†第16章† -22話-[羊獣人の家族①]
勇者プルメリオを魔族領の野に放ってから、数日後——。
全員に与えた休暇は宗八やアルカンシェも例外ではなく、休暇と言えばいつも顔を出すとある場所にやって来ていた。
参加メンバーは子供達はもちろんの事、宗八、アルカンシェに加え、側室になったサーニャに光精フローライト、水精ポシェント、そして青竜フリューアネイシアとなっている。
宗八達が降り立った場所は、フォレストトーレ領の端にある「ハイラード共同牧場」。
アスペラルダとの関所が近いとはいえ、牧歌的な田舎の雰囲気もあり、緑と家畜に囲まれたこの牧場には休暇になる度にほぼ確実に宿泊に来ている。
孤児院としての側面も持っており、多くの子供達が畑仕事や家畜の世話の手伝いを大人に混じって行っているので、精霊の子供達もここには友達が多く、自由時間になれば夕暮れまで遊び続ける程だった。
「久しぶり過ぎて、顔忘れられてたらどうしよ……」
今回やってきた理由は宿泊だけでは無かった。
全てを知るアルカンシェは杞憂に終わるだろうと考え、初めて共同牧場を訪れるサーニャは、どこか落ち着かずに視線を泳がせていた。
——タッ、タッ、タッ……と、あの懐かしい足音が地面を蹴る。
「ほら、来ましたよ。お兄さん」
アルカンシェが嬉しそうに目を細めて言った。
アルカンシェの予想通りにいつもの足音が駆けて来る。
子供たちも空気を読んで、宗八から少し離れた場所で静かに立ち止まった。
——この牧場で毎度繰り返される、“あの儀式”を見守るために。
最初こそ牧場の経営陣が制止する声を発していたものだが、何度も同じ状況が再現されるうちに何も言わなくなった。
「お兄ちゃんっ!」
当時は心に傷を負い声を失った六歳の幼子だったメイフェルが姿を現し駆けて来る。
出会って二年が経つ間に心の傷は癒え、声を取り戻し八歳となったメイフェルが宗八の胸に飛び込み、宗八もしっかりと受け止めた。
「もう!こんな時期に来ても畑仕事は何も無いよっ!」
宗八達が宿泊に来る度に共同牧場の仕事を楽しんで手伝っている事を知るメイフェルが頬を膨らませながら攻めて来る。
季節は水の月の後半に差し掛かっている為、魔族領でも多少の雪が降っていた。フォレストトーレも例に漏れず、朝から降り続いた雪が静かに地面を覆っていた。
足元には、子供たちの走った跡がふわりと刻まれている。
野菜は植えてあるものの、雪の下で越冬させることで甘味などが増すのだ。
「また大きくなったなメイフェル。もう八歳だもんなぁ」
頭を撫でる位置が高くなっている事で彼女の成長を喜ぶ宗八の振る舞いに、メイフェルもされるがままに撫でられ続ける。
ふと顔を上げたメイフェルの視界に、猫耳と黒く長い髪を揺らす少女の姿が映る。
「クーちゃん!」
宗八との触れ合いに一端の満足を得たメイフェルが次に抱き着いたのは闇精クーデルカだった。
初対面の時から宗八とクーデルカには懐いていた彼女は二年経った今も二人の事が大好きであった。
『お久しぶりです、メイフェル。でも、嬉しいのは分かりますが私達は宿泊に来たお客様ですよ?』
求められた抱擁に応えつつも、従業員として宿泊客を迎え入れる姿ではないと注意したクーデルカの言葉を受け、喜びのままに視野狭窄に陥っていたメイフェルは、慌てて二人の周りにいる面々に視線を向けてお辞儀する。
「す、すみません!ようこそ皆様、ハイラード共同牧場へ。私はここの従業員をしていますメイフェルと申します。受付にご案内いたしますので私に付いて来て下さい」
可愛らしい彼女の案内に従い面々は歩を進めた。
「あら、水無月様にアルカンシェ様。いらっしゃいませ」
受付にいたのは、牧場で孤児として働いている中でも年長者の娘だった。
何度も顔を合わせているので軽い雑談をするくらいには顔見知りだ。
指示されるがまま宿泊希望の手続きを行い、最後にコテージへの案内と食事に使える食材の説明をメイフェルが立候補して任せられた。
「今回皆様に宿泊いただくコテージはこちらになります。鍵はこちらです」
メイフェルが鍵を差し出したのはアルカンシェだった。
何故かと言うと、アルカンシェが宗八を迎えたいと言い始めた事で鍵を開けて最初に足を踏み入れるのがアルカンシェというルールが出来上がっていたからだ。しかし、アルカンシェは鍵を受け取らず別の人物を推薦する。
「メイフェル、鍵はこちらのサーニャに渡して頂戴。お兄さんを出迎える役目は譲ってあげます」
「え!? あ、ありがとうございます」
突然の推薦にサーニャは戸惑っている。
そもそも宗八を出迎える喜びを感じているのはアルカンシェの感性から来るものだ。サーニャは牧場宿泊も初めてなら、“出迎える喜び”という感覚にもまだ馴染みがない。
「いいから。側室になる予行練習とでも思って誠心誠意旦那様を迎えてみて」
戸惑いつつもメイフェルから渡された鍵を受け取りコテージを開く。
そのまま足を踏み入れ、その場で身をひるがえした。
アルカンシェの言葉が効いているのか、若干頬に熱がこもっている。視線も宗八に固定された彼女の頭の中では、ここはすでにコテージではなく新築一軒家の玄関になっているのだろう。
「おかえりなさいませ、旦那様」
「あぁ、ただいま」
アルカンシェの意図を理解した宗八が迎えてくれたサーニャの頰に手を添え言葉を返す。
それだけでサーニャの顔は紅潮し、サッと顔をそむけた。
これがアルカンシェであれば抱擁は勿論の事、十中八九、頬へのキスくらいはしてくるのだが、嫁になる覚悟決まりし者と決まりし者に促されて側室に収まった者では色々と違うらしい。
イチャイチャする宗八とサーニャの様子を計画通り、と楽し気に眺めるアルカンシェとは対称的に、二人の足元を駆け抜けるさっさとコテージに入る込む影があった。
人の恋愛に興味のない青竜フリューアネイシアだ。
『ZZZZzzzz……、ZZZZzzzz……』
以前に比べて更に小型化の術の効率化に成功したフリューアネイシアは、生まれたての竜程度まで小さくなっていた。
元が見上げる程に巨大な竜とはいえ、子竜がベッドの上で丸まり、くるんと尻尾を巻いて寝息を立てる。
その姿は……大変に可愛らしいものだった。
「晩御飯はこちらで準備を進めておきますので、お兄さんは離れて大丈夫ですよ」
アルカンシェの言葉に素直に乗った宗八はコテージを後にして、共同牧場で働くメイフェルの保護者と牧場代表者との面会を求めて牧場内をうろつくことにした。
当然、メイフェルは宗八と手を繋いで付いて来る。
逆に精霊の子供達はさっそく各々休暇を楽しむためにバラバラに行動を開始していた。
「クシャトラさんのところに行くの?」
隣で宗八を見上げながら質問して来るメイフェルに微笑み掛け宗八は頷く。
「そうだな。挨拶はしておきたいし話もあるから、一緒にエンハネさんも見つけたいな」
「エンハネさんなら今日は畜舎に居るはずだよ。水の月は畑仕事少ないから」
今回は二泊三日の予定で泊まりに来ているので、先にアポイントを取って二人に都合を付けてもらうつもりだった。
メイフェルの案内の下、近づく畜舎の奥からは時折、家畜の鳴き声や乾いた藁を踏みしめる音が響き、独特の活気が漂っていた。
併せて特有の強烈な匂いがし始めたが、羊獣人であるメイフェルは慣れているのか顔を歪ませる事無く宗八を「こっちこっち」と引っ張っていく。
少しだけメイフェルと雑談をしながら散歩をしてから畜舎に向かったからか、そこには水精ポシェントがフンカキを手に仕事の手伝いをしている姿が見えた。
足元からは水が溢れ掻きだされた糞は、彼が出す水によって綺麗に流されて行く。
「ポシェント。アルシェのところに残ったのかと思っていたよ」
『こういう機会も今までなかったからな、許可をもらってこちらの方へ手伝いに来たのだ』
そう言うと止めていた手を再び動かし、手伝いを楽しそうに再開したポシェントから宗八も視線を外して畜舎の中を見回し目的の人物を探す。
しかし見当たらないのでどうしたものかと思案する宗八を見たメイフェルが、手を放して奥に居た従業員に声を掛ける。
「トーマスさん。エンハネさんとクシャトラさんどこに居るか分かる?」
出会った当初は心の傷が原因で声を失っていたメイフェルが宗八の為に自発的に大人に頼って話しかけている。
その姿に宗八はついつい感傷的になって目尻が熱くなった。
「おぉ、メイフェル。こっちに来たのか……。お前さんが駆け出した様子から水無月の旦那が来たって察して中央棟に二人で向かったぞ」
「ありがとうトーマスさん。お兄ちゃん、行き違いになったみたい。受付がある中央棟に二人とも行ったって」
報告して来たメイフェルの頭を優しく撫で感謝を伝える。
「お疲れさん。じゃあ戻ろうか」
嬉しそうな笑顔を浮かべる彼女に手を差し出すと、これまた嬉しそうに手を握って二人で歩き始めた。
散歩中にも調べはしたのだが、やはりこの辺りに瘴気は発生していない様だ。また、オベリスクの存在も感じ取れないことから、諜報侍女隊もしくは冒険者がしっかり見つけ次第破壊しているのだろう、と安心して意識を目的地へと向け直した。
「あら、本当に戻って来た。クシャトラさんとエンハネさんが応接室でお待ちですよ」
木の軋む音と暖炉の温もりが漂う中央棟。受付にいた年長者の娘が頬杖を外し、こちらに柔らかく微笑んだ。
この共同牧場に来た時の習慣としてエンハネさん、もしくはクシャトラさんと席を設けて雑談を交わす。その中で確実に話題に上がる内容は今回宗八は訪問した理由に該当していた。
世間から多少離れているとはいえ、関所に作物を売りに行く事もあれば、巨大牧場街テラフォームの指導に行く事もあるのだ。二人が揃って待ち構えていると言う事は、宗八の状況もどこかしらから情報を入手して整ったのだと考えたのだろう。
メイフェルを伴って二人が待つ応接室に向かう。
——コンコンコン。
「どうぞ」
老人の声に導かれ扉を開くとソファの前で初老と女性が立ち上がり出迎える。
宗八の入室に合わせて揃った動きでお辞儀をして来た。
「おまちしておりました。公爵様」
メイフェルは隣で静かに目を丸くしていた。『お兄ちゃん』が“公爵様”と呼ばれているのが、どこか不思議そうだった。
「二人とも頭を上げてください。まだ名ばかりの仮決定ですから……」
この度、貴族制度が大きく見直される事となった。
現在は功績によって第一級~三級の貴族で分かれているのだが、宮中貴族の多くは第一級にも関わらず土地を持っていない。逆に第三級なのに土地を持つ貴族も居る。しかし、土地の多くはまだまだ未開拓で各国も管理し切れていない土地があった。
なので、数年前から貴族制の見直しは行う予定ではあったのだが、貴族が足りていない事といきなり変えては混乱を招くということで大部分は構成を詰める時間に費やされていた。
そしてこの度、水の国アスペラルダの第一王女アルカンシェの婚約を機にアスペラルダがいち早く貴族制の見直しを開始したのだ。
勧められるがままソファに座る。
「今は屋敷も建築を始めたばかりですし、土地を持つわけでもありませんから」
この世界で初めて生まれた侯爵家の名は”ミナヅキ公爵家”。
本来は漢字で水無月なのだが、子孫の事も考えると改めた方がいいだろうとこの世界に準拠した形だ。
「俺のことは気にせず本題に入りましょう」
彼らが宗八に用件があるのと同時に、宗八も彼らに持ち込みたい用件がある。
——ここで交わされる言葉は、ただの挨拶ではない。
互いの未来に、少なからず影響を与える“会話”になる。
二人は一瞬視線を交わし、背筋を正す。部屋の空気がぴんと張り詰めた。
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