけ! これ以上、何か申すなら、貴様の首もないと思え!」
リューシア女王がそういうと、もう何も言えなくなったのか、兵士君は仕方なく俺を城の外まで連れ出してくれた。