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特に呼ばれた記憶は無いが、異世界に来てサーセン。  作者: 黄玉八重
第03章 -港町アクアポッツォ編-
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†第3章† -10話-[戦闘訓練と魔法改良]

「ブラケットですか?それってどんな動きなんですか?」

「残念ながら俺も本物を知っているわけじゃないんだよね。

 スケートっていう専門職の作品で見たことがあったから、

 緊急回避とかに使えないかなって教えただけなんだ」

「なんて作品ですか?」

「ブリザードアクセルって作品だよ。

 まぁ、評価は賛否両論だったけどさ」


 アルシェは、昼食を食べにベイカー邸へ戻る前に、

 ギルドで待っていたマリエルを迎えに行き、

 そのまま予定通りに同じく戻ったメリー、クーの計4人で昼食。

 その後、キッチンを借りて俺たちの昼食を作って持ってきてくれた。ヴォジャ様はアルシェ達をギルドへ届けた後に、

 そのまま島へと帰ったらしい。


 昼食を水源のそばの木陰で摂り終え、

 食後のまったりした時間にアイシクルチャージ及び、

 アクアチャージの改良案を検討している。

 ブラケットというのはフィギュアスケートのターンの一種で、

 }←のような動きをする事からその名がついたターンだ。


「賛否両論?それって微妙じゃないですか?」

「専門家曰く、すごく細かく書かれていてわかりやすい。

 一般人曰く、物語が悪いんだってさ」

「見ている視点が違うんですね」

「そのブリザードアクセルっていうのは技の名前なんですか?」

「そうだよ。

 氷上を滑るスケートという競技の中にある、

 フィギュアスケートの技でね、

 滑っている時にブレーキを掛けると前方に飛ぶんだよ。

 そのまま空中で特定のジャンプをする技の名前のひとつがアクセル。

 そのジャンプは人の体では、

 4回転半・・クワドラプルアクセルが限界らしいんだけど、

 その作品では5回転半をするんだ。

 そのときの回転と着氷の衝撃で巻き上がった氷の粒によって、

 すごい氷の竜巻が起こる・・ってのがブリザードアクセルだ」


 メリーとクーはアルシェとマリエルを俺たちの元へ届けると、

 すぐ踵を返して町へと戻ってしまった。

 クーが早くも父離れしたみたいで少しさみしい。

 アクアは食後のお昼寝中だ。


「ふんふん、そのスケートの技術をチャージに取り入れよう、

 ということなんですね、お兄さん」

「そういうこと。

 少しでも形が出来ていれば、

 あとは訓練次第で化けると思うんだ」

「ジャンプの練習はしておいて損はないけど、

 たぶん飛ぶだけなら簡単にクリアできると思う。

 あれはコツを掴むまでが大変らしいから。

 他はロッカーとカウンターだったかな?

 S字に足を入れ替えたりしてするターンだったはず」

「じゃあ、まずは両足で滑っているのを片足で滑るところからですね」


 理解の早いアルシェはさっそく取りかかるつもりのようだ。

 しかし、このままでは非戦闘員のマリエルが暇になってしまうので、

 出来れば切磋琢磨してもらえる関係になってほしい。


「アルシェ、マリエルにチャージを教えてあげな。

 妖精なら制御力もアルシェに負けてないと思うから、

 チャージもすぐに出来るんじゃないか?

 そこから一緒に練習すれば理解も早まると思うぞ」

「ふえ!?」

「なるほど!そうですね!

 マリエルも手が空いてしまいますし、

 一緒に頑張らない?」

「ひ、姫様がそういうなら挑戦しますけど・・・。

 私たちは普段魔法を使わないので出来るかわかりませんよ?」

「やってやれないことはない!ですよ!」


 アルシェとマリエルは共同練習をすることになり、

 アルシェの訓練手帳にどういった動きをするのかを挿絵付きで書いていく。

 チェンジエッジという技術についても記載はするが、

 そもそも現在のチャージにエッジなんて部分はないので、

 根本から作り替える必要が出るかもしれない。

 前回はアクアチャージの改良で事前のアイシクルエッジが必要なくなり、

 それを元にアルシェのチャージを改良したが、

 今度はアイシクルチャージを元にアクアチャージを改良することになるかもしれない。


「で、その間に水無月さんは何をするんですか?」

「俺はアイスピックの使い方の模索と、

 制御力の訓練で風とか雷とか時空関係を研究だな」

「ふーん。

 さ、姫様行きましょう」


 うぉい!聞いたんなら最後まで興味を持ってくれよ!

 相変わらずの対応だが、

 アルシェとの仲は良好だし悪い娘じゃないのはわかるからいいんだけどね。


「さてと、こっちもやりますか!」



 * * * * *

 1時間もすれば流石は水氷に属する妖精なだけあり、

 チャージを早くもモノにしてアルシェと追いかけっこをしている。

 とはいえ、もともとが早く移動することと、

 アルシェの吶喊(とっかん)使用の為に造られた魔法なので、

 基本真っ直ぐの移動と、

 曲がるにしても大きく回る必要がある。

 今まで通ってきた街道は曲がりも緩やかで、

 角度のあるカーブは一旦魔法を切れば済むだけの話であった。


「アルシェ!マリエル!こっちに来ーい」

「はーい」


 俺の呼び掛けにアルシェが反応し、

 スゥーっと俺の元へと来てくれる。

 渋々遅れてマリエルが「なんですかぁ~?」と言いながら、

 アルシェの後を追って戻ってきた。


「なんですか、お兄さん」

「マリエルも滑れるようになったし、

 改良案を伝えようと思ってな。

 アクア、ちょっと手伝ってくれ」

『お~!ちょうどひまだった~!』


 バッシャァ!と水場から飛び上がり、

 俺の顔に飛び込んでくるアクアを両手でキャッチする。

 なんでこいつは俺の頭か顔を狙って飛んでくるんだよ・・・。


「これからアクアチャージの改良をして、

 アルシェのアイシクルチャージはそれを元に改良を加える」

『あーい』


 バタバタ暴れるアクアを頭の定位置へと配置し、

 最近は稼働時間も延びてきたシンクロを発動させる。


「『シンクロ』」


 アクアから漏れ出る瑠璃色のオーラと俺の体から漏れ出る水色のオーラが混ざり合い幻想的な輝きを宿しながら俺とアクアは包まれる。

 俺はひたすらにスケートのイメージを意識し、

 アクアがそれを受け取ってアクアチャージを変質させていく。


「どうだ?出来そうか?」

『ばらんすとかむずかしくなるけど、い~い?』

「そんなものは練習でなんとでもなる。問題ない」

『あい』


 シンクロで創ったりした魔法はそのときのインスピレーションで創られる。

 それは言ってみれば大雑把という意味なのだが、

 そういう創り方は楽なのは良いが、

 後から改良を加える時にひとつひとつの発動シークエンスを検査して、

 バランス調整をしなければならないようになる為、

 初めて創る時よりも再構成する時の方が時間が掛かる。

 今回はアルシェの創ったアイシクルチャージを元に創られた魔法な訳だが、

 セリア先生が手伝ったとはいえ、

 今より未熟な時分に創られたので、

 片足走行へ変更するには粗が結構あったらしい。


 アクアが頭の上で集中して魔法改造手術を行う間、

 俺たちは手が空く為、

 アルシェとマリエルにスケートについての知識を詰めていく。

 とはいえ、スキーは経験したことはあっても、

 スケートはなく漫画やオリンピック時のTVから観た知識だけであるが。

 チェンジエッジ、ロッカー、カウンター、ブラケットは、

 戦闘中や移動でも使えると思うけど、

 ジャンプの知識って必要かな?

 やたらジャンプを知りたがるアルシェとマリエルにジャンプの知識を枝を使い地面に絵を描きながら伝える。


「こう滑って行ってここでジャンプすると、どう飛ぶと思う?」

「うーん・・・。

 お兄さんが聞くと言うことは真っ直ぐではないんですね」

「姫様は少なくとも真っ直ぐではないと仰せです」


 アルシェは俺の質問分析から答えを導こうとするんじゃないよ・・。

 マリエル、お前はどういう立ち位置なんだ・・。


「まぁ、正解は真っ直ぐ飛ばないで合っているが、

 じゃあどのくらいの距離を飛べるかな?」

「えーと・・・。

 お兄さんが聞くということは普通のジャンプ力ではないんですね」

「姫様は少なくとも1.5m以上と仰せです」


 お前ら・・・・。


「この状態で飛んだ場合は、おおよそ3~5mになる。

 では真っ直ぐ飛び、さらに飛距離が7mに達するにはどうすればいいかな?」

「そうですねぇ・・・。

 マリエルはどう思いますか?」

「姫様と同意見です」

「そうですか。

 答えは、飛ぶ瞬間にブレーキを掛けるですね」

「良く出来ました。えらいぞアルシェ」

「えへへ、ありがとうございます」


 話をしっかり聞いて正解を引き当てたアルシェの頭をなでてやると、

 嬉しそうにえへえへしている。

 隣のマリエルは羨ましそうに俺たちを見ているが、

 こいつはなでられるのが羨ましいのか、

 アルシェをなでるのが羨ましいのかどっちなんだろ。


「でも、このジャンプをした場合は後ろ向き、

 もしくは回転をしてしまうから、戦闘では役に立たないと思うぞ」

「知識と知っていればいずれ使うかもしれないじゃないですか。

 お兄さんが好きな手数を増やすってものです」


 いずれ・・・使うかな?

 何か王族の集まりで芸をしろと言われた時に使えるかな?


『ますたー!いけるよ~』

「よっし!ゆっくり行こうか。見てろよお前ら」

「はい」「はーい」


『《あくあらいど》』


 見た目はほとんど変わってはいないが、

 今までは両足を同時に推進させていた水の動きは様変わりしており、

 左足を前へ滑り出すと、まるで氷の上を滑り出すようにゆっくりと慣性を残して前へとツツツ・・と進む。


「おぉ・・・・と言いたいが、

 俺の記憶にある似た機構のローラーブレードが元になってるなこりゃ」

『ゆっくりかいりょうするね。ごめんね』

「ひとまずはこれでいいだろう。

 時間がある時に頼むわ」

『あい』


 続けて右足も少し斜め右前に出すと、

 体も前進しスィーッと1mほど進んだ。

 この2歩で感覚は理解したので、

 足を交互に若干斜め前に出し20m進み、

 Uターンに入る。

 左周りをする予定なので、

 当然左足でのライドは長く、右足は短くして半円を描きながら回る。

 そのまま2人の前に戻って来た。


「少し違うけど、どう?」

「真っ直ぐの加速はいつものを使っていいんですよね?」

「そうだ」

「それに加えて技術での動きを可能にする為の両足推進じゃないんですよね」

「そうそう」

「・・・・。戦闘用歩法の輪舞(ロンド)がありますし、

 もしかしたらアクアちゃんよりも先に完成するかもしれませんね」

「可能性は十分だろうな。

 俺の運用施策については理解してるだろうから、

 先に完成できるならしてもいいぞ」

「言いましたね。

 完成したら何かご褒美くださいね」

「出来る範囲でな」

「わぁーい!マリエル、頑張りましょう!」

「はい、姫様!どちらが上か教えてあげましょう!」


 純粋なアルシェと不純なマリエルのペアが完成形を創ってくれるなら、

 アクアは水源支配に集中できるから、

 正反対の方向のやる気を出す2人には期待している。

 アクアを水源に戻して、

 俺はアイスピックの運用試作を試して行くとこにした。



 * * * * *

 それから2時間近く過ぎた。


「《氷結加速(ひょうけつかそく)!》」


 言の葉に反応し、本来のピック部分を飲み込み、

 根元から瞬間的に刃渡り45cm程度の円錐氷刃が生えてくる。

 強度はチャージした魔法に比例するが、

 アルシェの魔法武器と同じくアイスピックの強度を大きく逸脱は出来ない。


「《氷竜一閃(ひょうりゅういっせん)!》」


 空に向けて軽めに一閃、続けて二閃。

 篭める魔力を薄くしたので30mも進撃すると、

 自然に霧散していく。

 剣に残る魔力が一時的に減りはしたものの、

 いつも通り剣内部で水氷魔法が反復増幅ですぐに貯蔵魔力は回復する。


「《氷結融解(ひょうけつゆうかい)》」

 続けて。

「《流水加速(りゅうすいかそく)!》」


 円錐状の氷の刃は解けて、一旦、アイスピックの刀身へと吸い込まれる。

 しかし、続けて詠唱された言の葉に呼応し、

 再び円錐状の刃が発生。

 新たに現れた刀身は凍り付いておらず、

 実体のない水の剣へと姿を変えた。


 試しに水場のすぐ側に生えている木の枝を意識して切りつけると、

 刀身に触れたにも関わらず枝には傷ひとつ付いていない。

 次は意識せずに同じ枝を切りつけると、

 刀身に触れた瞬間にその枝は幹から切り離される結果となった。


「《水竜一閃(すいりゅういっせん)!》」


 先の氷竜と同じく二閃を空へと飛ばし、

 こちらは20m程度で自然消滅してしまう。

 威力が減少した結果消滅するわけではなく、

 篭める魔力に対して比例し、飛距離が変わることはすでに研究済みで、

 今回の氷竜と水竜に篭めた魔力は同じだったが、

 元の液体から固体へ物質変化を加えるとその時点で初期消費魔力は変化する。

 氷竜:物質魔力2+篭めた魔力1=3

 水竜:物質魔力1+篭めた魔力1=2となったわけだ。


「《流水蒸発》」


 些かダサイとは俺も思うけど、

 ひとまず突貫で詠唱を設定した割には、

 十分に実用レベルまで調整できたと思う。


 水剣は消滅しても内部で増幅し続ける水氷魔力をどうにかしないと、

 愛しのアイスピックも折れて失ってしまうので、

 魔力を散らす手段も創っておいた。


「《解除(パージ)》」


 篭もっていた魔力はアイスピックから剥離し始め、

 抜けた魔力は空気へと溶け込んでいく。

 たぶんこういった魔法行使により発生した余剰魔力は、

 光合成に似た何かで誰の魔力でもない、

 言ってしまえば世界の魔力へと還元されていくのだと思う。


 本当はもうひとつあるんだけど、

 アレってなんか俺の意思関係なく勝手に発動するから、

 なんか怖いんだよなぁ。

 どうにもならなくなる状況になったら使うかもしれないな。


「アクア、どうだ」

『んあ・・・ずずっ・・。えっとね、んーと。

 もうちょっとみたい。あとちょっとだよ~』


 ウトウトしていたのか、

 口から垂らしていた涎を啜ってからアクアが答える。


「わかった、もうちょっと頑張ってくれ」

『うん、だいじょうぶ!あしたはあそんでくれるんだよね?』

「昼から夜までな」

『でへへ、たのしみ~』


 時間つぶしの為に俺と会話、

 水場の水を使って制御の練習、睡眠を繰り返したアクアには、

 ご褒美に明日は主人と遊ぶ券が発行される事になっている。

 急ぎの案件はあるが、

 精霊との息抜きも立派な戦略に組み込まれる精霊使いとしては、

 まぁ仕方ない部分もあるよな。

 明日は目一杯付き合ってあげよう。


「お兄さん、調整は済みましたか?」

「こっちは姫様の才覚のおかげさまでほぼ完成してますよ?

 そちらの水精霊ちゃんはどうなんですか?」

「いや、面目ないが自分に集中していたから、

 あれから全く進んでいないんだよ」

「アハハ!勝負は私たちの勝ちですね!

 姫様、はっきり引導を渡してあげましょう!」

「マリエル、お兄さんはわざと仕向けてやる気にさせただけですから・・」

「え?」


 ご覧頂こう。

 ネシンフラ島村長の孫娘、マリエル=ネシンフラの間抜け面を。

 賢いアルシェは息抜きの時間に付き合うという事まで含んで理解をしていたようだ。


「しょ、しょんなぁ・・・。

 なんで姫様はそうだと思ったんですか?」


 しかし、ただでは転ばないアルシェ好き好きマリエルは、

 先の方まで見抜くアルシェの心眼と思考について問いかける。


「旅の仲間ですからね、今までの付き合いで考え方も知ってますし、

 アクアちゃんが考え出すよりも、

 輪舞(ロンド)を使える私の方が圧倒的に有利なんですよ。

 これはお兄さんが私を信用してくださった結果であり、

 その時間を使ってお兄さんは武器の調整が出来た。

 これは役割分担なんですよ。

 ちなみに私の望みはお兄さんと2人で町の視察をすることです!」

「明日はアクアの予約が入ってるから、明後日な」

「わかりました」



「姫様っ!」



 * * * * *

「姫様は、いったい何の目的で旅をされているんですか!?

 国を見て回るだけでなく、この町を出たら風の国に入るとお聞きしました!

 どうして、姫様が冒険者のような事をして動いているんですかっ!?」


 マリエルが突然大きな声を出して、

 私に問いかけてきました。

 どうして・・・。

 当然友人のマリエルといえども、

 本当の事を言うには判断材料が少なすぎます。


「勇者様が召喚されたのは知っているでしょう?

 私たちのアスペラルダを早々に出て魔王の討伐へとすでに動き始めています。

 私たちアスペラルダ王家は討伐後の事も考えて、

 外の世界で刺激を受けて今後の治政に活かそうという考えがあります。

 そのための旅です」

「嘘!嘘嘘嘘!

 私は知っています、姫様と水無月さんがアスペラルダで成した事も、

 ポルタフォールで成した事も!

 ギルドマスターさんが教えてくれましたよ、

 姫様は必死で町を守ろうとしていたらしい。

 でも、あの護衛の水無月様は常に落ち着いて対応に当たっていた。

 そう、知り合いから聞いたと私に聞かせてくれました」


 確かにアスペラルダでもポルタフォールでも、

 私はお兄さんの指示に従って必死にお手伝いをするだけでした。

 でも、お兄さんも余裕があったわけじゃなくて、

 問題にぶつかる度に顎に手を添えて考え込む姿をよく目にしてます。

 落ち着いたように見せないと私たちが不安になり、

 その様子をみたアスペラルダ王国民はもっと不安になる。

 その連鎖を進ませない為にお兄さんはいつもギリギリの所で頑張ってくれています。

 問題の解決だって言ってみれば、

 お兄さんと精霊を中心に私を含むその他の人々で解決しているわけだし。


「勇者様は土の国へは寄らず、

 神聖教国へ向かい、聖剣を手にしたそうです。

 その勇者の功績に町を救ったなんて話はなく、

 姫様達の方が余程危ない目に遭っている!

 水無月さんの戦闘訓練も見ましたが、

 明らかに自分の数倍はある敵との戦いを想定しての動きでした。

 この辺のダンジョンに巨人種は出ないのに訓練すると言うことは、

 まだアスペラルダの危険が終わっていないという事なんじゃないですか?」


 流石はマリエルですね。

 ギルドからの情報とお兄さんの訓練風景だけでそこまで・・・。

 でも、本当のことは言えないんです。

 知っている人間が少ないほどお兄さんに繋がりづらくなり、

 知るにしてもせめて自衛出来る程度に強い人でないと伝えることは出来ないんです。


 目を瞑り、後ろを向く。

 マリエルの目からは好奇心などではない真剣みがあり、

 アルシェもその事がわかっているからこそ、言葉を伝える。


「・・・貴女を弱点にしたくないの」


 長い沈黙が訪れた。

 マリエルの中で葛藤がしばらくあり、そして・・・。


「・・・わかりました」


 顔を見なくともわかりますよ。

 貴女の敬愛は出会った時から感じていましたし、

 姫としても友人としても力になろうとしてくれて感謝します。

 でも、私は貴女に危険な目にあってほしくないですし、

 私たちの旅は、いち個人を優先してはいけないんです。

 世界の為に1を殺す覚悟をしています。

 そんな行動を取ってしまうと秘密裏に動いている事が、

 魔神族に気取られてしまうんです。

 ごめんね、マリエル・・・。


『カエルになっちゃうし、

 たたかえないもんね~』

「こら、余計なことをいうんじゃない」

『もがが~~』


 アクアちゃんの言葉に何の反応も返さずに、

 その場は収まりましたが、

 どうもマリエルがこのまま引き下がるとは思えないんですよねぇ。



 * * * * *

 ドクゥン・・・・・・


『でっきった!』

「やっとかぁ~~~!

 まぁまぁまぁ・・・1日で使えるようになるんだから良いだろう」


 あれから30分を過ぎた頃、

 アクアがバシャバシャしていた水場が脈動し、

 契約で繋がる俺にも支配完了が伝わる。


 時刻は陽も傾き、あと2時間もすれば夜の帳も降りるだろう。

 丁度良いし、ベイカー邸へ戻ってから私服に着替えれば観光客に混ざって楽しめるだろう。


「おーい!こっちは終わったから、今日はもう上がるぞ-!」

「はーい!わかりましたー!」


 先ほどほぼ完成したという魔法を確認してから、

 どう感じるか、どこまでの角度まで体を沈められるか、

 体への負担などをアルシェとマリエルに聴取をして、

 彼女たちが気になった点を洗い出し、

 その調整をさらに重ねてもらっていた。

 形としては確かにほぼほぼ完成していたので、

 もうこの際に改良がいらないくらいの完成度を目指すことにした。


 マリエルも思うところはあるようだが、

 俺たちの滞在時間が少ないことと、

 アルシェの邪魔がしたいわけではないこと、

 それに魔法に精通していない為か、

 アルシェが気づかないような点も気づいて意見を伝えていた。

 そういう実績からか、役に立てていることを実感しているようだ。


「アクア、明日スィーネのとこに試しに行ってみようか」

『あーい、よるにれんらくしておこうね~!』

「そうだな。アルシェとマリエルもお疲れ様。

 続きは明日にして、今日は観光としゃれ込もうか」

「ブルーウィスプを見るのは初めてなのですっごく楽しみなんです!」

「毎年遠目に見てはいますが、近くで見るのは私も初めてですね」


 アルシェのはしゃぎ様は年相応の女の子であり、

 マリエルも綺麗という事は理解していても近場で見るのは初めてらしく、

 テンションは高くないものの楽しみにしているというのはわかる位にはアルシェとハシャギあっている。


「アクア、クーにメリーと一緒に屋敷に戻っておくように伝えてくれ」

『あい、まっかせて~』

「私服に着替えてから出かけるからな、マリエルは服持ってきてないんだろ?」

「持ってきてますけど、多くはないですね」

「じゃあ、私の私服を貸してあげますよ!一緒に服を選びましょ!」


 とりあえず、本日の訓練は撤収して、

 着替えることにした。

 こちらで言う花火のようなイベントなので、

 出来れば浴衣とかがあれば最高だったんだけど、

 そこは用意が出来てないし、

 アクアとクーの格好を浴衣風に指定して満足するとしよう。



 * * * * *

「これが・・・浴衣ですか」

『ますたー、これでいいの~?』

「ばっちりだ!」(適当)


 女の浴衣について知識があるわけもないので、

 細部は勝手なイメージでアクアとクーに伝える。

 それを参考にして着ている服を再構成するわけだ。

 お忘れかもしれないので説明するが、

 魔法生物の彼女たちの服は己が魔力で組み上げているので、

 特に防御力があったりするわけではない。

 セリア先生は普通に人間と同じく服を着ていたので、

 装備することは可能なんだと思うけど、

 まだまだ体も小さいので今は我慢してもらおう。


『お父さま、クーも大丈夫ですか?』

「最高にかわいいぞ」(適当)

「来年用に姫様の浴衣は私が作っておきますね」

「お願いね、メリー!」

「まぁ、かわいいんじゃない?」


 アクアとクーが着飾る浴衣を前に、

 女性陣は各々興味を引いているようだ。

 マリエルの性格がだんだんと透けてきており、

 ノイと良い勝負なんじゃないだろうか?


 日本の布切れがいっぱいあれば、

 どんな模様があるのかくらいは伝えられるんだけど、

 俺も日本伝統の色つけなんて覚えていないから、

 異世界風の浴衣を作ってもらう事になりそうだ。


 ベイカー邸を出ると人混みがかなりひどく、

 方向音痴の俺では迷子になってしまうレベルであった。

 と、誰かに手を握られ引っ張られる。


「こっちですよ、お兄さん」


 アルシェは勝手知ったるアクアポッツォというように、

 するりと近くの家へと近づきノックする。


 コンコン!

「はいはーい、どちら様ですか?」

「先日お会いしたアルカンシェです」

「あぁ、はいはい。

 どうぞ、鍵は開いてますので」

「失礼します」


 おそらくは情報収集をしている間に出会った町の人だと思うが、

 祭りの日にいきなりお邪魔するとはどういうことだ?


「先日のお言葉に甘えて伺わせて頂きました」

「わかっていますよ。

 お連れの方もどうぞどうぞ」

「は、はぁ・・・失礼します」

『おじゃましま~す』

「失礼します」

『失礼します』

「こんばんわ」

「はい、こんばんわ。

 ここの階段を下に降りていった先に緑色の扉があるの。

 そこを出れば近くに出るからね」

「ありがとうございます。

 さぁ、みんな!行きますよぉ!」


 アルシェとマリエル、メリーはわかっているのか先頭を切って、

 人の良いおばあさんの家の中を進んでいく。

 階下へと降りるとそこは倉庫になっているのか、

 長い通路が真ん中に残され、

 両サイドにはびっしりと何かが積まれていた。

 電気もない階下の部屋の先に扉があり、

 その隙間から外の光が漏れていた。


「わぁ・・・。

 こんなに近くまで降りてこられましたよ」

「なるほどなぁ、良い近道を教えてもらえたな」

「この通りは海岸の一段上の通りのようです。

 この段に珍しい出店がありますので、丁度良かったですね」

『ますたー!かわなきゃ!』

『クーも食べたいです』

「先に場所取りしないといけないだろ」

「いえ、ベイカーの別宅が良く見える立地に建っているので、

 今回はそちらにお邪魔して食事をしながら見ましょう」


 この通りでも十分に近いとは思うが、

 確かに人が多い状態で立ち止まって食事をすると邪魔になるし、

 落ち着いて観覧することも出来ないだろう。

 ベイカー氏は毎年の事なので、屋敷で仕事中。

 その為、ライラス君が別宅に待機をして俺たちの到着を待っているらしい。


「屋台の場所は事前にベイカーからメモを受け取っていますから、

 買ってから別宅の方へ移動しましょう」

「とはいえ・・・」

「大勢で移動するには少々骨が折れますね・・・」


 それこそ、流れに身を任せないと移動も困難な状態だ。

 メモを見れば別宅を間に据え、

 左右に分かれて全5件あり、

 全員で動くとどれだけ時間が掛かるかわかったもんじゃない。

 はぁ・・・仕方ないな。


「俺が左の3件、メリーとクーが右の2件。

 アルシェとアクアは先に別宅に行っておけ」

「かしこまりました」

『はい、行って参ります』


 メリーは言葉を残しながら飛び上がり、

 さっさと屋根の上へと乗り移り、通りの右へと駆けていった。


「もぉ!メリーは私の側仕えだったのに!

 どっちが主従なのかわからないじゃないですかぁー!」

「どっちもだろ。

 いつもはアルシェの側を離れないだろ?」

「そうなんですけどね・・・。

 私も一緒に買いに行きたいんですけど・・・」

「アルシェは小さいからはぐれると合流に時間が掛かるだろ。

 だから、護衛のアクアを連れて先に行っててくれ、な」

「ぐぬぬ・・・わかりました。

 行きましょう、アクアちゃん」

『あいあい。ほかのもかってきてね~』

「わかってるよ」


 ずるいとは思うが、

 食糧を確保するのにあまり時間を掛けるわけにもいかないので、

 アルシェの頭を撫でると、頬を膨らましながらも渋々納得してくれた。

 ついでにアクアも頭を撫でてやったからコロリと文句なく指示に従ってくれた。

 ブラコンとファザコンを拗らせているからこそ使える技だが、

 兄離れと父離れをしたら、使えないな。



 * * * * *

 単独行動でもずいぶんと時間が掛かり、

 行って戻るだけで1時間かかってしまった。

 メリーは件数も少ないし、移動も屋根伝いなので、

 30分も掛からずにアルシェの元へと戻っているだろう。

 少ない右に行くべきだったか?

 いやいや、メリーも女の子なんだから夜の別行動は短くあるべきだ。


 俺が担当した、

 レインボウフィッシュサンドx5=5000G、

 タコス貝の串焼きx5=3500G、

 チンチョウのカラッカ焼きx5=3000G、

 それに加えていくつか適当に見繕ったので、

 多種多様な魚介類の料理を買ったが、

 混雑具合を見て、買った物は影に落として別宅へと移動した。


 コンコン

「こんばんわー、水無月です」

「はい、お待ちしておりました。

 水無月様、こちらへ。案内いたします」

「どうも。メリーとクーはもう着いてますか?」

「40分ほど前にこちらへお見になりました」

「そうですか」


 案内をしてくれるという使用人の人とは別の使用人に土産を渡し、

 俺はみんなが待つバルコニーへと案内された。

 別宅へ来る前に冷えてしまった土産は、

 魔法ギルドが民衆向けに開発し、

 広めた、人造アーティファクトで温め直しが出来るとのこと。


 電子レンジではないみたいだけど、

 火の魔力が篭もる魔石を利用している・・・らしい。

 魔法と機械の融合的な?そんな感じみたい。


「お疲れ様でした、お兄さん」

「おかえりなさいませ」

『おっそいよ~!』

『お父さま、おかえりなさい』

「こんばんわ、マスターさん」


 さぁ、ブルーウィスプ鑑賞会と行きますか。

いつもお読みいただきありがとうございます

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