†第3章† -08話-[さらば、ネシンフラ島]
「ボケェェェェ!ってどういう意味ですか?」
「気にしないでくれ、疲れてたんだ」
「私も気になりますご主人様」
「気にしないでくれ、気分が高揚していたんだ」
オベリスクを無事に折り、
機能を停止させてからひとまず休憩をしている。
カティナにも確認してもらい、転移もつつがなく使用可能との事だ。
時間はすでに夕方。
今夜からブルーウィスプが発生する可能性がある事だし、
なんとか片付いて良かった良かった。
『この地の守護者として感謝している。
何か出来る事があれば協力する所存じゃ』
「う~ん、特にそういう施しを受ける為にした行動ではありませんから。
強いて言うなら、この付近で王都近くまで繋がっている水脈はありますか?」
『無欲な小僧じゃ・・・。
そうさな、アクアポッツォから少し離れた所に湧き水があってのぉ、
それが王都近くまで繋がっておったはずじゃ。
しかし、位置を教えるにももちっと詳細な周辺地図がないと・・・』
あるならこのアクアポッツォに滞在しているうちに教えておいてもらいたい。
スィーネからは水脈移動の登録方法は教えてもらっているし、
こちらの場所さえ分かれば問題はない。
そうなると、出来ればヴォジャ様に案内してもらうか、
地図で教えてもらわないといけない。
そこへ、アルシェが助け船を出してくれた。
「あの、でしたら村へお越しになりませんか?」
『妖精の村へか?まぁ儂としても異論は無いが、それだけで良いのか?
妖精らも儂の事を忘れておるじゃろうし・・・。
守護者は何度か変わっておるからのぉ』
「確かに村ではヴォジャノーイ様のお名前は今朝に聞いたきりでしたが、
お食事の際には神に祈りを捧げておりました。
彼らもどこかで覚えているという事では無いですか?」
アルシェさん・・・ヴォジャノーイが神様の正体じゃないかってのは、
俺の予想なんだよ?絶対じゃ無いんだからね?
確か先祖とか言ってたし、よくわからないんだからね?
「守護者って頻繁に変わるんですか?」
『この地は精霊石が眠っておってな。
言うてみれば魔力が凝縮した石じゃが、
それのおかげか加階が早くてのぉ。
次の守護者が選ばれるまでの期間はいつも隠居した儂が担当しておる』
「精霊石・・もしかして、それがカエル妖精の秘密か?」
「どういうことですか?お兄さん」
「その精霊石がない環境だと、
カエル妖精は水に触れるとカエルになっちゃうんじゃ?って事」
『ヌフフ、正解じゃ小僧。他の妖精も血が濃いと、
同じように里から出たら変身というのはよくある話じゃよ。
逆に言えば精霊石があれば外に出ても変身しないという事じゃ』
ただし、精霊石は貴重なのでおいそれと個人に持たせる事は出来ないし、
何よりこの地にある精霊石は大きい塊の為、
個人で持ち運びは出来ないそうな。
雑談でそれなりの収穫があったが、
もう陽も暮れ始めた。
「じゃあ、ヴォジャノーイ様も村に行かれるという事でよろしいですね?」
『あいわかっておる。お主らの頼みじゃしな』
「ご主人様、どうやって移動いたしますか?」
「他のメンバーはどうにでもなるけど、ヴォジャ様がなぁ」
『ヴォジャ?それは儂の事か?
ふぅむ、名など久方覚えておらなんだが、それもよかろう。
儂は今からヴォジャと名乗ろう』
みんなの視線が俺に刺さる。
軽口で略した結果、また精霊に名を授ける羽目になってしまった。
ま、まぁ契約を結んだわけじゃ無いんだし問題ないよね?
アクアがなにやら頭に乗って膝蹴りをしてくるけど問題ないよね?
『して?大きさが問題ということであろう?』
いま考えてた問題はそっちじゃないんだよなぁ。
移動に関してはそれが問題なんだけどね。
突如ヴォジャ様が光り輝きだし、
体を液状に溶かして徐々に質量が小さくなっていく。
シューシューという熱された水のような音を立てながら、
白煙が大量に起こる。
その白煙の先から登場したのは先程までいたデブガエルではなく、
人型に変身したヴォジャ様であった。
年齢の頃は80歳くらいのおじいちゃんで、
ひげがモジャモジャ過ぎて口元がまるでみえない。
それに、何故か耳の部分があの立派なエラに見える・・・不思議だ。
「あの・・・ヴォジャ様?耳がエラに見えるのですが?」
『普通の耳にしたら、そこらにいる爺と変わらんじゃろ?』
「だめでは・・無いのですが・・。ない?」
こんな感じの爺はいるのかと、アルシェ達に目で訴えかける。
察しの良い妹様が一歩前に出てヴォジャ様に進言する。
「ヴォジャ様。
その耳はもう少し小さく出来ますか?
大変立派なのはわかるのですが、それではドアから入る事が出来ません」
確かに人型になったヴォジャ様は横長の顔をしていた為、
さらに横に広がるエラが大きいと家の中に入れない。
ナイス進言だ!
アルシェの言葉に意外と素直に反応して、
大きかったエラは人の耳程度の大きさに縮んだ。
「その格好はどこの衣装なんですか?」
『昔見かけたカエル妖精の格好を真似たのだが、おかしいかのぉ?』
「いえ、そういうことならば逆に説明もしやすくなりますし、
そのまま移動いたしましょうか」
期待半分といったところだが、
村長の家になら昔の書記か何かが残っていて、
ヴォジャノーイという名前も記載があるかもしれない。
当時の衣装の記述もあれば、
なおさら信じてもらえるようになると思っている。
『アニキ!あちしは折れたコレを持って帰るデスケド、
他に用事はあるデスカァ?』
「いや、他は特にないかな。
今回も本当に助かった。この後村に戻ってご飯にするが、
一緒に来ないのか?」
『これでも幹部張ってマスカラ!
あまり離れている訳にもいかないデスヨ。
クーの姿も見られましたカラ!』
『アネゴ・・・』
「わかった、また頼るとは思うけど、
そっちも頼る機会があれば遠慮無く連絡してくれ」
『ハイハーイ!
じゃあ、皆さんもまたデスカラァ!』
みんなに見送られて、
カティナはオベリスクの半身を持って魔法ギルドへと帰って行った。
知り合ってなくともいずれはオベリスクをへし折っていただろうが、
数日は遅れての対処になっていた事だろう。
カティナのおかげで余計な被害も出す事無く対処出来て良かった。
村に帰ったら今日の体調とか聞いておいた方が良いかもしれない。
「帰っちゃいましたね。ご飯くらい一緒にしたかったですけど」
「あれでも仕事の途中で顔を出してくれたんだ。
これ以上は逆に好意じゃなくて迷惑になっちゃうよ」
「そうですね。
カティナさんの最後の報告も問題ですから、
なんとか手を打たないといけませんね」
「・・・だな。
さあ、俺とアクア以外は影倉庫に入ってくれ!
村に着いたらこっちから引っ張り出すからな!」
* * * * *
「お疲れ様でした、姫様!」
竜で空を飛んで村まで帰ってきた。
村の入り口でみんなを影から引っ張り出し、
村の中に入ると、すぐにマリエルが迎えに出てきた。
まだ村の入り口やぞ。家の入り口で待ってろよ。
「お怪我は?お怪我はありませんか?
フラゲッタに襲われませんでしたか?」
「ただいま、マリエル。
出会いはしましたけど問題なく倒せましたから、心配しないで」
「えぇ!?戦ったんですか!?
ちょっと護衛さん!ちゃんと仕事してくださいよぉ!」
「面目ない。それとすまないが、マリエル。
ちょっと特別な客人がいるから村長にお目通り願えるかな?」
魔力もほとんど使い切っているし、
行きは歩きで疲れもある為、
マリエルには悪いがクレーム処理は後回しにさせてもらおう。
話ながらも足を進め、村長邸の前まで到着した時、
マリエルが俺の言葉に反応して振り返る。
「特別ぅ?姫様以外に特別なお客様がいるわけないじゃないですか!」
「マリエル、私からもお願い。
この村でも特別の意味がわかる可能性があるのは村長様だけなのよ」
「ぐぬぬ・・・、姫様がそう言われるのでしたら・・・。
おじいちゃんなら自室にいるはずですよ。
居間で待っててください、声を掛けてきますから」
入り口に時点で良い匂いが漂っていたが、
居間まで進むとさらに香草のいい香りが鼻をくすぐる。
「ご主人様、姫様。
私はウルミナ様のお手伝いに行って参ります」
『あ、クーもメリーさんに着いて行きます!』
「わかったわ、よろしくね」
「おう、がんばっておいで」
あの小さな紅葉では、まだ料理は出来ないだろうけれど、
小さな事からお手伝いを始めるところがまたガキの頃の俺を見ているようだ。
俺も子供の頃は、夕飯の支度をする母親の側でずっと手元を覗いていた。
時々手伝いを頼まれたときは嬉しかったものだけど、
ゆでたまごの薄皮を残してしまったり小さいミスをしたものだ。
でも、知らない事を怒るのは勘弁してほしかったなあ。
「おじいちゃんの書斎へ案内します。こちらへどうぞ」
「わかりました。ヴォジャ様」
『うむ、了解した。しかし、この家も久しぶりに来たが、
作りも内装も何もかもが違うのぉ。
同じなのはいま香っておる匂いだけじゃ・・・』
こういった一族は先祖代々、
母から子へと調理方法を伝えていく。
ヴォジャ様が懐かしめる唯一の欠片というわけだな。
というより、ヴォジャ様はいつから村へ立ち寄っていないんだ?
マリエルに案内され、
村長が待つという書斎へと辿り着いた。
家の裏側に増築したのか、少し渡り廊下を抜けた先にある、
離れが村長の書斎のようだ。
「おじいちゃん、連れてきたよぉ」
「入って頂きなさい」
そういえば、俺は食事の時以外で会うのは初めてになるな。
「失礼します」
「失礼いたします」
『邪魔をする』
『あくあだぞ~!』
一人謎のかけ声で突っ込んでいこうとするアクアを捕まえ、
床まで届く暖簾を潜った先には、
棚や床にまで積まれた手書きの本や紙が多く存在していた。
いまも書き物をしていたのか、
村長は手元の動きを止めてこちらへと目線を向けてきた。
「おぉ、ようこそいらっしゃいました。
姫様、水無月殿、アクアさん、そして特別なお客人」
「作業中でしたか?」
「いえ、いつもの日課なので気にしないでくだされ。
して、そちらの方を紹介していただけますかな?」
「ご紹介いたします。こちらはヴォジャノーイ様。
アクアポッツォ及び周辺の守護をしておられる水精霊でございます」
「ふむ、ヴォジャノーイ様・・・守護者とな?
しばし、お待ちを・・・」
「何か必要なのであればお取りしますよ」
やはり資料が残されているのか、
村長が立ち上がろうとしているのを静止して、
どの資料が必要なのか教えてもらう。
「あぁ、すみませんね。
では、そちらの棚にある上から2段目にある、
【村長の日記:オルダリーア歴1563年の夏-1】をお願いします」
「ずいぶんと古い日記ですね。
村長様はこういう日記を書き続けているのですか?」
「さようでございます姫様。
私達村長の仕事は村の記録。何が起こりどういう解決方法を試し、
誰がいつ来たか等の縁も記載されております」
「こちらを」
「ありがとうございます、水無月殿」
表紙も中身も同じ材質の紙で作られた年期が感じられる記録を手渡す。
日がな毎日、日記だけをつけている訳ではなく、
先代村長達が残した日記の天日干しと劣化がひどい物の補修と新たな紙への書き写しを行っているようだ。
劣化も激しいその日記をゆっくりと丁寧に村長はめくっていく。
「ありましたな。ヴォジャノーイ様。
貴方は初代村長、ブランシュの時に派遣されて来られた守護者様でしょうか?」
『正しく、ブランシュは我が盟友である』
「村長、食事の時に祈っておられた神とはヴォジャノーイ様の事ですか?」
「正確にはヴォジャノーイ様を含むすべての精霊様ですね。
我らが産まれたのは、
ヴォジャノーイ様の先代を親に持つご先祖様になります。
血は薄れつつありますが、未だにカエルへと変身をする力は残っております。
村の若者の中には呪いという者もおりますが、
儂ら老骨からすれば産んでくださった精霊様へ感謝こそすれ、
恨む気持ちなどはありませぬ」
まぁ、島から出れば近くに店もあるし、
食事処もいっぱいある。
この島の中だけでは味わえないスリルとワクワクは、
若者だけの特権と言えよう。
島から出た場合、水に触れてしまうとカエルに変わってしまうのは、
それこそ若者からすれば呪いに違いないだろう。
「今回、討伐の折りに出会う機会がありまして、
久しぶりに村へ訪問してはいかがかと勝手ながらお誘いさせて頂きました」
「そうでしたか、姫様。感謝いたします」
『小僧よ、地図は明日でもかまわぬか?』
「私はかまいませんよ。村長とお話がしたいのでしょう?
私はカインズ氏に報告がありますし、
アルシェはブルーウィスプを見たがってましたし。
村長、今夜は夕食を頂いた後にアクアポッツォに戻ります。
また明日伺うかも知れませんが」
「かまいませんよ。また会えるのをお待ちしております」
「村長、失礼します」
『また後での』
* * * * *
「確かに依頼していたフラゲッタの魔石6つ納品を確認した。
ご苦労だったな水無月さん。
報酬はこれだな、レアリティは低いが義父さんが使っていた、
アイスピックってぇ代物だ!
姫様から属性付きの武器があれば喜ぶと聞いていてな、
中古品で申し訳ないが、これでも良かったら受け取ってくれや」
興味のない話が続く事を予感したアクアはフラフラと遊びに行き、
カインズ氏の元へクエストの報告に訪れた俺は、
アルシェ達から受け取った魔石と洗ったフラゲッタの死体を引き渡した。
結果的に報酬は[アイスピック]というプチレアの短剣を頂いた。
柄は15cm程で鍔はなく、刀身も短剣と言うより、
名前通りの使い方が正解な円錐の形をしている。
確かに属性がついているようで、冷気が刀身からは漂っている。
これがあれば、水竜一閃と氷竜一閃は使いたい放題となる。
中古品とはいえ俺としては申し分ない報酬だ!
「いえ、すごく助かります。
これで個人戦もアルシェ達に遅れを取らずに済みますので。
クエスト中の寝食のお世話までしていただいてますし、十分な報酬ですよ」
「そういって貰えると助かるわ。
正直、村からあまりでないからなぁ。報酬はいつも困るんだよな」
「いつもは何を渡されるんですか?」
「そりゃおめぇ、うちの特産の薬草と保存が利くようにした食材を渡しているさ」
「あれってポーションの材料のひとつなんですよね?
薬草単品で意味があるんですか?」
「おめぇの言っているポーションは体力回復の赤いポーションだろ?
うちの薬草で作られるのはそのさらに上のフルハイポーションなんだよ」
フルハイポーションって確か、
HPとMPを全回復するポーションだったはず。
その下にあるハイポーションはHPとMPをほどほど回復するものだ。
いまの段階でこのポーションを買おうとすると1本5000Gくらいした気がするぞ。
ちなみに赤いポーションが体力回復で、
ポーション→フルポーションと上位が存在し、
青いポーションがマナポーションで精神力回復。
マナーポーション→フルマナポーションとこちらも上位がある。
黄色いポーションがハイポーションとフルハイポーションというわけだ。
「薬草の効果は体調を崩したときの滋養強壮、発汗効果がある。
つまりは風邪を引いたときに一番効く薬草って訳だな。
まぁ、毒消しにも使われるけどな。
だからといって風邪の時にフルハイポーションを飲んでも意味はないからな」
「なるほど、それはそれで貴重な品というわけですね。
料金を払うので少し分けてもらってもいいでしょうか?」
「かまわねぇよ。あんたらには特別価格で売ってやるぜ」
10回分の薬草を買い取ってから、
念のためオベリスクについての説明もしておく。
「そういうことか。今日体調不良を訴える奴が結構出てきてな、
何かが起こっているとは思ってたが、
しばらく休ませたら仕事にも復帰出来るようになったんだ。
じゃあ、もうその心配はないってことだな」
「そうなります。
被害を出してしまいすみませんでした」
「いや、どちらかといえば水無月さんらが居るうちに対処出来て良かったんだ。
感謝こそすれ恨むわけねぇじゃねぇか」
カインズ氏の気持ちの良い回答をもらえ、少し心のもやもやが晴れた。
今回は対処が遅れてしまったが、次にオベリスクと遭遇した場合は速やかに対応しよう。
「で?もし今回気付かずに放置していた場合どうなっていたんだ?」
「・・・今回は俺たちが不用意に近付いた事で効果範囲が広がりました。
なので、いずれ誰かが近付いて同じ事象を起こしていたと思います。
精霊は死に、妖精族に至っては体調を定期的に崩す者が出てきて、
出生率も低下していき、いずれは全滅するとの事です」
「・・・多分だけどな、そのオベリスクってのをあそこに刺したやつは、
世界中に同じことをしていると思うぞ」
「同感です。ですが、精霊と妖精の力は借りられず、
人間だけの力であれの破壊はかなり至難になります。
早めに手は打つつもりですが」
「まぁ、俺たちは戦闘もこなせんし、
島からも出られないけどな。
あんたらを応援しているよ。心からな」
「・・・ありがとうございます」
今回のオベリスクは世界的に見ても驚異そのものだ。
あれが実験の末に破棄された物かわからないが、
対策を立てるにしても俺たちだけでは何も出来ない。
早めにアスペラルダ王都に戻って王に対策を取って頂かないとな。
とはいえ、ここからは2週間程度掛かるし、
一気に進める事も出来ない。
アクアの水脈移動か、あとひとつの策で対応するしかないかな。
「お兄さん、ご飯だそうですよ。
食後にハライクさんがアクアポッツォ側へ渡してくれるそうです」
「わかった。じゃあ行きましょうか、カインズ氏」
「おうよ」
* * * * *
最後の晩餐・・・になるかはわからないが、
滞在期間内にネシンフラ島で食べる夕食は、
いつも通りの昆虫食と影倉庫で保存しておいたフラゲッタの肉料理であった。
過保護も良くないので軽めの虫料理をアルシェの前にわざと配置した。
「メリー、これって何ですかね?」
「これは虫の天ぷらですね」
「へー・・・・虫ですか・・・・。
じゃあ、私はこの肉料理を頂きましょう」
「メリー」
「はい、ご主人様」
思った通りというか、見た目で判断したアルシェの皿に、
メリーが天ぷらを何匹か乗せていく。
アルシェはメリーの凶行に恐れおののき動きを止めてしまった。
「アルシェ、好き嫌いは良くないよ。
ここで食べる虫は育ちが良くて、味も良いんだぞ。
ここの虫を食べたら、もうそこら辺の虫は食べられなくなるぞぉ」
「まず、そこら辺の虫を食べないです!
お、お兄さん・・食べます?」
可愛らしく天ぷらの乗ったお皿をこちらへ傾けて聞いてくるが、
そこは無視して目の前で虫の天ぷらを1匹丸かじりする。
「・・・・」
「う~ん、このほろ苦さが堪らんね。
あ、アルシェは子供だからこの良さがわからないか。
メリーはどうかな?」
「虫によりますがおいしく食べられますね」
「アクア、口開けな」
『あい』
俺の食べかけをアクアの口にも放り込む。
今のは甘く感じられる虫だったなぁ。
そんな事を考えながら3匹目に突入する。
「くっ・・・」
四面楚歌を認識したアルシェから苦悶の声が上がる。
村長一家には事前に手助けしないように手を回しておいた。
さぁ、どうするアルシェ。
「ひ、姫様・・・こちらでしたら初心者にも食べやすいかと思いますよ」
「・・・マリエルぅ」
「あの護衛さんは結構姫様にも容赦がありません。
ここはあの鬼畜に負けない為にも姫様の意地を見せるときかと」
「うぅぅ・・・」
ひどい言われようだが、
もし旅を続けた先で食糧難が訪れた時に、
それこそ虫しか食べられそうなものがいなかった。
なんて場面に遭遇するかもしれないし、
今のうちに耐性をつけて、いろんな食べ物と認識出来ていない物も食べられるようにしておきたかった。
そして、いつかアルシェは言うのだ。
ネシンフラ島の虫は美味しかったと。
いよいよ意を決したのか、
マリエルが差し出した初心者にも優しい種類の虫の天ぷらを口にする。
TV番組で見るような口に含んだ後に噛み出すまでが長い。
1分ほど見守っているとようやく、ひと噛みした。
「ん、んん!?」モグモグ
「ど、どうですか、姫様?」
しばらく咀嚼してから、ゴックンと飲み込むアルシェ。
その初めの一言にみんなが耳を傾ける。
「こ、これ・・・昨日食べませんでしたか?」
「食べられていましたよ」
しれっとメリーさんが暴露する。
確かに昨日殻を剥いて食べさせていた中にこいつの唐揚げが存在していた。
ひと口サイズの虫なので、アルシェもぱくぱくと摘まんでいたのを俺も確認している。
「・・・・・」
「クー、これ食べてみな」
『はい、お父さま。あーん』
アクアは手掴みで虫料理を食い散らかし始めたので放置することにした。
お行儀良くひとつひとつの料理を堪能していたクーへ、
食べかけの料理を食べさせる。
フラゲッタの肉もいろんな料理に化けており、
サイコロステーキのような物から、
チャーハンのような炒め物、
ケバブのように生地に詰めて食べる事も出来た。
「フラゲッタの肉ってこんなに柔らかく出来るんですね」
「薬草をいくつか使うと筋肉質のお肉も柔らかく出来るんですよ」
「メモとかにまとめて頂いてもいいですか?」
「かまいませんよ。食後にお渡ししますね」
ウルミナさんから肉を柔らかくする方法を聞き出している頃には、
アルシェも再起動して色んな虫料理に手を出し始めていた。
やけくそにも見えるが、まぁ色んな顔をしながら食べている姿が面白いので眺めるだけにしておこう。
メリーがさりげなくアルシェが取った料理の殻割や触覚除きなど、
食べるときに気になる嫌悪部分を素早く取り除く姿は惚れ惚れするほど無駄のない動きだった。
もちろんこの場にはヴォジャ様もいるにはいるが、
村長と談義をしながら酒を酌み交わしている。
時々ウルミナさんがお皿に料理をいくつか見繕って、
近くに置くという行動を繰り返していた。
「アルシェ、どの料理が一番美味しい?」
「っ・・ゴクン。そうですね・・・一番初めに口にした小さい虫は、
どの料理でも食べやすく感じました。
各料理の味が染みこんでいてとても美味しかったです」
「そっかそっか」
「お兄さんとメリーは昨日の時点で知ってたんですか?」
「私は調理を手伝っておりましたし」
「俺はタユタナ・・・道案内をしてくれた女の子に聞いてた。
俺もいくつか知ってたから危険がない事はわかってたし、
アルシェに色んな経験をさせる良い機会かと思ってな」
「ま、まぁ確かにこんな機会がないと食べる事はないですけど、
騙すような食べさせ方はないんじゃないですか?」
「すでに経験済みって知らなかったら今みたいに食べられないだろ?
昨日の時点で味に否定的だったら今夜はさすがに控えてもらったけどさ」
「そう言われると・・・釈然としませんが」
少しむくれながらもマリエルに食べ方を聞きながら色んな虫を食べ進め、
正面においた天ぷらの4分の1はアルシェのお腹へと消えていった。
以前元の世界で食べた虫料理はへご飯やイナゴの佃煮、
蝉の唐揚げだったが、どれも美味しかった。
まぁ、見た目がやはり問題でへご飯なんかは成虫になりかけの個体もいた。
しかし、いま食べていた虫たちはあの虫料理より明らかに口に合う。
異世界の魔力という要素が加わっているからかも知れないな。
* * * * *
『では小僧よ。明日の昼頃にギルドまで顔を出すがよい』
「わかりました、よろしくおねがいします」
今回ひとまずのお別れとなる。
たった二日間しか経っていないがかなり濃い内容だったように思える。
カエル妖精の姿、フラゲッタ討伐、クーの進化、
オベリスク発見、ヴォジャ様と遭遇、オベリスク破壊、虫料理。
このうち1つでも夏の思い出になるだろうに、
それが7つもあるうえに、
アクアポッツォへ戻れば今度はブルーウィスプが待っている。
ある真夏の物語にしては凝縮されすぎだろう。
出来ればアスペラルダ王国領を出る前に王様達と顔合わせと行きたいところだ。
元気に走り回るアルシェの姿を彼らに見せておかないとな。
それにしても、夕食後からマリエルの姿が見えないのが妙に気になるなぁ。
あの娘だったらアルシェの見送りってだけで泣いて別れを惜しむ気がするんだけど、何故か姿が見えない。
村長一家とタユタナ、ハライク氏くらいしかこの村で会話をしていないのに、
村人総出で見送りに出てきているのはちょっと壮観だった。
この人たちが全員カエルに変身した場合、俺はきっと気絶する事だろう。
「そろそろ出発しますよー!!」
アクアポッツォへ送ってくれる船は中型船を使用するらしく、
ハライク氏同乗のもと、タユタナ操縦になるとの事。
中型操舵は初めてという事でタユタナのテンションが高く、
俺たちを早く帰らせようとしているようにも見えてくる。
「では、また滞在中に顔を出しますので」
「おう、待ってるぜ」
「あ、水無月さん!こちらが香草の種類になります。
色んな組み合わせで効果が変わりますから」
「ありがとうございます」
アルシェも一言二言村長一家と言葉を交わしてから、
既に少し離れていた俺の元へ小走りでやってきた。
アクアも精霊達との挨拶を終えて、俺の頭のうえでゴロゴロしていた。
メリーとクーもカエル妖精主婦の会の方達に、
役に立つ行き当たりばったり力を教えてもらい終わって、
こちらも俺の後ろに控えていた。
「それじゃあ、行こうか」
「はい、お待たせしました。
行きましょうか」
「そうですね、姫様。
もう夜ですし、手を繋いで行きましょうね」
『ますたー、あくあねむいよ~』
ん?
おかしいな、うちのメンバーは俺、アクア、クーと
アルシェ、メリーの5人のはず。
そのうちアルシェを姫様と呼ぶのはメリーのみで、
そのメリーはクール系女子なのでアルシェに手を繋ごうなんて言わない。
それと声が幼いというか・・・。
俺の隣にいるアルシェの、影になっている場所にいる誰かを確認しようと動くとその誰かもこそこそとアルシェの向こうへと動く。
「マリエル、わかってるんだぞ!
なんで着いてきているんだ?」
「姫様、あの護衛さんの独り言危なくないですか?
危ないから解雇しましょうよ姫様」
「おめぇに言ってんだよぉ!
本当に何で着いてきたんだ?」
「せっかく姫様と再会出来たのに2日間だけとか寂しいじゃない!
滞在中は私、姫様と行動しますから。
ちなみに家族の許可も姫様の許可も頂いてますから、
水無月さんが反対したところで私、着いていきますから」
「別に着いてくるなとは言わないし、
家族の許可があるならいいんだけどな・・・。
本当にもらっているならな」
まぁ、ここだわな。
俺の世界だと声を掛けただけでタイーホされるんだぞ。
親の知らないところで友達の家に遊びに行った、
その家にはお兄さんがいてなんだかんだありタイーホされた。
そんな事になりかねないだろ?
この場合保護者は俺かメリーになってしまうわけで、
俺は別行動になるだろうから、必然的にメリーに負担が掛かってしまう。
「許可は私の前でウルミナ様から頂いておりましたし、
その後に離れたところからカインズ様の怒鳴り声も響いてきましたから、
おそらく大丈夫でしょう」
マリエルに目を向けるとサッと反らした。
カインズ氏からの許可は取れず、ウルミナさんに説得を任せやがったな。
まぁ、船に乗り込むまでにカインズ氏が走って来なければ諦めよう。
メリーもウルミナさんから何か言われているのか、
ご主人様はお気になさらずにどうぞ。
そんな顔をしている気がする。無表情だから確証はない。
結局、カインズ氏は迎えに来なかったので、
アクアポッツォへと連れて行く事になった。
現在はハライク氏がタユタナに小型船と中型船の違い、
操舵の細かい指示を伝えている。
「俺とアクアは明日やる事があるし、
出来ればフラゲッタの毒でクーの状態異常を強化したい」
「わかりました。私達は町の観光をしていますね」
「もしも、マリエルがカエルになった場合は影にぶち込め」
「かしこまりました、ご主人様」
「姫様ぁ~!」
「仕方ないわよ、カエル妖精の姿はアクアポッツォの人々にも秘密なんだから。
これで騒ぎになったりしたら、
一族の方々に何が起こるかわかりませんよ」
「ぐぬぬ・・・」
「おっまたせしましたー!」
「こらタユタナ!夜なんだから静かにしろっ!」
ようやくネシンフラ島を出て、アクアポッツォへとカエル、
いやいや、帰ることが出来る。
予定外のおぼこ、いやいやチンクシャ、いやいや。
予定外のマリエルが着いてきたとはいえ、
あと何日滞在しようかな。
そこまで大きな町じゃないし、
水脈が繋がれば数時間でアスペラルダへ帰る事も出来るだろうし、
あと5日くらいを目安にしておこうかな。
そういえば、アクアポッツォの浜に人が集まっているのが遠目に見えるけれど、
海の方は青い光も見えないな。
もしかしたら、今日はブルーウィスプが発生しなかったのかもしれないな。
いつもお読みいただきありがとうございます。