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特に呼ばれた記憶は無いが、異世界に来てサーセン。  作者: 黄玉八重
第16章 -勇者 VS 魔王-

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†第16章† -09話-[人は武器を振るい、範囲を広げ、仲間を増やす葦である]

 戻ってきたマリエルの手には、二体の屍が掴まれていた。

「必要ですよね?」

 分離した風精ニルチッイは、再び宗八に甘え始めており、今は彼の腕の中で抱きかかえられている。

 屍はどちらも心臓を破壊され、すでに事切れていた。

 だが、皮膜などが身体を覆ったままのため、素材としては十分に使える状態だった。

「あぁ、ありがとう。一匹……いや、一体は俺たちで使って、もう一体は魔族領で活用しよう」

 説得の材料は手に入った。

 とはいえ、状況を考えれば、すでに手遅れに近い。

 守る戦法よりも、逃げる戦法を優先すべきことは明白だった。

「クー、メリー。地図はできているな?」

『お父様用、人族領への提出用、勇者への説明用。とりあえず三枚確保いたしました』

 この短時間で、よくここまで仕上げてくれた。

 これでようやく、行動に移せる。


『お父様。失念しているようなのでお伝えいたしますが、感染経路はまだ未確定……なのですよね?』

「あ”……」

 闇精クーデルカが地図の説明を終えた直後、上目遣いで進言してきた内容に、宗八は気の抜けた声を漏らした。

 ——やっちまった。

 元の世界の知識が先行してしまっていたが、ここは異世界。

 粘膜感染なのか、空気感染なのか、それとも別の経路なのか――何一つ、判断できていない。

 このまま何も確認せず、アルカンシェの元へ戻るわけにはいかない。

 もしこの死体がゾンビ細菌を発するタイプだった場合、ここにいる全員がいずれ《禍津屍マガツカバネ》に変わってしまうかもしれない。

「《状態異常検査(ステータスチェック)》」

 宗八は、聖女クレシーダに教わった光魔法を、屍へと向けて発動した。


[状態異常:破滅の葦(ヴィネアヴァール)]


 ……うん、意味がわからないな。

 “破滅の将”って、全員が別世界の神族だったはずだし、この言葉もどこの世界の言語かさっぱりだ。

 とりあえず、「ヴィネア」は“破滅”で、「ヴァール」は“あし”——つまり“足”と掛けているのかもしれない。

 そう推理してみると、「考える破滅の足」……ってところか。

 武器を扱える程度の思考を保ったまま、人を殺し、感染させて仲間を増やしながら行動範囲を拡大していく。

 しかも、倒されても核さえ壊されなければ何度でも蘇る再生能力持ち。……エグいな、これは。

 念のため、自分自身にも[状態異常検査(ステータスチェック)]を使ってみたが、特に異常は見られなかった。

 その後、全員にも順番に魔法を使用して回ったが、幸運なことに、マリエルを含めて全員が“健常”と判定された。

 つまり、この死体だけを持ち出しても、禍津屍(マガツカバネ)が増えることはないということだ。

「《浄化(ピュリフィケーション)》」

 念には念を入れ、感染はしていなくても死体の表面に菌や魔素が付着している可能性を考慮し、浄化を施す。

 もちろん、死体だけでなく、その場にいた全員にも。

「よろしいかと存じます」

 メリーが、アルカンシェの元へ向かう許可を出した。

 隣の闇精クーデルカも、静かに頷いている。


「パメラ、この辺りの魔王と顔見知りだったりするか?」

「さすがに全員じゃないけど、長く生きてるからね。ただ、世代交代してるところもあるはずだし、繋げられるかは約束できないよ」

 宗八は小さくうなずいた。——それは仕方ない。

 少しでも魔族たちがこちらの話に耳を傾けてくれるよう、打てる手はすべて打つしかない。世界樹が顕現してしまえば、それこそ終わりだ。

 それにしても、宗八が心のどこかで楽しみにしていた「勇者・魔族領漫遊計画」は、ここで正式に頓挫が確定した。

 ……というか、大魔王オーティスの立ち位置って、今どうなってるんだ?

「とりあえず、動き出すにも順番がある。まずはうちで相談してから、魔族の避難先を手配して、勇者にも状況を伝える。

 パメラは、奴らが近くに潜んでいそうな集落に優先順位をつけて、占っておいてくれ。できるか?」

「七割ってこと、忘れないでくれるなら占っておくわ」

 三割の集落が落ちるのは——今は切り捨てるしかない。

 その犠牲を少しでも減らすために、これからの行動は何よりもスピードが大事だ。

 この事態に、大魔王オーティスがどこまで関わっているかはわからない。

 だが、仮に無関係だったとしても……今後の説得材料として、“すべての罪”を背負ってもらおう。


 * * * * *

「分かりました……と言いたいところですが、さすがに事態が動きすぎています。私たちとしては、もちろんすぐにでも動き出したい気持ちはあります。けれど、魔族の避難先を人族領に設けるというのは……正直、説得が難しいと思います」

 まだヴリドエンデ王国に残っていたアルカンシェに相談したところ、返ってきたのはこの答えだった。

 確かに、人間側から見ればどれほど魔族が危機に瀕していようと、助ける義理はない。一方で魔族側にしても、人間に借りを作るような避難は、受け入れ難いはずだ。

 それに、人族領への避難そのものが、そもそも“許容されない行為”なのだ。


「……ですが、だからといって放ってはおけません」

 そう言ったアルカンシェの隣には、ヴリドエンデ王国の王子たち。アルカイド王太子と、第二王子ラッセンの姿もあった。

 彼らもまた、同じ意見だった。

「宗八は異世界人だから、魔族に対して忌避感がないんだろうな。俺たちは最前線で防衛を担う国だから、特に魔族についての教育が厳しい。子供のころから“悪役”として教え込まれるし、大人になれば、魔族との小競り合いなんて日常茶飯事だ。……だから、余計に嫌いになる。他の国だって、魔族への印象は悪いはずだぞ」

「兄上の言う通りだ。おそらく、どの国も国民の信頼や、魔族が与える影響を懸念して、避難を受け入れることは難しいだろうよ。それは、あの優しいアスペラルダ国王ですら、簡単には首を縦に振れないほどの話のはずだ」

 宗八たちの状況を理解している三人がそう言うのなら、魔族の避難先はやはり魔族領内で手配せざるを得ない。

 せめて、禍津屍(マガツカバネ)の群れから離れた土地を支配する、協力的な魔王の存在を願うしかなかった。


「お兄さん、私たちにできるのは救援物資の用意くらいです。その件はお父様に伝えて、すぐに準備を進めます。だから——お兄さんは、魔族領の方で人死にを抑えてください」

 七精の門(エレメンツゲート)としての役割分担は、これまで通り。

 宗八が方針を決め、アルカンシェたち王族がその手配を担う形だ。だが、今回はそれだけでは追いつかない。圧倒的に人手が足りていない。

 遠方へ向かう足は、マリエルたちに任せてゲートを遠隔設置すればどうにかなる。

 そのままゲートを利用して避難を誘導できれば、一石二鳥だ。しかし——救出している間も、他の地域の危険は止まらない。本当なら、時間を稼ぐための“足止め要員”が欲しいところだった。


「さすがに、冒険者たちを投入するには時期尚早ですよ」

 ステータス自体は確かに上がっている。

 だが、彼らの武器は宗八たちと比べれば、何段階も格が落ちる。たとえば、白亜の剛撃(ホワイトクリティカル)の盟主シャンメリーが持つ魔弾。あの程度の攻撃力を、全員が安定して持っていない限り、クランどころかパーティ単位での投入すら危うい。

 特に、感染経路がいまだ判然としていない現状では、無理をさせるべきではない。

 もし核が生きている限り、呼気による空気感染や、粘膜感染の危険性は最大限の警戒が必要となる。それなのに、敵を確実に仕留める火力がなければ、数も減らせず、やがて誰かが感染してしまうだろう。


「試してみても良いか?」

 第二王子ラッセンが、剣を抜きながら問いかけてくる。

 持ち込んだ死体の身体には、心臓から全身へ黒い皮膜が伸びていた。その様子から判断して、防御力の面では“生前”と大差ないと見ていい。

「……やってみてくれ」

 宗八は短く答えた。

 ラッセンの手に握られた剣は、将軍に支給される高品質なものだ。冒険者や兵士と同じように鍛錬ダンジョンを潜り、実戦経験を積んできた彼ならば、試す資格はある。


「はああっ!」

 鋭い剣閃が走る。

 だが、振り抜いたラッセンの手に残っていた剣は、刃が半分の長さになっていた。その光景を見て、アルカイド王太子が小さく呟く。

「……ダメだな。やはり冒険者の導入は、アルカンシェ様が言う通り見送るしかない……」

 冒険者がダンジョンで手に入れる武器と、それほど格の違わない将軍用の武器でこの有様だ。

 ならば、兵士や低ランクの冒険者を送り出すのは、ただの無駄死にに等しい。そう理解しながらも、目の前の現実に対して誰もが言葉を失い始めていた。すでに全員を助けられないかもしれない——その結論が、静かに頭をもたげてくる。


 優先すべきは、世界樹の顕現を防ぐこと。

 “大を助け、小を捨てる”選択を取らざるを得ない。もし顕現してしまえば、《破滅ヴィネア》が全戦力を投入し、一気に決着をつけに来るだろう。

 宗八たち以外の戦力が整っていない今、それだけは避けなければならなかった。

「……うちのクランメンバーは皆、優秀です。

 時間稼ぎが必要なエリアなら、少数でも一日くらいは持たせられます」

 アルカンシェは、広げられた魔族領の地図に指を走らせ、感染拡大の進行を予想しながら、足止めが必要な集落をいくつかピックアップする。


「……結局、俺たちでなんとかするしかないか。じゃあ、そっちは救援物資の手配を頼む」

「あぁ、任せろ」

 アルカイド王太子が静かに頷いた。

「俺たちは、諜報侍女を何人か追加して、各地で足止めと避難を進める。……メリオも連れて行きたいんだが、今どこにいるかわかるか?」

 その問いに、第二王子ラッセンが答える。

「新しく仲間にした盗賊の訓練に付き合って、教練場にいるはずだぜ」

「わかった。物資の届け先が決まったら、また連絡する」

 短く告げて、宗八はその場を後にし、教練場へ向かった。


 一方その場に残ったアルカンシェと王子たちは、すぐに事のあらましを文書にまとめ、戻ってきた闇精クーデルカとメリーを使って各国へ伝令を飛ばした。

 水の国アスペラルダは魚の提供を、風の国フォレストトーレは野菜を。

 土の国アーグエングリンはテントなどの簡易拠点を、光の国ユレイアルド神聖教国はその他の不足物資を。

 そして火の国ヴリドエンデは、肉類の調達をそれぞれ担当することが、早急に決まり、即座に動き出す。


 ただし、救援物資の届け先が“魔族領”であるという事実は、一部の者にしか伝えられていない。

 物資の生産や調達を担うのは、一般の農民や冒険者たちだ。余計な情報を伝えれば、混乱や反発を招きかねない。彼らの心情を不用意に乱さぬよう、そして何より、事態を手遅れにしないためでもあった。

 兵士にすら知らせていないのは、どこから情報が漏れるかわからないためである。


 アルカンシェ達が再び持ち込まれた面倒事に忙しく動き出した頃、退室した宗八(そうはち)は教練場に辿り着いていた。

 人が集まっている区画の中心に目当ての勇者は居た。


「——おい、メリオ!魔王退治に出発するぞっ!」

いつもお読みいただきありがとうございます。

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