†第16章† -04話-[エムクリング山脈を越えて]
鍛錬ダンジョン修了式が終わり、無精との契約斡旋と精霊使い講習を仲間に任せた宗八は足早に火の国ヴリドエンデ王国を去り単身、土の国アーグエングリンの秘密の抜け道へとやって来ていた。
「お待ちしておりました。御屋形様」
宗八が目的地に辿り着くと、そこには一人の諜報侍女と一人男性が待ち構えていた。
「アナスタシア、お疲れ様。ジラフ殿もお付き合いありがとうございます」
「お久しぶりでございます。水無月様」
諜報侍女の正体は魔族のクォーターであるアナスタシア。そして、魔族領と繋がる裏道を知る人物としてアナスタシアの父親であるジラフが同行して居た。魔族特有の一角はアナスタシアの場合はとても小さく髪に隠れる程度であるのに対し、ジラフの角は根元から折れていて傍から見れば魔族とはとても思えない様相だ。
「ところでアナスタシア……。御屋形様ってなんだ?」
当然の疑問だ。今まで「水無月様」と呼んでいたのに急にそんな呼ばれ方すれば面を喰らってしまう。
「御屋形様は、今後貴族制度の調整をするに当たりまして一時的にアスペラルダ一等貴族になられました。新興貴族となりますがアルカンシェ様を正妻に迎える事が内々で確定している為、やがては王位に次ぐ権力を持つ貴族として家を盛り立てていただく予定との事です」
「また俺の知らない所で身分が上がってる……」
結婚については考えていたもののまだ先の話として宗八は気にしていなかったが、アルカンシェと国王夫妻が率先して貴族制度の見直しなど未来を見据えた政策をすでにまとめ始めていた。故にアスペラルダ国内の民草は噂程度で留まっているが貴族たちにとってはアルカンシェと宗八の婚姻は確定視されており、国が良くなるならと国民性のおかげもあり非常に協力的に内政改革が進められているらしい。
「まぁいいや。ジラフ殿、さっそく案内を頼む」
「かしこまりました」
秘密の抜け道についてはアナスタシアが諜報侍女隊に入隊した事で発覚した情報で、彼女の祖父と祖母はそれぞれ別の部族であったが愛し合った事でハーフの父親が生まれた。魔族はハーフをタブー視する傾向にあるとの事で人里から離れた土地で暮らしていた所に冒険者をしていたアナスタシアの母が行き倒れていた所を保護し、介抱するうちに愛し合う事となったらしい。
結果、祖父母はその土地に残り息子夫婦とお腹の中のアナスタシアは斡旋された亡命経路を通って最終的にアスペラルダに定住したとのことだ。
人の領域と魔族の領域を隔てているエムクリング山脈を越える正式な経路は山脈の麓に互いが建設した関所兼砦を通り抜けるしかないのだが、以前魔族がヴリドエンデ王国に忍び込んだ事件で廃坑道経路も発覚した。
そして、知る人ぞ知る秘匿された第三の亡命経路を今回は利用し魔族領の調査に乗り込むのだ。
「足元にはお気を付けください。辛うじて人が通れるルートがあるだけで道とは言えません。斡旋してくださった魔族の方も非常事態の為に把握しているだけで特段手入れなどもしていないと仰っていました」
ジラフの案内で森を抜け秘密の抜け道へ辿り着いた宗八の前にはほぼ崖と言って差し支えが無い急斜面が聳え立っていた。見た限りでは明らかに魔族領からの一方通行なのだろう。
宗八の見解をジラフに伝えた所、笑いながら肯定してくれた。
「ははは、流石は水無月様です。私達がこの崖を攻略する時は上から特別製のロープを垂らして降りてくるだけでした。ロープは斡旋屋が用意してくださった物で腐敗しやすい素材で編まれた物と言う事でした。放置していれば一か月程度で朽ちてしまうのだそうです」
「なるほど」
勇者が正々堂々と関所を越えて魔族領入りすればひと騒動が発生しその後の魔族領での活動がし辛くなる為、正規経路の利用は出来ないので秘密裏に潜入する必要があった。廃坑道経路は魔族も警戒しているはずなので、どうしてもこの亡命経路の事前確認が必要だったのだ。
「それでは私が上からロープを垂らしますので父をお願いいたします」
宗八単身ならば魔法で一気に上まで登るのは楽々可能な場面だったが、今回は一般人も含めたメンバーなのでどうしようかと思案していた所でアナスタシアが立候補して来たので任せる事にした。
「え? アナ、無理はいけないよ。水無月様にお任せした方が良い」
宗八からすれば諜報侍女隊ならばこの程度の絶壁を登るくらい屁でも無いだろう。しかし、父のジラフはアナスタシアの実力を知らず過小評価している様で慌てて止めに入った。
「ジラフ殿、大丈夫ですので見てて上げてください。アナスタシアがどれ程国に貢献しているのかを確認するには良い機会です」
「は、はぁ……。水無月様がそう言うのであれば……。でも、本当に気を付けるんだよ?」
アナスタシアから感謝の会釈が向けられたが気にしない様にと手を振り先へ行かせると、ほぼ絶壁成れど良く見れば超急勾配の崖を駆け上がっていく。諜報侍女隊は全員が闇精使いとなっているので足裏に出来た小さな影を制御して足場と成し、壁を走る。
その姿にジラフは唖然と口を開けたままに驚いていた。
「あのアナが……。凄いですね。私などより遥かに凄い……」
その様子に宗八は当然と返す。
「アスペラルダの特殊部隊の隊員ですよ? 一般人のジラフ殿と比べて凄くないと務まりませんので」
なんて雑談をしている間にアナスタシアは崖を登り切り、一旦ロープを伝って合流を果たした。
登った先は崖棚で再びジラフの案内で次にロープを垂らす場所へ移動しアナスタシアがロープを垂らし合流を繰り返す事11回。ようやっと絶壁の上に辿り着けた頃には数時間を要して時刻は夕方に差し掛かっていた。途中でジラフの体力が尽きたので宗八が背負って崖を登ることになったがそれが負担となって時間が掛かったわけではなかった。単純に山が高かった。流石は人族と魔族を隔てる山脈だ。
「フゥ……。私達がこの崖を降りる時は途中で一泊するほどに時間を掛けたものですが、流石は水無月様ですね」
辿り着いた山頂には明らかに人の手が入っていた。
ジラフが独り言ちながら何気なく座ったところは丸みを帯びた丁度良い座高の岩だし、この場所が外からは見えない様に藪がシェルターの様に植えられていた。見る限り、少なくとも年に1回は整備に誰かが訪れているのだろう。
「御屋形様、保存食まで常備されていました。あちらには湧き水も整備されています」
宗八が山頂隠れ家を観察している間にアナスタシアはジラフから事前に聞かされていた設備を確認を行い報告する。
人知れず勝手にこんな隠れ家を作られていた事は問題だが、事情があり亡命せざるを得ない魔族にとっては必要な経路なのだろう。
「とりあえず、今日はここまでです。ジラフ殿とアナスタシアは家に送りますので、下山は明日に回しましょう」
亡命経路を逆走する計画は当初の予定通りひとまず山頂まで進めたので宗八は帰宅宣言をした。本来ならば野営セットなどの大荷物を持ち込むだろう行軍なのだが、身軽な宗八達は[ゲート]でいつでもベッドが常設された自宅に戻る事が出来る。
その日は家族水入らずの時間を過ごさせ、翌日迎えに行き再度山頂隠れ家に宗八達は足を踏み入れた。
「下るだけなら文字通り飛び降りればいいんだけど……」
「そもそも御屋形様単身ならば私達の動向も必要ないと思うのですが……」
そりゃ便利な魔法もあるしね。ただ、今回の経路を通るのは勇者一行だ。
彼らは精霊と契約をしてはいても宗八達の様に逸脱した便利な魔法を持ちはしない。今回の様に地道に地面を駆け、崖を登り、野営をする。なので、事前確認に宗八もその道程を生で感じる必要性を感じていた。
「最近はこんな道のりに苦労する事も無いんだ。楽しませてくれよ」
冒険者としてまともに活動する前に精霊達に助けられる事で楽をして来て、更に自身も強くなったことで破滅を相手にする以外に苦労も減った。こういう機会を利用しないと冒険者っぽい事も出来ないのだ。
「水無月様、こちらから下れますよ」
さっそく自宅で英気を養ったジラフが宗八を案内し下山は始まった。
魔族領側は普通に山道が続いた。
記憶の彼方から目印や道順をジラフに思い出してもらいつつ、宗八も空に上がってどの方向に人里があるかも確認しつつ山を下りていく。当然、亡命者が通る事を前提にしている為、人が通る事を想定していない崩れやすい足場や鋭利な岩場を越える必要があったが、ジラフを庇いながらでも宗八達は順調に下山して行った。
「あ、森を抜けました。街道もありますよ」
先頭を歩いていたジラフが報告して来た。下山は方向さえ分かれば手段は問わなかったのでジラフを抱えてさっさと下りたのだ。
元気なまま下山しきったジラフが挽回せんと勾配が無くなってから率先して前を歩き誘導してくれたおかげで昼を迎える前に人里まで出る事に成功した。
「普通に牧歌的な田舎って感じだな……」
街道から遥か向こうに牧場が見えた。広大な畑も見える。
特に空気が淀んでいる訳でも無く、単純に空気に含まれる魔力濃度がほんの少し高いだけで人の姿はここまで変容するのか……。
「ここからどうしますか? 田舎とは言え角無しがうろつくには危険かと」
ジラフの懸念は当然だろう。自分やアナスタシアは折れていたり小さかったはするものの角はある。ただ、宗八は角無しの人間だ。
「どうしようかな……。強さに託けてこのままゴリ押しで行くのと、幻で角を作り出すか」
「魔法でどうにか出来るのであればそちらを選択くださいませ。無用な波風を立たせる必要は無いかと……」
冷静なアナスタシアの進言に宗八は素直に従った。
これから接触をする対象でもある亡命屋は、停戦中とはいえ魔族を人族領に逃がすという危険な事を斡旋している。それは少なくとも人族にある程度理解のある人物でなければ死地に送るだけの死の商人だ。その亡命屋には人間として接触するつもりだが、道中は魔族に擬態するに越したことは無い。
「《幻外装》」
宗八の身体から煙が噴き出す。
こういう時用に火精フラムキエと組み上げた魔法が発動して宗八が煙に塗れ、次に姿を現した時には立派な一本角が宗八の額から生えていた。勝手なイメージの格好良い角は実体を持つ幻にてそこに存在していた。
「おぉ……素晴らしい角ですね。魔力の練られ具合も魔王様に引けを取りませんよ」
「え?」
知り合いの魔族は目の前の二人だけだ。なので宗八が元の世界で知る魔族の角をイメージして生やした角を見たジラフが不穏な感想を口にした。
「……ジラフ殿は魔王を知っているのですか?」
「水無月様が仰られている魔王様がどちらの方かは存じませんが、私の部族が住んでいた土地を治めていた魔王様はそれはそれは立派な角をお持ちでした」
???。話が噛み合わない……?。
「もしかして魔王って何人も居るんですか?」
宗八の質問にキョトンとした表情でジラフは事も無げに答える。
「それはそうですよ。人族領だって王が複数人居て国を治めているではないですか」
な、なるほどぉおおおおおおお~~!そう言う事かぁ~~!魔王って一人だと思ってたわぁ~~!
魔王を討伐する為に勇者が召喚された訳だが、実際に戦争をしたがっている魔王を複数人存在する魔王の中から探し出す必要がある訳だ。いや、最悪の場合、勇者召喚の条件となっている魔王が全員を対象としているとすればメリオの奴、帰還条件満たせないぞ。
ジラフの話し振りからして彼が思い出している魔王は領民に慕われる魔王だったのだろう。
やはり、勇者が魔族領に入る前に下調べをする必要があると改めて思い直した宗八は情報収集の為にも亡命屋と接触すべく辺境の村へと向かい始めた。
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