閑話休題 -116話-[獣王国観光]
次回、ストーリー進行を再開します。
王城を出た宗八とサーニャは、ついでに獣王国クレオパルの城下町でデートに洒落込もうとフードを深く被り人混みに紛れた。サーニャに腕を差し出すと少し躊躇いながら恥ずかしそうに組んで来る。
「宗八さん、強気外交はあまり印象が良くありませんよ?」
サーニャの呼び方が水無月様から宗八さんに変わったのは最近の事だ。
獣人の王に対する先ほどの宗八の態度をサーニャが窘める。
「あれはエゥグーリアからのアドバイスに従ったんだよ。話の流れもほとんどアイツの予想通りだった」
「エゥグーリア様からのアドバイス……? それにしては的確でしたね?」
サーニャの脳裏に浮かぶエゥグーリアは戦闘好きの不器用な獣人だった。
「詳しくは言ってないよ? 大雑把な内容だったけど概ね予想通りだったってだけ」
城を出てから後を追って来る獣人の位置を把握しつつ雑談を続ける。
「あれはどうしますか?」
当然サーニャも察知していた。
建ち並ぶ露店街道を歩きながらよくわからない料理を見掛けて興味を持った宗八の足が向く。
「この街道を抜けたら呼び寄せて案内役にしようか」
「尾行している方が不憫ですね、ふふふ」
鉄板で焼かれているピンク色をしたタコ焼きの屋台の前にやって来た。
「へいらっしゃい!おや!人間のお客さんは珍しいねっ!コレ、どういう料理か分かるかい?」
甘い香りが鉄板から漂う。タコ焼きに近いとはいえおそらくデザートの類なのだろうと宗八は予想した。
「料理名は知らないがデザートだろ?」
「いやいや、主食の一つだよ。獣人は甘い食事が大好きなんだ!」
マジかよ。エゥグーリアとは何度か食事をしたけど、普通に濃い味の食事を好んでいたぞっ!?
獣人の知り合いが少ない事で異世界の常識をまたひとつ勉強させてもらった。
「うぅ~ん……なぁ店主。観光客にサービスで一つ食わしてくれないか? 美味しかったら土産としていくつか買うからさ」
見れば厚い葉っぱで組まれた皿に六つで売り出している。もし甘すぎて喰えたものじゃなければ後悔してしまうし食べ物を粗末にはしたくなかったので提案をしてみる。この世界で試食の文化は見かけたことは無い。
「買ってもらえる確証もねぇのに流石に無理な相談だよ」
ダメだった。
「なら、六つ入りじゃなくて二つ入りで売ってくれないか? 全部食べ切れるとは約束出来ないんだ」
「今度はこっちの良心が痛む提案だが、まぁこっちに損は無いし良いだろう。ほらよ」
隙間だらけの葉皿にピンク謎焼きが二つ乗って差し出されたので受け取る。やはり少し強めの甘い香りに不安感が増す。逆にサーニャは嬉しそうに楊枝でさっそく突き刺して口に運んでいる。
「………(もぐもぐ)」
サーニャが勝手に食べたんだ。「よし」と言ってないのに。このまま人身御供として感想をいただいてから覚悟を決めよう。
「……(もぐもぐもぐ)」
早く感想を言ってくれ。美味いのか?
「………美味しいですよ」
宗八の性格を読んで自分の反応を待っているのだと理解していたサーニャの回答は美味しいだった。ただし無表情だ。
いやらしい女だ。サーニャなりの嫌がらせなのだろう。
「えぇい!ままよ!」
「一応、俺達獣人の主食って事忘れないでくれよ? 君たちかなり失礼な態度だからな?」
パリッとした触感と熱が口の中に接触する。放り込んだ謎焼きを口内でひと舐めすると微かな甘みが甘味受容体に伝わる。
瞳を強く瞑ったまま歯を立て侵入させていくと甘い匂いが口から鼻へ抜けていく。おそらく生地に果物の汁を混ぜているのだろう。
そのまま噛み合わせて行くと中に包まれていた何かの実がクチュリと弾ける。感触的にはベリー系……っ!?
「お”ほ”っ!?」
宗八の口内に信じられない程の甘味が広がる。糖度いくつだ馬鹿野郎!後から聞いた話だとステビアジャムンというベリーが甘味爆発の正体だったらしい。
本能的に吐き出したいと考えて頬が膨らむ。
「ダメです!飲み込んで!」
サーニャが素早く宗八の口を手で覆った。アイアンクローかと思える万力で頬も潰される。
「っ!っ~~~!(モグモグ)」
そのまま飲み込んでしまおうと試したが受け付けなかった。
仕方なしに無我夢中で小さく刻む。刻んで…きざ……んで………うぅぅぅ。ウェッ!
「っ~~~んぐっ!はぁはぁはぁ!《ウォーターボウル!》」
口内を洗い流したくて謎焼きを飲み込みサーニャの手を引き剥がすとすぐさま水球を出して飲み干していく。しかし飲んでも飲んでも甘味が口内にこびり付いている。
「(サーニャ!お前こそ大丈夫なのか!?)」
「(大丈夫なわけないでしょ!貴方みたいに人前で水球を飲み干すなんて端ない真似が出来ますかっ!早く飲み物の屋台を探しますよ!)」
やっぱりサーニャもこの強烈な甘味を我慢していたらしい。意地悪な奴だな!
「すまない……。うぇっ……。これは人族には合わないらしいので甘くない飲み物の屋台を教えてくれないか?」
宗八の酷い有様に苦笑いを浮かべて店主も流石に申し訳ない気持ちになり素直に教えてくれる。
「くはは、今後は人族には注意をする様にするよ。甘くない飲み物はお茶しかないから向こうの羊獣人がやってる屋台に行きな」
これ以上言葉を発する自信がない宗八は店主に感謝を伝え、紹介された屋台に向けて早足で人垣を分け進んだ。
「ぷはぁ……っ!生き返りました……。店主、もう一杯ください」
サーニャが一気にお茶を飲み干し、追加注文もしている。
結局、紹介されたお茶はランダムフレーバーティーという名称の商品で、味は普通に美味しいのに柑橘系を中心に香り付けされたお茶だったのだ。更に商品名の通り、注文を受けた店主の気分で香り付けが行われるのでドリアンみたいな激臭が付かないかとヒヤヒヤする。
「わぁ!アモングだ!」
何の果物か知らんけど良い果物の香りに当たったらしい。異世界の固有名詞覚えられん。
「獣人の料理には十分注意する必要があるってわかったな……」
「アルカンシェ様とデートする際は本当に気を付けてくださいよ」
サーニャから注意喚起を受けている間に宗八も口内の甘味を忘れる事が出来たので、そろそろ観光案内役を呼び寄せようという事になった。
宗八は背後を振り返り人混みの中から尾行していた獣人の気配と魔力から位置の特定を行い、空間を置換して自分の腕をターゲットの背後に移動させ突き飛ばす。二人の視界の中で唐突にオーバーリアクションで踏鞴を踏む獣人が現れた。
ターゲットはリスの獣人だった。小柄な人物は慌てて人混みに再度紛れようと動いたので、宗八は再び腕を置換させ首根っこを掴むとそのまま自分達の位置までリス獣人を引き摺り出した。
「えっ!?何これっ!?」
気配を消して視界に映らないように気を付けていたのに急に突き飛ばされ、慌てた所で背後から首を掴まれ引っ張られたと思えば視界が一転し先ほど獣王に無礼な態度を取った人族二人が目の前に居た。
「お勤めご苦労さん。どうせなら一緒に行動して色々案内してくれないか?」
獣王からの指示は遠目に観察するに留めて、国を出れば報告するようにと派遣された隠密部隊に所属するリス獣人に宗八は優しく微笑み掛ける。その隣で気の毒そうな表情を浮かべたサーニャを見て諦める事にした。
「逃げませんのでお放し下さい」
小さい体躯のリス獣人は脱力して見た目通り中学男子みたいな声音で降参した為宗八も手を離した。
リス獣人が所属する集団は、仲間が捕まったのに焦った動きをすることなく獣王の指示に従って様子見に徹する。その様子に宗八は優秀だなと内心感心していた。
「君の事は詮索しないから大人しく色々と案内と解説を頼むよ」
「はぁ……かしこまりました。どちらへ案内希望でしょうか?」
リス獣人の案内で本格的な観光が始まった。
まず、人の口にも合う料理を提供している屋台巡りから開始したところ、獣人の料理は基本的に肉料理か果物しか無い事が判明する。肉料理は香辛料は殆ど使われておらず生で出される肉すらあった。更に香り付けもフルーティーな物が非常に多く、ランダムフレーバーティーで見掛けた香りが付いた焼いただけの肉!とかが多い。それでも甘すぎるよりは全然良いんだけど……。
そうなってくると素材のレアリティが重要となって来た。
「これはアーマードアルマジロの肉です。柔らかいけど歯ごたえが良いです。これはレイクアリゲーター。部位を選べば泥臭くは無いので美味しいです。こっちはテンタルクフロッグ。触手は食べられたものではありませんが、鶏肉に似ているので人気です」
串焼きの屋台で色々と解説をしながら片っ端から淡々と解説してくれるリス獣人の話を聞きながら食べやすそうな肉を選択する。
「おいちゃん、フロッグと鰐の尻尾肉を三本ずつ頂戴」
「あいよ」
報酬としてリス獣人にも肉を奢った。彼は小さい体躯の割に良く食べるようだ。
串焼き、肉まん、肉詰めパン、フルーツプリン、フルーツジュース、フルーツアイスなどなど屋台を巡った頃にそろそろ食堂に入りたいと思ったのでリス獣人へリクエストをしたところ……。
「食堂は無いですよ。大きめの職場や兵舎なら食堂が併設されている事も多くなってきてますけど、獣人国の食事は基本的に屋台で購入してその場で腹を満たすか持ち帰って家族で囲む事になります」
勉強になる。元の世界でもそういう食文化の国はあった気がする。
「じゃあ弁当とかもないのか?」
「弁当?」
宗八は簡単に説明する。
「これくらいの箱に主食とおかずを詰めて仕事に持って行ったりするんだけど」
「へぇ。人間の文化は面白いですね。自宅で料理を作るって事でしょう? 我々獣人は兄弟が多いので家で料理なんてやってられないんですよ」
確かに人数が多いと量が量だろうし、食材の買い物も大変だろう。大家族の番組なんて観ているだけで一つ一つの負担の桁が違った。
こういう食文化が獣人たちにとっては最適化されたものなのだろう。
ご当地グルメ観光にある程度満足した宗八とサーニャは、そろそろ撤収することにした。
「名も知らぬ獣人よ、色々助かったよ」
「名も知らぬ人族の方、食事を恵んでくださりありがとうございました」
別れ際のリス獣人は宗八の言葉をもじって感謝の返事をする。ただし表情は早く解放してくれと訴えていた。
それに腹部もパンパンに膨らんでいて、途中で帯を緩めた事も知っているのでなんだかんだで親しみが宗八の中で産まれていた。
「それでは」
後腐れ無くさっさと踵を返して帰路に就くリス獣人は、ゆっくりした足取りで人混みの中に消えていった。
「お腹辛そうでしたね」
サーニャも気付いていたらしい。平均的な人族から見ても小さい身体で同程度の食事を奢られたのだ。そりゃキツイだろう。
「土産も買ったし俺達も帰るか……」
「アルカンシェ様が喜んでくださるか不安だわ……」
売られていた工芸品もセンスが違い過ぎて理解出来なかったので、結局購入したのはカカオの実や宝石の原石くらいだ。
加工前なので安く買えたけど……、まぁなんとかなるだろう。
アスペラルダに帰宅するとサーニャはさっそく女性陣に連れていかれ、宗八はお土産を侍女のメリーに渡して国王ギュンターへ報告する為に謁見の間へ歩を進めるのであった。
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