†第16章† -21話-[勇者と七精霊使い]
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~side勇者 プルメリオ~
水無月さんが指示した休息日が昨日で終わり、俺達は魔族領の半ばから魔王討伐の旅を再開する手配をしてもらった。
地図で見れば分かるのだが、魔族領は人族領に比べて面積が広い。
僕がこの異世界に召喚されてすでに三年が経過していた。三年という長い期間を掛けて旅と冒険と鍛錬を行ってやっと魔族領に足を踏み入れやれたのだが、水無月さん曰く「魔神族の動き次第では、魔王討伐を悠長に待つ事も出来ない。無理を承知で言わせてもらえれば一年以内に倒してくれ」との事だ。
魔族領の丁度真ん中付近の廃村に放り出された僕は仲間達と、この急展開にまだ頭が追い付いておらず先日までの会話を思い出す。
「流石に無理ですよ……、人族領とは何もかもが違うんです。聞けば大魔王オーティスの城がある地域に近づけば近づくほど人族への憎悪が強い魔族が住むと聞きます」
僕の返事に水無月さんは、本当に馬鹿にした目をしながら言い返す。
「お前が召喚された理由を倒しに行くだけだろ。それに今更たかが魔族が群れて邪魔しに来たとして、メリオと仲間達なら相手を怪我させずに制圧することくらい余裕だろ」
言葉尻には背後に立つ仲間達に視線は移っていた。
憎悪の深さによっては死に物狂いで邪魔をする魔族も出て来るだろう。それを怪我をさせずに、というのは難しいのではないか?
そう考えて仲間を振り返ると、僕が想像したよりも彼らの表情は明るい。
「尊師のお言葉通り確かに無力化は可能です。ただただ相手をせずに避けたり逃げたりすれば良いわけですから」
「一時的に魔法で閉じ込めておくだけでも、魔族には突破できないだろうしな……」
魔法使いミリエステと騎士マクラインの言葉だ。
「まぁ俺達のステータスを考えれば、物理も魔法も当たったところでまともなダメージには繋がらないだろうよ」
「私のステータスはまだ不安もあります。でも、教えてもらった闇魔法があれば何とでもなると思います」
拳闘士クライヴと義賊プーカも同様の意見のようだ。
どうやら俺だけが不安を感じているらしい。この不安感の差はこの殺伐とした世界出身の彼らと、比較的周りが平和だった世界出身との差なのかもしれない。
……いや、同じ世界から来て、“無茶”を常識のように語り始めたのは、他でもない彼だった。
「これからも禍津屍の残党の掃除は進めるけど、メリオ達も旅の途中で見かけたら狩っておいてくれ。あと、これも頼む」
そう言いながら水無月さんが手渡して来たのは四通の手紙だった。
「これは?」
「パメラ達占い師達の手紙をハイエルフの里に届けて欲しい」
手紙を見つめながら問い返すと、どうやら僕たちを“運び屋”として使うつもりらしい。
ハイエルフと言えば、物語の中でも深い森の奥で木の実などを食べながら静かに暮らしている種族だ。まさか魔族領に住んでいるとは思わなかった……。
「ハイエルフはいくつか里を持っていて、定期的に住処を移っているらしい。占いの結果、今の住処はこの二ヶ所まで候補を絞ったから用事としては、顔繋ぎ、外の状況の説明、出来るなら避難誘導も頼む」
3本の指を順番に立てながら説明する水無月さんの言葉を受け、例に漏れず世の中の状況に疎いという事なのだろう。
普通なら部外者が里に足を踏み入れる事は叶わないし、話も聞いてもらえない所を解決する為の手紙という訳か……。
「とりあえず……。水無月さんの中で俺達の予定がすでに組み上がっている事はわかりました。ハイエルフの里の件も了解です」
勇者が魔王を倒す為の旅の最終段階だ。
人族領に比べれば魔族領は過酷になることは覚悟していたし、寄り道程度なら喜んで受けるつもりだ。
それでも、やはり一年以内の討伐というのは現実味を帯びていない様に感じる。
「……俺達で一年以内に魔王を倒すことは出来ると考えているんですか?」
手紙をインベントリに収納しながら問い掛ける。自信については正直半々といった心境だ。
クライヴが口にしていた通りステータスで言えば、今の自分達に勝てる勢力はほぼ無いと思っている。しかし、勇者が魔王を特別視してしまっても仕方がないだろう。名状しがたい不安が心の奥に泥となって溜まっているのを感じる。
「ある程度は分かっていると思うが、余裕そうに見えて実際俺達は後手に回り続けている。詰将棋をしているようなもんだと思え。こちらの一手一手が遅れるだけでチェックメイトに近づく。あちらは人類を減らして世界樹の出現と|神格ヲ簒奪セシ禍津大蛇の顕現を狙っていて、ポルタフォールは未遂、ハルカナムも未遂、フォレストトーレは三十万近くの犠牲を出し、今回の魔族領でも目下被害の規模も分からない程の死者を出している」
水無月さんの視線に剣呑な気配が宿る。視線は俺に向いているが、見ている先に居るのは”破滅”なのだろう。
「加えて懸念しているのはこの大陸の外だ。今まで俺達は自分達の事だけで精いっぱいだったから海の向こうに目を向けられなかった。苛刻のシュティーナは賢しい奴だから、おそらく先住民が居たとしても手遅れか一歩手前くらいだろう。それにこの星は地球に比べて小さいから、この星は地球より小さく、大地の余白がない分、三分の二の人類が死ぬのは時間の問題であり、世界樹もいつ出現してもおかしくない状況で正直厳しい……」
地球の話も含めて完全に話についていけたのは俺だけだっただろう。
そんな事よりも、俺も含めて仲間達は明確な”不安”を口にした水無月宗八の姿に絶句していた。
出会った時から彼の態度は一貫して自信満々であった。ピンチに陥ってもそれを楽しむ胆力があった。その背中が眩しくて俺は自分を見失う事すらあったというのに……。そんな彼ですら心の内に不安を抱えながら魔神族と戦ってきたのだと……。
「ふふっ……。不敬と存じますがあえて言わせてもらいますと、とても光栄な気分です。尊師」
零れた笑声はミリエステだった。その様子に水無月さんは視線を送るだけで何も言わない。
「お仲間にだけ溢していたであろう不安内容を私達にも溢して下さったことが信頼の証の様で嬉しいのです」
ミリエステの言葉で自分の中の感情を理解する。
あれだけ強い水無月さんが不安に苛まれながら戦っていたと知った今。胸にあったのは失望では無かった。
胸で光り始めた感情はまさしくミリエステが言った”喜び”なのだ……。
関わりの浅いプーカ以外の面々も当たらずとも遠からず、といった様子だ。そんな勇者PTを気にも留めず水無月さんは改めて話を続ける。
「勝手に言ってろ。こっちもオベリスクの破壊や事が大きくなる前の解決を率先して行ったし、魔神族の数を減らしたり戦力を整えもしたが、実際に|神格ヲ簒奪セシ禍津大蛇が顕現した際のすべてに対処し切れるとは思っていない。お前らが魔王オーティスを倒したら、勇者PTは戦列に加える予定なんだから早めに倒して世界樹がいつ出ても良いように準備してくれ。当然戦闘力に影響するから重い怪我はするなよ」
呆れた様子で尚も会話を続ける水無月さんは本当に不安を溢したとは微塵にも考えて無さそうだった。
それに留まらず魔王オーティスを倒した後の事まですでに思考している事に先を見据え過ぎなのでは、と俺は感じてしまう。未だに彼ほどに危機感を持てない自分は、まだその域に届いていないのかもしれない。
ただ、魔王を倒した後に自分は元の世界に送還される予定だ。その後の仲間を託せる人が居る安心感と、自分だけが一足先に戦いを終えることに、どこか申し訳なさと、拭えない寂しさがあった。
「——メリオ。召喚の魔方陣はとても古く完全では無かったそうだ……」
急に話に付いていけなくなった。
名前を呼ばれたものの耳に届く言葉の真意を探りかね、困惑したまま水無月さんの言葉を待つ。
「——もしもの話だがな……。魔方陣の送還が発動せずにこの世界に取り残された場合は、すぐ連絡してこい」
何を言っているのだろう。しかし、頭が理解せずとも心が反応して高鳴った音が響く。
胸が熱くなり、一筋の涙が勝手に頬を伝う。
「——いまは勇者の称号が邪魔しているが、魔王討伐後なら精霊の加護も受け入れられるはずだ。光精王ソレイユとは話も付いているから絶対に連絡するんだぞ」
聞き間違いはしなかった。
……送還されなかったら? そんなこと、一度も想像したことがなかった。
でもその一言で、胸の奥にあった“不安”が“願い”へと変わる感覚がした。
今までは手助けしてくれたり先導してくれたり、時には立ちふさがり自身を高い壁として利用して俺の成長を支えて見守り続けてきた水無月さんのスタンスは第三者だった。敵でもなく味方でもなく、ただ勇者を成長させる為にテコ入れをするこの世界の住人という印象が強かった。
それも途中で同じ異世界人であるとバラされてからも強くなる為の手助けをしてくれた。
それこそ手が掛かる子供を相手する様に、丁寧に手を引いてくれた。
その彼が”仲間”に誘ってくれている。
いつの間にか涙は一筋どころではなくなっていた。ミリエステもマクラインもクライヴも俺の内心を、気持ちを察しているのか何も言わず寄り添い続けてくれる。劣等感で度々おかしくなる俺を諫めてくれた自慢の仲間だ。
当の水無月さんは照れ臭いのか台詞の途中からそっぽを向いており俺が泣いている事に気付いてない。
返事は決まっていた。喉の奥から、何かがせり上がる。押し殺していたものが一気に噴き出すように声が出た。
「———は”い”!必”ずっ!」
俺の涙声を聞いてやっと水無月さんは状況を理解し豊穣がどんどん焦り顔に崩れていく。
普段の飄々とした顔がここまで崩れた所を見たことの無い俺は、泣きながら笑い声をあげる隣でプーカはこの状況に戸惑っていた。
この時——魔王討伐後の目標が出来たのだ。
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