†第16章† -15話-[魔王ヴァルザー=グリウスの苦悩]
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兵士集団を先頭に宗八たちは町中を闊歩する。
言葉通り、宗八は役割演技に徹して、いばって歩いていく。その後ろに占い師パメラと勇者プルメリオ率いる勇者PTが続いた。
町の人達は、人間の登場に不安そうな表情を浮かべているが、憎さ百倍で襲い掛かるような魔族は一人も居なかったことに、パメラ以外の全員が意外な表情を浮かべながら魔王城に辿り着いた。
「いや、町の入り口からも見えていたけど、本当に城があるんだなぁ……」
自分達が知る城下町に比べれば、小さい町だ。
人族領ならば、この程度の町を治めているのは領主か町長であり、住んでいるのは領主館のはず。
だが、辿り着いた魔王城もまた、自分達が知る王城に比べると小型ではあった。しかし、確かに城と言えば城であった。
魔王城の入口にはさらに多くの兵士が待ち構え、宗八たちの接近に警戒を強めているのか、辺りは異様な緊張感に包まれていた。
「先触れを出していたにしては警戒されているな……」
「それだけアンタの魔力量が異常って事を認識した方が良いよ。アンタの言葉で魔王もかなり左右されるはずだから……」
パメラのアドバイスに、自分が考えているよりも魔族にはこの偽装が効果的であり、危険な橋を渡っているのだと深く心に刻み込む。
宗八自身は人間なので、ステータスが高いと言ってもたかが知れている。
しかし、水精アクアーリィと無精アニマは魔力が集まり生命となった魔法生命体だ。受肉していてもその全てを構成するのは高密度な魔力であり、一人でも強大な魔力を抱えている。それが二人分も乗っている状況なので、魔族からしてみれば後光が差しているレベルで畏れ多いのだろう。
城門を潜ると兵士の垣根の向こうに、豪華な服を着たおじさんが護衛とおぼしき魔族と共に待っていた。
ここまで案内してくれた魔族隊長は、そのおじさんに近寄って行くと敬礼をして報告を始める。
「占い師パメラ殿、ならびに魔王イクダニム様、勇者PTをお連れ致しました!」
「ご苦労。あとは私が引き受けるので、兵士達を解散させるように通達せよ。群れただけでどうにか出来るわけもないからな」
手持無沙汰ではあったが役割演技中の宗八に休む暇はない。
魔族隊長は瞬く間に同格の魔族に通達すると、蜘蛛の子を散らし方のように兵士達はそれぞれの持ち場に戻って行った。しかし、宗八達を警戒してか、身体はこちらを向いたままゆっくりと下がっていく姿に何とも言えない気持ちになる……。
兵士たちがすべて視界から消えると、空気が一段柔らかくなった。
その隙間を縫うように、豪奢な装いの男が口を開いた。
「お久し振りでございます、パメラ殿。先代魔王アドラメザル様の時にお会いしておりますが覚えておいでか?」
丁寧な物腰のおじさんにパメラは、懐かしい顔を覚えていたのか微笑み掛ける。
「もちろんでございます、宰相閣下。世代が代わっても辣腕を振るっている様で安心いたしました」
顔見知りの二人が挨拶を終えると、互いに浮かべていた笑みは鳴りを潜め真剣な表情で口を開いた。
「パメラ殿には御恩があれど、流石にお連れ様が魔王と勇者では陛下の下へおいそれとお連れする訳にはいきません。それは、この場で皆殺しにされるとしても臣下としての矜持でございます。ご理解いただきたい」
パメラだけでなく、今度は宗八とプルメリオ達にも頭を下げた宰相閣下と護衛。
王ではないとはいえ、重鎮が頭を下げたことで宗八達を大物であると認識したうえで蔑ろにしていないとアピールしているのだろう。その辺も機微は宗八でもわかったので、この場もパメラに任せるとアイコンタクトを送る。
「頭をお上げください閣下。些か唐突な訪問であることはこちらも十分に理解しております。ですが、イクダニム様と勇者様をお連れした理由は一刻を争います。すでにイクダニム様の配下が事にあたっておりますが、グリウス卿だけでなく各地の魔王へ協力を仰がなければならないので早急に話を聞く態勢を整えて欲しいのです」
「わかりました。パメラ殿がそこまで言うのであれば、ひとまず私が話を聞き、陛下へお伝えする。それでよろしいか?」
「感謝します」
今度はパメラが頭を下げる番だ。プルメリオ達も釣られて頭を下げているが、魔王イクダニムは頭を下げない。
だが、宰相も護衛も宗八の態度は当然とばかりに怒る事も無く、一行は宰相閣下の案内で城下内へと足を踏み入れ、通された賓客室で向かい合いソファに座った。
パメラの隣にプルメリオが座り、一人ソファには宗八が膝を組んで偉そうに深々と座る。
勇者の仲間たちは壁際に設置されている椅子に大人しく座り、事の成り行きを黙って見守っていた。
* * * * *
魔王グリウス領重鎮である宰相アンデスヘルは唸った。
パメラは持ち込んだ地図をテーブルに広げ、禍津屍の動向の説明。更に七精の門の仲間たちが足止めしている箇所の説明を行った。
そして、駄目押しの禍津屍の死骸まで見せられては信じない訳にはいかなかった。
宰相アンデスヘルは、説明の都度質問をいくつか行った中で目の前にいる人間の青年が勇者であることも確認を取った。
ここまで証拠を揃え、何より信頼のおけるパメラはともかく、非凡な魔王と勇者が同行して居ることで役者が揃い過ぎている事も蔑ろにしていい内容では無いと認識させられる。
「皆様が話を急いていた理由は理解いたしました。この情報は責任を持って陛下へお伝えいたしますので、どうかお時間をいただきたい。大勢の魔族を受け入れる用意は念の為、私の権限で簡易住居だけは先に組み始めておきましょう」
宰相とはいえ、魔王へ確認せずにそこまでの決断をしてしまえる程に、このアルデスヘルは宰相として信用され権限を与えられている背景が見えた。優秀な宰相なのだろう。
「よろしくお願いします」
立ち上がるアンデスヘルに合わせて立ち上がったパメラとプルメリオが頭を下げて見送る。
もちろん勇者PTも頭を下げ、当然宗八は立ち上がりもしないまま宰相は部屋を去って行った。
作戦の第一歩を無事に踏み出せたことに安堵したパメラは、言葉も無くソファに深く座り込んだ。
「はぁ~~。流石に緊張したわ……宰相閣下が私の顔を覚えておいてくれたおかげでスムーズにいった……」
「ははは……お疲れさまでした。俺の役割って今ので良かったんですか?」
パメラの苦労を労う言葉をかけつつ、不安そうな表情で質問して来たプルメリオに向けて宗八は口角を上げて答える。
「完璧だよ。精霊が武器となったエクスカリバーは、魔族から見るとそれはもう輝いて見えたに違いない。あれで勇者認定出来ないなら、それこそ無能ってことになる。それに魔族全体を敵対しているわけではないと印象付ける事も出来たのはデカイ。ある意味メリオという人間の甘い部分を上手く掘り起こされたようなもんだったが……」
未だに魔王ムーブに酔っている宗八はクックックと笑っている。
力に成れたことは素直に嬉しいが、宗八に甘いと言われた事で対抗意識がむくむくと沸き上がる。その自我を上手く往なしてプルメリオは半眼で呆れたように宗八を軽く睨め付けるに留めたのだった。
『(——お父様、各地に配置完了いたしました。合流宜しいでしょうか?)』
* * * * *
その頃、魔王ヴァルザー=グリウスは代を経ても変わらず忠誠を誓ってくれる信頼する宰相から説明を受けていた。
「領地を持たぬ魔王と、勇者が共に現れた……。この話をアンデスヘルはどう受け止めたのだ?」
「パメラ殿が脅されている可能性も懸念しましたが、状況が揃い過ぎております。私は全て本当の事を口にしていると感じました」
臣下の言葉に確かな事実を感じ取った現魔王グリウス四世は悩んだ。
占い師パメラは、今は隠居して老後を謳歌している先代が世話になった事は事実として……。問題は魔王と勇者の存在だ。
宰相が言うには、勇者の目的は大魔王オーティスの討伐。魔族すべてを敵とするわけではないという。まだまだ領地を盛り立てる為に平穏な時代を望む魔王グリウスからすれば、人族に弓を引く大魔王オーティスを勇者が討伐してくれるのであれば望むところであった。
「魔王イクダニム……、ここからでも凄まじい魔力量を感じ取れるわ。この魔力を持っていて領地を持たないなど有り得ないだろうっ!?」
階下から吹き上がる馬鹿げた魔力を己が角が受け止めグリウスに脅威度を伝えてくる。
歳を経れば魔王も魔力量が成長する。しかし、階下に居るアレは明らかに次元が違うことを認知せざるを得ない魔王グリウスは宰相アンデスヘルに言葉を重ねる。
「……それもだ。勇者を魔族領まで引き込んだのがイクダニムだと? 一体どれほど裏で糸を引けば、そんな芸当が可能になる……!」
優秀な宰相は勇者プルメリオにいくつか質問した結果、イクダニムが勇者を連れ込みパメラを巻き込んだと推理していた。大正解である。
「ともかく、形だけでも協力する姿勢を見せたのはよくやった」
「ありがとうございます」
明確な領地の境を決めていない魔族領では、ふんわりとこの辺りまでは自領と把握している為、怪しい境目などの土地については足を踏み入れる際に隣領の魔王へ確認をする必要がある。
しかし、幸いグリウス魔王領は土地も余っており資源もあるので、危ない橋を渡るまでも無く簡単に着手出来る簡易住居の建設を先行して約束した事で協力的な姿勢を見せることに成功していた。だが問題は、この先どこまで協力を深めるか、という一点に尽きた。
「食料は人族領で用意するぅ~? 勇者にそこまでの実行力があるとはとても思えないな……」
ヴァルザーは用意された資料を見ながらつぶやく。
勇者という存在は確かに特別だ。だが、存在価値は魔王を倒す為の戦力であり、それ以上を人族が求めているとは
考えられない。少なくとも魔王を討伐せしめた後は、その強力な戦力が自分達にいつ牙を剥くかと頭にチラつく日々を過ごす事を考えれば暗殺一択だ。
魔王も倒せていない段階で、果たして人族がそこまで勇者に権限を与えるものか……?
「そういえば避難民の人数はどの程度の予定か聞いているか?」
土地が余っているとはいえ、人数によっては手が足りなくなる。
住居の用意はなんとか出来ても数万人の衣類まで用意出来るほど準備が出来ているわけもないのだ。
「我々が知らない部族の村まで含んでも……まぁ二万程度かと。今回の件は魔族領全域に重大な被害をもたらすと聞いておりますので、グリウス領だけでなく辺境にある魔王には全員話を持っていく予定とも言っておりました」
アンデスヘルの回答を聞きつつ、視線は傍らに横たわる死骸に向けられる。
先ほどアンデスヘルが指示していくつか実験を行った結果、この死骸に有効な攻撃を自分達は出来ない事が判明している。つまり、話が彼らが持ち込んだ話が本当であり、コレが数十万単位で各地に広がりを見せているとなれば肝が冷える程度の騒ぎでは収まらない。
「わかった。業腹だが奴らの話に乗ってやろう。どうやって各地の魔族をこの辺境に連れて来るのかも見物ではないかっ!」
正体不明の連中が直談判している時点で怪しさは満点だ。当然、危険はある。
しかし、あれだけの魔力を持つ魔王が自ら訪れ武力で従わせる訳でも無く卓に着いている。同様にアンデスヘルが本物と判断している伝説の武器エクスカリバーを所持する勇者も大人しくしている事からも、一先ず信じてみようと決断をくだした。
——ゾクンッ!
空気が一変した。まるで“異物”が突如混入したような圧……。
階下に、さらに別格の魔力を持つ者の気配が加わったのだ。
驚きおもわず席を立ったヴァルザーはアンデスヘルに慎重に問いかける。
「……何が起きた?」
「分かりません……。少なくとも戦闘音が無いと言う事はあの方たちの仲間ということでしょう」
どんな手段で突然魔王城に姿を現せるのか……。未知の手段を利用する訪問者の恐ろしさを再確認したヴァルザーとアンデスヘルは、彼らの気が変わらない内に全面的な協力をする為の準備に取り掛かった。
後ほど、闇精クーデルカが合流しただけと判明したのだが、それはそれとして精霊を仲間に引き入れている魔王イクダニムの底知れなさに、グリウス領の魔族達は更に震えあがるのであった。




