第2話 魔法使い、最強となる
首吊りの輪が完成した。
天井の柱に吊るされたロープは、
僕の体重に耐え切れずに、切れることはないだろう。
ノラ研究室を2人の衛兵につかまれ、追い出された僕は、
今、自分の部屋にいる。
1Kの一室。
部屋の中は文献で散らばっており、
12年もの間、寝るためだけに使用していたこの部屋が、
僕の最後の場所となるとは、夢にも思わなかった。
自殺。
僕はもう生きていたくなかった。
ノラ研究室を追い出され、
明日には、ドラゴンアカデミーから放校処分を受けるだろう。
35才になった現在、
これといった業績もない僕は、
ろくな仕事につけないのも明らかで、
故郷に帰ったとしても、
当然、仕事などあるはずもなく、
親や兄弟に迷惑をかけてまで、
僕は生きてはいたくなかった。
「はあ・・・」
体中が怪我だらけで痛い。
それ以上に、心が痛かった。
それでも、窓から見える月は綺麗で、
綺麗で、綺麗で、綺麗すぎて、
涙が流れ出て止まらなかった。
「もう、サヨナラしなきゃ・・・。いつまでもウジウジしていても、僕に未来がないのは変わりない。体が痛いうちに、心が痛いうちに、早く決めなきゃ」
――ダメなんだ――
僕は、首吊りロープの輪を両手でつかむ。
その時、
月明かりに照らされ、薄らと輝くあるモノが目に飛び込んできた。
冷蔵庫の上に置かれたそれは、
瓶に入ったポーションだった。
「これは・・・」
それは、つい先日、ナーシマが合成したポーションだった。
実験過程で、大爆発を起こさなかったものの、
天然系のナーシマが合成したのは、とんでもなく危険なポーションだった。
もし、
そんなポーションをノラ教授に見つかろうものなら、
ナーシマの先輩である僕が酷いおしおきを受けるのは明白で、
仕方がなく、証拠隠滅のため、僕がアパートへと持ち帰ったのだった。
ポーションの出来は、色である程度判断できる。
素晴らしいポーションほど、明度は高く。
宝石のように輝いているポーションなどは、
激レアアイテムである――不死鳥の羽根ほどの価値があると聞く。
過去に数度、偶然にも、そういった輝くポーションを、
僕は合成したことがあった。
けれど、
ノラ教授に「ああ、これはニセモノだね」と否定され、
ポイッとゴミ箱に捨てられた。
ちなみに、そのポーションの論文は、もちろんのこと、
サヤの論文として、世に出回ることになった。
僕の名前が載ることなく、
世界的に評価を受けた論文の一本だった。
「にしても、酷い色だな」
ナーシマが合成したポーションは淀んだ紫色をしていた。
紫色は毒物の証。
黒々とした渦が巻いていることから、毒性が相当高い。
「ナーシマの奴、どうやって合成したんだったけ?」
僕はナーシマが何を混ぜたのかを思い出す。
ポーション、ハイポーション、夢喰い毒草、竜の魔石。
えっと、それから、ドクテングタケノコ、ルメル地方の薬草、赤色スライムの体液。
隠し味は、ユニコーンの角の粉末だったけ。
「どんな合成をしたら、こんな色になるんだよ。ははは。ある意味、才能があるよ」
この毒性の極めて高いポーションを、一口でも飲んだら、
恐ろしい結末が待っているのは間違いなかった。
しかし、
僕は首吊りの輪を離し、その超毒ポーションを手に取る。
詮をポンッと抜き、
瓶の口へと、自分の口を近づけてゆく。
僕の最後は、やっぱり首吊りじゃ情けないよね。
僕はポーションの合成に人生をかけてきたんだ。
なら、
最後は、ポーションで・・・。
ゴクゴクゴク。
僕は超毒ポーションを飲んだ。
思いのほか、まずくはなかった。
毒物ほど、おいしいと聞く。
そのポーションも、おいしかった。
薬品の味はほとんどしなかった。
甘く、ほんのりとした香りがして、
とてもさわやかで、どれだけでも飲めそうだった。
飲んで分かったことだが、
その超毒ポーションには沈殿物があった。
それは、見たこともないほど美しい輝きを放っていた。
金色をしていた。
金色は奇跡を起こすという。
僕はその沈殿物すらも、飲み干した。
「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ・・・ぐっ」
数秒後、
胸が焼けるように熱くなった。
目の前がチカチカして、
目玉が飛び出しそうだった。
脚がガクガクと震え、
膝をつく。
――次の瞬間、
ビシャッ!!
僕は盛大に血を床に吐き出した。
そして、
視界が狭まってゆき、
僕は、その場で倒れた。
どれぐらいの時間がたっただろうか?
僕が倒れてから、数分後?
数十分後?
数時間後?
もしかしたら、何日もたっていたかもしれない。
僕は、死ぬことなく、起き上がった。
「どうして、僕は・・・」
頭がやけにクリアーだった。
なんでもできそうな気がした。
「ああ、水が飲みたい」
と口に出した刹那、
両手から水があふれ出た。
それは、魔法だった。
詠唱することもなく、魔法陣を描くこともなく、
思うだけで、口にするだけで、
魔法により、現象が引き起こされる。
魔法アカデミーに入学するも、
魔法がほとんど使えなかった、落ちこぼれの僕は、
研究者としての道しかなかったというのに。
それが、この瞬間、あらゆる魔法を使えるようになったのだ。
「どういうことだ?これって、これって、すごい、すごいよ。あは、あはははは」
風が巻き上がり、
僕の周囲を、文献が浮遊する。
「ははははは、僕は、僕は、僕はあああああああああああ!!ウガアアアアァァァアアアアアアアアアアアアア!!!」
ドン!!と黒々とした雷が僕の部屋に降り注ぐ。
天井が開け、無数の星が散らばる夜空が目に飛び込んできた。
炎が周囲をメラメラと燃やし、
消えることなく、どこまでも広がってゆく。
憎しみを多分に含んだ、漆黒の炎だった。
「さあて、僕にひどい目を合わせた、あのゴミクズどもに復讐をしに行くとするか。あはは、あはははははは」