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第三話。奸悪な出迎えと、未知の鼓動。

 青い光が消えて、目の前に現れたのは水晶に映っていた城。お母様、マザージュの居城。

「浮かない顔だなぁ。なんか気になることでもあるのかい?」

 軽薄さを増した少年の問いかけに一つ頷き、わたしは行きたくないことの一つを答える。

 

「母に逢ったんならわかってるはずです。ここには沢山の『娘たち』がいること」

「ああ、そうだね。むせかえるほどの色香で、ぼく それだけで生気がなくなるかと思ったよ」

 ヘラヘラしてる少年こいつからは、そんな危機感はまったく感じない。

 

「で? どうしていやなのさ?」

異形フェイブルの性質、ご存じじゃないんですか?」

 かかわりの深い一族だって言うなら、性質を理解してるものだと思うんだけど。

 

「超小食だから、なのか?」

 驚いたようにこちらにぐるっと顔を向けた少年に、わたしは小さく頷く。

「いいじゃないか、誰がどれだけ食べようが。違うかい?」

 

「あなたはそうかもしれませんが。わたしたち異形フェイブルはそうじゃないんですよ。自分の種族に誇りを持っている者が大半で、その自分の種族の性質を抑制することを良しとしません」

「なるほどな」

 なにかに納得したみたいで、少年はそう神妙に頷いた。

 

「でも、ここまで来たんだ。お母さんに逢おうじゃないか。そうじゃないとぼくも怒られるしね」

 どこまでも自分本位なこの人間は、わたしの手を掴んで歩き出してしまった。

 

「え、あの、ちょっと……?」

 抵抗すればほどけるかもしれない。でも、わたしの体は素直に引っ張られている。

 

 ……どうして?

 この人が命の恩人だから?

 

 まがりなりにも命を吸ってしまってるから、その人がお母様にペナルティを受けるのを止めたいのだろうか?

 自分でもどうして抵抗しないのかわからない。

 

「あ、帰って来たわよ。淫魔の面汚しが」

「それもなに? あの美味しそうな子。羨ましい」

 

「なにあの態度、あたしたちの方見ないで歩いてる」

「お母様に一番目をかけてもらってるからってお高く留まってるんじゃないの? 中途半端な自殺志願者のくせに」

 

 お母様がいる女王の間に行く道中。わたしに向けられる奇異の視線と、遠慮のない聞こえないようにした振りの小さな罵声

 同族間でのわたしの扱いなんて、こんな物なのだ。たまにこうじゃないサキュバス(ひと)もいるんだけど。

 

 彼女たちの声を聞いて、少年は心底疲れたと言う息を吐いた。

 

「同じでないと許せない、か。くだらない」

 初めて見せる嫌悪しかない言葉に、わたしは動きを止めてしまった。

 

「早く行こう。こんな頭の凝り固まった連中の雑音、同族でなくても虫唾が走る」

 言うと少年は、歩く速度を上げた。同族たちが険呑なざわめきに一瞬にして包まれる。

 

 こいつ……ううん。

 ーーこの人。こんな考えなんだ。

 かかわりが深い一族。もしかして違うことを許容するから、異形フェイブルたちがかかわっていくのかな?

 

「自分を守るのに必死ね。少年えさにチャームかけて、自分の都合のいいような性格にしちゃってさ」

 険呑なざわめきは、すぐにわたしに突き刺さる視線へと形を変え、今こうして。

 今度ははっきりと聞こえるような、吐き捨てるような罵倒になった。

 

「そもそもどういう風の吹き回しなのよあんたがここに帰って来るなんて。死にに来たの? ついに死んでくれる決意ができたのかしら?」

 キャハハハと数人の同族サキュバスたちが、耳障りに悪意を持った金切笑いを揚げる。

 

 知らず、わたしの目は世界を歪めていて。歯は知らずに食いしばっていた。

 

 

「黙ってろ淫魔ビッチども!

 

 

 一喝。

 わたしのすぐ横からの、激しい怒気のこもった叫び。

 他の同族たちと同じで、わたしも息をのんで横の少年をみつめてしまった。

 

 手に強い痛みを感じて、僅か目を瞑って。その後痛みの正体を見たら。

 ーー少年の、わたしの右手を握ってる左の手が、小刻みに震えている。

 

 推測するまでもない。これは憤りだ。

 

「大多数でないことは、たしかに疎ましい。それは人間もかわらない。そうして嫌悪感を露骨に出すような人達もいる。

けど、お前たちはそんな中でも悪い部類だ。

 

自分では手を下さず、ネクロパが心折れるのを誘導するだけのクズだ。

わが身可愛さに、なにか言われても、『わたしはなにもしてません。あいつが勝手におかしくなったんです』、って言い逃れできるようにしてるどうしようもない連中だ」

 

 冷淡な声と突き刺すような言葉。動揺にざわつく同族たち。

 

「自分の身を顧みず、相手のことを思いやって、それゆえに異端になったネクロパの方が遥かに貴い」

 驚いた。いきなりわたしを呼び捨てにしたことになんかじゃない。

 

 こんな、サキュバスとしては異端も異端なわたしを、貴いなんて言う存在。これまで出会ったことがない。

 

「それと。ぼくは一切魅了チャームは受けてない。勝手に決めるな」

 怒気を消さないまま、サキュバスたちに低く言い放って。

 

 少年はわたしの右手を握りなおした。その力は最低限までやわらげられて、彼がなにに対してなのかはわからないけど 謝ってるのはなんとなくわかった。

 その手に答えてわたしは、少しだけ右の手に力を込めた。

 

 無言で足早に先へ向かう少年。それに少し引っ張られるわたし。

 

 

 ーーなんなんだろうこの。体の中で、魔力がドクン ドクンって波打つような感覚……。

 変なのに。違和感なのに。不思議と、いやな感じじゃない。

 

 

「ふぅ。やっと声が出せる」

 同族たちの戸惑ったような空気がなくなって、少年はそう安堵のような息の混じった声を発した。

 

「その……ありがとうございました」

 小さく会釈をしたわたしに、腹が立っただけだよ、と少年は余ってる右手を左右に振る。

 

「女子のいじめってなんて言うか、心に刺さるなぁ。ネクロパさん、ずっとあんな環境に身を置いてたのか。そりゃ逃げたくもなるよな、うんうん」

 どこまでも、わたしの心に寄り添っている。

 

 これをごくごく自然に、あたりまえのこととしてやってるのが、よどみのなさでわかった。

 

 雰囲気はついさっきの憤りを現した時とも、軽薄な時とも少し違う感じがする。掴み処がないのに、一本筋が通ってる感じ。

 ほんとに不思議な人間だな、この少年ひとは。

 

 

「あの。どうしてあなたは、わたしにそう。よくしてくださるんですか?」

「ん? ぼくがそうしたいから、そうしてるだけだよ」

 どうしてだか、はにかんだようにヘラっと笑う少年。そうですか、答えるわたしの中で続く不思議な魔力の脈動が、少しだけ振幅を大きくした。

 

 

 このドクンドクンする脈動。ーーまるで。魅了チャームされた人みたい、わたし。

 

 

「さて。いよいよお母さんと久しぶりの顔合わせだね」

 フフフと楽しそうに笑う少年。

 

 ーーいやだ。消されたくない。

 でも。この人が、わたしが逃げることでペナルティを受けるのは。

 ーーもっといやだ。どうしてなのか、わからないけど。

 

 息といっしょに生唾を飲んでしまってむせた。そしたら、

「アハハハおいおい。そんなに緊張しなくてもいいじゃないか」

 少年が楽しそうに大笑いだ。

 

 それは、これまでの張り付けたような物じゃなくて、子供のように純粋な 心から笑ってる。そんな笑み。

 

「けほ けほ。ごめんなさい」

 何度も深呼吸して息を整える。

 

 それと同時に、覚悟を決めなければいけない、それを瞳を閉じて焼き付ける。

 

 でも、覚悟を決めたいのに疑問が過ぎて行く。

 

 

 どうしてこの少年は、これからわたしが死ぬって言うのにこんなに平然としていられるんだろう?

 わからない。わたしなんて、ただの依頼の目的物でしかないんだろうか?

 

 でも……それにしては、あの憤りは本物すぎた。

 いったい。どういうことなの?

 

 

 ーー目を開く。行くしか、ない。

 疑問は尽きない。でも、ひょっとしたら心残りがあれば、魔力の残滓から復活できるかもしれない。そしたら疑問を解消しよう。

 

 そんな絵空事で自分を塗り固めて。覚悟をむりやりに心に突き通す。

 

 

 頷いたわたしに、よしと頷き返して。

「じゃ、開けるよ」

 重たい鉄の扉をズイズイと押し開ける少年。

 わたしは今の 緊張とはまた違った、魔力の圧力とでも言う気配に押されて、足が動かなくなってしまった。

 

 流石お母様。姿さえ見えてないのに、部屋が外界と繋がっただけで最弱サキュバスのわたしじゃ、前に進むことすらかなわない。

 この城を離れてけっこうな時間経つから、この魔力への免疫がなくなったんだろう、そう思う。

 免疫でもなければ、子供のころ生きていられたことに説明がつかない。

 

 グググともゴゴゴともつかない、鉄製の大扉独特の音に少し広がりが生まれた。

 

 

 

 ーーいよいよだ。

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