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特に呼ばれた記憶は無いが、異世界に来てサーセン。  作者: 黄玉八重
第01章 -王都アスペラルダ城下町編-
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†第1章† -04話-[模擬戦 VSアルシェ]

 王様と王妃様にご挨拶を終わらせ、謁見の間を足早に出てきた。

 アルシェを引き連れてのダンジョン探索は、

 俺が思っているよりは少なくとも数日はまだまだ掛かるらしい。


「お兄さん!」


 アルシェの準備が整うまでの期間をどう過ごすかを考えながら、

 ひとまず城下町を目指して城の廊下を歩いていると、

 俺が今し方歩き始めた廊下の後方から、

 従者を背後に従えたアルシェが早歩きで追ってきていた。


 城内を走らないのは王様や王妃様の教育の賜物だろうな。

 俺の前に回り込むように到着すると少しだけ息を整え、改めて口を開く。


「お兄さん、私を待っている間の予定はもう決まってますか?」

「ん~、考えていたのはダンジョンをうろついてイグニスをと考えていたんだけど、

 ついさっき思わぬところで報酬でいただいちゃったからね。

 今のところ、予定は未定だよ」

「では、待っている間は城で過ごしませんかっ!

 私との連携とか、えっと、そんな感じの何かは必要でしょうっ!」


 俺を城に滞在させようと拳まで握りしめて必死に想いを伝えようとしてくる姫様。

 確かに今後のことを考えると、

 ぶっつけ本番でアルシェの手の内を確認しながら戦闘するのは怪我にも繋がるし危ないかな。


 連携もあらかじめ手の内を合わせて考えていれば、

 いざという時の切り札が出来るかも知れない。

 そう考えれば滞在自体に異論はないんだけど、

 すでに城下町でいつも使う宿を数日まとめて予約をしているので、

 女将さんにはキャンセルを言いに行かなければならない。

 さらにいきなりでは流石に問題だろうから、

 王様方にも確認を伺わなければならないだろう。


「う~ん・・そうだな。アルシェがどれくらい動けるのかとか、

 魔法は何を持っていてどんな使い方をするのかも知っておきたいから・・・。

 じゃあ、また謁見の間に行ってお父上とお母上から許可を貰って来ようか」

「ふふん、すでに貰ってきています!」ドヤッ


 この子、成長している!?

 先を読み行動する事を覚え、すでに許可を貰っているとは・・・。

 何だか寂しくもあり嬉しくもあるので、とりあえず頭を撫でておこう。

 テレテレしながら嬉しそうに笑うアルシェに案内されるがまま、

 滞在中にと宛がわれた部屋を訪ねると、

 元から客人が宿泊する時用にと用意されていた部屋に案内された。


「・・・もっと普通の部屋の方が落ち着けるんだけどなぁ」


 以前は兵舎の2人部屋だったし、

 冒険者になってからも飯が美味しいと前評判を聞いていた宿ではあるが、

 部屋としては普通の宿部屋だったからこの落差に正直戸惑う。


 とりあえず城でお世話になる前にやるべきことがあると説明し、

 今日の夜には登城する事を伝えてからひとまず城下町へ降りる。

 アルシェの様子から急いだ方が良さそうだと判断して、

 寄り道もせずにいつもの宿屋へと向かった。


「・・と言うわけで、城で過ごす運びとなってしまったので、

 大変申し訳ないんですけど・・・・」

「まぁ、姫様が関わってのもんでしたら、

 私たちはお止めすることは出来ないからね。

 返金も出来るけどどうするね?」

「迷惑もお掛けするわけですから、返金はいいです。

 迷惑料と言うことでお納めください」

「あんたも言うようになったね。

 うちも良心的な値段にしておいて得したね」


 到着後も宿の女将さんには平謝りを繰り返し、

 予約分はキャンセルする旨を伝えて、先払いしていた料金は懐に納めて貰った。

 女将さんの言うとおり、

 冒険者としての稼ぎから見ればここの宿代は飯が美味い割には安すぎるので、

 先払い分を失っても大して痛くは無いのだ。


 ついでにギルドへも顔を出す。あの職員に嫌がらせをしてやろう。

 依頼とは言え俺に内緒で情報を横流しにしていたわけだし、

 ギルドへの義理立てで報告をしていた俺の信頼を返して欲しい。

 ストレスを解消する玩具(おもちゃ)となって返して欲しい。


「こんにちわ」ニッコリ

「あら、今日は早いですね!もう今日の冒険は終わりですか?」

「いえ、まだダンジョンには行ってませんよ。野暮用がありましてね」

「そうなんですか!では、ダンジョンへいってらっしゃい!」


 相変わらずダンジョンに潜らせようとするなぁこの職員は。


「いまから用意をしてからダンジョンに潜るので何件かお店に寄ろうと思います」

「へぇ!ちなみにどのお店に行くんですか!」

「無難に雑貨屋から回って行こうかと思ってますが、

 途中で欲しいアイテムを思い出すかもしれないので予定は未定ですね」

「・・・・そうですか!では、いってらっしゃい!」


 こうして、俺の報復は始まった。ギルド経営の雑貨屋に行くと、

 やはりあの職員がニコニコ顔で待っているのが入り口から入るとすぐに目に付く。

 よしよし、しっかりと俺について来いよぉヒヒヒヒ!


 あっちに行ってはこっちに行く、

 こっちに行こうとしてどっちに行こうかウロウロする。

 入り口前に着くと迷った振りして隣の店に行こうとする、

 行こうとしたけどやっぱり戻るなどを繰り返し・・・3時間歩いた!


「水無月さん!ハァハァ・・いいかげん用意も整ったでしょう!

 ハァハァ・・・ダンジョンへ潜っては!?」


 おやおや?何故かずいぶんお疲れのご様子であそばされておいでの職員さん。

 彼女の職場はインフォメーション窓口のはずなのに、

 どーして?ホワイギルドスタッフピーポー!


「いやぁ今日は買い物がずいぶん捗りまして、

 思ったより時間が掛かってしまったので今日はやめておきます。

 夜の予定があるのでまたここに顔を出すかも知れませんが・・」


 頬をひくつかせて、

 肩を落とす職員を見て溜飲が下がるのを感じる。

 うむ、余は満足じゃ!


「冗談ですよ」

「・・・・どこからどこまでが冗談でしょうか?」

「どこからどこまでだと思います?」ニッコリ

「・・・・・」


 追撃?加えますよそりゃ。

 2ヶ月強監視されていた事を思えば、

 1日で許してもらう為にはこの程度の嫌がらせは頑張ってもらわないとね。

 まぁ、許すのは俺の意思で許してくれと言われたわけではないので、

 職員さんにしてみれば無理やり贖罪させられている状況なんだけどね(笑)


「まぁ、この辺でいいでしょう」

「何のお話でしょうか・・・・?」


 流石のギルド職員とはいえお疲れの様子で、

 普段よりも体力が低下しているおかげか、

 いつもの語尾にエクスクラメーションマークのある元気がない。


「今日は早朝から城に用事が出来て謁見をする機会がありましてね、そこで面白い話を聞いたんですよ。」ニッコリ


 職員の頬を嫌な汗がツーッと流れていく。


「俺は王族の方とちょっとした知り合いでしてね、

 とある男をギルドに依頼して動向を調査していたらしいんですよ」

「へ、へぇー・・・一体王族の方が興味を持つ冒険者はどんな方なんでしょうねぇ」

「・・・・俺は冒険者なんて一言も言ってませんが、

 貴女が何故それを知ってるんですか?」

「え”っ!?」

「俺は・・・全てを知っています」


 ついに限界まで来たのか、

 顔を青ざめさせてカタカタと震える足を必死に支える職員。

 王族からの依頼、本人に気付かれないように敢行する調査、

 情報漏洩・・・、あらゆる最悪のイメージが頭を流れているのだろう。


 気付いたのは依頼人の王族からのネタバレだし、

 異世界とはいえ情報漏洩は扱いが難しい問題だろう。

 なにせ冒険者だけでなく、

 一般人もこのギルドに登録して身分証の如く利用しているので、

 この情報漏洩はギルド全体の信頼に影を落とすには十分な爆弾だった。


「これから嘘をつく事を禁止します。質問に正しく答えてください」

「・・・・・はい」


 観念したのか、それとも3時間走り回った影響か。

 疲れきった職員は一気に老け込み、俺の質問に答えるマシーンに変身してしまったらしい。


「貴女の名前は?」

「アインス・ヴォロート」

「カッコいい名前ですね」

「ずいぶんと昔に落ちぶれた貴族の末裔ですので・・・」

「役職は?本当に職員なんですか?」

「職員といえば職員なのですが、役職としてはマスターをしております」

「はぁ!?ギルマス!?なんでそんな偉い立場の人間が窓口で働いてるんだ!?」


俺のイメージするギルマスといえば、

もっと奥の部屋に引っ込んでいてずっと書類仕事に追われ、

来客の対応や緊急事態でしか受付まで顔を出す機会の無い役職だと思うんだけど!?


「理由としましては人手不足が最たる原因なのです。

 冒険者は男性が多く、自然と受付は女性の仕事となりました。

 ただ、しばらく働くと冒険者と恋に落ち寿退社する職員が後を絶たないのです」

「はぁ・・・貴女・・アインスさんは結婚しないんですか?」

「まぁ、私も結婚済みですよ。

 先に説明しますと私は妖精種の血が入っているので、

 見かけは人間ですが長命なのですよ。夫は寿命で天に召されています」

「さいでっか。で、なんで依頼も調査もギルマスが?」

「こんな危険を孕んだ依頼を一介の職員にまかせてしまうと、

 ストレスで死んでしまいかねません。

 結局、場数を踏んでいる私が対応することになりまして、

 いま必死に生に縋りついている状態です」


 自分がストレスで死に掛けていると伝えてくるくらいには余裕があるのだろうか。

 許すの止めようかなぁ・・・。


「ふぅむ。あ、妖精って本当に居るんですか?」

「それは当然いますよ。

 普段は里から出てこないですし、

 個体数も増えにくいのでなかなか見掛けることはないですが、

 変わり者が里の外をフラフラしている事があるので、

 人目に晒される事案は少ないですね。

 それと、精霊種の血が薄くなって存在を確立した種が妖精種となります。

 人と混じるとどちらかの血が強く出るので分かりやすいですよ。

 長命になるかもランダムですね」


 精霊の下位種族が妖精か、これは知らなかったなぁ。

 異世界から帰るまでに1度は見た目も妖精の個体に会いたいなぁ・・・。

 思いがけない解説に聞き入る。


「四神と呼ばれている神様は4属性に分かれており、

 水属性はシヴァ様、炎属性をサラマンダー様、

 土属性をティターン様、風属性をテンペスト様がいらっしゃいますが、

 神と呼ばれているのは信仰が高くなった為であり、

 種族としては精霊のさらに上に属する大精霊なのですよ。

 時と共に代を代えてテンペスト様のみが初代のままなのです。

 上位魔法名は全て初代様の名前を冠しているのを知っている冒険者も少なくなりました」


 世界の秘密の一端を知ってしまった気がするな。

 じゃあシヴァ様は何代目かの神・・・いや、大精霊なのか。

 神様ではないとしても大精霊では親しみは持てないなぁ。

 いずれにしても雲の上の存在なのだから出会うことは流石にないだろう。

 勇者君みたいな主人公なら出会うかもな。


「ありがとう、勉強になった。とりあえず、俺のストレス発散・・・

 というか、

 理不尽な情報漏洩はこれで解消としますので、

 今後も冒険者と職員としてよろしくお願いしますね、アインスさん」

「かしこまりました、

 この度は不快な思いをさせてしまい申しわけございませんでした。

 以後も変わらぬ対応に感謝いたします」


 これにて一件落着!!さぁて、お城に帰りましょうね!



 * * * * *

「夜も遅いし、動きの確認は明日にしような」


 登城した俺は顔見知りへの挨拶もそこそこに、

 与えられた部屋へと足早に移動すると、

 さっそく部屋へ遊びに来たアルシェに確認を取る。


 朝に別れてから俺が再び城に訪れるまでずっとそわそわしていたと、

 御付のメイドさんがこっそり教えてくれた。

 出会いから和解、そして今に至る懐き方が尋常じゃないな(笑)

 何かきっかけがあれば人見知りを乗り越えて仲良くなれるのかも知れない、

 城外での活動で悪い虫が付かない様に俺が兄としてしっかりしなければならないな!


「それで構いません、明日が楽しみですね」


 まだ10時にもなっていないというのにすでに寝間着姿で来ていたアルシェは、

 そういって客室のベッドのひとつに身体を忍ばせる。


「いやいや、何してるのアルシェ。部屋へおかえり」

「いえ、起きてすぐ行動に移れますからここでご一緒させていただきます!」


 突然のアルシェご乱心に俺も心乱され、

 保護した野生動物を森へ返すような口調になってしまった。

 ベッドは別なのは当たり前だが、

 仮にも一国の姫が兄と慕っているとは言えだ、

 他人の男と同じ部屋で一夜を過ごすのは良くないだろう。


 側近のメイドへ目で助けを求めたら、確かな意思でコクンと頷いた。

 その頷きに俺は言外のメッセージを見いだした。


(そのまま寝かせてください。

 寝入ったら私が回収して部屋へお連れいたします)


 言外のメッセージを俺はメイドさんとのアイコンタクトで理解した。

 そういうことならまぁいいかな・・・。


「まったく仕方ないな。

 妹の我が侭を聞くのもお兄ちゃんの仕事だからな」


 そう言って、頭を撫でるといつものテレテレ顔で布団で顔を隠してしまった。


「それでは私はこの辺で失礼致します。おやすみなさいませ」

「あ、はい。おやすみなさい」


 あとは任せるぞメイドさん・・・。

 電気を消して部屋を出たメイドさんの気配が外に残っているから部屋の前で待機しているのだろう。


「おやすみ、アルシェ」

「おやすみなさい、お兄さん」


 朝の早い内から城に出向いて、

 お昼過ぎまでギルドマスターだと判明したアインスさんで遊び、

 その後も買い物で数件回ってからまた城に来たので今日は歩き通しだから、

 肉体的にも精神的にもすごく疲れを感じているからか目蓋も重く、

 これはすぐに眠れそうだ。

 メイドさんに心の中でアルシェの事を託した俺は、すぐに深い眠りに落ちていった。


 翌朝、何故かアルシェが可愛らしい寝顔をして同じベッドで寝ていて、

 俺を脇から抱きしめて抱き枕がごとくがっしりとしがみついていた。

 スヤスヤアルシェを起こさないように優しく引き剥がしてから部屋を出ると、

 昨夜のままメイドさんが立っていたので小声で話しかける。


「(おはようございます)」

「(おはようございます、水無月(みなづき)様)」

「(なぜ、アルシェを彼女の部屋へ返していないのですか?)」

「(?)」

「(昨夜、アイコンタクトした時に頷いていたでしょう?)」

「(あぁ、あれですか。

 わかりました、寝入ったら水無月(みなづき)様のベッドへ移しておきますね。

 という意味だったのですが・・・)」


 なんでこのメイドは間違っていましたか?心外です!

 とでも言いたげな表情でもないんだけど!なんか無表情だしこの人!

 眉毛と口角の微かな動きでメイドの機微を確認すれば、

 おそらく私の言ってる意味をご理解されていなかったんですか?

 と言われておられる・・・。


「(何言ってるの!?姫!姫!

 懐いているとはいえ同じ部屋で寝たら駄目だろうって意味で目を向けたんですけどぉ!?

 部屋でも駄目なのになんで同じベッドに入れちゃったんですか!?)」


「王妃様からの指示です」


 最後だけ、小声じゃないマジ声で言われた。

 元凶は王妃様だったらしい。

 これでは指示をされたメイドさんを攻められないではないか。

 それでも文句、言わずにはいられない!!


「(常識的に考えて、駄目だって思いませんでした?)」

「(王妃様から新しく出来た息子なの♪と聞いておりますが?)」


 このクールメイド・・・その言葉で納得するのかよ。

 もう駄目だ・・・、

 この城の中で俺の言葉に耳を傾けてくれるのはアルシェだけなんだ、きっと・・・。


「(・・・はぁ。アルシェが普段起きる時間になったら起こしてあげてください。

 俺は少し身体を動かしてきます)」

「(かしこまりました)」


 完全敗北した俺は若干しょぼくれた顔で移動を開始して、

 洗面所で顔を洗い、そのまま修練場での朝練を始めようかとしていたその時。







「お兄さんはどこですかぁーーーー!!??」


 アルシェが起きたのか、朝から可愛らしい大声が城に響いた。



 * * * * *

 軽くランニングをしてから身体を引き締め、

 どこのメイドさんかは知らないけど気を利かせて風呂を用意してくれたので汗を流し、

 さらに風呂場の外で待っていたメイドさんに案内されて朝食を食べに来た。

 案内されるがままに席に着いたら、すぐにアルシェも姿を現して席に着いた。


 あの大声からしばらく経っているから、

 この時間にはアルシェも落ち着きを取り戻して・・・あれ?

 取り戻してないな。

 メイドさんを見るとコクンと頷く。

 その頷きは何を意味した頷きなんだっ!?


「(アルシェ様は起きられた際に、

 水無月(みなづき)様がいらっしゃらなかった事にご機嫌斜めです)」

「(機嫌を取るのもメイドの仕事でしょうが)」

「(それもそうですが、家族の問題は家族で解決するものかと)」

「(息子うんぬんのあれは王妃様の冗談だから真に受けないでください!)」


 チラリと俺の横に座るアルシェを横目で確認してみると、

 自分を抜いてこそこそと話をする俺と側近メイドを見て、

 かわいらしくほっぺを膨らましてさらにご機嫌が斜めになっていらっしゃるようだ。

 話題を提供して場を濁そう(名案)


「おはよう、アルシェ。良く眠れたか?」

「えぇ、気持ちよく寝入ることは出来ましたが、

 起きたらお兄さんはいないし寝ているベッドは違っているしで、

 朝から大混乱ですわ」プリプリ

「まぁ、その件はそのメイドさんに聞いて頂戴。

 ご飯を食べたら修練場の隅を借りて軽く運動しよう。

 いきなり激しく動くと身体に悪いし効率も悪いからね」

「わかりました」ニッコリ


 よし!さすがだなアルシェ、素直ないい子で本当に良かった。

 一瞬プリプリと怒りながら愚痴を言われた時は、

 あーこりゃ不味いかな?とも思ったんだけど、

 あまり怒り慣れてもいないのかすぐさまアルシェの矛は治まった。


「そうだ。流石に城の兵士だと手が空いている人はいないだろうけどさ、

 対人戦の訓練をしたいと思ってるんだけど、

 手を貸してくれる方はいるかな?」

「そうですね・・・、余り時間は取れないかもしれませんけれど、

 新兵の中で腕の立つものを手配しておきましょうか。

 お兄さんは片手剣をお使いですけど、兵士の武器は何をご所望ですか?」

「出来れば全部の武器でお願いしたいかな。

 ひとまず、駆け引きを人並みに出来るようになれば、

 アルシェの援護だけで窮地を脱せるだろうからね」

「なるほど、わかりました。メリー、誰か最適な方はいますか?」


 メリーとはあの無表情クールメイドの事らしい。

 アルシェと関わるならこのメイドとの付き合いも長くなるだろうし、

 名前を覚える努力をしよう。


「ポルトーが最適でしょう。

 遠距離武器以外であれば何でも一通り扱えますので」

「では、時間が空き次第私たちの元へ来るように伝えておいてください」

「かしこまりました」



 * * * * *

 俺はいつものやっている食後のジョギングを軽くこなし、

 アルシェもそれに付き合って身体をほぐした。

 柔軟まで教えながらアルシェと行い、

 準備が出来た俺は手ぶらでアルシェに声を掛ける。


「じゃあ、まずは俺と戦ってみるか・・」

「・・・え!?」

「俺の魔法は一般人と同レベルだから戦士としての部分だけわかればいいだろ?

 今回はこっちからの攻撃はなしで俺は全力で避けるけど、

 アルシェは俺に当てるつもりで魔法を使って欲しい」

「あ、そういう事ですか。

 わかりました、危なくなったら言ってください。

 すぐに魔法を止めますから」


 対人らしい対人は流石に姫様ということで積極的な訓練が出来なかったらしく、

 俺との正面衝突に一瞬怯みをみせたアルシェだったが、

 俺が魔法職に詳しくないし幅を知らないという事を説明して納得してくれた。

 審判はその間暇を持て余すメリーさんに任せることにして、

 俺たちはお互いに離れた位置にセットする。


「では・・・開始!」

「≪レイボルト!≫」


 メリーさんの振り上げた手が下ろされると同時に発せられる開始の合図。

 その声の残響と共に、

 アルシェは(てのひら)を俺へと素早く向けて、

 雷魔法のレイボルトを撃ち放つ。

 雷魔法だけあって接触するまでの速度が速く、

 敵を貫通して近くにいる敵にもダメージを与える効果がある雷が迫る中、

 俺は落ち着いて亜空間からショートソードの柄を握って取り出す。


 切っ先を下に向けた状態で出てきたショートソードの腹を雷へと晒したまま、

 握っていた柄を手放すと、

 刀身にレイボルトが当たって帯電する。

 本来であればレイボルトの効果でそのまま剣を貫通して俺に届くのだろうが、

 その一瞬のタイムラグの間に自然落下でショートソードは地面へと刺さり、

 溜まっていた電撃は俺に向かう前にアースの法則で地面へと逃げていく。


「・・・っ!」

「ほら、アルシェ!魔法が止まっているぞ!」


 一瞬の攻防の中で起こった知らない回避方法に驚いたのか、

 戦闘中だというのに動きが止まるアルシェ。

 もしかしたら人に魔法を放つのも初めてなのかもしれない。

 その隙にチラリと周りを見渡すと、

 誰かは知らないが見物人が数人増えていた。どなたかおるやんけ!


「≪ヴァーンレイド!≫」


 一瞬の停滞から回復したアルシェは同じく(てのひら)から火球を発生させて、

 再び俺へと撃ち放つ。

 初級魔法の中で最も威力のあるその魔法を、

 俺は地面から抜いたショートソードを構えて迫る火球へと振り下ろした。


 ボァァン!!!

 何の変哲も無いショートソードは火球の中心を通り過ぎ、

 火球は特に減衰をすることもなく俺に接近してきた。

 あーやっぱ駄目かと思う間もなく、

 咄嗟にバックステップをしながら左手を亜空間へ突っ込み、

 アイアンシールドを取り出して防御の構えを取ろうとしたところで体に接触して爆発が起こる。


 ボオオオォォォォォンッ!!!

「ゴッホゴホ・・」


 後ろへ吹き飛ばされながらアルシェの方向を見ると、

 先ほどの火球があと3つこちらへ放たれていた。

 ヴァーンレイドを一度唱えるだけで4つまでは出せるのか・・・すごいな。

 俺は1つしか出せないぞ!


 足が地面についたら回避の為すぐに横へ駆け出す。

 ヴァーンレイドは一直線の軌道しか取れないので横に動けば当たらない。


「≪エアースラッシュ!≫」


 アルシェが半円を描くように手を振ると、

 空間が歪みながら追加で何かが数発飛んでくる。

 エアースラッシュはカマイタチを3~5発放つ魔法で、

 使い方次第では1方向に全て放てる。

 今回は俺が横移動しているのでアルシェは広範囲に撃つことを選んだようだ。

 先ほどの動きからあの半円の範囲から俺へ向かって魔法を撃ったのだろう。


 見えづらいけど微かに空間が歪んでいるのでさらに回避を試みる。

 1発目は俺の通り過ぎた跡を通っていき、

 2発目は屈んで回避、3発目は屈んだことにより見失ったため盾で弾く、

 4発目は俺の行く予定だった場所を通り過ぎていく。


「《アイシクルバインド!》、《アイシクルエッジ!》」


 アルシェが2つ連続で魔法を詠唱する声が聞こえたと認識した時には、

 俺の足元が急速に凍り付いていき、

 回避も間に合わずに足首までが凍って動けなくなってしまった。


 マジか!この魔法知らないぞ、おい!

 バインドって事は足止め拘束が目的か。

 アイシクルエッジはわかる、俺も使える。

 自分を中心に1.5mほどの地面が凍って、

 その範囲の地面から氷の刃が飛び出してくる魔法だ。


 これは敵に囲まれた場合に有効なんだけど、

 俺とアルシェは10mくらい離れている。

 本来であればとても範囲が届くとは思えないが・・・。


「≪ヴァーンレイド!≫」


 魔法使いのアルシェが足止めまでしておいて無駄な発動をするとは思えない。

 そう即決で判断すると自分の足元に火球を放ち、

 拘束している氷の破壊を試みる。

 それでも魔法の練度がアルシェの方が高いためか、

 1発の火球では壊しきれずに足の側面がまだ凍り付いている。


 それでもほとんどは融けていたので力尽くで無理やりバインドから抜けだして、

 ようやっと一歩を踏み出すとツルリという感想を抱く。

 先のヴァーンレイドでの解凍で発生した白煙はすぐに失せ、

 俺の周囲で起こっている状況は白日の下に晒された。

 移動範囲のほぼ全域の地面が凍り付いている。


 アイシクルエッジの刃が出現する前の状態にそっくりなんだが、

 こんな広範囲をカバー出来る魔法ではないぞっ!

 何をしたのかわからないけど、

 普段ならもう出ている氷の刃がいつまで経っても出現しないので、

 魔法を改変していると仮定して動く事にする。

 アルシェが編み出したのか教師が教えたのか知らないがこれは厄介だな・・・。


 シャッーーーーーーーーーー!


 足下に広がる氷原に意識を持って行かれているうちに耳に聞こえてきた何かが滑る音。

 慌ててそちらに目を向ければ、

 アルシェが次のアクションを暇を与えずに起こしており、

 何をどうしてるのかわからないけれどこちらへ向かって滑って来ている。


 普通に滑るのではなく足の接地面になにか仕込んでいるように見える。

 魔法使いは固定砲台になるのが常だが、

 これはなかなかに危機感を覚える状況だな。

 動ける砲台とか冗談ではないぞっ!

 コミケでいつも完売してるあの人みたいじゃないか!

 頭冷やそうか砲を撃たれる前に動かないとっ!


「≪ヴァーンレイド!≫」


 氷で足を滑らせながら到着位置と定めた場所に魔法を撃ち込んで融かす。

 何をしてくるのか知らないが、

 この状況では踏ん張る事も出来ず魔法使いのSTRでも吹き飛ばされるだろう。

 なにより、足元のあれがヤバイ!

 方向転換可能で加速も出来るとかヤバ過ぎる!

 何箇所か溶かして足場を確保する間に、ついにアルシェが肉薄してきた。


「お兄さん!覚悟っ!」

「応!来いやっ!」


 気迫の篭った声音で杖を両手で構えて大きく振りかぶるアルシェ。

 おいおい!殴りウィズかよっ!

 アイアンシールドを構えて杖に添えて攻撃を逸らせると、

 勢いで殴打してきたアルシェは俺の脇をそのまま抜けていき、

 すぐに足下の何かを解除して滑りながらも自身の向きを俺へと調整すると、

 再度足下にアレを展開させて魔法使いのくせに再び殴り掛かってくる。


 さすがに魔法使いの殴りなら振りの速さも攻撃の重さも対処できる範囲だ。

 ダンジョンでも剣を持ったスケルトン相手に戦っていた俺を舐めるなよ!

 パリィ!パリィ!パリィ!パリィ!パリィ!パリィ!パリィ!パリィ!パリィ!パリィ!


「≪アイシクルエッジ!≫」


 杖で俺を殴りながら範囲魔法を唱えるアルシェ。容赦がない!

 今回は範囲内だし改変する余裕も無いだろうから俺の知っているアイシクルエッジのはず!

 その判断は正しく、すぐさま融けていた足場が再び凍りつき踏ん張りが利かなくなる。

 この場では回避も捌きも難しいと考えて、

 俺は殴りかかってくる杖にわざと盾を正面からぶつけて上半身の力に任せて杖を弾く。


 俺の身体は衝撃を受けて思い通りの後方へ滑っていき、

 先ほどまでいた場所には地面から氷の刃が生えているのが見えた。

 ふぅ、危ないなぁ。

 ってかアルシェが想像を飛び越えて強すぎる。

 どんな魔法を使うか確認しても、

 知ってる魔法ですら効果が違うのでは話を聞いただけでは理解できなかっただろう。

 魔法がない世界から来た俺なら尚更わからん!


 滑る身体を止める為にショートソードを両手持ちへと持ち替えて、

 地面に思いっきり突き刺して勢いを殺す。

 動きが完全に止まってから握っていたショートソードの柄から手を放して、

 立ち上がりながらも右手をインベントリに沈めていき、

 ゆるりと引き抜いかれていく新しい片手剣。


 抜いた剣の温度は高く、

 その熱気に中てられた足下に広がる氷は端から融けては水へと変わっていく。

 インベントリに収納してあったイグニスソードが完全にその姿を現すと、

 俺の足下だけではなく足場は完全にアルシェの支配から解放されていた。


(;゜д゜)ゴクリ…


 誰かが喉を鳴らす。


「よし、これで終わろう」

「・・・・ふぅ、すっごく緊張しました。

 止めても止めても動くお兄さんを見て、私は必死でしたよ!

 最後とか赤い剣を取り出して地面を融かすのとかすっごくすっごく怖かったです!」


 コクコクと周囲で見物していた新米兵士が数人いた。

 お前らは自分の訓練をしなくていいのか。


「まあ、始めに宣言したとおり回避に専念していたからな。

 これ以上足掻くのであれば攻撃ありきでないと何も出来ないよ」

「そうですか。お兄さん、私はどうでしたかっ?」

「正直驚いたよ。俺の知らない魔法に、知っているはずの魔法の効果が違ったり、

 殴ってきたり、知らない歩法を使ったり・・・。

 さっきは攻撃ありきならとは言ったけど、

 イグニスを出すまでは本当に回避に専念しないと危なかったんだよ?」

「そう・・・ですかっ!」


 笑顔で嬉しそうにするアルシェは冒険者として十分にやっていける実力者だった。

 今回の戦闘は本当に攻撃に移る余裕が無かったし、

 攻撃以外にも色んなこと知識を勉強して技術を修練して、

 新たな攻撃方法も習得していかなければいけないと反省する点が見つかるいい経験になった。

 俺も兄としての威厳を保つ為にもっと頑張らないとな。


 イグニスソードで地面を融かしながらアルシェに歩み寄り、頭を撫でる。


「ひとまず、お疲れ様」

「はい、ありがとうございました!」


 パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ。


 なんか知らんが勝手に集まって見学していた兵士や衛兵、

 メイドにどこの誰だか知らない豪華な衣装を纏った人も皆が拍手をして、

 俺とアルシェの健闘を讃えてくれていた。

 アルシェへ顔を向けるとまだ嬉しそうに、

 でも恥ずかしそうな照れ笑いを浮かべていた。

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