閑話休題 -112話-[鍛錬ダンジョンユレイアルド視点]
ノルキアとディテウスがクラン[地鬼の聖剣]の面々と模擬戦をしている頃。
遠い地、ユレイアルド神聖教国でも同じように[七精の門]のメンバーであるフランザとアネスも称号取得を完了した冒険者と模擬戦を行っていた。相手はユレイアルドを中心に活動しているS級クラン[白亜の剛撃]。
「これはっ!? 見るのと対峙するのでは別物ね……」
現在アネスが相手をしているのは、クランの盟主でありS級冒険者として活躍する弓使いのシャンメリー=ハミルトン。高身長の恵まれた体躯で大弓を不自由なく扱い駆け回る姿は十分に映えて人気がある冒険者だ。
遠距離では敵なしと周囲から評価され自身ですらその通りと思うほどに卓越した射撃技術に嘘偽りはない。更にシャンメリーが装備する大弓も迷宮ダンジョンから入手したアーティファクトだ。魔導武器と呼ばれる特殊武器にカテゴライズされる武器で、魔弾の射手という権能を持つ。
その視認出来ない魔力矢をアネスが初級魔法の[ホーリーレイ]だけで相殺していく。
「お褒め頂き光栄です」
楽しそうな表情を浮かべながら全力で矢を連射するシャンメリーの実矢も手に持つ[パニッシュハイリア]で綺麗に弾いて全て処理しながら前進するアネスに白亜の竜牙の面々の顔が引き攣る。
そもそも数日前に自己紹介した時はフランザもアネスも魔法使いと職業紹介していた。というのにフランザは大槍[ブリガンディハイリア]を、アネスは錫杖を手に鍛錬ダンジョン突破者を待ち構えていた。前衛の様に駆けまわることは無いが魔法使いとは思えない技術で攻撃を往なし前進を続け、例え剣士が相手でも下がる事無く危な気ない槍捌きと杖捌きで攻撃が当たらなかった。
「くぅーーーっ!ダメだったっ!」
結局五十秒が経った時点でアネスが駆け出し肉薄したと思った瞬間にはシャンメリーは地面に倒され杖が首に添えられていた。
五体投地で地面で悔しがるシャンメリーにアネスは背を向けフランザの下へ歩き出すとクランメンバーがシャンメリーに駆け寄る。
「惜しかったです!1分戦ではなく普通の模擬戦ならシャンメリーさんが勝ってました!」
まだ若い冒険者が慰めの言葉を口にした。しかし、その言葉にシャンメリーは声を荒げる。
「はぁ!? どこに目を付けているのです!完敗でしょう!?接近される前に撃ち落とすのが弓使いに必須の戦法だというのに接近戦に持ち込まれて一気に崩された。近接戦闘も覚えがあるとはいえ一瞬で最後の距離を詰められて……完敗以外の何だと!?」
その気迫に顔面が蒼白になった冒険者は一礼すると仲間の背後に隠れる様に下がる。
今度は様子を見ていたサブリーダーの男、レイド=ガングールが声を掛ける。
「お前まで勝てないとはな。まぁ予想はしていたけど」
「レイドはうるさい。ねぇ!再戦は可能なんだっけ?」
一喝して仲間を黙らせたシャンメリーは離れた所で成り行きを見守っていたフランザとアネスに問いかける。
「連戦でなければ満足いくまで再戦は可能ですが、あくまでステータスに慣らす為の模擬戦という事をお忘れなく!」
フランザの返答を聞いたシャンメリーは先ほど負けた仲間達を急かし更に二度の再戦を果たした。二度目はフランザ。魔弾の射手を放つシャンメリーに対し槍の一突きで相殺された時の表情は見物だった。
「今のは戦技か?」
「《水華蒼天突き》という魔法剣の一種です。戦技の様に集中力は消費しません」
三度目はレイドとのタッグ戦を希望したのでフランザ達も前衛と後衛に分かれて相手をする事となった。
「アネスはどうする?」
アルカンシェに教導された事で近接も遠距離もかなり鍛えられていたフランザとしてはどちらでも構わないと思っていた。逆にアネスは教導期間も1年に満たない為、近接戦闘に苦手意識を感じているのを知っていた。ただ、苦手意識があるだけでA級の前衛相手でも勇戦出来るくらいには鍛えられている。
「うぅ……私が前衛するわ……」
年上ながら可愛らしい反応を返すアネスにフランザは微笑みを浮かべた後にシャンメリー達に顔を向けた。
「タッグ戦はルールを追加しましょう。後衛の私は魔法使いとして立ち回ります。逆に前衛のアネスは魔法を禁止します。如何でしょうか?」
「君たちばかり縛る事になるけど……まぁそれだけ差があるって事でその提案を受けさせてもらおうか」
一瞬シャンメリーの表情を伺ったレイドだが、彼女も納得していると判断し了承する。
互いが開始位置に着く。合図は誰がするのだろうと白亜の剛撃のメンバーが疑問を浮かべていた所に突如現れた漆黒のメイド服を着る人物に驚きのリアクションを取る。
「おわっ!」「いつの間に!?」「誰!?」
そんな面々にカーテシーで「諜報侍女隊のナルシア=フローネルと申します」と名乗ると向き直って開始を合図を発する。
「始めっ!」
合図と共に駆け出したのは前衛を務めるレイドとアネスだ。
アネスは魔法禁止なのでレイドの方が素早い機動で立ち回る中、後衛のシャンメリーとフランザは互いに矢と魔法で前衛のサポートと後衛の牽制を開始した。
「【複数精密射撃!】」
五指の間に番えられた四本の矢が同時に放たれたにも関わらずそれぞれがシャンメリーが狙う箇所へと過たずに向かう。うち二本がフランザの牽制に。うち三本がアネスの進路を妨害する目的で射られた。
「《氷結覇弾!》」
自身を狙う二本の矢の射線を見切って軽く身体を捻って交わしつつアネスの行動を阻害せんと放たれた三本の矢をフランザの氷の飛礫が空から降り注き粉砕する。続いてフランザの詠唱でアネスのサポートは入った。
「《アイシクルエッジ》」
フランザの足元から氷が走り大地を凍てつかせていく。ただし、アネスの進路上の氷に関しては針の穴に糸を通すような繊細な魔法制御によってアネスの踏み出しに合わせて氷が解ける仕様になっていた。アネスの速度を追い越した凍てつきはレイドに迫る。
「【魔弾の射手!】」
今度はレイドの進行を邪魔する為に地面に張る氷を魔弾の射手が発する衝撃波を持って地面を砕きレイドに新たな道筋を確保した。
一方、レイドは氷が砕かれた地面を改めて走り始めていた。
戦闘開始と同時にアネスが武器を手放した瞬間を目撃したレイドは警戒心を上げたが、新たな武器を取り出すわけでもなくアネスは駆け出す。更に手放した錫杖が宙に浮いてアネスを追従し始めた段階で「武器ですら非常識なのか……」と表情を硬くした。
「はああああああっ!」
「やああああああっ!」
ついに接敵した前衛二名の武器が甲高い激突音を鳴らして交差する。両手を交互に動かして高い攻撃速度が売りのレイドだが、何度か模擬戦をした結果、フランザにもアネスにも通用しなかったので二刀流で同時に斬り込むことでパワーを上げる戦法に切り替えた。
レイドの身長が170㎝に対しアネスは150㎝の小柄な体系だ。傍から見れば打ち合えるわけもないのだが、ステータスの恩恵により全力で攻撃を繰り返すレイドに対しても余裕を持って対処出来ていた。
「ここ、ですっ!」
「ぐあっ!」
両剣の同時攻撃でも十分に剣速が乗った連撃を捌いていたアネスが一瞬の隙をついてレイドの脇を強打して吹き飛ばす。威力の高さに肺から空気が押し出され口から洩れたレイドは、冷静に中空で戦況を確認する。アネスは壁役を排除した事でちくちく援護して射撃を挟んでいたシャンメリーに向かって走り始めていた。フランザはシャンメリーに意識の大部分を向けているものの視界の隅でレイドを捉えている様子を確認したレイドは戦線を離れてしまった事を利用して着地と同時にフランザの視界から逃れる為に遠回りでフランザに駆け出した。
「流石はA級冒険者。対人戦に慣れているわね……」
フランザはアネスの支援をしつつレイドの戦況眼に感心しながら内心舌打ちをする。ただ、良くも悪くも自分達のクランは盟主の方針で普通の冒険者とは一線を画す質の訓練とダンジョンアタックをする傾向にあり、視界から外れた対象を気配で補足する程度は造作も無かった。視界外を走って隙を伺うレイドの位置は最初の[アイシクルエッジ]を発動した際の余波冷気の流れから手に取る様にわかる。
「マジかよ……。意識が外れないぞ。どうなってやがんだこのクランっ!」
視線を向けられていないにも関わらず視線を感じる。フランザから向けられる意識がどれだけ動き回っても外せない事に愚痴も零れる。
そして意識を向けられ位置を把握されているというのに魔法が飛んで来ない時点で手も抜かれている事を見抜き歯噛みした。
「いいのですか? レイドさんを止めてしまって」
一方、アネスはシャンメリーに接敵して攻撃を開始していた。
数度の模擬戦からギリギリ避けられる鋭さで振られた錫杖がシャランと鳴り空を切る。続けて人体の急所である第一ラインの眼、喉、心臓、腹に突きを繰り出しつつ第二ラインの耳、首、脇、太腿に横降りで狙い杖を振るう。
「流石にレイドでも歯が立たない相手に私程度が応戦出来るはずもないけどねっ!時間を稼ぐくらいは出来るっ!」
S級までの経験から学んだ体捌きで次々迫る錫杖を避け、時には弓で防御する。しかし、笑みを浮かべながらアネスに応えるシャンメリーは必死だった。全力で動き続けているというのに運動が苦手であるはずの魔法使いが遅れず付いてくるだけでなく、全ての攻撃が全力で対処しなければいけないと錯覚しそうな程に濃密な殺意によって、いずれも致命の一撃の様な感覚に陥りいつも以上に冴えた体捌きでアネスの錫杖を躱す。
「小さな巨人か……っ!あっぶないっ!」
「巨人だなんて……酷いですぅ」
アネスは頬を膨らませながらシャンメリーの身体能力を超える一撃をついつい振るってしまう。ぶんっ!とシャンメリーの頬に一筋の傷が走り血が伝う。シャンメリーとしては高ランクダンジョン最奥に出現するボスの巨人と一対一で対峙している気分だったので誉め言葉だったのだが小柄なアネスとしては褒められた気にはならなかった。
結局、タッグ戦は五十秒が経った時点でアネスの猛攻が始まりシャンメリーを制圧。後方のレイドも最後までフランザの隙が見つけられずに特攻を仕掛けた折に凍り漬けにされて終了となった。開始を宣言したナルシアが終了の宣言をすると再び姿を消した。
その試合結果よりも浮遊精霊の鎧を越えるダメージを叩き出したアネスに白亜の剛撃の面々は興味を抱いていた。
「シャンメリーさんの防具は高位ダンジョンで手に入れた最上級品だぞ? その防御力を越える攻撃力を杖が持っている?」
「はぁ? そんなわけ……。はぁ?」
「それにあの武器途中で浮いて追従までしていたわよ。噂に聞く生きた武器って奴じゃないの?」
「F級冒険者が盟主のクランが何でそんな伝説武器を持ってるんだよ」
概ねの評価が正体不明の冒険者集団[七精の門]はヤバイという意見で収束する。
「その武器はどこで手に入れた物なの? アネスの錫杖もフランザの大槍も同じ様な白い木目の意匠にそれぞれ違う色の線が走っていてとても素敵よね」
気になる代表としてシャンメリーが問うた。これにフランザが答える。
「うぅ~ん……。これはうちの盟主が主導して配布している物なので、どこまで話していいのかちょっと判断出来かねますね……。無遠慮な言い方になりますが盟主次第、ですね」
「そうなんですね……、わかりました。今後実際に顔を合わせる機会もあるでしょうし、その際に盟主同士で話させてもらうわ」
「はい、よろしくおねがいします」
十分にステータスの慣らしを終えたクラン[白亜の剛撃]はすっきりとした表情で次の鍛錬ダンジョンがある町へと移動した。
「フランザ。絶対にこの武器はうち以外には渡さないと思うわよ?」
「わかってるわ。普通の冒険者にはオーバースペックだし、何より精霊使いとしてそれなりでなければ宗八は認めないでしょうね。その辺を私達が伝えても盟主に話を付けると言い出す輩は言うのだから丸投げでいいでしょう」
フランザの言い方に呆れるアネスだが、それもそうかと納得して次の称号獲得者を待つ仕事に戻るのであった。
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