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特に呼ばれた記憶は無いが、異世界に来てサーセン。  作者: 黄玉八重
第05章 -海風薫る町マリーブパリア編-
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†第5章† -03話-[バイト戦士!アルシェブルー!マリエルイエロー!爆誕!]

「お疲れさん。今日は助かったよ」

「いえ、明日からこちらでお世話になる娘達の保護者として、

 どんな感じで働けば良いか見せたかったという意図もありましたので」

「あぁ、そういうことか。

 まぁ助かった事に変わりは無いから、これ給金な」

「ありがとうございます。明日からよろしくおねがいしますね」

「こちらこそよろしく」


 多少席に空きが出来始めたと認識してから10分後には、

 満席だった席が半分空席という状況まで変化していた。

 店員の女性から上がりの指示を受けて、

 キッチンで働く店長さんに声を掛けて先ほどの会話が展開された。


 制服はそのまま着た時と同じように掛け直せばいいと言われたので、

 足早に着替えを済ませて、テーブルで待っている3人の元へと戻る。


「お兄さん、お疲れ様でした」

「お疲れ様です師匠。隠れた才能を感じる働きでした」

『ますたー、あくあひまだったよぉ~』

「ぶっ!久しぶりに働けて俺は楽しかったけどな」


 いつも通りに飛び込んでくるアクアをキャッチしようと手を出すと、

 するりと俺の手を回避して顔面に飛びついてきた。

 久しぶりのバトルとは違う高揚感で注意散漫になっていたのか、

 アクアを避けられずに痛い思いをしてしまった。


「どうだった?参考になったか?」

「はい、入店された時や声を掛けられた時のかけ声はいつも同じものでしたし、

 真似をすれば大部分はなんとかなりそうです」

「ただ、料理を運ぶのは難しそうでしたね」

「それは気にしなくて良い。

 配膳はしなくていいから、注文と片付けの手伝いでいいってさ」

「やった!」

「動き方とかはまた明日教えながらになるみたいだけど、

 恥ずかしがらずに[いらっしゃいませ]と[ありがとうございました]は言うようにしろよ」

「意識するようにします」

「頑張りましょうね、姫様」

「あ、働く間は姫様禁止な。

 アルシェが姫ってバレるのは店としても対処が面倒みたいだ」


 そりゃそうだよな。

 まさか冒険者向け食堂にどこぞの姫様が働いているなんて思わないし、

 店舗側としても扱いに困ってしまうだろう。

 なら、マリエルの言葉を封印してしまう一手で簡単解決させる。


「え”?姫様と呼べないんですか?じゃあなんと呼べば?」

「アルシェちゃんとか?」

「まぁ私はかまいませんけど、

 マリエルから呼ばれると思うと違和感がありますね」

「ア・・・アルシェC・・CH・・・ちゃん・・・」

「お前ヘタクソか」

「だって、姫様以外なんて呼んだ事ないですし、

 そんな気軽に呼ぶこと出来ないですよぉ!」

「ギリギリならアルシェ様かな?

 姫とわからないけど、どこぞの貴族の娘と思われるかもしれない」

「マリエル次第ですかね」


 要課題として、明日までになんとか折り合いをつけてもらおう。

 午後は俺1人とアルシェ達に分かれて町を散策することとなった。

 マリエルがまだ護衛としての戦力に数える事が難しい為、

 アクアは絶対アルシェと行動する必要がある。

 マリエル自身がアルシェと行動したいというのであれば、

 必然的に俺は1人にならざるを得ない。


「何かあれば連絡してくれ」

「お兄さんも気をつけてくださいね」

『ますたー、またあとでね』


 アクアのプニプニボデーにずっと抱きつかれていたので、

 俺の疲れも幾分か回復した。

 その日は陽が落ちるまで町を回ってみたが、

 それ以上に大した話は聞けなかった。

 そりゃあ情報収集のプロフェッショナルであるメリー達や、

 情報が集まるギルドはすでにアルシェ達が潰してるから、

 仕方ないっちゃ仕方ないけどさ。

 代わりにアスペラルダとの文化の違いを色々と勉強出来たと思って、

 夜の約束の為に早めに戻るとしよう。



 * * * * *

「アルシェ、準備出来てるかぁー?」

「はーい、今行きまーす」


 夜食後にお風呂にも入ってすっきりしたところで、

 女子部屋のドアをノックしてアルシェを夜デートの為に声を掛ける。

 もちろん湯冷めしないように一旦風呂上がりから時間を設けて、

 風邪を引くような事にはならないように気を遣っている。


 時間的にも昨夜と同じく1時間を目安に、

 アルシェにおまかせで町の中をうろうろしてもらう予定だ。

 少し待てば動きやすい私服に着替えたアルシェが部屋から出てきた。


「お兄さん、お待たせしました」

「はいはい、じゃあ行きましょうかお姫様」

『ますたー、きょうはこっちでねてるから~』

『あ、クーもこっちで寝ます』

「了解。

 メリーとマリエルは眠くなったら寝ちゃって良いからな」

「かしこまりました、行ってらっしゃいませ」

「は~い、私はもう寝ま~す。おやすみなさ~い」


 宿泊している2階からラウンジになっている階下の1階へと降りると、

 カウンターの受付意外には宿泊客が3人程度しか居らず、

 他のお客さま方はもう部屋に戻って就寝の準備を進めている事だろう。

 そりゃ町の外には出られないし、

 町にあるお店も(ことごと)く徘徊者騒動で、

 この時間帯にまだ開いている所もないなら出かけるメリットがない。


「1時間ほど散歩してきます」

「わかりました。気をつけて行ってらっしゃいませ」


 受付にいるお兄さんに声を掛けておく。

 しっかりと時間と理由を伝えておくことで、

 余計な疑いも晴らすことにも繋がる。

 こういうところでもホウレンソウは大事になるな。

 まったくもって勉強になるな!


「へぇ、本当に人が見当たらないですね」

「暗いし店は開いてないし、

 正体がわからん奴が徘徊している可能性まであれば出る意味はないからな。

 じゃあ今夜はよろしく頼むな」

「おまかせください、何かあれば2回握りますね」


 エコーロケーションの訓練なので、

 未だに慣れていない俺にとっては人が発する声で集中を乱してしまう。

 無駄な反響を取り除けるようになるまでは、

 静かに手を引いてもらうこの方式を取り入れていく事にして、

 同行者には何か伝えたい事が出来たら、繋いでいる手を握るように言ってある。


 カツンカツンカツン・・・・。

 今夜も足音を響かせて壁や地面で跳ね返ってきた音を情報として処理し、

 頭の中で歩いている周辺の地形情報をまとめ上げて、

 イメージを組み立てていく。

 まぁ、問題点がないわけでもなく、

 人間の視界は前方に集中しているのはもちろん周知の事実だが、

 このエコーロケーションは全方位の情報が集まるので、

 正直いえば整理も大変な上、

 自分がどの視点から見るのが効率的か試すのも一苦労だ。


 というか、よくよく考えたらエコーロケーションって、

 対象までの距離とか方向を測定する為に発しているもので、

 360°を把握する為の代物ではないんだよね。

 イルカやコウモリよりも高度な事をしようとしている俺はただの馬鹿かも知れんな。


「明かりも少ないし怖くはないか?」

「道も広いですし、月明かりもあるので別に。

 少し暗めの道の端も家々の軒先に下げられているランプでうっすら照らされていますから問題ないですね」


 店だけでなく普通の家の軒先にも付いているランプは、

 夜の間だけ掛けられて、その家に人が居ますという事を知らせる。

 朝になるとランプは回収されるのだけど、

 時折掛かったままの家がある。

 そういう家は動けない状況にあったり、

 最悪死んでいるなんてこともあるので、

 住民達はすぐに駐在している兵士へ通報して、

 確認をするようになっている。

 こういう小さな事にも興味を持って意味を知ると、

 なんとなくほっこりとする。


「ただ、割と近くに魔神族がいたことも気になるので、

 周囲への警戒はしています。

 お兄さんは私が守りますから安心してください!」

「いや、対処が遅れるのは一瞬だろうから、

 その一瞬だけ守ってくれれば良いよ。

 その後は俺が守るからさ」


 そこからしばらく会話もなく、

 手を引かれて歩く男女の姿が夜の町を歩くのみであった。

 夜に響く足音は単一の音ではなく、

 およそ足音とは思えぬ高音や低音が混ざり合い、

 ひとつの音楽のように旋律を奏でながら静かな町を彩っていった。



 * * * * *

 夜デートは予定通りに1時間・・・を少し過ぎて終了。

 宿泊先へと戻った頃には時間は23時を回っていたから、

 ラウンジには誰も残っておらず、

 受付以外のランプはすでに消灯していて、

 1階は真っ暗になっている。


「ただいま戻りました」

「おかえりなさいませ、水無月様。

 お部屋へお送りいたしますので足下にお気を付けください」

「お願いしますね」


 宿屋の扉は俺達が最後の宿泊客だったのか、

 帰って来次第閉められて施錠もされてしまう。

 一体謎の足音の正体は何者なんだろうね。

 このまま解決しないと寂れていく・・・までは簡単にいかないとは思うけど、

 何か解決の糸口があれば協力も出来るかもだけど、

 散歩してても問題点に遭遇しないし、

 一体何が徘徊してんだろうか・・・。


「では、ごゆっくりお休みなさいませ」

「はい、ありがとうございました」


 ギイィィィィ・・バタンッ・・。

 さってと、今日も歩き疲れたし、

 最後に集中しまくって頭が糖分要求してくるし、

 軽く甘味でも摘まんで歯磨きしてさっさと寝ましょうかね。


 影から宗八箱を取り出して、

 中から小さな袋を摘まみ上げる。

 アスペラルダで見つけたお店の中に飴ちゃんを作っているところがあり、

 果汁も混ぜた種類も結構あって買い揃えているのだ。

 こうやって糖分が欲しくなった時に時々箱から出しては、

 口に放って簡易補給している。

 時々しか引っ張り出さない割には量の減りが早い気もするが、

 まぁ気のせいだろう。


「お兄さんも早く着替えて寝ましょうよ」

「あぁ、着替えたら歯磨きにするから」

「わかりました、先にベッド入ってますね」


 飴が溶けきる頃に丁度洗面所に到着し、

 歯磨き粉の代わりとなるこの世界で常用されている粉を歯磨きへと降り掛ける。

 流石に塩じゃないけど俺の世界ほどクリアなクリーンとまではいかないし、

 歯磨きも木で出来た手元と魔物の毛かなんかで出来たブラシ部分。

 日常的に使うアイテムってやっぱりどの世界でも同じような進化を辿るのかも知れない。


「ん?先にベッドに入ってる?」


 おやおやおや?

 マリエルが加入してから1度も俺の寝所へ侵入してこなかったのに、

 あれれ~?おっかしいぞぉ~?

 部屋に戻ると確かに俺ひとり用のベッドは、

 人が収まっているかのように盛り上がっている。


「・・・アルシェ?」

「・・・ぐぅ~ぐぅ~」


 この娘ったらもぉ~。

 どうせアクアとクーにも手回しして今夜俺がひとりになるようにしやがったな。


「アルシェちゃん、逆に怪しいからな」

「・・・あとは寝るだけなのに、何のご用ですか?」

「・・・はぁ」


 俺も眠る為にアルシェが潜む寝所へと潜り込む。

 俺が寝る時は側にアクアかクーのどちらかは必ず居るし、

 ひとり寝よりは意識が眠りに落ちやすいのはある。

 それが時々アルシェに変わるだけの話ではあるんだけど・・・・、

 年頃の女の子が(おそらく)20歳のおっさんと寝所を共にするのは、

 やっぱり色々と問題がある。

 以前の注意勧告から確かに頻度は減った。

 その少なくなった頻度の1回が今回に当たるわけだから、

 俺もこれ以上強くは言いづらいのだ。


「・・・別にこんな小細工しなくてもいいんだぞ」

「・・・本当ですか?」

「普通に言ってくれば良いだろ、毎回考えるのも面倒だろ?」

「そうなんですよぉ~、

 もう次どうすればいいのかって悩みながら待ってました」


 気が抜けたのか、ずりずりと俺に近寄りながら愚痴を溢す。

 いつもの流れで俺も腕枕用に左腕を差し出し、

 アルシェも頭を乗せながらさらにずずいと寄ってくる。


「あ~、やっぱり時々はこれがないともうダメですねぇ」

「称号のお兄さん依存症ってこれが原因だろ」

「それは自覚してますから今更です。

 じゃあおやすみなさい、お兄さん♪」

「はいはい、おやすみ」


 すぐ隣から伝わる人のぬくもりを感じながら、

 俺の瞼も徐々に徐々に重たくなっていき、

 閉じた後から意識も深く沈み始める。

 意識が途切れる前に思った事は、アルシェあったけぇな、だった。



 * * * * *

 時刻は10時30分前。

 私とマリエルともう1人は、

 例の冒険者向け食堂[カンパレスト]にやって来ました。

 入り口を押しのけて中に入ると、

 お客様はちらほら居るものの昨日のあの時間よりは、

 明らかに少ない様子。


「いらっしゃいませーっ!ってあら?あんた達・・」

「こんにちわ、今日からしばらくお世話になります」

「よろしくお願いします」


 昨日お兄さんに声を掛けて私たちを誘った女性が、

 お客様と勘違いして声を掛けてくださいました。


「はーいよろしく。

 でも、まだ時間の11時には早いけど、どうしたんだい?」

「えっと、お兄さんがいきなり約束の時間に到着しても、

 開始の11時に間に合わないから着替えもあるし早めに行けって」

「なるほど、お兄さんってのは手伝ってくれた男性だね。

 確かに仕事内容を説明する時間も必要なわけだし、

 よくわかってるいい人じゃないか」

「えへへ、そうなんです」

「とりあえず、私たちはどうすればいいですか?」

「じゃあ、あっちの扉の先にそれぞれの服を掛けてあるから着替えておいで。

 戻ってきたらさっそく仕事の説明をするから」

「「わかりました」」


 宗八(そうはち)が昨日入っていき、

 見た事のない服装に着替えた部屋へと2人が入っていくのを見送り、

 フロアに残る影が2人分。


「で?おチビさんはどちらさまで?」

『お初にお目に掛かります、クーデルカと申します』

「はい、ご丁寧にどうも。私はトネリアって言うんだ。

 クーデルカちゃんは・・・人間じゃないのかい?」

『はい、闇精霊です。

 本日はお父さまの指示で2人のサポートとお目付役を仰せつかりました、

 お邪魔は致しませんのでよろしくおねがいします』

「精霊・・・?お目付役・・・?

 あの若い兄ちゃんはずいぶんと過保護で変わったお人なんだねぇ」


 クーと店員のトネリアが会話をしている一方で、

 部屋の中へと足を進めた2人は混乱の最中にあった。


「マリエル、これってどう着るの?」

「私にもわかりませんよぉ~姫様ぁ~」

「あ、姫様は禁止だってお兄さんに言われてたのに・・・言い付けちゃお」

「止めてくださいよh・・あ、アルシェ様ぁ~。

 隊長ってば私には容赦ないんですからぁ」


 たかが服の着方が判らないだけでなんと姦しい事か。

 宗八が居ればそんな事を考えそうな賑やかさではあるが、

 2人が騒いでいる間にも刻々と早めに来た空き時間はなくなりつつある。

 その時、部屋に入ってくる人影があった!


『アルシェ様、マリエルさん、早く着替えてください。

 せっかく早くに着いたのに時間が無くなっていきますよ』

「「クーちゃん、助けてぇっ!」」


 おおよそメリーほどアルシェを敬っている訳もなく、

 1番はお父さまと豪語する闇精霊クーデルカは、

 腰に腕を構えて鼻息を吐き出し、一言発する。


『お手伝い致しますから、並んでください』



 * * * * *

「やってもらう事は2つ。

 注文と卓番号をこの紙に書き出してキッチンに渡す事と、

 私ともう1人の子が空いた席の食器を片付けるから、

 そのテーブルをこの布巾で拭く事の2つだけ」


 2人は手渡される伝票の束とペン、

 下敷きとなる薄い木の板を前掛けのポケットへ収納しながら、

 戸惑い気味に問いかける。


「はぁ・・・それだけでいいんですか?」

「まぁ注文ついでに会計もあるけど、他というと・・・。

 じゃあ、これをトレイに乗せて運べるかい?」


 トネリアが指差すのはどんぶりに水を入れた物。

 おそらく本来は麺料理がどんぶりの中に収まっているのだろうが、

 今回用意された器には代わりに水がたっぷりと波打っている。


 言われるがままアルシェはトレイを一旦テーブルへと置いて、

 昨日自分の兄がやっていた動きを見様見真似で敢行する。


「あ、あわわ。あ・・・危なかったです」

「まぁ単純に慣れも必要なんだけど、あんた達はまだ幼いし、

 筋力がどうしても足りないからね」

「マリエルは試さないの?」

「いえ、ひ・・・アルシェ様が出来ないなら私にも無理かなって」


 危うく口を滑らせる所だったマリエルは寸前で回避。

 2人とも同年代の女子に比べると日頃鍛えさせられているので、

 順調に筋力も育ってきてはいるものの、

 まだまだ細腕の可愛らしい力瘤しか出せない。


『2人は注文と卓掃除の他に気をつける部分などはありますか?』

「そうさねぇ・・・お客さんが入ってきたら、

 いらっしゃいって声を掛けて欲しいね。

 あんた達のお兄さんがやってた感じに元気な声でね」

「それならお兄さんの真似をすればいいんですかね?」

「それくらいなら、なんとかなりそうかも・・・」


 いままで経験したことのない仕事、

 そしていつも頼りにしている人物の欠如。

 そんな環境下に放り出された場合、

 元人見知り箱入り姫様と島暮らし引きこもりカエル女子は、

 いらっしゃいの掛け声どころか注文も難しいことは言うまでも無い。


「ご、ご注文を・・・どうぞ・・」

「ランチセットを、えーと全員で良いか?

 じゃあ4つで、スープを3つお願い」

「・・・・」

「おーい、お嬢ちゃん?

 大丈夫か?注文は聞いてたかい?」

「・・・・」


 2人の心に今朝まであったのは、

 1人じゃないのだからなんとかなる!

 であったのだが、残念ながら働き始めれば別の作業をするわけで、

 注文を取る時は孤独なバイト戦士になってしまう。


『アルシェ様、ご注文を確認してください』

「はっ・・!ランチセット4つでよろしいですか?」

「あ、あぁ。それとスープを3つね」

「し、少々お待ちくださいっ!ランチセット3つとスープ4つ・・・」

「違う違う、ランチセットは4つ!スープを3つ!」

「す、すみません・・・えっと・・・っ!」

『落ち着いてください、アルシェ様。

 ただ言われた内容を書き出すだけですから、パニックにならないでください。

 深呼吸をして一旦リセットしてください』


 まるで職場の先輩の如く、

 すぐ側から慌てるアルシェに声を掛けるクーデルカ。

 愛しのお父さまから今回のお役目を任命されてからは、

 お父さまの中に眠る記憶の海からお役目に沿う情報を抽出し、

 万全と思われる状態で臨んでいた。


「すぅ・・はぁ・・。

 ランチセット4つとスープ3つですね。お会計は別にされますか?」

「そうだなぁ・・じゃあ俺が今回は払ってやるか」

「よっ!太っ腹!伊達に腹が出てるわけじゃないな!」

「お前だけおごりなしな。

 ランチ3つとスープ2つは俺が払うよ、よろしく」

「え、えーと・・かしこまりました。合計1700Gになります」

「ちょ、マジっすか!?店員さんも普通にスルーしてるし」


 深呼吸してある程度落ち着いたアルシェも普通にいっぱいいっぱいなので、

 冒険者の1人がコントをぶっ込んで来たとしても、

 初めての注文を現在進行形で行っているアルシェには対応出来るはずもなかった。


「お客さまは合計600Gになります」

「あ、はい。じゃあこれから引いてください」

「ありがとうございます」

『お料理をお持ちするまでしばらくお待ちください』

「あ、お待ちください!」


 クーデルカの言葉を繰り返して、

 アルシェはそそくさとキッチンへと逃げていく。


「クーちゃん、ありがとうございましたっ!

 本当に助かりましたよぉ」

『それがお父さまから授けられたクーの崇高なお仕事ですから。

 次はマリエルさんのサポートに行ってきますので、

 アルシェ様はキッチンにその伝票を出して、空いた席の片付けをお願いします』


 クーデルカ曰く崇高なお仕事に従事出来ているという意識があるのか、

 やる気に満ちあふれたキラキラとした目をして、

 アルシェへの指示とマリエルのサポートに向かうクーデルカ。


 結果的に同じ轍を踏むマリエルの話は置いておくとして、

 ここに新たなバイト戦士が爆誕したのである!



 * * * * *

 人の居ない町の外へと移動して、

 魔法制御の実験を行う。

 アルシェ達の事も気にはなるが、

 クーを引率としてついて行かせたし、

 連絡もないということは問題は発生していないのだろう。


 お日様も天辺に登っているので大きめの木の木陰に座り込み、

 集中して制御を順々に行っていく。

 フォレストトーレ国内に入ってからは風雷属性の魔法の調子がいいし、

 制御もアスペラルダに居た頃よりも思った通りとまではいかないけれど、

 やはりイメージに近しい感覚の制御を行えていると思う。


 風は空気の振動関係を中心に訓練していて、

 音波の発信、音波の受信、音波の解析、音波の増幅。

 風自体を手元に集める所までは出来ても、

 固定は出来ないので攻撃に転用する事も不可能だ。


 そして雷だが、やはり俺の世界でオタク同志に有名な作品に、

 とあるなんちゃらのなんちゃらという科学と魔術のなんたらな物語がある。

 その真似事が出来ないかと色々と試してみた結果、

 まず雷を指先から放射することは出来たが、指向性が伴わない。

 思ったところに一直線に向かわずに方々へと分かれに分かれ、

 届くのはその一部分のみという現状。


 次に雷速が早くて俺の制御が入り込む隙間がない事。

 軽く出した瞬間には15m先に雷が走っているくらいなのだから、

 仮にも[集中]を摂取したところで、おそらくは認識出来ないだろう。


 確かに俺の記憶にあるビリビリ中学生も、

 方向性は指定していたが枝分かれはしていたし、

 彼女の3次元的な動きはコンクリートに含まれる、

 微量の金属に類する何かを利用したものだと考えているんだが、

 この世界の壁にも確かに微弱な反応があった。

 コンクリートでは無いようだけれど、

 おそらく砂鉄とかが含まれているのかな?

 そんな細かな金属を利用して壁に張り付くとか、

 どんだけ制御力があれば出来るんだよって話ですよっ!


 次に電磁砲も再現しようと頑張ってみたけれど、

 残念ながらこちらも俺の力不足により磁界の生成が出来なかった。

 俺に出せるのは超低電流のみで、

 精々がアイアンクローをして電流を流して気絶させるくらいなもの。

 この制御力もフォレストトーレを出れば出力が落ちてしまうだろう。

 今のうちにコツを掴んでおけば、

 水制御のようにあまり程度に差は出ないと思うしな。


「アクア、どんな感じだ?」

『ええとねぇ~、しっぽはこんなかんじだよ~』


 アクアへ呼び掛けて進捗を確認すると、

 ポルタフォールからずっと鍛え続けて改良をし続けた結果が現れていた。

 アクアのお尻部分から少し離れた所に魔方陣が発生しており、

 小さな桃尻が動く度に合わせて向きを変えている。

 その魔方陣が付け根となって、

 まるで竜の尻尾の如く、スリムながら力強い水の尾が生えていた。


「長さは1.5mくらいか・・。

 一発俺に振るってくれるか?」

『あい。おもいっきいくからね~』


 浮遊状態のアクアが俺の近くで1回転すると、

 教えていたとおりに重さを乗せた叩きつけを俺に浴びせてくる。


 バシィィーーーーーンッ!!!

 防御態勢を取らずに受けたアクアの尻尾攻撃は、

 確かに痛かったし、ランク1モンスターよりは明らかに高い威力を持っている。

 その事を加味して考えるに、

 念の為防御をしておきたいと思える程度だ。

 敵の体勢を崩す事は出来るし、

 雑魚相手ならアクアも近接戦闘がこれで出来るというものだ。


「お~痛ぇな。でも、よく出来ているじゃないか。

 この尻尾は切れたりするのか?」

『ますたーのあいすぴっくとおなじで、

 きれるいりょくのこうげきはとおりすぎるよ』

「制御はどこまでしているんだ?」

『ほとんどしてないよ~?

 おしりにひもをつけてふりまわしてるかんじ~!』


 ほとんどしてないってことか。

 でもまぁ、アイデアを吹き込んでから1ヶ月と少し・・・、

 ここまで出来るようになるのはアクアであっても、

 精精2ヶ月は掛かると践んでいたけれど、

 予想以上に頑張ってくれている。

 訓練の時間になれば俺と一緒じゃない時は、

 大抵スィーネと話しながら調整していた。


「よく頑張ったな、アクア。流石は俺の精霊だ」

『えへへ~♪

 ますたーのこと、だいすきだからあくあがんばったぁ~っ!

 ますたーはどんどんすすんじゃうから、おうのたいへんなんだよぉ~?』

「ははは。無理をさせてすまんな。

 俺もアクアの事大好きだから、この世界に居る間はなんとか着いてきてくれな」

『あい~♪』


 ピリリリリリリリ

[アインスから連絡が来ています、繋げますか?][yes/no]


 アクアと告白合いをしていたその時、

 アインスさんからの連絡が入った。

 確か先日の報告の際に話があると言っていたが、

 あれから結構時間が経ってからの連絡・・・・。

 あの連絡をした時は何かしらの修羅場を潜っている状況だったのかも知れない。


「すまん、アインスさんと少し話をするから続けていてくれ」

『ますたーのおひざでい~い?』

「いいよ、おいで」


 再び木陰に座り直し、

 胡座をかいた所へアクアがフイ~と寄ってきて甘えてくる。

 許可を出すと嬉しそうに突撃してきて、

 一度俺の横腹に頭から突っ込んでから、

 いそいそと俺にもたれて膝に座るアクア。


 頭を撫でつつ、目の前に浮かび上がっているyes/no書面に指を近づけて、

 ようやくyesを押してアインスさんに繋げる。


「はい、水無月です」

〔あ、お疲れ様です。アインスです。

 先日お伝えしたいと言っていた件でお話をさせていただきたいのですが、

 今お時間は大丈夫でしょうか?〕

「大丈夫ですよ、こっちも気になっていましたし。お願いします」

〔ありがとうございます。実はですね・・・〕

いつもお読みいただきありがとうございます

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