†第5章† -05話-[汚染されたフォレストトーレ]
「では、俺達は一旦退室します。
ペルク氏を検査出来る者を連れて参りますので、
くれぐれも仲間を想うのであれば逃げないで頂きたい」
「失礼しました」
『失礼しました』
ドアを閉めると何かを壊すような音が聞こえてきた。
おそらくはペルク氏の隣にいた男がキレて物に当たったのだろう。
「クー、カティナを呼んでくれ。
もしこっちに来る為にする事が有れば聞いておけ」
『はい、お父さま』
「私たちに指名手配するような権限は有りましたか?」
「当然ないよ。
でもここで彼らを無理矢理にでも検査しておかないと、
後々になってからじゃ面倒になるから」
「何か思い致る節が?」
アインスさんから聞いた話を総合すると、
もうフォレストトーレは落ちている可能性が高い。
「まぁな・・・。
そうだ、アルシェには頼みたい事があるんだけどいいかな?」
「なんでしょう?」
「メリー達と合流して町長に接触して欲しい」
「それは姫としてですね?
調査内容はさっきのペルクさんと同じかどうかですか?」
「そうだ。
もし、同じだった場合はちょっと所じゃなく大変になる」
「わかりました、すぐ呼びます」
「アクアは俺と行動させるから精霊抜きで頼む」
「はい」
メリーとマリエルとアクアは、
呼び出してからすぐに俺達が待つ宿に到着し、
カティナは少し引き継いでから来てるくれるらしい。
「じゃあ頼むぞ。様子を見て適当に出て良いからな」
「はい、そちらも気をつけて」
「マリエルとメリーもしっかり護ってくれ」
「かしこまりました」
「行ってきます、師匠!」
アスペラルダの姫が訪れたとなれば顔を出さないわけにはいかないだろう。
魔神族なのか魔族なのかはまだわからないけれど、
アインスさんからの報告を聞くに可能性が高すぎる。
「《コール》アインス」
ピリリリリリリリ・・・ピリリリ、ピッ!
〔はい、どうされました?〕
「先日伺った話ですが・・・」
* * * * *
時は遡り。
町の外で訓練していた時にアインスさんからコールが掛かってきた。
俺はアクアを膝に乗せてからyesを押した。
「はい、水無月です」
〔あ、お疲れ様です。アインスです。
先日お伝えしたいと言っていた件でお話をさせていただきたいのですが、
今お時間は大丈夫でしょうか?〕
「大丈夫ですよ、こっちも気になっていましたし。お願いします」
〔ありがとうございます。実はですね・・・、
王都フォレストトーレ支部のギルドマスターに連絡を取り始めてから、
文章の合間合間にギルマスしか知らない暗号が紛れるようになりまして・・〕
「暗号?た抜き言葉とかですか?」
〔いえ、流石にそこまで簡単ではありませんよ。
問題は普通は暗号など使う事は無いのに、さらに内容が不穏当だったからです〕
「なんて書いてたんですか?」
〔いいですか?[フォレストトーレに近付くな]です。
詳しい内容までは書かれていないんです。
念の為にこちらからも暗号文を送って何があったのか聞き出そうとしましたが、
返答が返ってこなくて・・・〕
「こっちでも王都から来た冒険者や商人の様子が少しおかしいと聞きました。
明日にでも確認してきますから、何か解ればすぐに連絡します」
〔わかりました、すぐに取れるように準備をして待っています〕
* * * * *
「というわけで、
王にはフォレストトーレへ流す情報を制限してもらいたいんです。
実際の所は行ってみないと分からないので、
急いでもひと月以上は掛かってしまうと思います」
〔わかりました、いまの情報はしっかりと王へ伝えておきます。
水無月さんもアルカンシェ様もお気を付けください〕
「はい、よろしくお願いします」
はぁ・・・忙しいな。
とりあえず出来る事を先に先に手配しておかないと、
気付くのが遅れた場合どんな事になるかわかったもんじゃない。
「《コール》スィーネ、ヴォジャ」
次に伝手のある町にそういった症状の人間がいないか、
チェックをしてもらう為に信頼出来る仲間へ連絡を入れる。
ピリリリリリリリ・・ピッ!
〔はいはーい、どうかしたの、お兄ちゃん?〕
〔こちらも繋いだ。なにがあった?〕
「町に行って調べてもらいたい事が出来ました」
〔はいはい、どうぞ〕
「今、フォレストトーレの一番近い町に着いたんだが、
冒険者や商人の中に呆けていて様子がおかしい人物がいるらしい。
それで、町まで降りてギルドや町民に協力してもらって調べてほしい」
〔危険度はどの程度じゃ?〕
「実質的な危険度はまだ不明です。
いまからカティナと協力してその冒険者を検査してみる所なので、
分かり次第追加情報は伝えます。
特徴としては声に抑揚が少ないことと、
冒険者パーティであればリーダーがそういった症状の可能性が高いです」
〔あいわかった。急ぎ調べておこう〕
〔こっちも町長に話してみるわ〕
「頼みます」
あと出来ることって、
勇者に動いてもらうくらいか?
もし本当に魔族もしくは魔神族が王都を陥落させていた場合、
俺が表舞台に立つのは好ましくない。
おそらくは、落ちたとか陥落したという話がなくて、
冒険者や商人や町長を王城に呼んでから様子がおかしくなる観点から、
じわじわ内部から侵略しているのかもしれない。
あの呆ける現象を解明出来れば、
王都の現状もなにかしら見えてくるはずだ。
『アネゴはどうやって調べるんでしょうか?』
「さてなぁ・・・、
おかしな点と言えば声音の抑揚が少ない事くらいだけど、
おそらくあの仲間達はもっと違和感を覚えているはずなんだ」
『何故ですか?』
「仲間だからな。
いつも一緒に行動して王都からこの町まで来る間もペルク氏を見続けてるんだ。
言動や性格について指摘はなかったけど、
悩んでいるみたいとかは思ってたっぽいし」
『かんじょうがおもてにでないの?』
「そんな感じだった。ただの病気ならまだいいが、
アスペラルダを目指していた事に引っかかりを感じてるんだ」
精霊達とペルク氏についての話をしているうちに、
ラウンジに座る俺の隣の空間が歪み始める。
カティナが到着したみたいだな。
『はぁーい、アニキ!クー!アクア!久しぶりデスケド!元気デシタカァッ!?』
「はいはい、元気元気」
『アニキィ・・あちしの扱いヒドイデスカラァ・・』
『アネゴ、お久しぶりです』
『きゃー!クーは今日も可愛いデスカラ!』
『かてぃ、ひさしぶりなの~』
『アクアも大きくなってマァ!』
「変わんねぇよ。悪いけど、先方を待たせてんだ。
さっそく頼んで良いか?」
「あちしにお任せくださいデスカラ!」
久しぶりの顔合わせを済ませて、
彼らペルクパーティの待つ部屋へとカティナを連れて行く。
コンコンッ!
「おう、遅せーぞ!早く入れっ!」
「失礼します」
『アニキにあんな言葉遣いして・・・報復が怖くないデスカァ!?』
「報復しねぇよ」
部屋の中は壊れた椅子以外は特に変わった様子はなく。
女性陣2人と男性陣2人がベッドに座り、
中心のベッドにペルク氏が待っていた。
「えっと、いいですか?」
「どうぞ」
退室するまでは頭に血が上って言動も乱れていたが、
時間を置いて落ち着いたのか、敬語で話しかけてくるフランザさん。
「そちらの女性がペルクを調べるの?
どんな事をして調べるのか聞いても良いかしら?」
『如何にもあちしが検査員を務めるカティナと言いますカラ!
今回はアニキのお願いと言う事でアーティファクトを持ってきましたカラ!』
そういって自分のインベントリに手を突っ込んで、
引っ張り出したるやアーティファクト。
その形状は医療施設にありそうな医療機器にしか見えず、
おそらく患者に当てるであろう把手部分は、
シェーバーのような形になっている。
『これを生き物の体に当てると、
中身がここに映るって代物なんデスカラ!』
「アーティファクトって・・・あんた何者なんだよっ・・・」
『あちしは魔法ギルドの幹部張ってマス!』
「魔法ギルド・・・、貴方・・・・。
いえ、もういいわ詮索しない。
さっさと調べっちゃってよ」
『言われなくてもやりますケドォ!』
ペルク氏にはベッドに横たわって頂き、
俺達は検査の様子を見守る。
しかし、カティナは椅子に座って機械を触っているが、
何も起きない事にちょっと焦っているみたいだ。
「どうした?」
『前回は動いたのに今日は動かないんデスケド・・・なんでデスカァ?』
これが俺達の知る機械であるのならば、
電源が必要ということになる。
前回動いたというのがよくわからないけど、
俺の世界とは違う別世界の異物なら、
充電とかの機能が付いていたのかも知れない。
おもむろに垂れ下がっていた電源コードっぽい物を握って、
電流を少し流してみると、
画面が少し映るってはまた消えるという現象を繰り返す。
『アニキッ!それどうやってるデスカ!?』
「後で教えてやるから先にやる事を済ませてくれ」
『はいはい、すぐに検査しマスネ!上着は脱いでくださいデスカラ!』
「ちょっ!?」
「きゃっ!?」
初心なのか、
弓使いと魔法使いの2人が顔を赤くして両手で隠す。
しかし、興味はあるのか指の隙間から覗いていることは俺達にはお見通しだっ!
『力を抜いてくださいデスネー』
「・・・はい」
シェーバーみたいな把手をペルク氏の体に当てながら、
ゆっくりと動かしつつ彼の中身を調べていく。
他にもいくつもの魔道具やアーティファクトを利用して、
足の先から頭の天辺まで調べ上げる。
* * * * *
『結果から言うと・・・健康状態に問題はなかったデスケドォ』
結果的にペルク氏の体は健康的で、
脳に損傷を受けて異常を来していたわけではないらしい。
「病気じゃないって事よね?
でも、それがわかっても疑いが晴れるわけじゃないんでしょ?」
「他は?」
『体の中に禍津核のような反応もありませんデシタカラ。
ただし、問題がなかったわけでもないデスカラ』
「ど、どんな問題だっ!?」
続くカティナの報告で見つかった問題。
そこに言及する前にペルクパーティ全員が前のめりになりながら、
カティナの回答を急かせる。
『魔力がないデスヨ』
「魔力がないってことはMP切れって事だよな?
でも、こいつ起きてるぜ?」
「そうね。普通は気絶しちゃうはずだし、何かの間違えじゃないの?」
「ペルク氏はどう思います?」
騒ぐ周囲の話が耳に入ってるのか疑わしいくらいに静観するペルク氏。
当の本人はどう考えているのか問うてみたが・・。
「・・・」
「おい、どうした?なんか反応示せよ」
「ペルク?」
何の反応も示さないばかりか仲間の呼びかけにも答えない。
しかし、俺の方をじっと見ている事から意識は残っているはずなのだ。
だが、その瞳から感じるのは先ほどまでのペルク氏の意思ではなく、
もっと別の意思が彼を通して観察しているような気になってくる。
『MPがないのにおきてるの?』
『それはおかしいですよ。
MPは精神力なんですから、それがないのに意識を保ってるなんて』
そうなのだ。
MP=精神力は生き物であれば全員が、
多かれ少なかれかならずあるはずなのだ。
それがないという事は、
魂魄理論の魄が無い状態。
だったら、生命体として生きているはずがない。
生物は魂魄の魂、つまりHPと魄のMPが合ってこそ生命活動が出来る。
よしんば何かしらの状態でMPが無い事で感情の欠如が起こっているとして、
じゃあ彼が活動する為の精神力に価するものはなんなのか・・・。
「ペルク氏・・・あんた。実際死んでるんじゃないか?」
「は?だから生きてるからこうして起きてるんだろ?」
「そうだ。起きているはずがないのに起きている。
その原因は精神力に代わる何かがペルク氏に影響しているからだ」
「その何かって何なのよ・・・」
俺の手札の中にはもう、これ以外の考えは浮かばなかった。
というよりも、それ以外にこんな状態で人を甦らせる術に心当たりがなかった。
「死霊使い《ネクロマンサー》」
「ネクロマンサー?それは何だ?」
『まさか、王都にそれがいるって思うデスカ?』
『でも、いま王都にはいないはずです』
「種を蒔いて他国の情報を得る為に泳がせてるとしたら?」
「ちょ、ちょっと待てっ!お前達は何の話をしてるんだっ!?
ペルクの話をしていたはずだろう?
そのネクロマンサーだかが関わってるなら、そいつの話も教えてくれよっ!」
牧場からほど近い山向こうの森林の中で見つけたオベリスク。
その場に訪れたメリーとクーが視認した魔神族数名のうち、
初めからオベリスク側に立っていた女性。
そいつの能力をメリー達から聞き出して予想を付けたのが、
死霊使い《ネクロマンサー》だ。
当然、彼らには申し訳ないが、
いち冒険者の彼らに魔神族についての話をするわけにはいかない。
「魔族の中に死んだ者を生き返らせて命令出来る術者がいるらしい。
もしかしたら王城に行った帰りに何かがあって、
ペルク氏は死んでいると仮定すれば、
精神力の代わりにそいつの術が彼の命を繋ぎ止めていると仮説を立てられる」
「んな、馬鹿な話が・・・・」
『確かにそう考えれば、精神的異常もあり得ますし、
ペルクさんが精神力が無いにもかかわらず起きている事にも納得です』
「じゃあ、ペルクが急にアスペラルダに行こうって言ったのも・・」
「その操っている奴に命令されたからって事?
でもペルクだって抗えるんじゃないの?」
「確かにペルク氏の意思は存在するだろう。
さっきまで話をしていたのはペルク氏だったと俺も思っている」
さぁ、確信を得る為に突いてみるか・・・。
「でも・・・さっきから黙って話を聞いているお前は誰なんだろうな?」
ベッドに座ったまま俺達の話を黙って聞いているペルク氏に向けて、
俺はずっと別の意思を感じていた。
始めて顔を合わせた時の彼からはペルク氏の人間性を感じていたが、
いまの彼からはねっとりとこちらの様子を伺う瞳に変わっていた。
「キヒヒヒ・・・ヒヒヒヒハハハハハハハハーーーーーッ!!
マジかマジかマジですかぁ~~~?
こ~んなに早く突き止められるなんてね~~~、キヒヒヒ」
俺に問いを投げ掛けられたペルク氏は、
突如として発狂したかのような笑い声を上げ、
その場にいた全員がペルク氏から距離を開ける。
予想に反して簡単に正体を現した死霊使い(ネクロマンサー)は、
気味の悪い笑いを響かせながら立ち上がろうとする。
「アクア、クー!」
『《あいしくるばいんど!》』
『《シャドーバインド!》』
アクアが立ち上がりかけの下半身を凍り漬けにし、
クーがペルク氏の影から発現させたバインドで上半身の動きを止める。
俺とのレベル差はあっても、
魔法使いではなく精霊の使う束縛魔法は簡単に抜け出す事は出来ず、
暴れるペルク氏は諦めてこちらへと顔を向ける。
「あなた~、何者なの~?
どこまで知ってるのかしらぁ~?」
「お前こそ何者だ。
ペルク氏やその他の人も解放したらどうなんだ?」
「あらぁ~解放してもいいのかしらぁ~?
もうこいつらは私なしじゃぁ~生きていけないのに~?」
「それはどういうことなのっ!」
「お前、マジでなんなんだよっ!」
「あなたは予想がついてるんじゃない~?教えてあげなさいなぁ~」
四肢の動きを抑えられた状況でも余裕の笑みを浮かべるペルク氏は、
仲間の質問への回答を俺に投げてくる。
「・・・さっき言ったとおり、
こいつが寄生しているからペルク氏はこの世に残れているんだ。
いまさらこいつが離れた直後に蘇生魔法を掛けたところで、
実際に死んだのは王都なんだから時間切れになってる」
「せいか~い。死体になったこいつに私の魂を分けて生かしてあげてるのよ~?
感謝して欲しいくらいだわぁ~」
「なによ・・・なんで死んでるのよ・・ペルク・・・っ!!」
「ペルクを好き勝手に扱ってんじゃねぇよっ!」
「出て行け・・!」
「あっそぉ~、まぁ1人減ったところで大したダメージはこっちにはないし~、
返してあげるわぁ~。
ただし、貴方たち・・・特に貴方の情報は本体に持ち帰らせて頂くけどねぇ~!」
「逃がすわけ無ぇだろうがっ!!」
途端にフッと意識を失うように気絶するペルク氏に、
仲間が駆け寄る最中、
俺は手に書いていた[覚醒]の文字を飲み込んで部屋内に電流の檻を発生させる。
「きゃああああああああ!!」
「ぐうううううう、おめぇ・・・何のつもりだぁ・・」
『あばばばばば、あにぎぃ・・・』
中空に浮いているアクアとクー以外の部屋内にいる人間及びにカティナは、
俺の発生させた電流の檻に足が触れる事となり、
感電してしまうが、
彼らのことは二の次にしなければならない状況の為、
文句はあとで受け付けよう。
「我慢しろ!あいつの魂が離れたってことは、
この部屋から逃げる前に仕留める必要があるんだ!
俺も命懸けなんだよっ!!」
バチィィィィィィィィ!!!!
部屋の壁沿いに発生させた一角に何かが触れて感電が始まった。
青白い発行が部屋を埋め尽くす。
当然それは本体へと逃げだそうとした死霊使い《ネクロマンサー》の魂の欠片。
すなわち0と1で構成された魂という名の記憶媒体。
それをぶっ壊す、もしくはデータ破損までこの場で追い詰めなければ、
俺達の情報が魔神族に流れてしまう。
そうなると、情報収集どころか普通に生きていく事も難しくなり、
アルシェや関わった奴らにも危害が及ぶ事となる。
ここでこいつの魂を逃がすわけにはいかないんだよっ!
魂の接触方向へ手を翳し、
ゆっくりと握りしめていくと、
部屋内に発生していた電流が一カ所に集まり高圧電流となって魂を感電させる。
部屋内の電流が引いていき、
集中していくにつれて感電する音と光は目を閉じ耳を塞がなければ耐えられない領域に達していた。
時間にして4秒ほどの短時間に起きたその光景は、
水無月宗八が意識混濁を起こした瞬間に終わりを迎えた。
『お父さまっ!!』
『ますたーっ!?』
『いけないデスヨっ!早くベッドに連れて行きますデスカラっ!』
「手伝おう」
『お願いします!』
『《こーる》ある~!
ますたーたおれたぁー!はやくもどってきてぇーっ!』
盗賊に手伝ってもらい、
宗八を開いたベッドに横にする。
すぐさま、カティナが持ち込んだ道具類で体を調べ始める。
『クー、アニキは何をしたんデス?』
『文字魔法で覚醒の文字を飲みました。
おそらくは電流を高くする為に制御力の底上げを無理矢理なさったのかと・・』
『ふうむ、そういうことデスカァ・・・』
『どうなの・・・ますたーぶじ?』
「ペルク・・・目を覚ましてっ!ペルクっ!」
「ペルク・・」
「本当に死んじまったのか、おい!ペルクっ!」
* * * * *
アルシェ達も宿へと戻ってきて、
全員がひとまず落ち着きを取り戻した頃。
ようやく、カティナの診断も終わりを告げた。
『アニキの症状は全ステータスの低下デスネ。
意識を失ったのは魔力を全部使い切ったからデスケドォ』
「ステータスの低下ですか?それはどの程度?」
『ステータス自体は元の5分の1程度まで低下。
意識が戻ってもいきなり落ちたステータスに体がついていけないでしょうから、
数日は寝たきりになっちゃうデスカラ』
「はぁ・・、その程度ならば問題ないかと」
「お兄さんがここまでして止めようとした魂はどうなったんでしょうか?」
『普通では視認出来ない魂は、
電流の結界でお父さまが位置を把握して高圧電流で攻撃しました。
結果的にどうなったのかはわかりませんでしたが・・・』
「そうですか・・・」
水無月宗八の様態としては、
覚醒の文字摂取によるステータスの大幅低下。
クーやアルシェの話から数日でステータスは元に戻ると予想されたが、
隣のベッドに横たわる冒険者ペルクは、
魔神族の魂が離れた直後こそ動いていた心臓の鼓動が、
徐々に小さくなっていき、いまはもうその活動を止めていた。
「うううっうううう、ペルクゥ~・・」
「馬鹿野郎が・・・お前、何してんだよ・・・くっ」
「なんでよぉ、なんで・・・ううううう」
「・・・・」
冒険者がダンジョンで死ぬことはままある。
それは連携が取れていなかったり、
油断だったり罠だったりと自業自得な部分が大前提ではあるのだが、
このような死はそれこそ無駄死にというものだ。
謎の敵に襲われていつの間にか死んでいた仲間と旅をして、
最後は使い捨てのように繋ぎ止めていた原因が離れてもとの死体に戻る。
そんな死に方は冒険者の死に方じゃない。
いつか時間が経っても酒を飲んで笑い飛ばす事も出来ない、
不名誉な死に方だ。
「この度はご迷惑をおかけ致しました」
「いや、むしろ止めてもらって感謝している。
あのままアスペラルダに入国していた場合、
我々は知らぬ間に利用されるだけだった」
謝るアルシェに盗賊の男性が優しく対応してくれる。
背後に控える彼らも、
利用していた者の存在をはっきりと認識しているせいか、
アルシェ達が悪いわけではない事と理解を示してくれているようだ。
「情報らしい情報も伝えられませんが、
おそらく王都は危険な状態だと思われます。
しばらくはこの町で過ごされるのがよろしいかと」
「おう、俺達だってすぐにどう動いたら良いのかわかんねえっての。
いつもはペルクがどこに行こう、どの敵を倒そうって言ってくれててな、
俺達だけでやっていくかは・・・まだ決めらんねぇよ・・」
「そうね、お嬢ちゃんの言うとおりに、
私たちはしばらくここを動かない事にするわ」
「ペルクの葬儀もしないとだしね。
体が残ったのが唯一の救いかしらね」
「助けられなくてごめんなさい・・・」
「アルシェ様・・・」
謝罪するアルシェの小さな背中に、
何の慰めにもならないと知っていてもメリーは寄り添って肩に手を置く。
『とりあえず、アニキを連れて撤収するデスカ?』
『そうですね、いつまでもお邪魔するわけにもいきませんし』
「・・ぐっ!」
メリーとカティナが宗八をベッドから起こそうとすると、
痛がるかのような声を漏らして宗八の目がゆっくりと微かに開く。
『ますたー!』
「お兄さん、大丈夫ですか?」
「あぁ・・・大丈夫だ。すまんが、時間が無い・・先に済ませる事がある。
ベッドにもたれさせてくれ・・・」
「かしこまりました」
『じゃあそのままお尻を上に動かすデスヨ』
枕を腰に据えて、
頭を横たわらせる上部に設置された木板に寄りかかる。
すぐに心配そうな顔をしてアクアとクーが近寄ってきたので、
両の手で抱き留めて腹抱きにする。
「ペルク氏が・・・最後に、あんたらに・・・話があるそうだ・・。
俺の体を使って喋るから・・・聞き逃すなよ・・」
「何を言って・・「黙って聞け・・」」
ある意味死にかけの俺の波長と体から離れたぺルク氏の波長が同調したのか、
意識を失っている間、ずっと彼は俺に語りかけてきていた。
何を言っているのかはわからなかったが、
どうせ仲間へのメッセージだろうと予想して協力することにした。
動かすのもしんどい体を明け渡すようにリラックスすると、
俺の背中、肩甲骨の間から何かが入ってくるのを感じる。
もちろんその正体は今し方機能を停止した体から解放されたペルク氏の魂。
俺の意思も存在している中で、
俺は後ろに下がり、ペルク氏を前へと押しやる。
「ライナー、フランザ、トワイン、ゼノウ」
「なんで、俺達の名前を知ってやがるんだ!?」
「・・・ペルクなのか?」
「え?」
「ペルク・・・?」
「あぁ、いまは水無月の体を借りて喋っている。
あまり時間もないから別れだけでもって思ってな・・・」
いまこの時、水無月宗八の体を動かしているのはペルクの魂。
解放された魂がこの場にあり、
昇天までの猶予が少しだけあり、
水無月と波長が偶然合った事により実現した奇跡の一時であった。
「ライナーは、短気を治せよ。
お前の起こす面倒にはいつも困ったもんだ。
結局謝るのは俺達だったしな」
「そりゃまぁ・・・悪かったよ。
もうお前の世話になれないからな・・・気をつけるよ。
ペルク・・お前も達者でな」
そう言って、ライナーは背後を向いてしゃがみ込んでしまう。
「フランザ、お前の好意に答えてやれなくて悪かった。
最後だから言うが、俺もお前が好きだったよ。
覚悟が決まったら言うつもりだったんだけどな・・ははっ」
「わ・・っ、私も好きだったよぉ・・うぅうう。
もっと早くに覚悟して欲しかったわよっ!馬鹿!
いつかペルクよりもいい男を捕まえちゃうんだからねっ!」
フランザはペルクの手を握って愛おしそうに頬へと擦りつけながら涙を流す。
「トワインはいつも的確に俺達を影から支えてくれて助かっていた。
これからもこいつらだけじゃ冒険者を続けられないかも知れないから、
俺の分まで支えてやってくれ」
「私だってペルクが居なかったらここまで来られなかった。
たぶん生まれた町から出る事も・・・、
だからここまで私の背を押してくれた貴方には感謝してる。
こっちはなんとかするから、ペルクは安心しなさい」
トワインは胸を張ってペルクの言葉に応えると、
壁際に寄り、腕を組んで下を向く。
「ゼノウ。
お前みたいな有能なやつが俺達のパーティに来てくれた事に感謝している。
いざとなればゼノウがサポートしてくれるとわかっていたから、
結構な無茶も出来た。
だから、今回の事については首を突っ込むなよ・・・」
「お前みたいな真っ直ぐなリーダーを持てて俺も楽しかった。
しかし、俺だっていつまでも温厚ではない。
今回については俺なりに動こうと思っているが、
もし俺も死んだらあっちで酒でも飲もう」
ゼノウは宗八の体を借りたペルクと握手を交わして笑顔を浮かべる。
「みんな・・・またな」
「あ”ぁ”またな”!」
「来世で会いましょうね・・」
「お疲れ様」
「また会おう、ペルク」
ペルクの最後の言葉を発してから、
強制的に空の彼方へとその存在感は消えていく。
おそらくタイムリミットが来てペルクが昇天してしまったのだろう。
前に居たペルクの意思が居なくなった為、
俺の意思が再び表に浮上してくる。
「俺に出来るのは・・ここまでだ・・・。
勝手で悪いが・・もうこの問題には触れるんじゃないぞ・・・」
「敵にバレるからだろう?
わかっているさ、他の冒険者にも接触はしないと約束しよう」
「あぁ、国を想うなら本当に頼むな」
「では私たちはこれで失礼します」
「ご主人様、影へと入ります」
予定の1つ目で俺は行動不能へと追い詰められた。
とりあえず呆ける冒険者や商人達がどういう状況なのかは把握出来たし、
もしあの逃げる魂に俺達の記録が残されていなければ、
今後は全ての呆ける人物を保護すれば、
奴らの欲しい情報が集まる事はおろか渡らないように出来るはず。
でも・・・あぁ・・・、
意識が落ちていく・・・。
いつもお読みいただきありがとうございます