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特に呼ばれた記憶は無いが、異世界に来てサーセン。  作者: 黄玉八重
第05章 -海風薫る町マリーブパリア編-
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†第5章† -07話-[深夜の街を彷徨う人影、調査編Ⅰ]

 その日は朝練もそこそこに身支度を整える事に時間を使い、

 10時からギルドで行われるペルク氏の葬儀へと参列した。

 彼が生まれたのはこの町ではないそうなので、

 正式な葬儀は骨を持ち帰ってからになるらしい。

 この町で行う葬儀は、

 知人を集めて行う簡易的なもので、

 肉体は流石に数週間連れまわすことは出来ない為、

 亡くなった町で火葬することが決まっている。


 ギルドの大きい部屋を貸し切って勇気ある冒険者へ言葉を預けていく。

 順々に名前が呼ばれ、ペルク氏の眠る棺桶へと足を進める。

 当然、俺達のパーティは全員参加しており・・・。


「お次、アルカンシェ=シヴァ=アスペラルダ様」

「はい」

「(えっ?なんでそんな大物が!?)」

「(アスペラルダってことは・・・そういうことだよなっ?)」

「(ペルクってアスペラルダの姫様と知り合いだったのか!?)」


 こうなることはわかっていた。

 一応この場限りの名乗りの予定ではあるが、

 人の口に蓋が出来ないは道理。

 この話はしばらく冒険者の間で広まるだろうが、

 アルシェ曰く。

 他国とはいえ一般人の方に被害を出してしまったのは王族の失態。

 もう何もして差し上げることが出来ない私にいま出来る事は、

 名を使ってペルクさんに箔をつけて、名誉を守ることだけです。

 ということらしいから、俺もここは納得している。


 箝口令かんこうれいまで布いて、

 ダンジョンで死んだわけでもない。

 そんな彼の死因は病死扱いにされ、体もここで焼いてしまうので、

 事実を知っているのは俺たち・ペルクパーティ・ギルド・王族となる。

 いまのところはアスペラルダ国の王族だけになっているが、

 王都の調査次第ではこちらの王族から保険料みたいな資金が支払われるだろう。


「なんつうか・・・悪かったな。

 こっちが巻き込んだようなものなのに・・・」

「アルカンシェ姫殿下も名乗られるご予定はなかったのですよね?」

「いえ、国民を守るのは王族の義務。

 そして命を賭して情報をくださったペルクさんは、

 他国の王族からも賞賛して然るべきなのです。

 私は彼の献身に感謝しているのですから、逆にこの程度しか出来ず申し訳ございません」

「感謝します、アルカンシェ様」

「お心遣い痛み入ります」


 アルシェが本心から想っての行動である。

 しかし言っては何だが、彼らへの義務はこれで済んだだろう。

 情報をくれたペルク氏には感謝しているけれど、

 現在進行形で緊急を要している状況かの確認を急ぐ必要がある。



 * * * * *

 時間にして1時間の葬儀は終了し、

 俺たちは3日後にこの町を出発することに決めた。

 その間に例のゾンビ事件への協力をして、

 解決に至らなかったとしても出発に変更はないということも確定事項として通達する。


「でも、日中は手の出しようがありませんよ?」

「目撃情報が俺とメリーしかないけれど、

 時刻、場所、方角を考慮して兵士とも相談してみようと思う」

「かしこまりました。

 本日から私はご主人様と行動すればよろしいのでしょうか?」

「あぁ、そうしてくれ。

 アルシェとマリエルはその間にバイトと訓練をしておいてくれ。

 バイト先には出発日を伝えておけよ」

「「わかりました」」

「アクアとクーには悪いが、2人についててやってくれ。

 危ないことは無いと思うけど、いざとなれば協力して対処を頼む」

『あい!』『はい!』


 ステータス自体はまだ回復していないが、

 体が動くので2日と半日は全力で調査に力を入れよう。

 いざとなればメリーが対処出来るし、

 俺に求められるのは異世界の書物から吸収した可能性の知識だ。

 荒事に発展するならクエストをギルドに発行するように伝えておけばいい。


「ニルは俺と一緒に訓練しつつ町を回るぞ」

『え?ニルはクーデルカさんと一緒がいいですわー!』

「この町を出たら引っ付いてていいから、

 3日だけ俺に付き合ってくれ」

『わかりましたわー!』

『え!?お父さまっ!?』


 元来人見知りするクーは、

 メイドという仮面を外すと途端にオドオドしだす。

 ニルは今のところ末っ子という安置を確立する事となり、

 クーは次女になる為、中間管理職よろしく大変な立ち位置に立たされた。


「まぁ、喜怒哀楽もはっきりしてるし、

 ちゃんと言い聞かせれば従順になるんじゃないか?」

『そんな犬猫じゃないんですから・・・』

「本能で動いてるっぽいし、似たようなもんだろ」

『ですわー!』



 * * * * *

 葬儀は朝から始まった為、

 俺とメリーはアルシェ達を冒険者食堂[カンパレスト]まで送っていき、

 そのまま駐在所へ向かうことにした。


「とりあえずニルの能力を把握しないとな」

『ニルは風の精霊ですわー!』

「そりゃ知っとるわ。

 精霊や魔法についての知識もついてきたからな、

 ニルの能力についても以前より輪郭を捉えられるだろう」

『何を言ってるかわかりませんわー!』


 大きさにして大体手の平サイズのニルは、

 契約精霊共と違って俺に過剰接触せずに近くを飛びまわっている。

 俺が話しかけてこちらへ言葉を投げ返す時には、

 その人の眼前の中空に停止して話をしてくる。


「全力で風を吹かす事はどのくらいできる?」

『そうですわねー・・・こう!ですかしら?』


 ティンカーベルのような妖精をイメージしたニルは、

 アクアよりもさらに小さく細い印象を受ける。

 そのニルが俺に向かってその小さな腕を振るい風を起こす。

 手の平を全力で開いて扇ぐように起こされた風は、

 俺の突風よりも弱い・・・いや、

 発生した瞬間は俺と同等かも知れないけれど、

 届く頃には勢いがなくなり、そよ風へと変わってしまった。


「ご主人様の推測が当たっておられれば、

 風精霊に有利な環境なのですよね?」

「意外だけど、1回加階した程度で訓練もしていないと、

 風精霊といえどこんなものだと勉強になったな」

『言われたとおりにやったのに、ひどい言われようですわーっ!』

「いや、すまんかった。ありがとう」


 確かにやれと言われたのに、

 大したことないなと言われれば気分も良くないよな。

 謝罪をしながら人差し指を曲げた状態でニルの頬を撫でると、

 両手で指を抱え込んで顔を寄せる。


「どした?」

『・・・そうはちは、なんだか良いですねぇー。

 居心地が良くてずっとこうしていたくなりますわー』

「亜神の加護を持ってるからな。

 契約すればいつでも魔力を食べることが出来るぞ?」

『確かにこれは魅力的ですわー・・。

 ありがとうございました、とても美味でしたわー!』

「あ、いまのは食しておられたのですね」


 よく考えればいままで浮遊精霊から契約した事のある、

 アクア・クー・ノイは初級魔法と中級魔法が使える事は知っていた。

 しかし、制御魔法の存在をよくわかっていなかったので試したことはなかったのだ。


「魔法は何が使えるんだ?」

『エコーボイスとソニックと、

 エアースラッシュとウインドブラストが使えますわー!』

「既知の魔法なので戦闘への組み込みはやりやすそうですね」

「セリア先生とアインスさんが使っていたエコーボイスに、

 キュクロプス戦でも使っていたソニック。

 風の初級と中級魔法か・・・雷魔法は使えないのか?」

『あ、忘れてましたわー!

 レイボルトとプラズマレイジスも使えますわー!』


 雷の中級である[プラズマレイジス]はまだ見たことはない。

 そもそも中級の魔法からは店売り品ではないので、

 ダンジョンでのドロップ運か、闇市運がないと魔導書に出会えず、

 習得出来ない。


 書物で確認した限りでは、

 雷の玉を対象へ発射し、着弾後雷球が拡大し周囲へもダメージを与える。

 手前に敵の集団がいても、

 奥にいる集団を攻撃したいときに使えそうだと考えたのを覚えている。


「エコーボイスはアインスさんも使ってたけど、

 ソニックはどうなんだろうな・・・。

 もしかしたら、種族的な専用魔法なのかもしれないな・・・」

『よくわかりませんわー!』


 まぁ、制御で似たような事は出来ているし、

 逆に集音の魔法はないみたいだから、この辺はセリア先生に相談してみよう。


 訓練と称していたが、

 結局ニルの能力を確認するだけで終わってしまい、

 俺とメリーは目的の駐在所へ到着した。


「こんにちわー」

『ですわー!』

「はい、ただいま!

 おや、確か水無月さんでしたか・・。

 今日はどうされたのですか?」


 先日、俺が青ゾンビを発見したときに、

 声を掛けてきた青年兵士が対応に出てくる。


「例の青い奴の捜索に協力出来ないかと思って伺いました」

「それは・・こちらとしては助かりますが、

 貴方方はアスペラルダ国(ゆかり)の方々ですよね?

 でしたら、難しいかも知れません」

「国際的な問題ですか?」

「いえ・・・」


 口にし辛い事があるのか、

 視線を駐在所の奥にある扉へと移す青年。

 話せやコラ!とばかりに青年に近づき耳を寄せると、

 観念したのか青年は声を潜めて喋り始める。


「(実は先月から王都でヘマをして交代となった兵士長が赴任しまして、

 ちょっとその人が傲慢というか・・・、

 今までも冒険者の方が何名か協力を申し込んで下さったのですが、

 門前払いしてしまって・・・。

 水無月さん達はさらにアスペラルダ出身ということが分かればなおさらかと・・・)」


 ふむふむ、なるほどな。

 他の兵士にも目を配ってみたが、

 こちらも協力することに賛成派のようだ。

 ということは兵士長さえどうにかできれば解決出来そうだな。


「(兵士長は王都から来たのですよね?

 声に抑揚がないとか、よく呆けていたりとかしませんか?)」

「(いえ、そういうことはないですね。

 よく小さな事で怒鳴るのですが、機嫌が悪いのだと分かる程度には感情的です」


 予想に反して地位の高そうな兵士長へは死霊使い(ネクロマンサー)の魔の手は届いていない?

 いや、動き回れる冒険者と町の情報の集まる町長を優先した結果か?

 誰彼構わず操っていないのだとすれば、

 魂を分けるのも限界があるということになるのだろうか?

 とにかく、この町での活動も時間が限られているので、

 兵士との協力をどうにか取り次ぐ必要があった。


「メリー、彼と交渉するから皆様にお茶でもお入れしてあげてくれ」

「かしこまりました」

「え?ですので・・・」

「ニルは俺の制御を把握出来るように意識していろ」

『ですわー!』


 息を吸い込んで、肺を満たしたら呼吸を止める。

 自分の周囲に漂う風を感じ取り、

 区切る範囲を決めてからゆっくりと風を束ねて結界へと変化させていく。


『これが制御ですの・・・、振動が漏れないですわー』

「ふぅ・・」


 風を制御させた結界は俺と青年兵士の上半身だけを包み込む形に設定し、

 会話で発生した空気の振動を結界外へ漏れないようになっている。

 とはいえ完全ではなく、小声程度には漏れてしまうのだが、

 いまは日中ということもあり、雑踏や人々の声もあるので結界外にいる人の耳に届くことない。


「いまから俺たち2人の会話は彼らにも届かなくなります」

「はぁ・・、・・・え?」

「試しに大声で彼らにこっちへ来いと言ってみてください」

「???わかりました・・。おい、こっちへ来てくれ!」

「・・・・」


 青年兵士の大きな声がけに対して、

 何のリアクションも起こさずに、

 メリーに入れてもらったお茶を飲みながら談話をしている。

 まるで声が聞こえなかったかのように・・・。

 青年兵士が状況を理解したところで本題へと切り込んでいく。


「まず、俺たちの都合ですが、

 今日を含めて3日の滞在後に王都へ向けて出発します。

 なので、それまでに糸口くらいは見つけておきたいんです」

「ですが協力は・・・」

「こちらは勝手に動く、

 そちらは入ってきた情報を元に捜査をする、でいかがですか?」

「お互いが勝手に動くように謀るということですか?

 う~ん・・・わかりました。手掛かりらしいものも入ってきませんし、

 正直に言えばお手上げ状態でしたからね。

 で、こちらはどう動けば良いんでしょうか?」


 了解を取り付けた俺は、

 懐から一枚の紙を取り出し彼へと見せる。


「これは俺とメリーが奴を発見した際の情報です。

 時間、場所、向かっていた方向から算出した出現場所です」

「っ!本当ですかっ!いきなり重要な情報じゃないですかっ!」

「でも、検証は夜でないと出来ませんし、たった3回しかチャンスがないのに、

 間違っていましたでは話になりません」

「それはそうですが・・・。

 出現が夜なら仕方ないのでは?」

「いえ、その情報を叩き台にしてさらに検討した結果・・、

 露天エリアと食堂エリアの・・この範囲がもっとも怪しい」


 駐在所の壁に貼られたマリーブパリアの地図に指を指しながら説明をする。


「つまり、日中のうちに動いて調査をすれば、

 夜にはもっと範囲を狭めて調べる事も出来る・・と思いませんか?」

「っ!そういうことですかっ!なるほど・・・。

 確かにこれなら試す価値はあります」

「で、兵士の方々にして頂きたいのは、

 食堂エリアにある建物の調査です。

 流石に他国の冒険者に入ることは出来ないので、

 これはどうしても我々では出来ないんですよ」

「わかりました、水無月さん達はどうされるのですか?」

「露天エリアや食堂エリアの裏道などを探して手掛かりがないか見て回ります。

 いきなりポンと出現しない限り、住処があると思いますので」

「了解しました。さっそく動かせて頂きます」

「よろしくおねがいします。この紙は渡しておきますから、

 夜の時間に近くなってきたら兵士の配置をお願いします」

「わかりました。こちらこそよろしくお願いします」


 協力をどうにか取り付けてがっしりと握手を交わす。

 これで住処を見つけられる・・・まではいかなくとも手掛かりは見つけられると良いかな。


「メリー、話は終わった。帰るぞ」

「かしこまりました」

「メリーさん、お茶ありがとうございました」

「「「「「ありがとうございました!」」」」」


 声を掛けずともスィーと飛んで付いてくるニルを確認してから駐在所を出ると、

 陽が真上に来ていた。

 思った以上に時間を掛けて説得をしていたようだ。


「ついでだし、カンパレストで飯を食ってから調査を始めるか」

「かしこまりました。アルシェ様方の晴れ姿をしっかりと見てください」

「可愛いんでしょ、わかってるから言わなくて良い」

「そうですか、では行きましょう」


 そう言ってさっさと先頭を切って歩き出すメリー。

 お前がアルシェの働く姿を見たいだけじゃないのか?

 メリーも大概アルシェ好きだよな。


『どこに行くんですの-?』

「アルシェとマリエルが働いている食堂に行くんだ。

 アクアとクーもいるから、俺たちが食べている間はそっちに行ってていいぞ」

『クーデルカさん-!』


 そう言ってさっさとメリーに続いて飛び出していくニル。

 クーを見たのなんて数分だけのはずなのに、

 何がどうなってあそこまでクー好きになったのだろうか。

 さてさて、2人の後を追って俺も足を動かすことにしよう。



 * * * * *

「いらっしゃいませー!」


 冒険者食堂[カンパレスト]へ入店すると、

 マリエルの元気の良い声が出迎えてくれた。


「あれ?隊長とメリーさん?

 何しに来たんですか?」

「客として来たんだよ。席は空いてるか?」

「ちょっと待っててください。

 アルシェ様!案内して大丈夫ですかっ?」

「はーい、大丈夫でーす!」


 マリエルの視線を追っていけば、

 奥まった席のテーブルを拭き上げているアルシェがいた。

 実は過保護過ぎてもいけないと思ってあまり来ないように気をつけていたので、

 このとき初めて2人の仕事着姿を目に入れたのだった。

 色は黄色を少し暗めにした色をして目立ちすぎず、

 しかし存在を認識できる色合いをしており、

 膝まで伸びるスカートに半袖の上着、

 そして俺も付けたことのある前掛け。

 そのポケットには伝票とギルドカードが入っていた。


「あちらの席へどうぞ」

「ありがとう。よく似合ってるぞ」


 案内されて横を通り過ぎる際に、

 マリエルに声をかけて頭を撫でる。

 席まで近づくとアルシェが伝票を手に待っていた。


「いらっしゃいませ、お兄さん、メリー。

 あれ?ニルちゃんは?」

「たぶんクーを探しに行ったんだろ、あっちは放っておいて良い。

 ランチセット2つ頼む」

「かしこまりました。

 サブメニューにスープとサラダがありますが、

 いかがされますか?」

「じゃあ俺はスープ追加で。

 メリーはどうする?」

「私はアルシェ様を追加でお願いします」

「申し訳ございませんお客様、私は商品ではございません。

ご購入されたい場合は、お兄さんを倒してください」

「主を困らせるんじゃないよ。そして俺を巻き込むな。

注文は以上で大丈夫だ」

「かしこまりました。

 お先にお会計をいたしますのでギルドカードの提出をお願いします」

「はいはい」

「こちらをお願いします」


 それぞれが会計を済ませる。

 伝票の記載を再度確認してからポケットへと仕舞い。


「お持ちするまで少々お待ちくださいませ」


 初めての仕事の割にはしっかりと応対も出来ているし、

 メリーの迷惑な注文にも対応できていた。

 要領がいいんだろうけど、もう少し初心な反応をするアルシェも見たかったな。

 と、その前にアルシェに言わないといけないことがあるので呼び止める。


「アルシェ!」

「はい?」

「よく似合ってるぞ!」

「っ!ありがとうございますっ!」


 返しの満面の笑みとスキップする後ろ姿を見送り、

 料理が来るのを待っていると、

 契約している娘達が近づいてくる気配を感じた。


『ますたー!きたならおしえてよ~!』

『お父さま!いらっしゃいませ!それとニルさんをどうにかしてくださいっ!』

『クーデルカさーん!』


 女三人寄れば姦しいとはよく言った物だ。

 メリーと2人だけの時間は静かで必要な会話だけだし、

 テンションも高くないメリー相手なら疲れることはない。

 しかし、一気にテンションの高くなった3人娘が到着してからはそうもいかなくなった。


『あくあもたべていい~?』

「2人分しか注文してないから、俺の分を少し分けるか・・」

『わぁ~い!』

『あの、クーも少し食べたいです・・』

「私の分でよろしければお分けいたしましょうか?」

『ありがとうございます!』

『ニルは食べられないですわー』

「知ってるから、とりあえずニルはここにおいで。

 食堂だから不衛生だと客に勘違いされかねん」

『ですわー!』


 アクアとクーの席をフロアのお姉さんに用意してもらい、

 ニルはテーブルの上に座り込ませた。

 こう、飛び回られるとニルの存在に慣れるまでは、

 俺もはたき落としたくなるからな。


 こりゃ、俺の世界にも妖精が居たとして、

 存在が確認されない理由は、

 大昔に人間と交流しようとしたら叩き落とされたのが原因かもしれんな。


「お待たせしました、お客様。

 今日は様子見でしょうか?」

「あぁ、ありがとうございます。

 まぁそれもありますけど、

 近くでこれから用事があるのでついでにご飯を食べに来ました」

「そうですか。よく働いてくれてますし、

 言葉遣いも丁寧でお客からの人気は2人とも高いんですよ。

 辞めちゃうのが勿体ないくらいです」

「勝手で申し訳ない」

「いいえ、元から滞在期間中って約束だしね。

 数日後には新しい娘も来てくれるから、それまでの辛抱さね」

「新しい娘が見つかったんですか?予想以上に早かったですね」

「これも2人のおかげですよ。

 働く姿を見てやってみたいって言ってくれる娘が居ましてね」


 数日ながらこの食堂の忙しさを理解したアルシェ達は、

 自分たちが抜けることに申し訳なさを抱いてしまうだろう。

 それだけがまぁ・・心配だったわけだけど、

 数日の間が空くとはいえ抜けた穴を埋めてくれる人材が来てくれるならひとまず安心できるかな。


「あと2日、よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします」


 お客もまだ引いていないこともあり、

 フロアの女性は仕事へと戻っていった。


『ますたー!いただきますしよ~よ!』

「はいはい。手を合わせてください」

『あい』『はい』「はい」

「いただきます」

「『『いただきます!』』」



 * * * * *

 精霊達との昼食会も終えお腹も膨れたところで、

 食堂を出ることにする。


「じゃあ、俺たちは近くで調べてくるから。

 あとはよろしくな」

『あい、いってらっしゃい~』

『フォローはまかせてください!』


 残念ながらアルシェ達には声を掛けるタイミングが見当たらず、

 まだまだお客さんも多いということで精霊達によろしく言っといてくれと頼んだ。

 しかし、やはり自分で声を掛けないというモヤモヤが胸に残り、

 扉をくぐる前に店内へ振り返ると、

 アルシェもこちらを見ていたのか目が合った。


「・・・っ!」


 軽く手を上げて「じゃあな」と口を動かす。

 この雑踏の中で声を届かせようとすれば結構な声量で伝えなければならない。

 伝われば良いと判断して、口パクでアルシェにメッセージを届けると、

 アルシェは理解してくれたようで、

 彼女も口パクで「いってらっしゃい」と動かす。

 退店の俺たちへ頭を下げて見送ってくれるアルシェを残して、

 俺たちは捜索に乗り出した。


 通りへ出ると、

 すでに調査を始めている兵士の方達を見かけた。

 動きが敏速で助かる限りだ。

 俺たちも滞在中に出来る範囲の調査をしないとな。


「よしっ!俺たちは聞き込みと裏路地の確認をしていくぞ」

「かしこまりました」

『ですわー!』

「ニルは浮遊精霊達に聞き込みをして欲しいんだけど、いいか?」

『何を聞けばいいんですのー?』

「夜の23時以降に青い肌でゆっくり動く人影を見たかどうかで頼む」

『わかりましたわー!』


 露天エリアに到着し、改めて必要事項を伝える。

 ニルは元気な返事をしてからスィーっと飛び去って行き、

 俺とメリーも足早に近くの露天へとそれぞれが近づいて聞き込みから開始した。


 時間にして3時間。

 聞き込みと路地裏の調査を平行して行い、

 露天エリアの半分を調べ終えた頃にニルが戻ってきた。

 風の精霊の割にしっかりと調査に集中していたらしく、

 3時間のうちにもあちらへこちらへと空を飛んでいるのを目にした。


『そうはち!わかりましたわー!』

「手掛かりが見つかったかっ!?」

『ですわー!23時かどうかはわかりませんけれど、

 人のいない時間に人影が出てきたお店があるそうですわー!』

「肌は青かったか?」

『暗くてわからなかったそうですわー!』

「3時間で1件だけだったのか?」

『ですわー!』


 なら、可能性は高いか。

 先に兵士達に伝えて優先して調べてもらったほうがいいな。


「《コール》メリー」


 ピリリリ・・ピッ!

〔いかがされましたか?〕

「ニルが1件だけ目撃情報を持ってきた。

 兵士達に伝えてくるからメリーはそのまま調べててくれ」

〔かしこまりました〕


 確定かどうかわかるまでは調査を止めるわけにも行かない為、

 足の速く身軽なメリーに路地確認を任せて、

 俺とニルは兵士を探しに食堂エリアへと戻ることにした。


「ニル、一緒に来てくれ」

『かしこまりですわー!』


 3時間とはいえ路地が予想外に多かったこともあり、

 2人で調べたにしてもそこまで食堂エリアから離れてはいなかった。

 すぐに通りを走り抜けて視線を動かし兵士の姿を探す。

 と、丁度その時ひとつの店から出てくる兵士を発見した。


「ありがとうございました、ご協力に感謝します」


 その兵士は駐在所で話を通す窓口になった青年兵士であった。


「兵士さんっ!」

「え?あっ!水無月さん。どうされましたか?」

「ちょっと先に調べて頂きたい店が見つかりまして・・・、

 お願いしようと探してたんです」

「あぁ、それはご足労をかけました。

 それで、そのお店とはどちらでしょうか?」

「案内はこっちの小さいのがしますので、

 ついて行ってください」

「は、はぁ・・・」


 急なお願いに快く快諾してくれる青年兵士に感謝しつつ、

 場所は俺も詳しく聞いていないのでニルについて行くように伝えると、

 困惑した顔で飛び回るハe・・もとい、ニルを目で追い、

 力ない声で返事をする。


「その・・・先ほども(しょ)で見かけましたが、

 そちらの小さな彼女は・・・?」

「風精霊ですよ。さぁ行きましょう!ニル、案内頼む」

『かしこまったですわー!』

「風精霊・・・初めて見ました・・・」


 もうね、この世界に来て新しい町に着く度にこの反応されるからね!

 はっきり言って見飽きたし聞かれ飽きてんだっ!

 雑な感じで流したのは、

 彼の性格が嫌いな訳じゃないんだからねっ!勘違いしないでよねっ!


 ニルの後を追い食堂エリアにある店を次々と通り過ぎていき、

 左右併せて20件ほどを後方へと置き去りにして、

 ついにたどり着いたお店は・・・・。


「マジか・・・・」

「こちらですか?」

『ここですわー!』


 そのお店は、

 俺たちが昼食を食べる店探しをしていた際に、

 謎のキノコ料理を提供して営業停止になっていた店舗だった。

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