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特に呼ばれた記憶は無いが、異世界に来てサーセン。  作者: 黄玉八重
第06章 -大樹の街ハルカナム編-

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†第6章† -09話-[エピローグ]

『バインドで止めました!お父さまっ!』

「《蒼天氷覇斬(そうてんひょうはざん)!》」


 バイトルアントの巣、最奥へと辿り着いた俺たちの前に姿を現したのは、

 どうやってこの部屋に入ったのかと疑問に尽きないほど大きな固体であった。

 動き回る事すら出来なさそうな巨体、

 そして大きく膨れあがった下半身。

 そのお尻の先から卵を産んでいるのか、

 マザーの背後にはいくつも卵が転がっていた。


 クーのバインドで動きを止めたマザーの長い足を、

 地面から生えた氷の刃が切り飛ばす。


「姫様っ!」

「そのままお願いしますっ!《ハーケンスラッシュ!》」


 俺は魔物の生態を知らないし、

 今まで出会った魔物は基本的に野生的で凶暴であった。

 しかし、どうしたことだろうか・・・。

 マザーと呼ばれる目の前の魔物は明らかに俺たちの存在に怯えを宿している様に見えた。


 背後の壁に寄りながらも足下の卵を護るような仕草をしつつも、

 俺たちが攻撃を加えると抵抗して足を伸ばしてくる。

 その動作を誘発させて、

 いま最後の長く伸びた足をアルシェが本体から切り離した。


「なんだか心苦しいですね」

「こうも人間味があるというか知能が高いというのか・・・。

 もっと他のやつらみたいな態度で相対したかったのはわかる」

「これじゃ隊長・・。私たちが悪い方みたいですよ・・・」

「ご主人様、足は紐でまとめて影に落とし込みました」


 彼女達が俺の元へと集まると、

 やはり心のつっかえになっていると吐露が始まった。

 俺もそれは感じているから理解は出来る。

 いまも支えに使う為の足を失ったマザーが地面に横たわったまま、

 俺へと延命の願いを込めた視線を送ってきているように見えてくる。


「今回は色んな条件が重なってアント達に取っては最悪の結末になっただけだ。

 オベリスクが彼らの巣の近くに落ちなければ・・、

 巣の引っ越し先が街の下でなければ・・、

 もっと深い所で巣を形成していれば・・。

 色々とまぁ分岐点はあったんだろうがな、

 最終的に俺たちに討伐される運命になったのは仕方が無いことだ。

 運がなかった・・」


 足を失う以外の外傷を負っていないマザーは、

 威嚇の鳴き声をあげる事もなく横たわっている。


「マザーには戦闘能力はないのでしょうか?」

「アントの女王とはいえ、

 巣の戦力を維持する為に産卵することに特化しているんだろう。

 だから戦闘に不向きな体つきもしているんじゃないか?」

『確かに顔付きも心なしか女性らしさを感じますし、

 顎も攻撃に向いているようには見えません・・』

『あっ!なんかくるしんでるよ~!?』


 クーからも同意を得たところで、

 急に顔をブンブンと振って身体をモジモジと動かすマザーを見てアクアが指摘する。

 警戒をして剣を構えて見守ると、

 彼女の大きく肥大化した下半身が脈動し始め、

 お尻部分の先端に穴が見え隠れする。


「もしかしたら産まれるのではありませんか?」

「それって・・メリーさん。卵がって事ですか?」

「OH、ボッカテキナシーンダナァ・・・」


 ボコォ・・ブチチブチチ・・・ジュバァァァァ・・・


 今から殺そうとしている対象が、

 死を目前にしながらも産卵をする姿を見せられてどう反応すれば良いんだよ・・・。

 顎をぱくぱくと動かして頭部の振り回している様子から、

 産卵は大変な痛みがあるのだろう。


『下腹部の先端は段々になって開けるようになっているんですね』


 こんな状況でもクーは冷静にマザーの身体を構成する構造に興味を持ち、

 メリーは心なしか距離を取って顔を背けている。

 そういえば、ネシンフラ島に初めて上陸した時にアルシェが言っていたっけな。

 メリーは虫が苦手だと。

 ご飯用に調理された虫を平気で毟っていたからすっかり忘れていたが、

 この光景は別に虫が苦手じゃなくても正視しずらい。


「これ以上ここに居てもしょうがない。

 さっさと処理してギルドに送っちまおう。

 《蒼天氷覇斬(そうてんひょうはざん)!》」


 斬ッ!

 次の瞬間には地面から生えてきた大きな氷の刃が、

 横たわるマザーの頭部を斬り飛ばした。


 ゴトっと重たい頭部が残された身体の側に音を立てて落ちてくる。

 その頭を静かに拾い上げてインベントリに設置されたゴミ箱(トラッシュ)に入れる。


「悪いな・・」


 さきほどまで、まるで人間のように怯え、後ずさり、

 死に恐怖していたマザー。

 喋る事が出来なかったのは幸いだった。

 これで言葉まで喋って見ろ・・・。

 アルシェでなくとも殺す事なんて出来なくなっちまうよ・・・。

 今にも「シニタ・・ク・・・ナイ」と口にしそうで、

 これ以上は待つ事なんて出来なかった。


「はぁ・・、アクア。ホワイトフリーズで軽く身体を凍らせておいてくれ。

 蟲は頭がなくなっても生命力が強いから、

 思わぬ動きをするかもしれん」

『あいさ~。《ほわいとふりーず》』


 事情が事情なだけにその場の誰もがアントが悪いわけではない事はわかっていた。

 魔神族という存在がいなければアントが元の巣がある場所から動くことはなかった。

 そして先のマザーを見て、

 ぶつけようのない感情が渦巻き、何かを言おうにも全員言葉には出来なかった。


 粛々とマザーの遺骸をトラッシュし、

 魔法ギルドへと送り込み、

 念の為カティナに連絡をいれておく。


「今バイトルアントのマザー固体をそちらへ送った」

〔おー!流石はアニキ!仕事が早いデスカラー!

 ギルド員には回収を指示しておきますデスヨ-!〕

「じゃあ、そっちは任せるな。

 一緒に卵もいくつか送るからよろしく」

〔了解デスケドー!〕


 大捕物とはいえ、

 抵抗らしい抵抗も出来なかったマザーの処理も終わり、

 俺たちはその報告と状況確認の為に通路を戻って冒険者が戦う戦場へと戻る事にした。


 しかし、そちらの戦闘も終了しているのか、

 戦闘音はまったく聞こえてこなかった。


「あら、ア・・水無月さん。それに皆さまもお疲れ様でした」

「そちらも終わられたのですか?」

「えぇ、こっちも終わってたんですね。

 どのくらい前に戦闘は終わったんですか?」


 危ういところでアルシェの名前ではなく俺の名前を口にした弓使いトワイン、

 そして続けて声を発したのは魔法使いのフランザが俺たちが進んだ入り口前で待機していた。


「ここでの戦闘は20分くらい前ですわね。

 今はまだ通路の奥に残っている可能性がある為、

 各自で調査をしていますわ」

「なら・・・クー、メリー。

 索敵をして各員を手伝ってやってくれ。

 敵が残っていない場所にいる冒険者にはここに戻るように伝えてやれ」

「かしこまりました」

『行ってきます』


 シンクロをしてから闇の中へと戻っていく2人を見送り、

 周囲を改めて確認する。

 アントの死骸はバラバラでない限りは俺たちと同じくトラッシュされたようだ。

 戦場になっていた割には死骸がほとんど見られないのがその証拠だろう。


「でも、送られた多くはナイト種ばかりだったのよ。

 ウォリアー種の防御力はバイトルとあまり変わらなかったしね」

「こっちでも何体か送りましたから、

 その辺はうまく魔法ギルドが回すでしょう。

 今出来る事はやったのですから、あとはあちらのお仕事です」

「そう言ってもらえると助かりますわ」

「ゼノウ氏とライナー氏はどちらに?」

「元気が残っているからって探索班に回ったわ」

「隊長、私たちはどうしますかぁ~?」


 マリエルの言葉を受けて時間を確認すると、

 思っていたよりも時間が経っていた事が判明した。


「もう夕方なのか・・・。

 誰か報告に戻りましたか?」

「えぇ、手が空いたパーティ4組を帰らせるついでに報告も依頼したわ」

「なら、あとはオベリスクだけか・・・」


 今日であれば俺たちが速やかに対処しようかと思っていたが、

 今時点では精霊達も何も反応を示さない事から、

 まだ落ちてきていない。

 もしも今日でなかったとしても、

 町長たちには注意喚起を促し対処方法も伝えている。


 それに加えて所長にはグランハイリアの穴を隠す手配をお願いしている。

 わざわざ禍津核モンスターを配置してまで穴を露出させたんだ・・。

 そのまま転移が出来るのであればあんな手間を掛けないはず。

 つまり所長の試みが成功すれば、

 魔神族のオベリスク設置を妨害できる。


「明日には街を出たいし・・・」

「え”?もう出発されるのですか?」

「風の国に入ってから集まった情報を元に考えると、

 王都の調査は一刻も早く行う必要があります。

 これはお兄さんだけでなく私も同意なので、

 多少の無理をしてでも急ぎたいのです」


 今日でもう4日目だ。

 マリーブパリアで集まった王都の情報。

 それを考えれば間にあるマリーブパリアも、

 次の町ハルカナムも滞在期間は2日程度に抑えておきたかった。

 移動だけに集中して休憩を入れたとしても2日以上は多すぎる。


「ちょ、ちょぉーっと席を外しますわね・・」


 慌ててどこかへと駆けていくトワインさん。

 トイレでも我慢していたんだろうか?

 もちろん言葉には出していないよ?紳士だからね。


「アルシェとマリエル。それからアクアとニルは地上に戻るか。

 俺たちの報告もしないといけないし、

 明日出られる様に荷物の確認をしておいてくれ」

「わかりました」

「あいさー!」

『あいさ~!』

『わかりましたわー!』

「では、一旦俺たちも地上に出てきます。

 といっても、俺はすぐに地下に戻ってきますが」

「はい、いってらっしゃい。姫様、またお会いしましょう」

「えぇ、また」


 そして俺たちは、エクソダスで地上まで一気に戻った。

 地上の住人たちは地下の戦闘なんて露知らずに今日も普段通りの生活を営んでいた。



 * * * * *

「はぁ?俺たちのクランに入りたい~?」

「水無月殿達の話を凍った通路で聞いた。

 正確には読み切れなかったが・・・。

 ペルクは魔族ではなく魔神族に殺された。

 そして水無月殿と姫殿下はその存在を調べている・・・そう結論に至った」

「ご主人様・・・消しますか?」

「ちょちょちょっ!待て待て待てっ!そんな俺みたいな短気を起こすんじゃねぇよっ!」

「あら、自分を理解していたのね。ライナー」

「ここは茶化す場面じゃねぇだろうがっ!トワイン!」


 話を聞けば、

 俺がマリエルに説教をかました際に反響した声が微かに届いていたらしい。

 そして彼らは俺たちと出会ってからの行動や言葉から真実に辿り着いたってか?

 俺たちが必死こいて秘密にしたがっていた事を、

 俺たち自身で漏らしてどうするんだよ、おいっ!


『いえ、今回は彼らが着いて来なければ聞く事は無かったですし、

 完全なイレギュラーです、お父さま。

 きちんと王都へ近寄るなという指示と、

 これ以上関わるなという約束を守らなかったのです。

 1人くらいは見せ示に消してしまっても良いのでは?』

「物騒な話は出来れば無しでお願いしたいです。

 危険は承知ですし、力不足も承知しています。

 それでもペルクの仇を私は取りたいっ!」


 好いていた人を奪った魔神族が憎いというフランザさんの気持ちはわかる。

 俺だって手駒を増やせればと、男の仲間が欲しいと常々思っていた。

 だがっ・・・・・でもここまで知っちゃたんだよなぁ・・。

 別に俺たちが直接彼らの言い分を肯定したわけではないから、

 強気に出て魔神族なんて知らないとシラを切ればいいだけの話ではある。


「俺たちは・・・世界的に口に出してはいけない・・、

 知る人の少ない方がいい内容を調査している。

 だから、危険な火の粉を振りまくような行為は出来ないし、

 あんたらを・・アルシェ達の仲間にするわけにはいかない」

「姫殿下?リーダーは水無月殿では?」

「諸事情により、俺ではなくアルシェがリーダーになることが決まっている。

 その時にちゃんと駒として動けるのか?

 年下の女の子の指示を聞いて動けるか?裏切らずに守れるか?」

「まぁ、それに関しちゃもう経験済みだな」

「えぇ、前衛はともかく後衛はレベルが下の姫様に助けてもらいっぱなしだったわ。

 それに指示だしもゼノウよりも慣れていたし」


 そういえば、こいつらはアルシェ達と1日だけ一緒にダンジョン攻略をしたんだったか。

 それでも今度の戦況次第でどうなるかわかったもんじゃない。

 意思は4人とも固いし、今のところ嘘が無いことは瞳を見て理解している。

 それでもだ。

 万が一、億が一を考え出してしまえば、

 俺は答えが出せなくなってしまう。


 アルシェもメリーもマリエルも、

 誰も死んで欲しくない。

 こいつらを仲間にした事で指示だしにも幅は出る、

 でもその分失敗の幅も広がるのだ。


『もし、仲間になったとしてもお父さまは例の魔族と戦う意思がありません。

 戦いを望まれるのでしたら勇者さまの仲間になる事をお勧めします』

「ご主人様とアルシェ様はお立場があります。

 故に表舞台での活動は捨て、裏舞台で調査を進めておられるのです」


 2人の言葉を受けて彼らはどんな考えを巡らせているのだろうか。

 俺の頭の中ではメリットとデメリットが入れ替わり立ち替わり浮かんでは消える。

 それを繰り返しつつも、ひとつの疑問を口にした。


「そもそも、貴方方はどうやってこの街まで移動してきたんですか?

 普通に馬車であればこのクエストには間に合わないはずですし・・」


「それはゼノウが・・・」

「馬をだなぁ・・・」

「買ってくれてて・・・」

「休憩をそこそこに必死に走らせた結果だ」


 なるほど。

 って事は野宿も俺たちと同じ回数をこなしているわけだな。

 それでトワインさんは俺たちが明日街を離れると聞いて血相を変えたんだな。

 そこまで必死になることか・・?

 彼らにとってはなる事なんだろうな・・・。


「駄目だな・・・」

「そんなっ!」

「お願いします!水無月さん!」

「勘違いしないで下さい。俺だけでは決められないって意味です。

 一旦全員で考える時間を下さい。皆さんはどの宿に泊まっていますか?」

「そういう事かよ・・脅かしやがって・・」

「いや、無理も無い。

 であれば、そちらさえよければ俺たちがそちらの宿に移ろうか?」


 確かに明日移動を開始するのであれば、

 選択を伝える為の時間が少なすぎる。

 であれば、同じ宿に居てくれる方がよほど都合が良い。


「わかりました。

 一旦アルシェ達の元へ送りますから、夜までに移動をしておいてもらえますか?」

「了解だ」


 アルシェとマリエルに連絡を取り、

 影からゼノウ氏達を引き上げる様に伝えた。


「覚悟は・・・あるんですね?」


 覚悟。

 この意味を現時点で正確に理解しろとは言わない。

 それでも俺たちは危険な橋を渡る必要だってあるわけで、

 志半ばで死ぬ可能性の方が圧倒的に高いとも思う。


 メリーが介錯して影に入ろうとしていた一行は、

 俺の瞳を真っ直ぐに見つめて頷いた。


「「「「当然!」」」」


 そのまま軽快な足取りで影に沈んでいく4人。


「意思は固そうですね、ご主人様」

「そうだな・・・はぁ」


 不安はある。

 それでも何も事情を知らない連中を迎え入れるよりはずいぶんとマシだと思う。

 もしも仲間になったとしても、

 俺からは直接言葉を伝える気は無い。

 マリエル同様に察する分であれば、

 俺たちが身内でも意図的に注意をして漏れる原因を除去しようとしているとわかる。

 その環境で理解した内容なら、

 彼らだって安易に口にはしないだろう。

 でもまぁ、ひとり危ない人がいるけどな・・・。


『お父さま、クー達もお姉さま達に合流しますね』

「あぁ、先に行っててくれ。こっちは冒険者が全員帰るのを待つ」

「お気をつけて」


 そして、事件の中心。

 バイトルアントの巣に俺を残して誰も居なくなったのだった。



 * * * * *

「どこまで話したんだ?」

「大部分の問題は解決した事と、

 その後の問題についてはご助力出来ない旨を謝罪しました。

 ゲンマール町長も理解されておられましたので、

 そちらの件も地下の件も上空の件もなんとかする為に方々に無理をさせているそうです」

「そうか・・・。

 明日街を出る事も伝えているか?」

「はい。お三方とも残念がっていましたが、

 時間がどの程度残されているとも知れませんし・・・」


 バイトルアントの巣から戻る際に、

 俺はエクソダスを使わずに影から帰ってきた。

 最後の報告に顔を出さなかったのは、

 ゲンマール氏の息子であるラーカイル氏に印象を残さない為だ。

 今回もアルシェを隠れ蓑にして、

 俺という存在を極力記憶に留まらないようにする為の印象操作の一環だ。


 記憶情報を持ち帰る機会は、

 重大な情報を手に入れた時か本体から戻るよう指示があった時だけと考えれば、

 この場で倒す事が出来ないのだから、

 その人物から逃げるしか方法が無い。


 この街に残る問題の山については彼らにまかせる他にない。

 後ろ髪を引かれる思いもあるが、

 思考を切り替えて無関係な物としよう。


「で、もう一つの方は?」

「仲間が増えるのは単純に喜ばしい事ではあります。

 でもお兄さんが考えている通り、私たちにとっては諸刃の剣になりかねません・・」


 もちろん目下の問題として急浮上した、

 ペルクパーティ改めゼノウパーティの面々についてだ。

 情報の漏洩を防ぐ為各街の町長やギルド、

 その他精霊くらいにしか俺たちの目的や正体を伝えてこなかった。

 それについては魔神族が俺たちに辿り着く情報源を少なく抑える事と、

 関係者は少ない方が魔神族に嗅ぎ回られたところで被害を抑えられるという利点からだ。


 仲間は欲しい。

 しかし・・・という堂々巡りに陥った為、

 今回は早々にアルシェやメリー、マリエルにも意見を聞く事にした。


「でも、私たちの目的に気づいてるんですよね?」

「いえ、確実では無いようでした。

 ご主人様の異常な警戒とマリエル様への説教が微かに聞こえた、

 この2点から導き出した・・言わば妄想の域です」


 メリーの言うとおり、

 まだ彼らには事実であると伝えては居ない為、

 妄想でシラを切って旅に付いてこられないように引き離す事も可能なのだ。


『ですが、有象無象の冒険者よりは使いやすい駒にはなりますよ?』

「うぅ~ん・・・」


 クーの言うとおり、

 何故か数日しか顔を合わせた事もない彼らからの信頼値は高く、

 巣での戦闘も他の冒険者に比べると動きが機敏であった。

 あぁやって動いてくれる仲間がいれば、

 いつもの手分け作業をさらに細かに実行する事が出来るようになる。


『どっちでもいい~』

『ニルもですわー!』

「どうでもいいなら黙ってなさい・・」

「悩むと言う事はお兄さんの中で必要性や有用性を見いだしているからですよね?

 いつもならスパッ!と決めちゃいますもん」

「あ~確かにそうですよね。

 隊長って冷酷なんじゃないかってくらいひどい決断もさっさと決めちゃいますよね?」

「いや、それは不要な事で時間を使うのがもったいないからだろ。

 悩むだけ悩んで結局その選択をするんなら、

 初めに浮かんだ選択をするように意識してるからだよ」

「では、今回はどちらでしたか?」

「・・・仲間にした方がいいかなぁと思ったよ」

「では決まりですね。

 悩まれるのであれば試験をしてみればいいのでは?」


 試験?入門試験みたいなもんか?


「アルシェ様に賛成です。

 ご主人様が有用もしくは不要と判断される材料を作れれば、

 解決されるでしょうし」

「私もそれでいいと思います!

 でも試験って何をするんですか?」

「そうだなぁ・・・。

 時間もあまりないし、明日の早朝訓練に付いて来られたらにするか」

「冒険者としての経験もレベルも上ですからね、妥当かと思います」


 アルシェからの同意も得られた事で彼らに入門試験を行う事となった。

 内容は至って簡単。

 俺たちが普段から行う朝練に参加する事。

 時刻は夜になっている事もあり、すぐにメリーが彼らに伝えに向かった。


『お父さま、もうクランを設立出来るだけのレベルですよね?

 名前を決めてしまわないと・・・』

「お兄さんのレベルはどこまで上がったんですか?」

「えっと・・・34まで上がってるな」

「なんで隊長そんなに上がってるんですか!?

 マリーブパリアを出る時は25でしたよね!?」

「おそらくバイトルアントの6割殲滅分の経験値ですね。

 アクアちゃんと放った《凍河の息吹(コキュートスブレス)》で凍った個体は全てお兄さんが倒した判定になっていたんでしょう」

「じゃあ、私が壊しまくったアントも全て隊長に入ってたんですか!?」

「死体を壊していただけだから、そうなるわね」

「しょ、しょんな~・・・」

「マリエル・・・どんまいっ!」

「うわぁぁああああああ!!お風呂に行ってきますぅぅぅぅぅぅうううう!!」


 そうかそうか、ランク3の魔物約600体分の経験値が入れば、

 そりゃ一気に9レベル上がってもおかしくはないな。

 つまり他の冒険者にも同じ事が起こっていたと考えると、

 なんか意図せぬ横取りしたみたいで申し訳がないな。

 マリエル?まぁいいんじゃないか?

 どうせパーティとして経験値は入るんだし、

 その分マリエルもレベルが上がっていることだろう。


 お風呂に走り去ったマリエルを追うようにアルシェが腰を上げる。


「じゃあ、お兄さん。

 また明日の朝お会いしましょう」

「はいはい、おやすみ。アルシェ」

『おやすみ~』

『おやすみなさいませ、アルシェ様』

『ばいび~ですわー!』

「はい、おやすみなさい」


 アルシェを見送るとすぐ側で突然声が発せられる。


「私も失礼します、ご主人様」

「ぅおっ!メリー・・・いつの間に。

 伝えてきたのか?」

「はい、しっかりと伝えました。

 集合時間と動きやすい格好で来るようにと」

「ならいい。じゃあ、メリーもおやすみ」

「はい、おやすみなさいませ」


 いつの間にか戻っていたメリーも見送り、

 俺たちも男湯に向かう事にする。

 今日もものすごく疲れたからぐっすりと眠れそうだ。


 明日の早朝を楽しみにして、

 大変な1日がまた終わりを告げた。



 * * * * *

 早朝朝6時。

 街の人々が徐々に起き始めて、

 各家々から朝食の良い匂いが流れてくるなか、

 俺たちは街の大通りを走っていた。


「うおおおおおおおお!!はぁ・・はぁ・・はぁ・・」

「そんなに声を上げていると体力が持ちませんよ、ライナー様」

「いや・・・だって・・・」

「無駄口は・・はぁはぁ・・やめなさい」


 1列になって走る集団の最後方から大声を上げながら、

 7人抜きを敢行して一番前に躍り出るライナー氏に、

 メリーとトワインさんが注意をする。


「次を右に曲がるぞ」

「「「はいっ!」」」

「「「「はぁ・・はいっ!」」」」



 * * * * *

 早朝。

 人の少ない時間帯から集まった俺たちに、

 今回は入門試験を兼ねてゼノウパーティも加わっていた。


「ねみぃ・・」

「じゃあ、各員ストレッチから入るぞ。

 丁度4人ずつだから、俺がゼノウ氏。

 アルシェはフランザさん、メリーがトワインさん。

 マリエルがライナー氏を担当する」

「「「はいっ!」」」

「「「「は、はい!」」」」


 宿から出た先にある大通りには、

 ちらほらと人が見える程度で俺たちの朝練が邪魔になる事はなさそうだった。

 ゼノウパーティのゼノウ以外が悲鳴を上げながらストレッチを行う中、

 ゼノウ氏だけは黙って励んでいた。


 そして交代すると、

 俺たちが率先して次のストレッチの体勢に入るので、

 彼らもその体勢から察して身体を押してくれる。


「姫様、普段からこんな事をなさっているのですか?」

「そうですね。今回みたいな事件がない限りは朝練は欠かしませんね」

「こいつ、押したって感触がないくらい勝手に沈み込むんだが・・」

「そりゃ、毎日してるんですからこのくらい柔らかくなりますよ!」

「メリーさんの足の筋肉すごいですわ・・・。

 柔らかくしなやかなのに力強い・・・」

「姫様とご主人様に尽くす為に鍛えましたので」


 各所で軽い雑談が行われる程度にワイワイとストレッチは終わり、

 ついに持久力を鍛える時間となった。


「3人で軽く走ってみてくれ」

「「「はい」」」


 どんな走行をするのかを3人に実践をしてもらいながら俺が説明をする。


「通常は軽く流す程度の速度を保って集団で走りますが、

 最後尾の人はあのように全力で走って前に出てもらいます。

 それを繰り返します、以上」

「え、あの私たちは後衛なのですけれど・・・」


 弓使いであるトワインさんが戸惑い気味に挙手をして発言する。


「どんな戦況でも対応するには最低限の持久力は必要になります。

 疲れたからと立ち止まれば仲間の命を危険にさらす機会もあるでしょう、

 それでもいいのであれば参加はしなくてもいいですよ」

「そ、そんな言い方っ・・・。いえ、申し訳ありませんでした」


 一旦火が付いたように声を荒げたが、

 何かを思い出したのかすぐにその温度感も下がっていった。

 おそらく、アルシェ達とダンジョン攻略をした際のモンスタートラップを思い出したのだろう。


 聞けば、戦闘事態はうまく運んだようなのだが、

 体力の低さから後衛はアルシェに守ってもらう場面が多かったらしい。

 つまり、あの時一緒に潜らなければ危なかったのは彼らと言う事になる。


「じゃあ、アルシェ達は交互にゼノウ氏達を挟んでくれ。

 今日はいつもより速度を落とすけど、

 列が長いからダッシュの時間も長い。配分に気をつけろ」

「「「はい!」」」


 そして走り始めて5分もすれば息を荒げ始める後衛2人。

 前衛の2人も普段からダンジョン以外では訓練をしていないのか、

 言葉数もどんどんと少なくなっていった。


「腕の振りを上から自分に、下から前に回すように意識すると楽になります」

「あ、本当だ・・・少しだけ楽になった」

「初めに教えて欲しかったですわ」

「マジかよ・・・すげぇ」

「・・・・」

「意識しすぎるとフォームがおかしくなるのでほどほどにしてくださいね。

 息は鼻から吸って口で吐くほうが良いらしいです」


 どっちもなんでかは俺も知らないんだけどね。

 そのままギリギリではあったが、

 ゼノウパーティは1人も脱落する事なく30分の走行を終えた。

 ゴールに設定している宿の前に辿り付いた瞬間に身体を地面に横たえ、

 荒い息を早い感覚で繰り返す彼らにアドバイスをする。


「ゆっくり鼻で5秒掛けて吸って、息を3秒止めてください。

 次に今度は口で5秒掛けて吐き出して下さい。

 戦闘中に息が上がってしまうと支障が出ますから、

 トレーニングのうちに調息ちょうそくを覚えて下さい」


 数分もすれば息も多少落ち着き、

 クーの用意した飲料を飲み、

 アクアの用意した水玉で火照った身体をやり過ぎない程度に冷やしもした。


「最後にクールダウンで柔軟をして朝練は終わりになります」

「あれ?今日は組み手しないんですか?」

「マリエル・・・せっかくお兄さんが気を利かせたのに・・・」

「え?あっ!」


 やっちゃったぜ!ってな感じで大きく開いた口に手を当てるマリエル。

 にっこりと微笑んでやり、後で説教な?と言外に伝える。


「普段は・・・、はぁはぁ、まだやるのか・・?」

「えぇ、本来はもっと速度が速いですから数分だけですけど、

 組み手もやっています」

「そ、それにもはぁはぁ・・姫様は・・はぁ・・参加されているのですか?」

「もちろん参加しています。

 私は槍で近接に参加出来ますから、

 近くで敵の攻撃を見切る必要がありますので」

「なら、それも・・・はぁはぁ、やっちまおうぜ・・はぁ」

「いえ、残念ながらもう街の方々が出てきていらっしゃいますので、

 本日の練習に使う時間がありません」

「そういうことです。さぁ、最後の柔軟をしてしまいましょう」


 クールダウンの柔軟中はゼノウパーティも静かに行っていた。

 それには理由があり・・・。


「最初にやった時に比べて痛くねぇ・・」

「身体が疲れて余計な力が抜けているからですよ」

「自分の身体なのに不思議なものだ」

「世の中そんなもんです」


 身体の硬い男連中でさえ悲鳴は上がらず、

 その日の特別な朝練は終了した。


「合否に関しては朝食の時に伝えます。

 お風呂はお金を払って準備してもらってますし、スッキリしましょう」

「やったぁー!!」

「気を抜いたら、寝てしまいそうです」

「悪いけど、アクアはいつもの頼むな」

『まかせて~』


 朝風呂は本来サービスとして用意されていない。

 なので追加料金を支払うのと、

 アクアの高圧洗浄での掃除を手札に交渉をして、

 俺たちは朝練の疲れを癒やす事が出来るのだ。


 風呂はもちろん男湯と女湯でパーティ合同で入浴する為、

 言葉に出して合否の相談は出来ない。

 なので、各契約精霊の念話を利用して話をする。


 さて、どうするかな・・・。

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