第3話 魔法使い、復讐する
「やあ、こんばんは」
教授室にノックもせずに入った僕を、
ノラ教授と研究室メンバーの4人が見つめる。
ちょうどゼミをしていたらしい。
サヤが、今度発表する論文について、説明をしていたのだと見て取れる。
その論文は、この前、僕がノラ教授にボツにされた論文そのままだった。
「どうして君が・・・君は放校処分を受けたはずだ。どうやって入って来た。衛兵二人は何をしていたんだ」
ハネリ助教授が椅子を立ち、僕に近づいてくる。
「ああ、あの衛兵たちですか?僕に何か言っていましたね。だから、殺してやりましたよ。ほら、ノラ大先生はプレゼントが大好きでしょ。だから、ノラ大先生にプレゼントしようと思い、これを」
僕は、ヒョイっとあるモノを投げる。
その2つのボール型のあるモノは、皆が囲んでいる机の上で
コロコロと転がり、それが何なのかを皆が認識する。
「いやああああああああああああ!!」
最初に声を上げたのは、サヤだった。
サヤ以外も声には出さずとも、驚愕している。
ノラ教授の、何が起こっているのかまったくわからないという表情は最高だった。
「き、き、君、君が、衛兵二人を、こ、殺したのか?」
「ええ、殺しましたよ。それが証拠です。プレゼントは大好きでしょ、ノラ大先生。だから、衛兵二人の頭を切り取り持ってきました。喜んでくれましたか?」
「い、いかれている。君はいかれている・・・」
ノラ教授の震える声が、僕の淀んだ心に染み入る。
「僕が?僕よりも、あなたのほうがいかれているでしょ。ノラ大先生」
「ハネリ君、早く誰かを、誰かを、よ、呼んできてくれたまえ」
呆然自失していたハネリ助教授は、ノラ教授の言葉に、
ハッと我に返り、誰かを呼びに行こうとする。
他の衛兵でも呼びに行こうとでもいうのだろうか?
いったい、誰に助けを求めるというんだ?
そんなこと、出来やしないのに。
「誰が、この部屋を出ていっていいと言ったんですか?」
「へ!?」
教授室を出て行こうとしたハネリ助教授に向かって、
僕は腕を伸ばし、手をギュッと握る。
スパン!!と血が飛散する。
ハネリ助教授の内部に仕掛けられた爆弾がはじけたかのように、
突然、ハネリ助教授が木っ端みじんとなる。
その飛び散った血を、不運にも、サヤが全身に浴び、
「いやだ、いやだ、いやだあああああああああああああああああ!!」
悲鳴をあげる。
「ハネリ君、ハネリ君、ハネリ君、ハネリ君・・・」
と木っ端みじんに飛び散ったハネリ助教授の名前を連呼しているノラ教授は、実に滑稽だった。
「さあて、次は誰を始末しようか。まだ、ここから逃げようなんて考えている愚か者はいないよね」
「オ、オチョ、も、もうやめるんだ!!」
思いのほか冷静だったモルさんが僕に声をかけてくる。
さすが、ノラ教授の陰湿ないじめに、耐え抜いてきただけあって、
メンタルは強い。
そりゃあ、僕を利用して、ノラ教授に気に入られようとするのも、
わけないわけだ。
「どうしてですか?」
「こんなことを、これ以上すると、お前が・・・」
「僕はもう自分の人生を捨てたんです。一度は死のうとしました。もしかしたら、次の瞬間には、僕は死んでいるかもしれません。そんな僕に、何を躊躇しろというんですか?」
僕は超毒ポーションを飲んだ。
だから、その毒性によって、もしかしたら、
数瞬後には、死んでしまうかもしれないんだ。
それなのに、何を躊躇しないといけなんだ。
「それは・・・」
「何も言えませんね、モルさん。少しは、僕にひどいことをした罪悪感を抱いていますか?ああ、抱いているんですね。なら、モルさん、僕の気持ちを受け取ってください」
僕は指先で、二つの何かをつかんだ。
それは、イメージ上では、モルさんの片腕と片脚。
それを、グイッと引きちぎる。
プチッと。
モルさんの絶叫が木霊した。
床にのたうち回り、モルさんは、うなっている。
それは、まるで、脚をすべてもぎとられたゴキブリのようだった。
「さってと、次はサヤだね」
「お願い、オチョ。私を助けて、私に酷いことをしないで・・・」
「なんで?」
「わ、私たち、同期でしょ」
サヤの顔は、ハネリ助教授の血で汚れていた。
美しい顔が見る影もない。
「たしかに、同期だね。だから、どうしたんだい?」
「私、実を言うと、あなたのことが好きだったの。ずっとずっと好きだったの」
「へえ~、そうだったんだ。だから、僕の研究を盗んだんだね。あまりに僕のことが好きだから」
「い、いえ、あ、あれは、ノラ教授がそうしろっておっしゃるから。そうすれば、『君も僕も素晴らしい業績を得ることができるんだよ』って言うから」
「それで、君は、本心ではなかったけれど、僕の研究結果を、ひいては論文を盗んだんだね」
「ご、ごめんなさい。今ではとんでもなく酷いことをしてしまったと後悔しているの。だ、だから、私を殺さないで」
「うん、君は殺さない」
――君は死ぬことなく、醜く、絶望して、生き続けて欲しい。いつまでも、いつまでも――
僕は、ゆっくりとサヤの顔に触れた。
触れた所から、黒色の煙が上がり、
みるみる、サヤの顔が、変形してゆく。
火傷を負った時のように、また骨格そのものが
もとから違っていたかのように、
多くの男を手なずけ、ミスドラ女をとった美しい顔は、
醜く、
ひどく醜くなってゆく。
「あああああああああああああ!!!どうして、どうして、どうして、私の顔が、私の顔が、美しい私の顔が、なんで、なんで、なんで、なんで・・・」
「あれ、君の顔は、もとから醜くかっただろ。ヘドロのように悪臭放つ、君の心のようにね。くくくくく」
「許せない、許せない、絶対に、絶対に、絶対に、許せない!!!」
サヤは、魔法を詠唱しだした。
魔法陣を宙に描き、魔法を発動する。
「ばらばらになりなさいよ!!オチョ!!ウィンド・カッター!!」
風の刃が僕に襲い掛かってくる。
しかし、
その何枚もの鋭利な刃は、僕に届くことなく、
音もなく消失した。
「低級な魔法だね。そんなもので、僕が殺せると思ったのかい?じゃじゃ馬な君には教育が必要だね。そうだな・・・僕に反抗したお仕置きとして、君の視力を奪うことにしよう」
「やめて、やめて、やめて・・・本当は、本当は、私は魔法を使う気なんてなかったの。暴発してしまって」
サヤは僕から後ずさる。
無駄だ。
僕の指先が、イメージではサヤの両目をグニュリと潰す。
「あああああああああああああああああ!!」
と両目を押さえたサヤは、椅子につまずき、
床に倒れ込んだ。
両手で、なにかを探しているようだが、もう無駄だ。
サヤに光が戻ることは二度とない。
「さてと、次はノラ教授、あなただ」
「ぼ、ぼ、僕は、き、き、君に本当にすまないことをしたと思っている。と、取引をしよう。君には死んでしまったハネリ助教授の代わりに、助教授のポストを与えよう」
「いらないですよ」
「な、なら、ゆ、有名な研究機関を紹介しよう」
「それもいらないです」
「な、な、なら、何が欲しいんだね」
「あなたの、永遠の苦しみです」
瞬間、ノラ教授は石のように固まってしまった。
もう彼は、動くことも、しゃべることもできない。
でも、意識だけはちゃんとある。
痛みももちろんある。
心の苦しみももちろんある。
僕はナイフを取り出し、
ノラ教授の頭をブスリと刺した。
次は腕、次も腕、
次は胸、そして、腰と、
何度も、何度も、何度も、
ナイフで突き刺した。
突き刺すたびに血が噴き出し、数秒後には、その刺し傷も自動回復する。
マンドラゴラの再生能力を注入した――ノラ植物の完成だ。
己がした行いを後悔し、
死ぬことなく永遠と苦しみ続けるがいい。
「さてと、最後はナーシマか」
ナーシマは何が起こったのかわからないといったふうに、
ぼんやりと僕を見つめていた。
「君はどうなりたい?このゴミどものように、なりたいかい?」
「い、いいえ・・・」
「なら、僕のことを、まだ先輩として慕ってくれているっていうのかい?」
「はい・・・す、すごく尊敬しています」
「ふふふふふ、そうかい。力ある者側につく、移ろいやすい君の心はよくわかったよ。すごく、すごくね」
グシャリ。
生々しい音が、教授室に木霊した。