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第四話。奇妙な空気と母の愛。

「お入りなさいネクロパ」

 優しく、力のある声。暫く聞いてなかったけど、忘れようがない。

 お母様の声だ。

 

「あっ」

 でも足が動かない、そう言おうとするわたしを先読みしてたよう。

 今のお母様の言葉が合図になってたのかな。わたしはお母様のところまで引きずられて行く。

 誰からの力も見た目には加わってないのに、まるで引き寄せられてる……ううん、そんな柔らかな感じじゃない。

 

 吸い込まれてくみたい。わたしの足は動かないままで。もしかしたら浮かされてるのかも、そう錯覚するほど強い吸引力。

 

「こうしないと、あなたはこの部屋には入れないでしょうから」

 吸引が止まるのと同時に、お母様はそう言った。ごめんなさいね、のひとことを添えて。

 

「かわらないですね。お母様は」

 いったい何人の男性を吸い殺して来たのか。その嫌悪感をこめた皮肉のつもりでいるけれど。

 

「覚えてないわね」

 お母様には、まるで意味がないみたい。ごく普通に答えられてしまった。

 

 ーー不思議。部屋に入るまでは正面から抑え込まれてるような感じがしてたのに、今はあのプレッシャーはまったくない。どうして?

 

「依頼の受理の時にも思いましたが、どういう体なのですかアルファード・ボーダレン あなたは」

 平気な感じの足音を立てる少年を、そうお母様は訝しんでるみたいだ。

 

「言ったじゃないですか。日本を拠点にしてる今は、彩橋一星あやはしいっせいって呼んでくださいって」

 さっきの雰囲気はどこに行ったのか。また軽薄な雰囲気になった少年……えっと、イッセーで いいのかな?

 

「アルファードの方がわたしにとっては呼び易いのですよ。ニッポンの名前と言うのは、どうにも口に違和感を覚えてしまう」

 

「そうですか、ま いいですよ。クライアントが呼びやすいんだったら。で、一定以上の魔力を持たなければ入ることさえままならないはずの、この 淫魔女王あなたの部屋をどうして、我が物顔で歩けるのか不思議だと」

 

 すごい説明台詞で言うイッセーさんに、お母様は軽く溜息の後で ええと首を縦に振った。

「どうもボーダレン一族は、魔力に対する耐性が強い血筋みたいで 大概の魔力はなんてことありませんよ」

 そうですか。わたしたちは同時に言っていた、飽きれたような声で。自然と小さく笑いがもれてしまった。お母様もそうみたい。

 

 

 ーーおかしい。さっきからおかしい。

 これから娘を葬るにしては、ずいぶんとあったかい雰囲気。まるで……単純に顔を見たかっただけみたい。

 

 

「オタクの娘さんからの熱烈なキスも跳ねのけられましたし。けど吸い寄せられたのは……もしかしたら弱くて逆にひっかからなかったのかも、なんて」

 軽口を叩くイッセーさん、ビュっと振り向いて睨んで見たけど気付いてないのかしら? 表情一つ変えてない。

 

 顔を戻したら、ちょうどお母様が「あら」って口開けて驚いたところだった。

 

「あなた。いつのまにサキュバスらしくなったの?」

「違います、わたしの意志じゃありません」

 きっぱりと言う。

「意志じゃない。どういうことかしら?」

 五本指を揃えた左の掌を、軽く左の頬に当ててるお母様。わからないみたい。

 

 だからわたしは、一つ深く息を吸って、意図しない生気吸収ライフリデュースのことを話した。

 

「そう。本当に瀕死だったのね。よかった、アルファードがすぐ近くにいてくれて」

 安堵するお母様は、左手を頬から離した。

「え、あの。それってどういうことですか?」

 やっぱりおかしい。異端であるわたしを制裁するために、探してたんじゃないの?

 

 

「なにを不思議なことがありますか。お腹を痛めて産んだ娘の無事を喜ばない母など、雌であるものですか」

 なんか、少し語気が強い。

 

 ーーどういうこと?

 まさか……本当にわたしの顔が見たかっただけなの?

 

「へぇ、サキュバスも妊娠するんですね。ぼくはてっきり、分身でも作るみたいに新しく生み出すもんだと思ってましたよ」

 わたしの動揺なんてまったく無視して、そんなことを言うイッセーさん。

 

「違いますよアルファード。吸った生気の魔力の波長があった時、人と淫魔 二種の魔力が体の中で混合することによって、サキュバスは身ごもるのです」

「人間と違うのは妊娠期間が人と比べて短いことと、一度に生まれるサキュバスの数が一人や二人ではない、ってことですね」

 落ち着こうとして、お母様の言葉を補足した。でも、動揺はまだ収まってくれない。

 

 

「そうなのか、こりゃ面白い話が聞けたな」

 なにか、手帳を取り出したイッセーさんは、そこになにやら書き込み始めた。

「それでネクロパ。なにをそんなに驚いた顔をしているのです?」

「え、だ、だって。わたしは異端なサキュバスですよ」

 

「ええ、そうですね。とても小エネです。娘たちがみんなあなたのようならいいと、よく思いますよ」

「……え?」

 初めて聞いた。今の言い方は、異端であることを疎んでるようには聞えない。むしろ、そのことを褒めてすらいる……。

 

「あまり大食いばかりでは、栄養源が枯渇してしまいますからね」

 

 そんな。

 ーーそんなことって?

 

「異端であることを良しとするわたしは異形フェイブルとして異端なのかもしれません。これが遺伝と言う物なんでしょうか?」

 ウフフ、そう上品に笑ってるけど、まって。

 

 

「お母様。あなたがわたしに『食事』を見せたからですっ、わたしがこうなったのはっ!」

 語気が強くなってしまった。でも、しかたない。わたしにトラウマをしっかりと刻み付けておいて、そのことをわかってないんだから。

 

「あら。そうだったのですか」

「……知らなかったのね」

 苦笑いが漏れていた。だってお母様ったら、もう……これ以上言いつのるのがばかばかしくなるほど、すがすがしいまでの疑問顔なんだもん。

 

「でも、そのおかげで。あなたはとても優しく そして唯一無二の、貴いサキュバスになりました」

 柔らかな声と表情で、そういうお母さま。

「……おかあさま?」

 一瞬、なにを言ってるのか理解できなかった。

 

 でも、すぐに。お母さまの言葉が、意味を伴ってわたしの心に落ちて。

 

「わたしは……わたしは……!」

 心に落ちたお母さまの言葉は、あたたかな波紋になってわたしの心を満たした。

 

 満たしてもまだ溢れて来るから、外に出ちゃった。止めようとも、拭おうとも思えないけれど。

 

 

 優しい。唯一無二。そんな形容するお母様、わたしは今 初めて知った。

 そうか。わたしは。

 

 

 ーー異端であることを認められてたんだ。

 異端であることを、誇られてたんだ。

 

 

 ごめんなさい。ごめんなさい。涙で歪んだ声のまま、わたしの口はそう動き、そう音を発していた。

 知らなかった自分が。知ろうともしなかった自分がただただ恥ずかしくて。ずっと心配してくれてたのが、ただただありがたくって。

 

 

***

 

 

「落ち着いたかしら?」

 どれくらい泣いてただろう。鼻をすするだけになったわたしに、お母さまは声をかけてくれた。

「……はい」

 イッセーさんは茶茶一つ入れずに、一言も発することなく見守り続けていてくれた。

 

「あの、イッセーさん」

「なんだい?」

 相変わらずの軽薄さだけど、まあ いっか。気にしてると疲れるし。

 

「知ってたんですか?」

「マザージュさんの気持ち?」

「はい」

「娘の顔がみたいから連れてきて、って言われた時 この人は頭が凝り固まったタイプじゃないな、って言うのはわかったよ」

 

「そうですか……」

 肩の力が一気に抜けた。

 

「あ、そうだ。お母さま。一つお聞きしたいのですが」

「なにかしら?」

「はい。あの、ついさっき。体の中で魔力が強く脈打ったんです。これ、なんなのか知りませんか?」

 

「強く脈打つ?」

「はい。まるで魅了チャームされたみたいに」

「チャームのような、ですか。ネクロパ、それはどんな状況でしたか?」

 一つ頷いて、わたしはさっきの状況を話した。

 

 イッセーさんのこれまでとは違う面を見たことと、それがわたしのことを考えてだったこと。この城に来てからこの女王の間に入るまで、わたしの手を握り続けていたこと。

 

「そうですか」

 微笑してるなんだか嬉しそうなお母さま。

「お母……さま?」

「やっぱりあなたは唯一無二ですよネクロパ」

「どういう……ことですか?」

 首をかしげて問い返す。

 

 

 

 お母さま。いったいなにを言ってるの?

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