†第16章† -01話-[鍛錬ダンジョン修了]
地の月74日目。元の世界で言えば十一月中旬。
ダンジョンの特性である各PTにインスタンスダンジョンが割り振られる事を利用して、兵士の鍛錬は一度に一万人を導入して行われたので開始二ケ月で各国の兵士は一様に平均ステータス五百を達成。続けて選定された冒険者にダンジョンが解放されたが、兵士達に比べて事情の認識が曖昧な事もあり積極性に欠けた為、目標達成までに三ヵ月を要した。
結果、約半年で鍛錬ダンジョンによる破滅対抗戦力を整える国策は完了したのだった。
「じゃあ行きますか」
「行きましょう」
宗八がアルカンシェに声を掛けると追随して二人は会場に姿を現した。
二人だけではない。続けて七精の門のメンバーが続々と二人を中心に広がって配置に着き、彼らの視線の先には多くの冒険者が自分達を見つめている姿が映る。
鍛錬ダンジョンを乗り越えた冒険者たちを集めて最後の説明を行う場所を提供してくれたのは火の国ヴリドエンデだ。
半年ほど前にも王族に向けた大々的な破滅の説明をする際にも利用された教練場を提供してもらえたので各国の冒険者をこの敷地限定で招待し、破滅についてと今後の戦闘参加についての説明をする場が整った訳だ。
「あれが彼らの盟主か……」
およそ一国を代表する五つ程のクランをギルドに選定してもらい鍛錬ダンジョンのサポートをさせてもらったのだが、それが五ヶ国分集まっておりそれぞれの集団が謎のクラン[七精の門]の盟主の正体を気にしていたのだ。
今回まともに姿を現した盟主:宗八と副盟主:アルカンシェの姿に各場所でザワツキが発生する。
「見た事も無い装備だが……些か派手だな……」
どこの集団もおおよそ同じ感想を抱いていた。何しろ、先頭を歩く宗八の背には[七精剣カレイドハイリア]が浮き、左腕は[青竜の蒼天籠手]、右腕は[白竜の星光籠手]、左脚に[緑竜の翠雷脚甲鎧]、そして身体に[黄竜の聖壁精鎧]を装備した姿で現れたのだから、カラフルな姿は誰の眼も戸惑わせるには十分だろう。唯一、竜精魔石を右脚装備に加工が間に合わなかったので火属性の赤だけが足りなかった。あと、黒竜が見つかっていないので闇属性の黒もか……。
今回は分かりやすく見せているが、普段は青竜の蒼天籠手以外の装備は外装でアスペラルダ護衛隊隊長正装で上書きして見せている。
鍛錬ダンジョン期間で装備が更新されたのは宗八だけではなく、ハイリアシリーズを取得出来ていなかった者達は木精ファウナとグランハイリアのクエストを攻略する事で力を認めてもらい制作してもらった。また、竜精魔石が出来た者からドラゴドワーフ族に加工の依頼をして鎧などの一部防具が一新されていた。
「皆さん、この度はお集まりいただきありがとうございます!鍛錬ダンジョンの運用の間、責任者を務めておりましたクラン七精の門の盟主、水無月宗八と申します。以後お見知りおきを!」
宗八の声が風魔法で増幅され全員の耳に不足なく届く。
「副盟主をしております、アルカンシェ=シヴァ=アスペラルダです」
続けてアルカンシェが挨拶すると、改めて王族が目の前に居るのだと理解した各クランの盟主やPTリーダーが仲間達をひとまず黙らせる。ザワツキが静まるにはそれほど間を要しなかった。
「改めて、皆さま。鍛錬ダンジョンの攻略お疲れ様でした。鍛錬ダンジョンを巡って頂いた理由に関しては盟主の方々には詳しい説明を行っていますが、それでも理解を得られたとは思っておりません。非現実的な説明を受けたところで真剣に受け止めるには至らず、多くの盟主の方は仲間が強くなれるならば……。そんな理由でご協力いただいたと私も理解しております」
見回しながら宗八は語り掛ける。その言葉を肯定する様に盟主を務める面々の表情は固い。
「ですので、各国の国王を含む上層部に公開した情報を皆様に直に共有する事でこの度の鍛錬ダンジョン攻略期間は終了したいと思います」
国王も含む上層部。つまり国の機密情報に触れるという事を理解した賢い者からザワツキは広がっていき、血の気の多い選ばれた冒険者が立ち上がり声を荒げる。
「おぉい!」
立ち上がったのはA級クラン[狂狼の猛り]の盟主レグルス=ウルフォディア。盟主が立ち上がったのを見て背後に整列していたクランメンバーも勢い良く続々と立ち上がった。
「いきなり現れて意味の分かンねぇ事をほざいてンじゃねぇぞっ!俺達は国からの指名としてギルドマスター直々に話を貰って依頼を受けたンだよっ!王族の威を借りてクランを立ち上げたF級が偉そうな口をきいてンじゃねぇっ!」
彼ら狂狼の猛りの盟主であるレグルスは火の国ヴリドエンデ貴族の四男である。
家族は誰も彼に期待せず、それに応えたレグルスは非行少年として成長した為言葉の荒い面が目立つが、義理人情に厚い性格に何故か育ち町のチンピラや落ちこぼれ冒険者に声を掛けて引っ張り上げた結果クランを立ち上げるに至った成り上がり系の典型人物だった。
ギルドの依頼も積極的に受けるし達成率も高い点は評価が高い。半面、所詮チンピラ上がりのクランなので依頼人に対しての言葉遣いが頻繁にクレームとして報告され最近ようやっとA級クランとして昇格する事が出来た苦労人たちだ。
そんな彼らは火の国ヴリドエンデ王国出身なだけあり強さ=価値なので宗八の様なF級が偉そうな態度を取る事に納得がいかないだろう、と選定時点からギルドから予測されていたので噛み付かれるのは予定通りである。
レグルスの言い様に隣のアルカンシェが眉をひそめるが我慢した。アルカンシェが黙っているのならと仲間達も我慢したが一瞬漏れ出た殺気は誤魔化せず会場に緊張感が走った。レグルスもその殺気には気付いたものの走り出した以上は止まれなかった。
「な、仲間からは慕われている様だがなっ!アンタが正体不明のF級冒険者って事実に違いはねぇンだ!盟主は指名依頼として話を聞いた時にある程度の説明を受けている。アンタの仲間は確かにめちゃくちゃ強えぇっ!それでも手が足らないから俺達を利用する為に強くしたンだろっ!国もギルドも協力するそのクランの盟主って言うなら俺と全力で戦って強さを証明してみろよっ!F級っ!!」
何だかんだ口は悪いが言っている事には納得がいった宗八はレグルスと視線を交わし頷いた。
「その通りだな。全力で君らを捻じ伏せて力を貸してもらおうか……。狂狼の猛り!全員降りて来い!」
ついつい口角のあがった宗八は乗りやすい塩梅の殺気を発する事で挑発した甲斐もあり、レグルスを先頭に全員が威勢良く観客席から降りて来る。向けられた殺気のおかげで熱に浮かされた狂狼の猛りとは対照的にその他の参加者は一人でA級クラン全員を相手取ると発言した宗八の言葉に震えた。例え盟主と言えど枠組みで言えば人間であり己の限界も認識したうえでA級冒険者を相手に五人でも苦しいというのにA級を複数人含む二十人以上を相手にするなど常軌を逸しているとしか思えなかった。
「——とはいえ、だ……」
無精アニマが無精霊纏を発動し、証として肩掛けマントを纏う。
宗八の声が会場内に異様に響くのは、指示もしていないのにマリエルが気を利かせて魔法を使っている様だ。
「——人を相手に全力を出す訳にはいかないからな……」
子供達が宗八に近寄り、水精アクアーリィから順番に属性混交し始めた。
一人、また一人と精霊纏いに参加するにつれて宗八のステータスが属性に応じた項目がどんどんと高まっていく。
「——撫でる程度で潰してやる。」
鍛錬ダンジョンで鍛えた冒険者たちのステータスは平均700~800程度に仕上がっていた。
それを軽く越え、最終的に宗八のステータスは元の約四倍。鍛錬ダンジョンの期間も時間を見つけて宗八達も未攻略のダンジョンを巡って各自のステータスの強化に努めていた結果……。各ステータスは4000を超えた。
宗八のジョブ、七精霊使いのジョブLev.はLev.9となりカンストも目前となっている。その裏打ちされた魔力制御力を持って意識的に漏れ出た魔力が空間にプレッシャーとなって教練場を包み込む。冒険者の中でも魔法使いや魔法に心得のある者が特に敏感に宗八が発する魔力の高さに顔面は蒼白となり恐れ戦き、魔法を使用しない前衛陣も触れたことのない異様な圧迫感に冷や汗が流れ顔色が悪くなる。
宗八の魔力の高まりに応じて七本のカレイドハイリア達も色めき立ち一際輝き強者を求めている様に映る中で舞台に自らの意思で上がった狂狼の猛りは、宗八の発する存在感に震えそうになる足を無理やり動かして恐怖と戦っていた。
先ほど観客席から見ていた時は、隣に立っていたアルカンシェや周りの仲間の方が明らかに存在感を発揮していた。
だというのに、今となっては今まで出会って来た人物の誰よりも存在感を発揮しており目が離せない。いや、離せば死ぬと本能がアラームを鳴らしっぱなしなのだ。当然、せっかく育てた人材を殺す意思は宗八にはない。だが、そう錯覚してしまう程に格が違った。
「いつでも掛かって来い」
静まり返った会場に宗八が開始のゴングを鳴らした。
普段行っている模擬戦もステータスが近しい仲間達で頻繁に行ってはいたものの色んなタイプの相手と戦う機会が少ない為、宗八としてはA級クランメンバーがどの様な戦い方をするのか興味深く、内心ワクワクしていた。
「う、うおおおおおおおおっ!行くぞっ!」
自分に気合いを入れる咆哮を上げたレグルスが一番に駆け出した。
勇気を出した盟主の背中を見た彼の仲間達も各々気合いを入れる咆哮を上げ後を追って駆け出す。
「オラァァァァァァァッ!」
レグルスの斬り掛かりに宗八は反応しない。代わりにカレイドハイリアの一振りが往なす。
続けて追いついた仲間達が次々と攻撃を加えるも残る六振りが同じ様に往なしていく。一人に対して攻撃出来る人数は限られるが、クランとして上手く連携を駆使して止まらずに動き続けて攻撃を加え続けているのに宗八自身は何もせずに立ったまま。
「アンタの武器が優秀なのはわかったぁ!使い手が動かずとも何も成果が出せて無ぇ俺が言える事じゃねぇが、そろそろアンタ自身の強さを見せてくれても良いンじゃねぇか!?」
「いいだろう」
レグルスの指示で一旦クランメンバーが下がったタイミングで投げかけられた言葉に宗八も了承する。六振りの剣はアルカンシェの元まで撤退したが、普段カレイドハイリアとして中心にある無属性の一振りは宗八の手に収まった。
準備完了と見たレグルスは再び先頭を切って斬り掛かるが……。——シャインッ!
斬り掛かった腕が一瞬で跳ね上げられる。視線を外した認識はないのに強力な力で跳ね上げた相手は、斬り掛かった瞬間とは別の構えをとっている。動いているのは宗八の肩掛けマントだけだ。信じられないレグルスは副盟主へ視線を送ったが彼も同様に驚愕の表情を浮かべていた。
観客席の面々も同様だった。通常、傍目から見れば高速戦闘は見やすくなるものだが、宗八の動作を一切見切る事ができなかった。
「速過ぎる……っ!」
「パリィした……の?」
地鬼の聖剣の盟主セルゴートと姪のトリエラには見えなかった。
「人の域を逸す過ぎているっ!そんな彼らが何に怯えているというのっ!?」
白亜の剛撃の盟主シャンメリーは狙撃手故に動体視力が自他共に評価が高かった。だというのに一切動き出しすら見えなかった宗八の動きに驚愕を禁じえず尚且つ彼らが敵対している対象に心胆寒からしめる。
美しい音色が連続で響く会場の中心で宗八は相変わらず無傷で会場を盛り下げる。ドッ!
「おぇっ!?」
集団に囲まれながらも盟主レグルスを見極めて拳で腹を打ち上空へと打ち上げる。
集団の中から急に飛び出したレグルスに全員が視線を釘付けとなる中で宗八はその後を追い脚力だけで飛び上がり宙で並ぶ。
「防御しろよ」
「くそったれ!がっ!」
——ドッ!
魔法で威力を上げているわけでは無くとも痛烈な脚撃で叩き落されたレグルスを弾丸として教練場の大地が砕け狂狼の猛りのメンバーがその衝撃に壁際に飛ばされ全身を強打していく。
「半数以上が落ちたか……」
大地に埋もれたレグルスの側に着地した宗八が見回した限り、戦闘意欲の残して立っている人数は残り六人。他のクランメンバーは全員意識を失って倒れているか意思が折られて座り込んでいるかのどちらかだ。
「よっと。まだやるか?」
穴の中からぐったりとしたレグルスを引き摺り出しながら残った狂狼の猛りを見回しながら問い掛ける。
立っている者の中に居た副盟主の男が構えを解き戦意を霧散させた事でこの戦闘は終わりを告げる。
短い時間の闘いだった。
しかし、会場に集まった鍛錬ダンジョン参加冒険者全員の魂に水無月宗八という存在が刻み込まれたのは間違いなかった。
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