†第3章† -09話-[水源、その在り処]
風邪引いて投稿忘れてました。すみません。
「ありがとうございました」
「いえ、こちらこそ魔石の回収ありがとうございました。
また渡られる際は、この小屋にいる私かタユタナに声を掛けてください」
「また来てくださいね-!
マリエルちゃんは水に気をつけるのよー!」
「わかってますよ。タユタナさんは帰りも気をつけて操舵してくださいね」
ネシンフラ島行きの港でハライク氏とタユタナに見送られ、
そのまま町長邸へと向かう。
もとよりネシンフラ島での滞在は、
ブルーウィスプに間に合う予定で組んでいたので、
おそらく、ベイカー氏も今日か明日に帰ると考えているだろう。
町長邸へ向かい道中には以前と同じ屋台が並んでいたし、
観光客っぽい冒険者や一般人も先日より多く居るには居るが、
海の方向を見るわけでもなく屋台巡りをしているように見える。
「やはり、今夜は発生しなかったようですね」
「調べてもなぜ起こるのか不明な現象ですし、
いつもおおよその時期しかわからないですからねぇ」
メリーが言うように今夜発生していないのなら、
それはそれでいいかな。
今夜からだった場合、始まりからのブルーウィスプを見逃すことになるところだった。
異世界は魔法の時点で不思議現象なのに、
ブルーウィスプなんで解明されない不思議現象はやはり見逃せないだろ!
道中の屋台には目もくれず、
村長邸まで到着することが出来た。
俺に至っては釣り道具という高い買い物をしてしまったので、
早めに次のダンジョンに辿り着きたいところだ。
買い食いもあまりホイホイと出来ないので、
満腹感の続いているうちにあの匂いの溜まる道を突っ切りたかった。
コンコン。
「はいどちら様でしょうか?」
「こんばんわ、ベイカーへ取り次ぎをお願いするわ」
村長邸のドアノックで来訪を知らせると、
中から初老の執事が顔を出した。
確か、ベイカー氏の私室にも控えていたから筆頭執事なのかな?
「おぉ、お帰りなさいませ、アルカンシェ様。
主人からは指示を受けておりますので、先日のお部屋へお通りください。
現在ベイカー様は席を外しておりまして、挨拶はまた明日お願いします」
「わかりました。
それと少しの間一緒に行動することになった女の子がいるの。
この娘の部屋も用意できるかしら?」
「用意は可能でございますが、同部屋と別部屋のどちらがよろしいでしょうか?」
アルシェとしてはどちらでも良いのか、
視線をマリエルへと向け、答えを促す。
まさか自分に選択権が回ってくるとは思っていなかったのか、
多少キョドりながらも、口を動かした。
「お、同じ部屋でお願いします」
「かしこまりました。
大部屋の用意をいたしますので、
その間に入浴をされてくださいませ。
夕食はいかがされますか?」
「ネシンフラ島で食べてきましたので結構です」
「かしこまりました。
入浴を終えましたら2階廊下に入ってすぐ左の部屋へどうぞ」
そう言って、部屋の準備のために執事は2階へと上がっていった。
「では、お兄さん。
私たちはお風呂へ行ってきますね」
「はいはい。
今夜はもう休むから先に言っておくぞ。
3人とも、おやすみ」
「おやすみなさいませ」
「お、おやすみなさい」
『またあしたね~』
「あ、メリー。今夜クーの指導をするなら念話で呼び出して良いからな」
「かしこまりました、では後で声を掛けますね」
『はい、また後で』
さってと、ベイカー氏はいないらしいが、
一人息子のライラス君はどうなのかな?
もし、まだ風呂に入っていないなら誘ってみようか。
クーの進化も無事に終わったから、もう気にしなくて良いと伝えてあげたいし。
丁度通りかかった使用人へライラス君の所在と風呂に入ったのか聞いてみる。
「坊ちゃんは部屋に居られますよ。
今の時間は勉強をされていると思います。
お風呂は坊ちゃんが入って良いと言われれば大丈夫でしょう。
先日もベイカー様も含めて入浴されていたのは、
使用人全員が共有しておりますので問題ございません」
との事なので、クーの進化が完了したことの報告もかねて、
ライラス君をお風呂へ誘うことにした。
進化に失敗してから島へ渡るまでに、
ついぞ顔を合わせることが出来なかったから、
こちらも年下相手なのに緊張してしまうな。
コンコン。
ライラス君の部屋の前に辿り着き、
ノックをすると音に反応して、椅子を引く音が聞こえた。
「はい、どうしたんですか?」
使用人かと思っているのか、
まず用件を聞いてくる。
夕飯は済んでいるらしいから、
この時間に呼びに来る理由を探っているようだ。
「こんばんわ、ライラス君。水無月です。
さっきこっちに戻ってきたから一緒にお風呂に行かないかと」
「え!?マスターさんですか!?
ち、ちょっと待ってくださいね!?」
ドア向こうでドタドタと慌ただしい音が響いてくる。
おそらくは机の上の勉強道具を片付けているのかな?
少し待てば音も足下から伝わる振動もなくなり、
ドアの鍵が開けられ、ゆっくりとドアが開かれる。
「こんばんわ、マスターさん。
それにアクアちゃんと、クーデルカ・・・ちゃん?」
「こんばんわ」『こんばんわ~』
『こんばんわ。無事に加階は出来ましたので、
今後はこの姿が新しいクーになります』
俺の肩に座っていたクーがふわりと浮き上がり、
ライラス君の前まで降下すると同時に、
くるりと一回転してカーテシーを決める。
「進化は出来たのですね、よかったぁ・・・。
その節はご迷惑をおかけしました、クーデルカちゃん、マスターさん」
「いや、こちらも期待させて申し訳なかった。
進化できなかったことにライラス君は無関係だから気にしないでほしい」
『そうです。あれはクーとお父さまが未熟だっただけの事。
貴方は気にしないでください』
「わかりました。もう気にしないようにします。
えっと、今からお風呂でしたよね?
すぐ準備して行きますから先に入っててください」
「わかった、じゃあまた後で」
軽く手を振り、そのまま階下へと降りて、
男湯へと向かう。
その途中で丁度帰ってきたらしいベイカー氏と会うことになった。
「おぉ、水無月殿!おかえりなさい。
話は聞きましたよ!無事にクエストも完了したのですね」
「お久しぶりですベイカー氏。
また滞在中お世話になります」
「気にしないでください。
姫様達は入浴中のようですが、水無月殿も今からですか?」
「えぇ、先ほどライラス君を誘って、今から一緒に入るところです」
「そうですか・・・では、また後で」
そそくさと自室へと早歩き・・いや、小走りに急いで、
ベイカー氏は俺達の視界から消えていった。
『どうしたんでしょうか?』
『おといれ?』
「風呂で待っていればわかるさ、行こう」
案の定、風呂で体を洗っていると脱衣所の方から声が聞こえてきた。
「おや、ライラス。今からお風呂かい?」
「はい、マスターさんとアクアちゃんとクーデルカちゃんに誘われまして。
お父様も今からですか?」
「あぁ、さっき帰ったばかりで汗もかいているしね。
部屋で仕事をする前にさっぱりしたくてな」
「そうですか」
頑張れお父さん。
俺が体を洗っている間にアクアとクーはお互いを洗いっこしており、
すでに2人とも泡だらけである。
アクアはいつも通りでかまわないだろうが、
クーは気をつけて流した方がいいだろう。
「アクア、流すぞ」
『かも~ん』
2人は小さいので桶を持てない。
その為、洗い終わった後は俺が流してあげる。
アクアは頭からゆっくりお湯をかけつつ、
指先で髪をクシャクシャと揉み洗いする。
体が小さいだけあり、桶2杯で泡も残らないようだ。
「クー、おいで」
『はい、お願いします』
クーの場合は猫耳がある為、
TVで見たことのある通りに、
片耳を手で塞ぎながらゆっくりとお湯を掛けていく。
クシャクシャはアクアにさせて頭の左右を2回ずつ流す。
あとは、ほどいたツインテールが結構長かったのでこちらも流しながら手ぐしで梳いていく。
「こんなもんかな?」
『ありがとうございました』
お湯で流している間にベイカー氏とライラス君も浴場へ入ってきて、
ベイカー氏がライラス君の背中を洗っている。
アクアはやはり走ってお風呂へダイブし、
クーは桶風呂にしようか迷っているようだ。
しかし、さすがに桶はもう狭いのでクーを抱えて俺もお風呂へと浸かる。
彼女たちでは足が着かない深さだが、
アクアは水精霊なので溺れる心配はないし、
クーは俺が抱えたまま入浴しているのでこちらも溺れる心配はない。
「あぁぁぁぁぁぁ~~~」
『あぁぁぁぁぁぁ~~~』
『わはははははは~』
1人子供がいるけど、
いまは一日ぶりの広いお風呂を楽しもう。
* * * * *
風呂の中でネシンフラ島での報告を軽く済ませ、
約1時間ほどで風呂から上がることにした。
クーはのぼせやすい事がわかっているので、
20分ほどで上がり、俺の部屋に行っている。
もしかしたら、すでにメリーから指導を受けているかもしれない。
アクアも30分ほどで姿を消した。
おそらく部屋に帰って寝てしまっているだろう。
同じくライラス君も気がつけば30分くらいで姿を見なくなった。
お父さんは息子の様子を見ていたようで、
「アクアちゃんを部屋へ送っていったようですよ」との事だ。
あのガキは要注意だな。
ベイカー氏とは脱衣所を出たところで分かれ、
今は部屋を目指して廊下を歩いている。
「げぇ!?」
「あら、お兄さん。いま上がったのですか?」
『お~、ますたーだぁ~』
「アルシェ?お前もいま上がったのか?
ってか、アクアは部屋に戻ったんじゃないのか?」
『めりーのかわりにごえいしにきたんだよ~!』
つまり、メリーはクーを指導するための時間を確保するために、
アクアにアルシェを頼んだって事か?
いや、ちがうなぁ。
「いつから出来そうですか?」
『いつでもいいです』
「姫様がお部屋へ戻ってからにしましょう」
『アルシェさまがお部屋へ戻ってからですね』
『じゃあ、あくあがあるのところにいくよ!』
という感じで暇を持て余したアクアが言い出したに違いない。
『せいかいだよ!』
正解らしい。や↑ったぜ!
「そういえば、お兄さん。
私に見せてくれていない魔法があると聞きましたよ?」
「え?どれのこと?」
「どぉれぇのぉこぉとぉ~?そんなにあるんですか!」
「いや、えーと、今のところは2つじゃないかな・・?」
「いま!みせて!」
え~・・・。
なんか幼児退行してないですかねぇ?
あれかな?仲間なんだから秘密はないようにしたいとかかな?
まぁ、初めての頃に比べると言葉も砕けてきたような気もするな。
片方はすぐ出来るし、パパッとやってしまおう。
「魔法と言っても攻撃的なやつじゃないから、
あまり期待しても仕方ないぞ」
「綺麗なんですよね!」キラキラ
「目新しいだけだと思うけど・・・じゃあやるぞ」
指を擦り合わせた後に輪を作る。
前回よりもスムーズに準備が出来た。
輪の中心には水の膜が張っており、
そこへゆっくりと息を吹き込む。
「わぁ・・・これは確かに綺麗ですねぇ」
「・・・・泡?」
アルシェは気づいていないが、
マリエルはその正体をすぐに看破した。
洗濯か洗い物か、はたまたお風呂場か、
その辺でいくらでも見る機会がある代物だからな。
「へぇ、簡単に割れないんですね」
「あ、マリエル!なんで割ろうとするのよ!」
「え?だめですかね?」
シャボン玉を指でつついて割ろうと試みたマリエルを怒るアルシェ。
前回はアクアが飛び回っただけで割れていたから、
今度は強度をあげて割れづらいように造ったのだ。
どうだアクア!これなら追いかけっこしてもいいぞ!
「でも、これって何かの意味あります?」
「いや、特にないんだよね」
「そうなんですか?」
「もとは制御力の訓練で始めたから、
アルシェほども水を集めたりは出来ないんだよ」
「ほかには?何が出来るの?」
「あとは風を起こすくらい?
これも加護を受けてから出来るようになったから、
ほかの属性も加護が増えれば出来るようになるんじゃないかな?」
とはいえ、風もそよ風や突風を一時的に起こすだけだから、
何に使えるかと聞かれれば、さぁ?ってなっちゃうのだ。
「お兄さんのことだから、
いずれ効果的な使い方を思いつくでしょう」
「期待するな。俺は面倒くさがりなんだからな」
「はいはい。姫様、そろそろお部屋へ戻りましょう」
「ふふふ、そうですね。じゃあお休みなさい」
『おやすみ~』
そりゃ、いろいろ試すけどね。
滞在中しか落ち着いて試せないし、
開発も出来ないからな。
「俺たちも部屋に戻るか」
『あい』
* * * * *
朝起きるとアクアに抱きつかれ、
クーにも抱きつかれているサンドイッチ状態で目が覚めた。
「今夜からブルーウィスプは始まりますから、
日中は屋台も少ないと思います。
昼食もこちらで用意しておきますよ」
「そうなんですか?」
「期間限定の希少な商品を屋台に並べるための準備をするのですよ」
なるほどな。
では、お言葉に甘えてお昼もお世話になるとしよう。
「私たちは午前中に情報収集に出ますけど、
お兄さんはどうしますか?」
「俺たちはどうするかなぁ。
昼を食べたらギルドに行って報告とヴォジャ様との合流があるけど・・。
離れたところでアイスピックの調子を確かめたいんだよな」
「あまり、無茶なことをしないのであれば、
町にある道場へ声を掛けておきましょうか?」
「「無理ですね」」
ありがたいことに場所を提供しようかと、
ベイカー氏が話を振ってきたのにアルシェとメリーが即行潰した。
ま、まぁ試したいのも結局、魔法剣の類いだし無理かな?
「ネシンフラ島に行けば?」
マリエルからのご神託が来た。
というか、今の期間中静かな場所はあそこしかないんだよなぁ。
いやいや、午前中だけ島に渡るとか面倒くさすぎるだろ!
「おとなしくしてるよ。
書庫とかありますか?」
「えぇ、私の仕事部屋が書庫兼用になってますからご自由に」
「じゃあ、私達は町に出ましょうか」
「かしこまりました」「はい、姫様」
「お前達も好きにしていいぞ」
俺は本を読みながら制御の訓練でもすればいいけど、
その間暇だろうし、アルシェについて行くも良し、
別行動で町を巡るも良し。
『あくあはあるといっしょにいくよ~』
「どうぞどうぞ」
『クーも行って良いですか?』
「あぁ、楽しんでおいで。メリー、頼むよ?」
「はい、謹んでお引き受けいたします」
5人を見送ってから、ベイカー氏について書庫へと向かった。
* * * * *
『おぉ、やっと顔を出したのぉ』
「待たせましたか?」
『1時間程度じゃから気にせんでいい。
さっそく行くかの?』
「いえ、先にクエストの報告をしないといけませんので」
昼ご飯を食べた後にみんなを連れてギルドへと来た。
連れてと言ったが正確には勝手についてきただけだが。
受付の上においてあったベルを鳴らすと以前の受付嬢が顔を出した。
「あ、クリスタさんですよね。少々お待ちください」
俺の顔を見てすぐに察してギルドマスターを呼びに行った。
有能なんじゃないですかね?
さほど待つこともなく、クリスタさんが現れたので、
クエストの完了報告をする。
「では、魔石の提出をお願いします」
「・・・・あ」
すっかり忘れていたが、
クエストの完了報告の時に納品が必要なのだった。
納品予定だった魔石は直接カエル妖精へと渡してしまっているので、
もちろん手元にはない。
つまり、クエストを本当にクリアしたのかギルドとしては判断が出来ないのだ。
「魔石はカエル妖精に直接渡しちゃいました・・・」
「あらぁ・・では、未達成になっちゃいますね。
ネシンフラ島に私たちは渡れないので確認も出来ませんし」
「ですよねー」
「あまりクエストってやってませんでしたから、
手順に慣れていなかったのがいけませんでしたね」アハハ・・
しかし、こっちは達成できなかったが、
実物の魔石はカエル妖精に渡っているし、
報酬の武器もいただいたわけだし、まぁ未達成でもいっか。
「待ってください。
私が保証しますので彼に報酬を渡してください」
「マリエル?」
「えっと、どちらさまでしょうか?」
「カエル妖精族村長が孫、マリエル=ネシンフラです。
カエル妖精を代表して彼のクエスト達成を証明します」
マリエルの行動には俺だけではなく、
全員が驚いていた。
数日だけの付き合いだが、
彼女の俺に対するツンツン具合はみんなが目にしていたからだ。
よもや、こんな行動を取るとは思ってもみなかった。
彼女の威厳ある態度に、クリスタさんも佇まいを改める。
「貴女がカエル妖精の代表という証明は出来ますか?」
「・・・・はい」
カエル妖精の代表の証とは何なのだろうか?
カインズ氏か村長のサインが書かれた書類でも渡されていたか?
いや、カインズ氏は島を出る許可をしなかったから渡してないしはずだから、
考えられるのは村長かウルミナさん?
そんなものがあるなら俺に直接渡すよな。
なら、別の証明方法があるのかもしれない。
前へ出ていたマリエルが一瞬俺に目を向け、
すぐにアクアへと切り替えた。
「アクアちゃん、私に水を掛けてくれる?」
『え?あ、えっと・・・っ!』
アクアがマリエルの言葉を受けて、
どうすればいいのかという顔でこちらを見てくる。
首を軽く振り、言う通りにするよう指示する。
自主的に敵を溺れさせたりすることもあるアクアでも、
さすがに自分から水を掛けてと言われるのは初めてのことで、
戸惑いを隠せないようだ。
「《う、うぉーたーぼうる・・・》」
マリエルの頭上に水が集まっていき、水の塊となる。
とはいえ、少量しか集まらなかった水は、
フッと力が抜けたようにマリエルを頭から濡らした。
ボワァァン!
水が掛かったマリエルは、
黄色い煙を立て、その場に着ていた服を残して消えた。
というような事はなく、残された服の下から何かが這い出てきた。
というより、黄色いカエルに変身したマリエルが這い出てきた。
「いかがかしら?」
「そうですね。
確かに証としては十分なようです」
「(どういうこと?)」
「(カエル妖精の中でも、
黄色いカエルに変身出来るのは村長の一族だけなんですよ)」
「(なるほど)」
つまり、マリエルが変身する事で、
カエル妖精の代表である事と納品済みという証言に値するということか。
島外でカエル妖精は水に気をつけなければならず、
本来はその姿を人に見られてはいけないだろうに。
俺のため、というよりはアルシェのためかな。
それでも感謝しないとな。
クリスタさんの前に立つマリエルに近づき、
後ろから持ち上げる。
「ちょ、ちょっと!水無月さん!」
「すまんな、マリエル。ありがとう」
「あ!お兄さんの本物笑顔です!」
「珍しいですね」
本物笑顔って何だよ・・・。
いつも笑うときは笑ってるだろ。
『えっとね、ますたーはいつもね』
『無表情に近いですから』
「わかりやすく笑うのは」
「周囲に合わせている場合が多いですから」
半年程度で俺の表情を読めるようになるとか、
こいつらのコミュ力高過ぎだろ。
確かに驚いたときとかは眉毛程度しか動かないし、
集中している時と機嫌が悪い時は特に無表情で言葉が少なく、
勘違いされる事が多々あるが・・・。
「べ、べつにぃ・・水無月さんの為じゃないですからっ!」
「はいはい、わかってるよ」
「では、水無月様。
こちらへギルドカードを置いてください。
報酬を支払わせていただきます」
「そういえば、報酬の記載はなかったけどいくらもらえるんだろ」
G交換の魔道具にギルドカードをセットすると、
魔道具から光が発生し、俺のギルドカードへ吸い込まれていく。
ギルドカードの残高を確認すると2万近くの金額が増えていた。
「多いのか少ないのかわからんな」
「まぁ、どちらかと言えば少ない方ですね。
必要があって魔物退治を依頼するわけですから、
最低でも5万G程度が相場になります」
「私たちは生活上の問題でそこまでの大金を持ちませんから、
お金少々とおみやげがっぽりで依頼を出しています」
「そういえば、いつもは島から戻るときに薬草とか食材とかいっぱい持ち帰ってましたね」
クリスタさんが言うには相場としては安く、
マリエルが言うには金がないからおみやげを持たせていると・・。
まぁ、カエル妖精から頂いた報酬が美味しかったからな。多少使いすぎたお金が返ってきたし、
アイスピックも手に入れたし、俺としても文句ない報酬だ。
* * * * *
『ここがアクアポッツォに一番近く、
そしてアスペラルダへ繋がる沸き場じゃ』
ギルドでは実際のところクエストには全く関係がない事もあり、
入室以降は一切口を開かなかったヴォジャ様に連れられ、
町の外へと進み、辿り着いた場所は・・・。
「沸き場・・・俺はてっきり泉とかだと思っていたんですが」
「これは・・・」
「確かに沸き場ですね」
地面から岩が露出しており、
その岩の割れ目から水が湧いていた。
ポルタフォールの水源は水場が広かったから、
勝手にイメージで広い泉なんだろうなと思っていたが、
これでも水脈移動って可能なのか?
『少なくとも移動する者が水場の範囲におらんといかん』
『でも、沸いた先から近くの川まで流れてしまっていますよ』
『うむ、だからギルドから借りた物が必要になるのじゃ』
「多少触る程度なのかなと思っていたんですけどね」
ヴォジャ様の助言に従い、
ギルドから借りてきた物はいわゆるひとつの掘削器。
通称:スコップと呼ばれる人力掘削器であった。
「ひとパーティで良いから・・・、このくらいかな?」
「少し余裕も保たれてますし」
「この程度でよろしいかと」
『深さはそこまでいらんが、
もしかしたら他の冒険者が水を飲むために利用している可能性もある』
「となると、深さも掬える程度には掘らないといけないか」
スコップで適当にガリガリ範囲を記すと、
アルシェとメリーの賛同が得られたが、
今までここを通過する冒険者が町に着く前や、
町から出る時に立ち寄る可能性があるとの指摘をヴォジャ様から頂いた。
異世界ってこういうのがあるよなぁ。
俺の世界なら山暮らしの奴でないと、
湧き水なんて絶対に口にしないもんなぁ。
「効率的に掘るなら地面をほぐしてから土を除けたいな・・・。
クー、閻手でどこまで刺さる?」
『ちょっとお待ちを・・・。
ふっ!・・・5cmといったところでしょうか』
「丁度良い深さだな。
じゃあクー。この円の中を#こんな感じに切り込みを入れていってくれ。
出来た端から俺たちが外にかき出すから」
『わかりました』
『あくあはー?』
とりあえず、スコップが先端が四角いタイプなので#状に切り分ければ、
簡単に掘っていけるだろう。
しかし、この作業でアクアが出来ることかぁ・・・。
もみじは小さいし、力もないからスコップは持てないし、
クーのような面で作業が出来る魔法もないからなぁ。
どうしようか、考え込んでいるとヴォジャ様がまたまた助言をくれた。
『では、アクアといったか。
其方は沸いている水に触れておれ。
この水源の主だと認めさせる作業を少し縮められるじゃろうて』
『わかった~!』
ぱーっ!と沸き場へ行ってしまったが、
どうやって主として認められるのだろうか?
『小僧は守護者に会ったことがあるのだろう?
その水精は水源に良く浸かっておらんかったかの?』
「確かに初めて会った時も、
その後もちょくちょく水源に入ってはいましたけど・・・、
浸かる・・・というか触れていればいいんですか?」
『さよう。
儂ら精霊は水脈を使わせてもらうだけで、
新しく開発なぞは出来ん。
じゃが、水は儂ら水精の隣人なのじゃ・・・。
水を愛す事でその地の水に認めてもらえる』
「へぇ・・・。なんか・・・、
精霊と人間の関係みたいですね」
『まさしく、その通りじゃ。
じゃから、精霊に助けてもらいたければ儂らを愛せよ。
精霊使い』
「・・・はい」
あ、ちなみにマリエルはカエル化がなかなか治らないので、
ギルドで待機状態になっている。
クリスタさんの私室でいろいろとごちそうを頂きながら、
カエル妖精について根掘り葉掘り聞かれている事だろう。
* * * * *
作戦はおおよそ上手くいき、
深さ6cmほどの綺麗な円状水源が完成した。
俺たちが掘り出した土は水源の脇に集めて座れるような形に仕上げた。
幸い、アルシェやメリーの筋力でも掘削を進めることが出来たので、
1時間も掛からないうちに、掘り出し、整形、入水、濁り除去まで行うことが出来た。
「ふぅ。お兄さんのやり方は効率がよかったですね」
「1回1回スコップで適当に掘ると、
疲れますけどクーデルカ様の作った溝があるおかげで楽でしたね」
『ふふ、ありがとうございます』
『ぶー。あくあなにもしてない~』
「アクアはそれでも仕事中なの。
手伝えなかったからっていじけんな」
『ぶー。う゛ぉじゃじー、これいつまでするのぉ~?』
ヴォジャ爺・・だと!?
さすがは恐れ知らずのアクアだな・・・。
姫のアルシェや俺たちの教師であるセリア先生も、
ある~とかせりゃ~とか呼んでいたが、
まさか自分の超上位の位階にあるヴォジャノーイまでそんなラフな呼び方をするとは・・・。
『ヴォジャ爺・・・良い響きだのぉ・・・。
いつまでか・・・ここの水がアクアの支配下に入れば感覚が変わるから、
それまでじゃな。
時間はその水源ごとじゃから、一概には言えんわい』
『しょんなー!』
「待っている間は俺もそばにいるし、
触れてさえいればいいらしいから」
「私たちはどうしましょうか?」
整形の時点で水に足が浸かってしまうからと、
途中から裸足になって作業をしていた。
現在、ぬれた足をメリーに拭いてもらいながら、
こちらへと問いかけてきた。
「何か魔法の訓練とかするなら、一緒にするか?
派手じゃなければやってもいいって許可はもらったし」
「うーん。どうしましょうか・・・」
「こちらに姫様が残られるのであれば、
私は町で情報収集してきますが?」
「そう・・・ね。
じゃあ一旦食事をしに屋敷に戻りましょうか。
その後にこっちで訓練をします。
戻ってくる時にアクアちゃんとお兄さんの食事も包んでもらいますね」
「あぁ、頼むわ。
クーはどうする?
メリーについて行って情報収集の手伝いをしてきてもいいし、
こっちで毒について勉強するでもいい。
滞在期間は結構あるし、町もそこまで大きいわけじゃないから、
最後の2日くらいは暇が出来る。いまは好きにしていいぞ」
『では、魔法や状態異常の勉強は後日にします。
今日はメリーさんについて行きます』
「ということだ」
「かしこまりました」
いつもお読みいただきありがとうございます




