†第16章† -10話-[過去と未来の狭間で……]
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宗八が教練場に入った瞬間、視界の隅で元剣聖セプテマと拳聖エゥグーリアが激しく打ち合っていた。
その激しい模擬戦は見応えがあり、兵士たちは囲いを作って遠巻きに眺めていた。宗八はその後ろを抜けて勇者プルメリオのもとへ向かっていたが、ふと視界の端で奇妙な光景を目にした。見間違いかと思いながらも、剣を拳で弾き、拳を剣で払う二人の姿に思わず二度見してしまう。
「(あれ、エゥグーリア……? いつまでヴリドエンデに居るんだ。はよアーグエングリンに帰れよ)」
宗八の声が聞こえていた勇者PTも手を止め宗八の下へと歩み寄って来た。
勇者プルメリオを先頭に、騎士マクライン、魔法使いミリエステ、拳闘士クライヴ、そして新たにPTに参加させられた義賊プーカ=アルカトラズ=アレアルアを加えた、新生勇者パーティと合流する。
「水無月さん、いきなりどうしたんですか。一応、まだプーカとの連携を試している段階なので、もう一週間は様子を見るつもりだったんですけど……」
勇者プルメリオの視線が背後で身を縮ませているプーカに向けられる。
宗八もつられてプーカに視線を向けた。すると顔を上げたプーカが、まるで化け物でも見たかのような表情を浮かべ、そのまま顔を逸らしてしまった。……え?
その意外な反応に、無表情ながらショックを受けた様子の宗八。それを察したミリエステが、すかさずフォローを入れてくる。
「尊師、いえ……水無月様! プーカは、まだ成人にも届かぬ少女です! 闇精との契約が知られ、悪徳な宗教団体に騙されて都合よく利用されていたところを今回捕まえたのです!現実を受け止めきれず、今は人間不信に陥っているだけなのです……決して、決して!尊師を恐れているわけではないのですっ!」
理由は分かったけど、その熱意が怖いよミリエステ……。
「あと尊師は止めて……」
あまり時間を掛けていられないので狂信者の世話はマクラインに任せて、クライヴとプルメリオに事情を説明する事にした。
* * * * *
「——そんな状況になってるんですか!?」
「魔王が複数人いるとは、初めて知ったな……。魔族領に入る前にわかって本当に良かった。意味がないとは言わないが、知らなかったら慎重になりすぎて、かえって余計な時間ばかり掛かっていただろう……」
宗八からもたらされた情報に驚くプルメリオの隣で、クライヴはアスペラルダ陣営の諜報力に感心しながら、しみじみと呟いた。
「さっき魔族領から戻ってきて、アルシェと王子たちと話してきたところなんだ。冒険者はまだ投入出来ないから俺達【七精の門】と【勇者PT】で対処する必要がある」
説明を聞いたプルメリオは、それが超大規模のピンチであることをすぐに理解した。
だが、彼もまた修羅場をくぐってきた者だ。七精の門の強さも知っているからこそ、動じることなく受け止められた。
「わかりました!——と言っても、お膳立ては水無月さん達で立てるんですよね?」
そう言われると、純粋に勇者として頑張っている彼に申し訳が無くなってくる。
何でもかんでもこっちでお膳立てするのは良くないとは思っているし判っている。しかし、今回は逆に魔族領で勇者が動きやすく出来る絶好の機会でもある。ピンチでもありつつチャンスでもあるのだ。介入するのはこれが最後にするつもりでご協力いただくつもりなので何卒よろしくお願いしたい。
「今回はいろんな都合を考えると、メリオたちに協力してもらった方が結果的に……大魔王城までの旅路もスムーズになると思う。
……だから、本当に、悪いけど、頼むよ」
宗八の声音と表情から自分が無意識にどんな顔を浮かべていたのかを理解したプルメリオは、宗八の気持ちを嬉しく思い表情を柔らかくした。普段は表情から考えを読み取りづらい宗八。けれど、だからこそ、そのわずかな表情の変化が、彼の本気を物語っているように思えた。
「俺達に出来る協力はもちろんしますけど、もうすぐにでも動き出せるんですか?」
宗八の話を聞いて、勇者として断る理由が無いプルメリオは前向きに質問した。
しかし、宗八はその質問に首を振って否定する。
「いや、動いてもらう前に仲間の安全確保も並行して準備しなくちゃならないんだ……。エクス。お前の知識を貸して欲しい」
宗八の視線と一言で、全員の目が勇者プルメリオの腰──そこに収まった光精エクスへと集まった。
剣として静かに腰に収まっていた光精エクスが、その場の期待を受けて姿を変える。ひときわ眩い光を放ち、人型の姿となって宗八の前に顕現した。
『水無月宗八に頼られる時が来るとは思っていませんでした。私に何を聞きたいのです?』
「一応、俺達で出来る範囲で調べはしたけど、長く生きて来たエクスならもっと詳しい判断が出来るんじゃないかと思ってな……。ちょっと、場所を移動するから全員付いて来てくれ」
大勢が居る教練場ではとても感染経路不明の屍をインベントリから取り出す気にはなれず、宗八は勇者PTを伴って情報屋パメラの下へゲートを繋げた。
パメラの店は閉店しており、メンバー総出で占いを片っ端から行っている最中だった。七割の計算方法が互いの占い結果から出た統計値なのだから、魔族領各地の集落を占うのは大変だろう。
占いに集中して勇者PTが来訪した事にも気付かない彼女らを気遣って、宗八は店の隅にあるテーブルにインベントリから取り出した屍を乗せて光精エクスに視線を送る。
『これは……っ!。細部は異なりますが……確かに、記憶にある存在です……』
——エクスは、かつて“エクスカリバー”と呼ばれ、前勇者の剣として戦った光精霊。魔王を討ち倒した代償に力を失い、八百年の眠りについていた。……そんな彼女が、これを「知っている」と言ったのだ。
『世界の滅亡を願い、勇者が活躍する度に活発化していた……。【黄昏教団】の”終末の草……”』
禍津屍を見た光精エクスは一瞬だけ、瞳に恐怖が宿った。
しかしすぐに、語るべき役目を思い出したかのように、静かに口を開き続きを紡ぐ。
「終末の草?」
『世界が黄昏の下、滅びた美しき世界に存在出来る唯一の異形、と信じられてきた人であり……人ならざる存在です』
光精エクスの声には、かすかに祈るような、あるいは悔いるような響きがあった。
『かつて、黄昏教団は“死の美”を信仰していました。彼らにとって死は終わりではなく、理想郷への通行証。終末の草はその象徴。人の肉体と魂を苗床とし、死の先に咲く“理想の姿”だとされたのです』
ミリエステが震えた声で口を挟む。
「……つまり、死体に宿る“希望”……?」
光精エクスは、悲し気に首を振り”希望”を否定した。
『希望などではありません。彼らは世界の理を否定し、再定義しようとしたのです。だからこそ、勇者が光をもたらすたびに、彼らは闇を掘り起こし、終末の草を咲かせようとした』
エクスの瞳が、目の前の屍を見据える。かつて何度も見た、忌まわしき花。
『それが、終末の草。人の形を保ったまま、死の理想を体現した“教義の具現”です。理想を追う中で、多くの異形が実験によって産まれ落ちたとも聞いています』
静寂が落ちた。
あまりにも狂っていて、あまりにも理屈が通っていた。
『そして……この種は、根を断たなければ広がります。火で焼いても、砕いても、魔法で消しても、“理想”が次を生みます』
宗八は眉をひそめながら呟いた。
「……つまり、世界が“終末を望む”限り、こいつは終わらない……ってことか」
『いえ……少なくとも前魔王を討伐した時点で各国が総力を挙げ黄昏教団は壊滅しました。しかし、誰かが“滅びに意味を求めた”その瞬間、また咲いてしまった……』
曰く、『死をどれだけ高尚なものに出来るかの探求者』『”死”そのものに価値を見出した逸脱者の集団』『人間を素材に魔物を作り出していた常軌を逸した宗教団体』。当時の時代背景を考えると、死に物狂いで働いても山賊に奪われたり、パン一つの取り合いで人死にが出たりと、生活水準が低く文化的にも育っていない時期だからこそ台頭して来た異常者集団と言えた。
『その教団が根を張った村では、"死者が増えるほど村が豊かになる"と信じられ、本当に死人の数だけ金貨が配られた記録もあります。……異常な時代でした。当時、私は、そういう村の惨状を目にする度に……心が汚れた気がしました』
元の世界では、安全な生活を送っていた宗八とプルメリオからすれば身をつまされる思いだった。
自分達の世界ですら百年程度前ならば、近しい絶望をしている人々は居ただろう。それでも”魔法”が無かったからこそ実行には移らなかっただけの差異であり、現実には爆弾テロなどを起こしている。
「——ただ、これはエクスが知る”黄昏教団の終末の草”じゃあない。素材は人では無く魔族。瘴気によって心臓が禍津核に変容して、異常な再生能力と感染力を持つ屍となっている。厄介さは段違いだぞ」
宗八が見たのは異形とまではいかない魔族の姿を保ったままの存在ばかりだった。
その点から100%実験が成功する様になったとしても、この八百年の間に教団の影が一切感じ取れなかった事は明らかに異常事態で、実験を繰り返した末の大量出現というのはあり得ない。
ならば、どこから急に出現したのか……。それはパメラが看破していた。
「大魔王と、破滅は繋がっている……?」
騎士マクラインの呟きに、嫌な事実を突きつけられた宗八はジト目で非難する。
「そ、そういえばっ!大魔王の名前とか、分かっているんですかっ?」
宗八の視線に勇者プルメリオが意識を逸らす為に咄嗟に話題を振った。この時、流石に宗八といえど判明していないと勇者は考えての問いだったが……。
「オーティスだ。——大魔王オーティス」
『オーティス……? ——勇者オーティス?』
は? 急に光精エクスが意味の分からない事を言い始めた。
勇者といえば、八百年前に魔王を倒した人族を指す名詞だ。その勇者が、まるで時を越えて黄泉がえり、尚且つ大魔王を名乗っているかの様な小さな呟きをその場の全員の耳に届いた。突然現れ話し始めた宗八達を気にしない様に占いをしていたパメラ達までこちらに視線を向けている始末だ。
それだけの爆弾を光精エクスが放り込んだ結果、店内に沈黙の帳が降りる。
「なっ……っ!」
勇者プルメリオが反論の言葉を光精エクスに吐こうとしたが、彼女の表情を見て続きの言葉は宙に霧散した。
何を馬鹿な事を言っているんだ……。誰もがざわつく心に従い否定から入り、勇者プルメリオ同様に言葉にしようとしたが、やはり光精エクスの浮かべる、古き憧憬を思い出すと同時に深い悲しみと悔恨が同居する表情に言葉を失う。
禍津屍について確認したい事とは別に、勇者オーティスについても聞き取りをしなければならないだろう。
勇者PTやパメラ達が空気に飲まれ言葉を失うならば、その空気を壊すのも宗八の役目だ。
「八百年前の勇者の名前が”オーティス”なのか……?」
慎重に問いかける。状況だけでなく情報まで過多になって来た事に宗八の頭も沸騰しそうだ。
『……その通りです。勇者オーティス、剣聖ジークフリート、賢聖ティーゼル、拳聖ザフィリア、聖少女ミスティール。この五人に私、聖剣エクスと、闇精の魔鞘カリバー。この七人が今も伝承に残る八百年前に魔王を討伐した勇者PTです』
偶々だ。偶然だ。そんな言い訳の言葉が次々と浮かんでは嫌な予感が膨らんでいく。
宗八が調べた限りでは、前任の勇者の足取りは魔王討伐からほどなくしてプッツリと途切れているのだ。最後は物語にありがちな王女様を娶って王様になる事もなく、仲間の少女の故郷である、エムクリング山脈の麓にある村で結婚をしたところで彼の記録は終わっていた。
『当時の私は魔王討伐後の疲労で長い眠りにつきました。その私をユレイアルド神聖教国の大聖堂に納めた後の軌跡を私は知りません……。ですが……っ!
かつての希望を思い出すように、どこか遠くを見るような目をした直後。エクスの口から慟哭にも聞こえる叫びがこだました。
『私の記憶に残るオーティスは、誰よりも人を救い、誰よりも人を愛していました……っ!』
紡がなくとも光精エクスの意思は、皆に伝播している。
「先代勇者と現代大魔王の名前が一致する。それはどれだけの確率か……」
「……理屈じゃねぇけど、あのエクスの顔見て、軽々しく否定なんてできねぇわな……」
騎士マクラインの言葉に、拳闘士クライヴも同じ悲痛な気持ちで結論を下す。
そう、あり得ない。現代までの間に勇者PTの誰一人として伝承も、書物にも、名前が残されていないなどあり得ない。当然二人が言葉にした様に時代が違っても勇者と魔王の名前が一致するなど、チープが過ぎるくらいにあり得ない。
勇者と少女が結婚したという村は既に廃村となっており、今は何もない原っぱとなっている。
大冒険を終えた勇者たちに何かしらの事件があり、それを切っ掛けに魔王として台頭して来たにしても八百年後とは……気長すぎる。宗八が気にすべきは、破滅とはいえ、今回はその元・勇者疑惑のある大魔王オーティスに破滅の影が見え隠れしている以上首を突っ込まない訳にも行かなくなっている。
「——意外な共通点がある事は分かった。だが、今優先すべきは多くの魔族の命だ。先代勇者について悩むのは一旦後回しにして、今すべきことを成す!わかったかっ!?」
突然の宗八の宣言に視線が集まる。皆が力のない表情を浮かべていたが、いち早く動き出したのはやはり魔族のパトラだった。上げていた顔を戻すと占いの続きを始める。その様子を見た魔族娘三人の表情にも力が戻り同様に占いを再開した。
「……わかりました。でも、いつか必ず、真相を確かめさせてください。いまは……命を守る戦いをしましょう!」
「悩むなとは言わない。それでも、大魔王オーティスは動き始めているし破滅の影もあるんだ。想像よりも早い決着が必要かもしれないぞ……」
破滅に都合良く首尾が運べば世界樹が顕現する。
そうなると、宗八達はそちらの対処に追われ、勇者と魔王の事など構っていられなくなる。余計なファクターになり得るならば、いっそ早めに消えてくれた方が宗八にとっては都合が良かった。




