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特に呼ばれた記憶は無いが、異世界に来てサーセン。  作者: 黄玉八重
第06章 -大樹の街ハルカナム編-

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†第6章† -04話-[第1の問題、第2の問題]

「これは・・・進化しようとしてるのか?」


 早めの晩ご飯を食べてから、

 位置を確認しつつ進む事数時間。

 時刻は街の門扉も閉まり、

 人々も眠る準備を始めている22時頃。

 俺たちは穴の近くまで進んで来たのだが、

 穴の縁にある枝の方々には、謎の白い塊がいくつも・・・、

 そう、幾百も存在していた。


「お兄さん、あれは何ですか?」

まゆだ・・・。

 こっちは俺たちが確認するから、

 メリー達はフラジリオ氏を連れて穴の正確な位置の特定をしてくれ!」

「『かしこまりました』」

「悪いけど、よろしく頼む」


 暗くなってからは切れる度にクーの魔法[猫の秘薬]を使って、

 探索を続けており、

 今も効果が持続している。

 そして、俺たちの眼下に広がる枝には、

 無数の繭群が出来上がっていた。


「繭って事はモンスターが成長するってことですか?」

「え?マリエル、どういうことですか?」

「虫に蝶がいるのは知っていますか?」

「えぇ、知っています。綺麗な虫ですよね」

「その幼虫・・幼い時代はアタランテのような姿をしているんです。

 そして、その成長の過程であのような繭の時代を経て蝶になります」

「つまり・・・?

 あの数のアタランテが成長して蝶の姿になろうとしていると?」

「そもそも、モンスターや魔物が成長することがあるのか・・?」

「ごめんなさいお兄さん・・私は知りません」

「私も考えた事もなかったですね」


 この世界の住人でも知り得ない事なのか?

 いや、もともと戦場とは違う世界で生きていた姫と村長孫だ。

 ギルドでも聞かれない限りはそんな深い話をする事はないだろう。

 だったらギルド職員に聞くしかないな。


「《コール》アインス、パーティ」


 説明するのも面倒なので、

 パーティ全員にも繋がるようにする。


 ピリリリリリリリ、ピッ!

〔お疲れ様です、水無月さん。どうされましたか?〕

「遅い時間にすみません。

 モンスターや魔物について確認したいんですけど、いいですか?」

〔はい、どういう内容でしょうか?〕

「奴らは成長する・・・進化するような事があるんでしょうか?」

〔そうですね・・モンスターはダンジョンにしか出てきませんし、

 冒険者が定期的に倒すので長い期間活動することも出来ません。

 生物型のモンスターも成長した姿でリポップしますから、

 進化はしません。

 ただし・・・魔物は野生生物です。

 人と同じく子供から大人に成長していく過程で、

 私たちのように経験値を貯める事が出来ます。

 なので、その経験値によっては種として成長することがあります。

 もちろん、魔物なので個体差のある魔石に依る部分もありますが・・〕

「もしも、高濃度な魔力に中って耐えられる魔石だった場合は・・・」

〔可能性の話になりますが・・・、

 いくつか飛び越えて成長する事も有り得るかと・・・〕


 ゴクリ・・・。

 自然と喉がなった・・・。


「例えばですけど・・・。

 アタランテが進化するとしたら・・・ランクいくつになりますか?」

〔例えばですよね?

 アタランテはランク3のモンスターですが、

 空を飛べる事と鱗粉など攻撃や機動性も上がる事から・・・・、

 ランクは5~7と推測されます。

 えっと・・・水無月さん?大丈夫ですか?〕

「まぁ、なんとかします。ありがとうございました・・・」


 揺蕩う唄(ウィルフラタ)を切電して、

 ゆっくりとその場にいるメンバーに顔を向けると全員顔色が悪いのがわかる。

 っていうか俺もヤバい顔をしている事だろう。


「ランク7って推奨レベルももちろん70~80だよな?」

「そう・・ですね・・・」

「ちょっと想像が出来ない話なんですけど・・・ヤバいんですよね?」

「ヤァバイぞぉ・・・ちょっと考えたくないくらいヤバい・・・」


 つまり、この視界に広がる繭の数だけ、

 その強さのモンスターが羽化すれば、

 この街は終わるぞ・・・。

 魔神族からすれば事のついでかも知れないが、

 冗談じゃないぞっ!


「ニルは俺と来てくれ!振動を起こして中身を確認するぞ!」

『わかりましたわー!』

「お前らは待機してろっ!」


 アタランテが元々大きめのモンスターだったから、

 繭になるとその分さらに2倍近くの大きさになっていた。

 目の前まで来ると高さは3mにも及んでいるのがわかる。


「ニル、振動数を上げろよ!」

『いきますわー!』


 固い繭の表面を全力で殴りつける。

 ニルの制御によって微弱だった俺の起こす振動が大きくなっていき、

 繭の中身がどうなっているかを触れたままの拳を伝って教えてくれる。

「中身は・・・溶けているのか・・・」


 振動が教える繭の中身はドロドロに溶けきったアタランテの姿であった。

 つまり、俺が知っている通りの羽化する蟲と同じ・・・。

 ドロドロに溶けたアタランテの中央には禍津核も確かに浮かんでいた。


「隊長~」

「お兄さん、どうでしたか?」

「なんだ、来たのか・・・。

 結論から言って現状すぐにどうにかする必要はない。

 中身が溶けている様子から、

 魔力が吹き出るのと同時に羽化を始めそうだ・・・」

「今すぐ攻撃する必要はないんですか?」

「ない。けどな・・・花が咲くのはいつだ?」

「えっと・・・2ヶ月もないですね」

「じゃあそれまでになんとかこの繭を全部倒す必要がある。

 この樹頂までの上昇機設置を手伝って、

 俺たちは次の町に移動しようかと思う。

 あと数日の滞在中にオベリスクが落ちてくれば壊してから出発できるんだがなぁ・・・」


 現時点でドロドロの姿のままなら、

 あと2ヶ月近くはこのまま被害もなく放置で良さそうだ。


 その間に対処していければ、

 羽化をさせずになんとかなるか・・・?

 アインスさんの話を聞いた直後は現実味がない事だったから、

 正直テンパってしまったけれど、

 町長に伝えておけばなんとか出来るか・・・?


『ますたー、どうするの~?』

『どうするんですのー??』


 考え込んで顎に指を当てるポーズで止まっている俺の頭に、

 アクアが乗っかかりニルも肩にフワリと留まる。


「・・・お前ら、観光できなくなってもいいか?」

「それが必要なら、かまいません」

「残念ではありますけど、

 隊長が言うなら私に拒否権はないですからご命令をどうぞ」

「よし、一晩寝て朝から繭と幼虫を時間の限り潰す。

 今晩から町長に相談しに行って、明日の朝には冒険者を派遣させる」


 少なくともこの全滅にどの程度の時間が掛かるかもわからんし、

 アタランテ(幼虫)もまだまだ残っている。

 下手に残すと魔力噴出時に一気に繭を超えて羽化まで行きかねん。


「野宿はいつもの事なので問題ありません。

 戦術はどうされますか?」

「冒険者達は俺たちほどの機動力はない。

 防御力のクッソ上がった繭と核を破壊できるか確認して、

 出来るようなら俺たちが外回りを担当したい」


 繭を殴りつけた感じ、

 剣でも高ランク武器でないと刃が通らないと判断できる硬度だった。

 火属性の武器があればまた違うんだろうが、

 都合良く属性武器を持っている可能性は少ない。

 今回もオベリスクと同様に打撃武器が物を言う。


「わかりました、じゃあマリエル。

 私たちは寝る準備を始めましょうか」

「そうですね、姫様。

 あとは隊長にまかせて明日に備えましょう」

「すまんな。一応周囲から見えないところで準備していてくれ。

 フラジリオ氏を下に届けたらそのまま町長とギルドに顔を出す」


 その後戻ってきたメリー、クー、フラジリオ氏に事情を説明し、

 フラジリオ氏を研究所に戻すべくここで2組に分かれる。


「位置の特定は大丈夫でしたか?」

「あぁ、問題ない。

 君たちの協力に感謝してもしきれないくらいだ!ありがとう!」

「いえ、こちらもここまで来られて良かったです。

 今日のところは研究所にお送りしますので、

 対応の検討を町長も混ぜてしたいと所長に伝えてもらえますか?」

「ん?まぁその程度ならまかせてくれ!」

「では、下にお送りします。

 全員、いつ魔神族が出るかもわからないから、

 もし夜に来たらすぐに影に逃げ込めよ」

「「わかりました」」

「『かしこまりました』」

「メリー、数時間したらアクアを影に入れるから回収して寝かせてやってくれ」

「はい。ご主人様もお気を付けて」


 フラジリオ氏を影に誘導し、

 アクアと水精霊纏(エレメンタライズ)しつつ、メリーに指示を出す。

 俺は今夜寝られるかわからないが、

 まぁ一日徹夜する程度だしなんとかなるだろ。

 問題はいつ魔神族が現れるかわからないって事だ。

 アタランテは2ヶ月先まで大した脅威ではないし、

 オベリスクが落ちてくるだけなら、

 すぐに対処すれば魔力の減衰効果も少ないから俺たちでも破壊できる。

 この街の冒険者に任せる手配をすれば、

 もう俺たちは必要ないはずだ。

 魔力減衰も伝えておけば、町長が無能でない限りはなんとかしてくれるだろう。


「あ、アルシェ、マリエル。

 繭の一つから核を回収できたらして欲しい。

 あー、いや。マリエルは妖精だから触らないほうがいいか・・・、

 アルシェとメリーで取り出してカティナへ解析に回してくれ」

「カティナさんも触らない方がいいですよね?」

「一応、そう伝えておいてくれるか?

 その禍津核がどれほどのポテンシャルを持っているか俺たちにはわからないからな」

「わかりました、しっかりと注意はしておきます。

 いってらっしゃい、お兄さん」

「あぁ、行ってくる」



 * * * * *

 下樹は飛び降りるだけで良い為、

 わずか20分で降りきる事が出来た。


『やっぱり空気が違うんですのねー!』

「お前なんで来てるんだよ。

 ってかいつの間に懐に入ってたんだ・・」

『シリアスな空気になった時ですわー!』

「さよけ・・」


 どうせアクアと一緒にオネムになるし、

 仲良く影に落としておけば良いか。


「フラジリオ氏、今日はありがとうございました」

「いや、こちらこそ重ねて礼を言う。

 町長を交えての話は伝えておくからな」

「よろしくお願いします。では、自分はこれで」


 協力してくれた研究員のフラジリオ氏に別れを告げて、

 すぐさま町長邸に飛んで行・・きたい気持ちを抑えて、

 駆け足で街中を走り始める。

 精霊纏(エレメンタライズ)はあまり人の目に付けて噂になりたくはない為、

 鍛えた肉体を遺憾なく発揮して40分全力疾走で町長邸に到着した。


 コンコンッ!

「・・・・・はい、どなた様でしょうか?」

「アルカンシェ様の護衛、水無月です。

 先日ゲンマール氏に依頼をされた事で進展があり、

 急ぎ報告に参りました」

「おぉ、アルカンシェ姫殿下の・・。

 主人に確認を取って参りますので少々お待ち下さい」

「よろしくおねがいします。緊急ですので」

「かしこまりました」


 待つ事10分程度で話が通り、

 ゲンマール氏と・・・息子のラーカイル氏が待つ部屋へと通された。


「やぁ、昨日の今日で報告とは、

 ずいぶんとお早い仕事ぶりのようですな」

「それほどでもありません。

 自分の力だけでなく仲間の力でもありますので・・。

 さっそく報告を行っても?」

「あぁその前に紹介しておこう。

 せがれのラーカイルだ・・・見ればわかるのだろう?」

「えぇ・・・(ニル、俺とゲンマール氏に結界を)今夜はどうしてこちらへ?」


 生気のない瞳を向けるラーカイル氏の視線を受け流しながら、

 ゲンマール氏に問いかける。

 裏切りの可能性や息子への情けで何か良からぬ事をするようならこちらも相応の対応をしなければならない。

 余計な言葉で息子の方を刺激してもいけないので、

 念話でニルに指示出しをして後半の言葉はラーカイル氏に聞こえないよう配慮した。


「・・・?いま何か魔法を?」

「はい、私たちの会話は息子さんには聞こえていません」

「なるほどな・・・。

 聞いた話だけではなく直接会わせて確認をしてほしかったと言えば?」

「わかる話ではありますが、

 私たちが出来れば彼に会いたくはないと理解はされておいででしたよね?

 その回答でも警戒せざるを得ませんよ」

「フフフ、すまないな。

 ラーカイルを下げさせるからこの魔法を解いてもらえるかの」

「言葉には気をつけて下さい。

 貴方を我々の敵と判断した場合は容赦なく貴方も息子も殺します」

「十分に気をつけると約束しよう」

「・・・ニル」

(『解除しますわー!』)


 警戒度を上げつつニルに魔法を解除させる。

 殺すのであれば魔法や武器よりも首を絞めた方が時間が掛からない為、

 アクアもライドの準備を整えている。


「ラーカイルよ、すまなんだが今夜はこれでお開きだ」

「は?父上、まだ挨拶もさせていただいておりませんが?」

「事情があってな、私からお前の事は伝えておく。

 それとこの者は私に仕事を持ってきているから、

 お前は続けていつもの仕事を頼むぞ」

「はぁ・・そういうことでしたら。では、失礼します。

 お客人もおゆるりとどうぞ」

「ありがとうございます」

「・・・・」


 部屋を出て行くラーカイル氏を振り返り見送る。


「・・・ふぅ」


 空気の弛緩を感じ肺に溜まっていた息を吐く。

 部屋に入った直後の俺の精神状態がわかるかね?

 味方だと思っていた人だったし、

 息子が例えすでに故人だったとしても、

 町長として揺るがないと勝手に思っていた手前、

 知らん人間(おそらく息子)がいて正直焦った。


「人が悪いですね・・・」

「フフフ、すまなかった。

 でだ、せがれはどうだった?」

「・・・言葉だけであれば普通の人間ですが、

 やはり言葉と声音の感情が釣り合っていませんでしたので・・クロかと。

 ステータスは確認されましたか?」

「あぁ・・・MPは0だったよ。

 そうかぁ・・・ぁぁ・・スンッ・・」


 少しの間嗚咽を漏らすゲンマール氏が落ち着くのを待つ。

 気持ちは分かるなどと軽い事は言えない手前、

 俺たちには待つ事しか出来ない時間が数分続いた。


「すまないな、待たせた。報告を聞かせてもらおうか。

 と、その前に姫様はどちらにいるのかね?」

「アルカンシェ様はグランハイリアの天辺にいらっしゃいます」

「ほう、昨日の今日で上まで上がられたのか・・。

 して、どのような状況か説明を頼む」

「実は・・・」



 * * * * *

「そう・・・ですね・・・。

 朝一番でクエストを発行しても冒険者への周知が間に合わずに、

 人が集まらないかも知れません・・」


 ハルカナム町長のゲンマール氏の指示で集まったギルドマスター、

 ホーリィさんの言葉はマリーブパリアを経験した俺にとっては予想できる話だった。

 ダンジョンの解放周知も結局、

 初日は制限の30組登録が終わるまでに時間が掛かったと聞いていたしな。


「通知書だけ作成して各宿屋に告知するように案内させては?」

「ですが、人員もこの時間では集まらないかもしれませんし・・」

「集めて下さい、死ぬ気で。

 貴女は話を理解できていないんですか?」

「・・・町長どう致しますか?」

「彼だけでなく所長も所員に確認したのだろう?」

「えぇ、所員のフラジリオ君も彼らに連れて行かれた頂上で、

 アタランテと繭の大群を見たと・・・」

「なら、可能性だとしても動かないといけないね。

 滞在期間中は全面協力してくれるそうだから、

 朝までに手配を頼むよ」

「・・・・」


 開いた口が塞がらないのか、

 ホーリィさんは町長の指示に対してすぐに反応を返せない。

 所長はグランハイリア研究者なので、

 当然の如くハイリアに発生している問題解決には協力的だった。

 やりたくないのか、臨機応変に動けないタイプなのかは知らないが、

 やるべき時に動けないクズ2号かぁ?おぉ?


「はぁ・・おい馬鹿女、時間がないんだ。

 否が応でも理解してもらうぞ・・《コール》メリー!」

「えぇっ!?なんですかっ!

 何をするんですかぁああああああああああ・・・」


 信頼できる従者へと連絡を入れながら、

 ぐずぐずするホーリィと名乗ったギルドマスターの女の腕を捕まえ、

 そのまま自身の影へと転かして放り込む。



 * * * * *

「かしこまりました、すぐに対応いたします」

「どうしました、メリー?」

「ご主人様からギルマスを落としたので拾って現実を見せろ・・と」

『引っ張り出します。《閻手(えんじゅ)》』

「・・ぁぁぁぁああああああ!!!」


 クーが詠唱を行うと自身の小さな影から人間を摘まみ上げた閻手(えんじゅ)が出現する。

 悲鳴を上げながら出てきた女性が、

 例のギルドマスターなのだろうと理解する一同は、

 マリエル以外がホーリィの瞳を見て不安を覚える。


「(アインス様とは目力めぢからが違いますね)」

「(ミミカさんのようにまだ経験の浅いギルドマスターでしょうか?)」

「こ・・・ここはどこですかっ!?」

「ここはグランハイリアの天辺ですよぉ~、

 お姉さんこそどなたですか?隊長が送り込んだんでしょう?」

「わ、私はハルカナムのギルドマスターをしております、

 ホーリィと申します。

 それで、私はどうしてこんな扱いを受けているんでしょうか?

 そして、貴女方はどなた様でしょうか?」


 クーに摘まみ上げられたままの扱いで自己紹介をするホーリィ。

 アルシェの目線を受けて仕方なくクーは地面にゆっくりと下ろしてあげる。


「初めましてホーリィさん。私の名はアルカンシェ。

 アルカンシェ=シヴァ=アスペラルダと申します」

「・・・・はぇ!?あ・・・アルカンシェ姫殿下!?

 ど、どどどどどど、どうしてこんな所へ!?

 い、いいいいえ、そもそもここはどこですかっ!?」

「ご主人様からは現実を見せろと。

 クーデルカ様よろしくお願いします」

『わかりました。ホーリィさん、瞼を閉じて後ろを向いて下さい』


 混乱するホーリィの事など気にも留めないアルシェ達。

 有無を言わさぬ見事な連携でクーの魔法[猫の秘薬]を片目だけに使用し、

 使用していない目にはメリーが手を充てがう。


「さぁ、瞳を開いて知って下さい。現実を・・」


 耳元で囁かれた言葉と町長邸で聞かされた言葉が合致し反芻する。

 言われるがままゆっくりと瞼を上げていくホーリィは、

 その時ハルカナムの現状を正しく理解した。



 * * * * *

「あいよー・・・よいしょっと」


 何故かメリーではなくアルシェからコールが掛かってきた。

 そのメッセージに返事をしつつ、

 影に手を突っ込んでから片目を閉じたままの例の馬鹿女を引っ張り上げた。


「・・わかり・・ました。

 上への移動は貴男方が?」


 あちらで上手く事を進めてくれたのか、

 若干顔色が悪くなったギルドマスターは、

 まるで人が変わったかのように話を積極的に進めてくれる。


「えぇ、こちらでお連れします。

 募集パーティ数は町長に任せます」

「10組程度では大した意味はないほど広い。

 早めに対処すべきなら集められるだけ集めよ」

「わかりました。

 明日の朝までに各宿への告知を済ませておきます。

 では、失礼します!」


 町長の部屋を急ぎ足で出て行く彼女の後ろ姿が見えなくなると、

 所長と町長が揃って口を開く。


「「いったい何をされたんだ・・・」」



 * * * * *

 その日の夜は忙しく外を駆ける誰かの足音が良く響いていた。

 馬鹿女がギルドに帰った後にも、

 グランハイリアの現状やオベリスクの話も交えつつ今後の動きを検討し、

 ついでに最近町に起こるおかしな事はないかと確認を取った。

 実はこの街についてから、まだちゃんとした情報収集が出来ていなかったからだ。


「そうですねぇ・・・最近は治療院に駆け込んでいる者が多いですな」

「しかし、あれは治療すれば治まるのではなかったか?」

「その時は治まるんですが、

 また数日すると再び同じ症状が出てしまい、

 治療院も手が回らなくなってきているんだそうですよ」

「そうなのか?私の所に話が回らないと言う事は、

 せがれが対応中という事かな?」

「すみません、その症状を詳しくお願いします」


 病気が流行っているのか、

 同様の話を始めるご老人達に介入させて頂き、

 話の根本を確認する。


「症状はめまいと吐き気だ」

「時には頭痛もあるようですよ、町長」

「おぉそうだったな・・・。

 実はな、私もその症状が発症しておってなぁ、

 寝た状態だと楽になるから最近はこの体たらくなんだよ、ハハハ」


 ハハハ、じゃないが・・・。

 じゃあ明確な病気じゃないんだな・・・、

 なら地域病を警戒する必要もなくなってこちらとしては助かる。


「その症状は老若男女問わず発症しているのですか?」

「え~と・・・、いやぁ?

 大人は特に関係なく発症していると聞いたが、

 子供や老人はあまりいないらしいです」

「・・・そうですか」

「何か引っかかりましたかな?」


 思案状態に入り、

 顎に手を当てた俺の様子をみて、

 ゲンマール氏が目聡く俺に問いかけてくる。


「確証はありませんけど・・・酔っているんだと思います」

「酔う?酒を飲まない者もいたはずだが?」

「いいえ、お酒ではありません。振動です」

「振動・・?何の振動かな?」

「俺たちが認識できていないだけで、

 地面・・・いやこの地が微妙に揺れている可能性があります」

「ふぅ~む、その揺れが原因で酔うのかね?

 ちょっと信じられないねぇ」


 訝しげな所長は揺れに強いのかもしれないが、

 少し試しに足先でゆったりペースに地面を打ち鳴らす。

 当然振動値を制御してだが・・・。


「う・・・何だ?

 急に気持ち悪くなってきた・・・。

 これが酔うって事かね?」


 すぐに根を上げた所長の様子から、

 今回もしも俺の推測が正しければ、

 先の振動よりもさらに微弱な揺れという事になる。


「では・・うぅ。その振動は何故起こっているのかね?」

「さぁ、そこまではまだ。

 ところでお二方・・・地面が揺れる・・・、

 この意味を正しく理解していますか?」

「理解?それは・・・はっ!。待てよ・・そういうことかっ?」

「え、あ、あの?どういう意味でしょうか?」


 酔いからなかなか覚めない所長は、

 集中出来ず頭の回転も悪くなっていて理解が及んでいなかったが、

 町長は流石に理解を示した。


「先の水無月殿の振動、

 それは床という薄い媒体だったから起こせた・・そうだな?」

「然り」

「そして、さらに弱いが似た振動がこの地で起こっている場合、

 考えられるのは・・・我々の足下は危うい状況と言う事だ」

「で、ではハルカナムの地面の下に空洞が出来ているのですかな?」

「所詮は自分の推測で、可能性の話でしかありませんが。

 もし本当の話で、もし空洞が有り、

 もし元凶がいるとしたら早い内になんとかしないと・・・、

 街が消える事になるかもしれないですね」


 つまり俺たちのパーティで言えば、

 身長の高い俺とメリーしか地面に酔わず、

 低身長のアルシェとマリエルは揺れに強いので酔わなかった。

 精霊達も然りで、中空に浮いていたり地面に接していても低いからだ。

 再び思案する俺が目線を上げると、

 お二人の視線が俺に集まっている事に気が付いた。


「えっと、なんですか?」

「いや、何か良い手があるのかと思ってな」

「酔うという現象を知っているのなら、

 その解決方法も思いつけるかと・・・」

「残念ながらすぐには思いつけませんし、

 俺たちは王都へ急いで行く理由があるんです。

 申し訳ありませんが、対処はまた街ぐるみで行って頂く形になると思いますよ」

「それでかまわん。何かわかればすぐに知らせて欲しい」

「わかりました、滞在中はご協力しますよ・・はぁ。

 ちょっと明日もあるので仮眠取らせて頂けますか?」


 時刻はすでに深夜4時を回っており、

 危機感はあるのだが眠気が襲ってきてちょっと集中できそうにない。

 徹夜すると覚悟した手前で申し訳ないが数時間だけでも寝させて欲しい。


「うむ、そうだな。良い収穫もあったし、明日は忙しい。

 部屋を急ぎ準備させよう」

「では、私は研究所へ戻ります。

 グランハイリアには微々たるものかも知れませんが、

 草を戻す薬の準備をしておきますので、

 明日うちの研究員達も連れて行ってもらえますかな?」

「えぇいいですよ。特に疲れる事でもありませんしね。

 ふぁ・・あー、自分はこの辺で失礼します」

「あぁ、お休み。明日は頼む」

「お任せを」

いつもお読みいただきありがとうございます

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