†第16章† -16話-[仲間の戦場①]
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アルカンシェが仲間の為に精霊の斡旋に動き、宗八が魔王ムーブを楽しんでいた一方。
魔族領各地では、七精の門のメンバーが各PTごとで敵の数を減らしつつも足止めの役割に従事していた。
彼らが後退した跡地には夥しい数の禍津屍の死骸が心臓核を穿たれ打ち捨てられていた。
元々、魔族を材料に造られた禍津屍は魔石を保有しない。心臓核は魔石と呼べなくもないが、病原菌の温床でもある。素材としての価値は皆無に等しい。少なくとも宗八が無価値と評するならば、ゼノウたちも同様の判断を下すだけだ。
「後退するわよ!≪サンクチュアリアロー!≫」
空から見ていたトワインの視界に、仲間を回り込んで来た複数個体が退路を断とうと迫る姿が映った。
その声に反応して、魔法使いフランザと探索者ゼノウがその場に留める魔法を唱える。
「≪氷縛り≫」
「≪闇縛り≫」
囲いの最も内側の敵の動きが二重の魔法で縛られ止まったのを確認したライナーは、素早く踵を返し退路を閉ざそうとする複数個体を一気に制圧する。
「《迸る雷刃!》」
ライナーの詠唱により蒼雷剣に稲光が宿る。
併せて彼の思考を読み取り手首足首で回転する円環、【雷霆の宝輪】が出力を上げてライナーの身体を浮かび上がらせ、猛烈な速度で禍津屍の元へと運んだ。
思考型宝具は完璧な立体機動でライナーの身体を宙で動かす。マリエルの様な鋭角な動きでは無く、慣性が乗る動きでぬるりと振るわれる剣や素手を回避し、ライナーの剣は的確に心臓核を斬り裂いていった。
「オッケー!片付けたぞっ!」
「後退!」
視認と言葉で状況を確認したトワインが後退を指示すると、ゼノウとフランザが即座に反応。囲いに空いた突破口へ駆け込み、再び陣を組み直した。
トワインだけでなくライナーが空域での機動を獲得した裏側には、ナユタの世界で取得した【雷霆の宝輪】という宝具を宗八が分配した事に起因する。
もう一つの宝具である【雷霆樹の枝冠】はマリエルが装備しており、雷化の制御が格段にしやすくなったと報告があがっていた。
宝具 :雷霆の宝輪
希少度 :伝説
ステ増減:ALL+150
特殊効果:浮遊機動/風雷属性極上昇/魔法制御極上昇/神族複写(雷)
その兄弟宝具ともいえる雷霆の宝輪もまたぶっ壊れ装備であった。
魔力を消費せずに空を飛べる点や自由自在な機動で虚を突きやすい点が目につきやすいのだが、もっともぶっ壊れている点は神族複写の特殊効果だった。簡単に言えば、神族ナユタの固有魔法が使用出来る。
もちろん宗八達が力を合わせれば再現することはいくらでも可能だ。そのうえでの利点は、圧倒的な使用感の手軽さにある。
雷霆の宝輪は魔力を消費せずに空を飛び、任意の方向へ機動できるだけでも破格の性能だ。
だが本当の恐ろしさは、その特殊効果【神族複写】にあった。
——神族ナユタの魔法が、使用可能になる。
腕を振れば雷の弾丸。手のひらで雷獣。虚空を掴めば雷の檻。
すべてが、かつて宗八と交戦したナユタの技だった。それらを軽負担で連打出来る手段が精霊使いとして一手遅れていたライナーの戦力急激に上昇させ仲間に追い付かせていた。
「慣れて来たから私も前衛に参加してもいい?」
フランザが空中から俯瞰しているトワインに問いかけた。
ざっと見ても戦闘開始時に比べれば敵の層はかなり薄くなっている。先ほどの後退劇もかなり楽に退くことが出来ていた点から、フランザが前衛で暴れるには丁度良い、とトワインは判断する。
「いいわよ!ライナー、代わりに下がって!その宝具にもっと慣れなさい!」
「チッ!わーったよぉ!≪降り注ぐ鳴神!≫」
舌打ちしながらもトワインの指示に従いフランザと入れ替わったライナーは、魔法の雷で敵を複数人焼き殺す。
実のところ不器用なライナーは、宝具を手に入れてからの多くの時間を浮遊機動の訓練に当てがっており、新たに手に入れた魔法の使い勝手を完全に把握できていなかった点をトワインに突かれたのだ。
会話に気の緩みが見え始めた瞬間、ゼノウの一喝が飛ぶ。
「あと一時間も掛からない。このまま落ち着いて対処するぞ!」
再び空気が引き締まり、仲間たちは手を緩めることなく、禍津屍の掃討を着実に進めていった。
* * * * *
次の地点に降り立ったのは寄せ集めグループだった。
つまり、攻撃力特化の拳聖エゥグーリア、元・剣聖セプテマ、元・特級捧士リッカ、宗八の側室サーニャの四人組だ。
息の合ったゼノウPTとは対照的に、そこには連携の甘い戦場が広がっていた。
「エゥグーリア様っ!魔法で耐性を上げているとはいえ、安全の為極力魔方陣の中で戦ってくださいませっ!」
リッカが必死に声を掛けるが、戦闘に高揚している拳聖の獣耳には届かない。
「はぁ……儂が行きますぞ」
溜息交じりに駆け出したのはセプテマ。旧知の友の暴走は今に始まった事ではない。
しかし、現在の戦場を主導しているのは水無月宗八のクランであり、自分も参加メンバーではないとはいえ精霊使いの薫陶をいただいている。そんな中でも部外者のエゥグーリアの暴れっぷりにはほとほとセプテマも呆れていた。
「エゥグーリアっ!お主、少々甘えがすぎるのではないかっ!?勝手な行動が多過ぎますぞっ!」
傍に寄って来たセプテマの糾弾に一瞬視線が向けられる。
その目は、瞳孔が開ききり、殺気を帯びた野生そのもの――まさに戦闘に酔った獣人のそれだった。
「おぉセプテマ殿か……。いつの間にか手前はまた前に出過ぎていたようだ……」
「水無月殿はいつもこのような……。エゥグーリアは集団戦に向いていなさ過ぎですぞ……」
客将として活動している間はお金には困ることは無いが、強者としての欲求が満たされることは無い。
そんな欲求不満の中で突如現れた七精の門の強さは、彼を狂わせるには十分な威力を持っていた。盟主である水無月宗八は勿論の事、幹部級のメンバーはエゥグーリアと打ち合えるどころか上回る強さを秘めていたことで、普段は周りを気にする必要があるエゥグーリアが羽目を外してしまう事は理解出来る。
それでも、瘴気ウイルスに感染しないようにサーニャにサポートされている分際で何度注意されれば気が済むのか……。
「——っ!後方に反応有り!おそらく魔族の旅人と思われますっ!」
サーニャの報告に一気に緊張感が張り詰める。
今回の任務は、魔族を救うための足止めだ。ここで旅人を逃がし損ねれば、主導者である宗八の名に泥を塗ることになる――。それは、この場にいる誰一人として許せることではなかった。
魔法での浄化魔法の付与、聖域の展開、そして禍津屍の迎撃。
多忙を極める中、サーニャはそれでも索敵の手を緩めていなかった。
「わ、私が行きますっ!」
「3時の方向!だいたい400m先っ!」
幸い、距離感的に自分達が最も近い生者なので禍津屍は魔族の旅人には向かって行くことは無かった。
その中で真っ先に名乗り上げたリッカがすぐさま集団から抜け出し、旅人の下へと向かう。
「わっ!?に、人間!?」
足元を爆発させて一気に距離を稼いだリッカが旅人の前に降り立つと、その姿に、全員が凍りついたように動きを止め、声を震わせた。
今のリッカは火精フラムキエと≪ユニゾン≫している状態の為、魔族である旅人たちは全員が角でその内臓魔力量を知覚して恐怖に震えた。
「驚かせてしまって申し訳ありません! 近くで魔物の軍勢を迎え撃っている最中です、どうか、できるだけ早くこの場から離れてくださいっ……!」
リッカの視界に飛び込んできたのは、竜車の御者と、その荷台に座る老人、女性、そして子供――。
突然のリッカの登場に誰もが驚き動きを止める中。その直後、戦場の方角から轟音が響いた。
セプテマの一撃が地面を捲り上げ、地響きが竜車を襲う。車輪がわずかに浮き、御者が焦った声をあげた。
「うわっ!」
「きゃっ!」
「お母さんっ!」
衝撃と悲鳴が重なり、硬直していた竜車の一行がようやく正気を取り戻す。
リッカは迷わずもう一度、短く叫ぶ。
「早く!」
彼女の声に緊急性を感じ取った御者は、すぐさま手綱を打ち、竜に指示を飛ばした。
竜車は悲鳴と共に急発進。
リッカは心の中で「ごめんなさい」と謝りながらも、あのPTを背景に控えたままでは何が起こるか分からないと確信していた。
“死ぬほどの恐怖”ですむなら、命あっての話だ――。
丁度、リッカを追って来た禍津屍が数十体迫って来る。
彼女は静かに、空中から滑空してくる一振りの剣を見上げた。それは、[滅却剣ヴァーミリオンハイリア]。
いまの騒動に干渉しないよう高空で待機していたが、主の危機を察して自ら舞い戻ってきたのだ。
「手早く片付けて、サーニャさんのフォローに戻りましょう」
語り掛けるリッカに剣は応え、炎を噴き上げやる気を主張する。
ハイリアシリーズに生まれ変わった相棒の様子に嬉しくなったリッカは微笑みを浮かべ、次の瞬間には厳しい視線で敵を注視する。パッと見で三十体以上の禍津屍の集団を相手にリッカは落ち着いて剣を振るう。
「≪火竜一閃っ!≫」
高威力の炎が一筋となって奔り、魔物の群れを飲み込む。
爆発と共に、辺りは業火の海と化した。それでも生命力の高い禍津屍は、四肢が欠損しかけるも皮膜が辛うじて繋ぎとめるだけに留まらず蠢いてさっそく修復作業に入っていた。
「本当に、厄介な代物ですねっ……!」
仕留める事は出来なかったが明らかに動きが鈍った集団にリッカは足元を爆発させて一気に迫る。
剣が煌めき火の粉が舞う度に敵は真っ二つに斬り伏せられていく。その動きに、かつて「守りが堅いだけ」と評されていた少女の面影はない。
小さな爆発で地を蹴るように跳ね、リッカは空間を斜めに駆け抜けていく度、敵の数がごっそりと減っていく。
宗八のもとで鍛えられ続けた移動戦闘術――その成果が今、戦場で花開いていた。
――|困難な状況を打破する者。
リッカは、ついにその名を体現する存在へと進化していた。
程なくして、彼女の周囲には動かぬ屍が転がるのみとなった。
振り返ることなく、リッカは再び仲間たちのもとへと駆けていった。