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第1話 魔法使い、追放される

「ああ、もう君はいらないよ。用済みになったから、さっさと荷物をまとめて研究室から出て行ってくれないかい」

「え?」


 教授室に呼ばれた僕は、

 ノラ教授の突然の言葉に戸惑う。


「ど、どうしてですか?10年以上も、一生懸命頑張ってきた僕のどこが至らなかったんですか?」

「う~ん、そうだね。君は不出来だからね。これ以上、研究室に置いておいても、研究費ばかりがかさむし、それに、君はもうドクターの6年だろ。我がドラゴンアカデミーでは、ドクターは6年までという決まりがあるんだよね。今の君の研究進度では、もう論文は完成できないだろ」


 それは嘘だ。


「この前、提出した論文も、ダメだったんですか?」

「全然ダメもダメ。ゴミもいいところだったよ。一目見て、論文としての体すらなしていなかったら、ポイッと捨てたよ」


 それも嘘だ。

 今まで、僕が書いた論文はすべて、薬草学で高い評価を受けている。

 ただ、そこに、僕の名前は載っていない。

 この男はいつもそうだ。

 僕の書いた論文を、ダメだと言い、その論文をお気に入りのアイツに。

 アイツに、アイツに、アイツに。


「ノラ先生、お呼びになりましたか?」

「ああ、呼んだよ。みんなも来てくれたようだね」


 ノラ教授のお気に入りのサヤを先頭に、

 研究室メンバーがゾロゾロと教授室に入ってくる。


「ほら、ずいぶんと前から話していただろ。オチョ君が、今日、研究室を卒業するって。ちなみに、オチョ君は、ドクターを6年もしていながら、論文を1本も完成することができず、問題ばかり起こしていたから、放校処分だけどね、ははははは。でも、世界的に有名な我が薬草学研究室に、えっと、何年在籍していたんだったけ?」


 12年です、とサヤが言う。


「そうそう、12年も在籍できたから、学位が取れなくても、彼はすごく満足しているそうだ」


 僕は拳を握った。

 決して、満足などしていない。

 どれだけ頑張り、どれだけこき使われようと、

 我慢できたのは、いずれは自分の研究室を持ち、

 素晴らしいポーションをつくり、

 多くの人を救いたいという『夢』があったからだ。

 それなのに、この男は、

 僕を使えるだけこき使い、

 最後の最後で、ゴミのように捨てるだなんて。


 僕の目から涙があふれ出た。


「なんだね、その汚い涙は。それに、握り拳なんてつくって、立場をわきまえたまえよ!!」


 許せない。

 絶対に、絶対に、

 許せやしない。


「あああああああああああ!!」


 気がつくと、僕はノラ教授に殴りかかっていた。

 が。

 僕の拳がノラ教授の顔に届く前に、

 縄が僕を拘束する。


「君、無礼にもほどがあるぞ!!」


 ハネリ助教授が、拘束呪文で僕を縄で締め上げる。

 身動きをとれなくなった僕は床に倒れ、ノラ教授を、

 いや、このデブで禿のどうしようもないゴミ野郎を、

 憎しみをこめた目で見上げた。


「ははははは、実に愉快だよ。出来そこないの君の末路としては、最高の結末だ。君たち、ちゃんと見ていたよね。先に手を出してきたのは、オチョ君だったと。そして、僕は、オチョ君に殴られ、うめいていたよね」


 はい、うめいていました、と皆が言う。


「なら、先に手を出したのはオチョ君ということで、正当防衛が成立するわけだ」


 ガシッ。

 ノラ教授の蹴りが僕の頬をとらえた。

 口の中を切る。


「ははははは、最高に愉快だよ。最初から、僕は君が気に入らなかったんだ。君の目、君の表情、君のにおい、君の態度、君の書く文字、君の生まれ、君の声、君という存在そのものが何故か、むかついて、むかついてしょうがなかったんだ。

 だから、

 我が著名なノラ研究室に君が配属されたあの時から、ゴミのように扱い、最後はポイッと捨ててやるという、最高のストーリーをずっと思い描いていたんだ」


 なんで、なんで、なんで、と僕は呟く。


「ああ、気持ちいいよ。最高に気持ちいいよ」


 ガシ、ガシ、ガシ。

 ノラ教授は、何度も何度も何度も、僕を踏みつけた。

 口から流れ出た血が、床に伝う。


「ああ、これ以上蹴ると、死んじゃうね。やっぱり死んじゃうとやばいよね。ドラゴンアカデミーのバカな、上の奴らは死にはやけにうるさいからね。これくらいにしておこうかな。ああ、君たち、オチョ君に、言いたい事があるだろ。別れの言葉を言ってあげなさい。おっと、あくまで、励ましの言葉だぞ。それも、この僕が好むようなね。へへへへへ」


 まずは、ハネリ助教授が僕に別れの言葉を告げてきた。


「悪いのは君だよ、オチョ。ノラ大先生の金言を無視して、実験を進めるからこうなるんだ」


 ノラ教授の的外れなアドバイスを、僕は何度か無視したことはあったが、

 そのおかげで、大発見があった。

 それがそんなに悪いことなのだろうか。


「結果が良ければ、すべていいと言うわけではないんだ。長いものには、まかれろだよ。それに、実は僕も君のことが嫌いだったんだ。だって、君、背が小さいだろ」


 ハネリ助教授は、僕にペッと唾を吐いてきた。

 次に、別れの言葉を告げてきたのは、研究員のモルさんだった。

 僕は、モルさんの下で研究をし、他アカデミーから来たモルさんと、

 ノラ教授に関してこっそりと、日頃の鬱憤を吐き出したのが懐かしい。


「いやあ、俺は最後にはこうなると思っていたよ。だってさ、お前、論文を1本も完成させないんだもんな。それも、完成させたとしても、その出来といったら、最悪で」


 それは、嘘だ。

 モルさんは、僕の研究だけでなく、僕の論文も認めてくれていたじゃないか。

 「これすごいよ。世紀の大発見じゃないか」と。


「お前さ、サヤさんを見習えよ。お前と同期なのに、月とスッポンだな」


 モルさんは、サヤにゴマをする。

 後々のことを考えているんだ。


 モルさんはしゃがみ、床にへばりついている僕の髪をつかむ。


「悪いな。オチョ」モルさんは僕の耳元で囁く。「俺さ、ノラ教授に、有名な研究機関でパーマネントの研究者としての仕事がもらえるかもしれないんだよ。前から言っていただろ、力ある者に気に入られる努力をしろってさ。俺は、お前をダシにして、それをたぐり寄せたいんだよ。おっと、俺を恨むなよ。俺はずいぶんとお前と仲良くしてやったんだから、すべてちゃらだろ。それじゃあな」



 ビシッ、とモルさんは僕の髪を引っ張った。

 痛みのあまり、僕は声にならない声を漏らした。


 次は、僕の同期で、ノラ教授の愛人で、助手のサヤが僕に別れの言葉を告げてきた。


「ほんと、ゴミみたいな顔ね。あんたのこと、ずっと嫌いだったのよね。何度も私の研究を盗んで、それを論文にまでして・・・」


 よくもそんな嘘を。

 お前の方が、僕の論文を盗んだくせに。

 それで、世界的に評価されて・・・。


「でも、寛容な私はそれを許してあげる。あんたと私は同期だからね。でも、才能って罪なモノね。あんたは、12年もノラ大先生に指導していただいたにもかかわらず、研究室に入って来た当初と何も変わらない出来そこないのままですもの。

 これにこりて、田舎にでも帰って、底辺の仕事をして、世の中の役に立とうと、一生懸命頑張ることね。研究を頑張れなかった時とは違ってね」


 僕は、サヤ、お前の何十倍、何百倍と研究を頑張ってきた。

 寝る間も惜しんで、勉強し、研究し、論文を執筆し、

 すべてを注いできたのに。

 ろくに研究すらせず、

 ノラ教授に気に入られる努力だけをし、

 僕の論文を当然のように盗んで、

 何度も盗んで、

 世界的な評価を手に入れたお前が、

 僕は憎い。

 憎くて、憎くて、

 しょうがない。


「さ~あて、最後はナーシマちゃんだね。別れの言葉をちゃんと告げるんだよ」


 ナーシマは、僕を尊敬してくれていた。

 まだマスターの2年で、

 研究も下手で、

 天然系でミスも多いけれど、かわいい後輩だった。


「オチョさん、ごめんなさい。私、やっぱりオチョさんが悪いと思うんです。

 理由はわかりませんが、ノラ先生が、オチョさんを悪いと言ったら、オチョさんが悪いんです」


――だって、オチョさんは、もう、ただの人でしょ。研究室だけでなく、ドラゴンアカデミーから放校処分を受けるんでしょ。なら、もう、私の先輩ですらないのですから――


 僕は、ナーシマの言葉を聞いて、目をつぶった。

 僕が研究室で得たものは何もなかった。

 あまりに多くのものだけを失い、

 そして、

 僕には、最初から味方など一人もいなかったのだ。


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