閑話休題 -111話-[ステータス強化の慣らし相手]
鍛錬ダンジョンの解放は、まず試験者として国軍の将軍や兵士を投入した。
彼らは国が管理をしているので情報漏洩は契約で縛る事が出来るので優先したわけだが、単身戦闘力や少数戦闘力を鑑みれば冒険者の鍛錬ダンジョン入りは確実に必要であったにも拘らずまず国軍からとなった理由としては、やはり人格者が求められたからだ。
無用に恐怖感や焦燥感を与える為に扇動する様な輩に事情を説明して戦力増強をさせるなど愚の骨頂。変な混乱を起こされて事態に対処する戦力を整えられなくなれば目も当てられないので慎重に慎重を期して冒険者の選定は行われた。
その厳しい選定をクリアした冒険者。S級クランを率いるS級冒険者のセルゴート=プレイシスはギルドからの呼び出しに応え【破滅】に関する情報を開示された。国はすでに動いており冒険者には遊撃として戦力が期待されている事などの説明を受けたセルゴートは鍛錬ダンジョンへの入ダンを決意し、自らが率いるクラン[地鬼の聖剣]に開示された一部を説明した上で鍛錬ダンジョンが解放されている町へとやって来ていた。
「伯父貴!やっと見えて来たよ!」
ガタゴトと揺れる馬車の荷台から顔を出した十代の少女が四十代のセルゴートに嬉しそうに声を掛ける。不慮の事故で亡くなった弟夫婦の忘れ形見である少女を引き取ったは良いが既にクランリーダーとしての立場があったセルゴートは止む無くPTの仲間と共に彼女の世話をして共に過ごした結果。家族と呼ぶまで親しくなった仲間達と同じ戦場を選んでしまった。
昔の思い出を夢に見ながら浅く眠っていたセルゴートは少女の声に頭を上げる。
「トリエラ、予定通りだから静かにしてろ。毎回初めて訪れる度にはしゃぐんじゃねぇよ……」
「ぶぅー」
頬を膨らませて不満げな声をあげる少女を無視しつつ同じ様に荷台から顔を出してこれから訪れる街を眺める。
宿はギルドが用意してくれていると聞いており、ダンジョンには明日から潜る事に成るだろう。今回の鍛錬ダンジョンの解放には国が関わっているらしく、ギルドが多くの冒険者相手に伝えていた異常事態ではなく人為的にダンジョンを設定したという話を聞いた際には豊富な経験をして来たセルゴートを持ってしても驚きの一言だった。
そして、その中心となっているのはF級冒険者水無月宗八が率いる[七精の門]が関わっているとも説明された。聴いた覚えのないクランだ。そもそもF級の冒険者とはギルドに登録をしたのに何も依頼を受けていない事を指している。そんな奴がクランを立ち上げるなどどこかの後ろ盾を得たとしか思えない。
あの町には七精の門のリーダー、もしくはメンバーが待機していると聞いているのでどんな集団なのか見極めてやろうとセルゴートは考えていた。
* * * * *
宿に泊まって翌日。
セルゴート率いる[地鬼の聖剣]のメンバーは万全の状態でダンジョンの前にやって来た。そこに二人の男が立っていた。一人は三十代前半、もう一人は二十代前半の男だった。
「地鬼の聖剣の方々でしょうか?」
ダンジョン前で待ち構えていたノルキアが先頭を歩いていたセルゴートに話しかけてきた。
「あぁ、俺達がギルドから推薦されたクラン[地鬼の聖剣]だ。俺は盟主を務めるセルゴート=プレイシスだ」
「失礼しました。私は[七精の門]のノルキア=ティターン=ハンバネス。B級冒険者です。S級のプレイシスさんにお会い出来て光栄です」
「同じく、ディテウス=マレマール。D級冒険者です」
先に名乗りを挙げてくれたことに感謝しながらノルキアとディテウスは挨拶を交わす。
その挨拶に含まれていた冒険者ランクを聞いてセルゴートは疑問を浮かべた。ギルドで受けた説明では[七精の門]のメンバーは誰もが凄腕と聞いていたからだ。B級はともかくD級で凄腕と伝えられた理由が気になったのだ。
「少し話せるだろうか?」
セルゴートがノルキアに尋ねると向けられた視線から二人で話したいのだと理解を示し頷きで返す。
「ディテウス、先にクランメンバーの皆さんにタイムアタックの事を伝えておいていただけますか?」
「わかりました」
セルゴートに付いて行き少し離れた所で話し始めたノルキアから視線を外すとディテウスは[地鬼の聖剣]の面々を見回しながら説明を始めた。
「ギルドもしくはプレイシスさんから聞いているかもしれませんが皆さんにはこのダンジョンでタイムアタックを行っていただく予定になります」
まず目的を伝えるとセルゴートの隣に立っていた少女。トリエラ=バーンライトがディテウスに質問した。
「詳しい理由は聞いていないの。態々リーダーの伯父貴まで呼び出した意味がわからないわ」
トリエラを含めてメンバーには説明していないのだと理解してディテウスは言葉を選び口を開く。
「現在このダンジョンは特殊な状態となっています。最大二名まで、固定マップ、モンスターも固定、宝箱なし。皆様には全滅のタイムアタックを行っていただき討伐系称号を得てもらう事が目的となっています。一日に何週していただいても構いませんし数日掛けてでも良いですが、およそ三十回は周回していただく必要があります。それには当然リーダーであるプレイシスさんも対象となっています」
「ふぅ~ん。まぁ伯父貴が仲間に指示を出して自分も来ている時点で納得した話なんでしょうね」
ディテウスの説明に対するトリエラの反応は場を繋ぐための質問だったのか既に納得済みの様な反応だった。
その様子に気付いていたディテウスは説明を続ける。
「俺達は目的を達して称号を得た後に皆さんの相手を務める為に控えています。1分間の模擬戦ですので全力で動いていただいて構いません」
その説明には不満を覚え異議を唱えるメンバーが現れる。
「舐めてんのか?」
「俺達は個人でもB~A級の冒険者だぞ。D級の君では全力だと相手にもならないと思うのだが?」
「見た所前衛なのでしょう? 魔法使いとはどのように模擬戦をするつもりなのです?」
この反応は事前に発生するだろうと宗八に言い含まれていたので足が竦むことは無かった。そもそも冒険者ランクは強さの指標の一つであって、それのみで判断が出来ないことは自分達のクランリーダーでよくわかっている。何より語気を強めた目の前の冒険者には恐れるほどの覇気が無かったのだ。
「前衛も後衛も出来ますのでご心配には及びません。我々は少し特殊な立場にありますので冒険者ランクは当てにしない事をお勧めします。そういうイベントとでも考えてください。俺が怪我をしてもそれは覚悟の上なので皆様は自分が持てる全てを1分に賭けてくだされば結構です」
ディテウスの言葉には嘘偽りも自分達を侮っての感情は込められていない事を察した冒険者たちは気持ちを静める。
逆に歳が近いトリエラはディテウスの淡々とした説明に面白くないと感じていた。
「待たせたな。じゃあ、今日は様子見を含めて目標は十周ってところにしとくか」
戻って来たセルゴートは仲間達に指示を出しながら二人組を組ませていく。その様子を見ながら同じく戻って来たノルキアにディテウスは問い掛ける。
「どんな話だったんですか?」
「大したことじゃなかった。俺達がどうやって国と関係を持つに至ったのかと確認されたからアルカンシェ様の名前を出しただけです。クラン名も宗八の名前も隠蔽して来ましたが、アルカンシェ様の記事は情報収集していれば誰だって何を成した人か知っていますからね」
ディテウスは呆れた顔を浮かべた。
またアルカンシェの影に隠れて行動している隠蔽体質の師匠に溜息を吐く。ここまで話が大きくなったのであればいずれ水無月宗八に皆が辿り着くだろうに何故未だに名を出さない様にしているのか……。そのディテウスの不満顔にノルキアは同意をしつつ笑いながら語る。
「宗八の隠れる術は癖になっているでしょうね。それに俺達もそれに慣れてしまっている節もあるから」
それもそうか、と納得したディテウスはノルキアと共にダンジョンに入っていく[地鬼の聖剣]を見送り、次の冒険者が訪れるまで再び待機を続けるのであった。
* * * * *
その日の夕方に偶々[地鬼の聖剣]のメンバーは兵士や将軍達と全力戦闘をするディテウスの姿を見掛けたので観戦していく事にした。
「自分からは攻めるつもりがないのかな?」
トリエラが前衛を務める大剣使いの男に問う。
「称号で上がったステータスと身体の感覚を合わせる為の模擬戦なんだろうな」
大剣使いの男から視線を戻したトリエラは、今度は戦っている相手を見て強さを計る。
「あれが全力ならC級くらいかな……?」
呟きくらいの言葉だったが隣で聞いていた槍使いの女性が反応した。
「そうね。後先考えずに攻めている様に見えるからすぐにスタミナが尽きちゃうかもね。あの動きならC級が精々でしょ」
そう、C級なのだ。冒険者ランクを上げるには規定数の依頼を受けて昇級資格を受ける為に一定の強さを持つ魔物を倒す必要がある。これはPTでも構わないが更に昇級試験では個人で指定された魔物の討伐が求められる。だからランク=強さの指標となる。
しかし、C級と同等の動きをする兵士を相手にディテウスは余裕を持って捌き避けている様に見える。D級であるはずなのに。冒険者をしていれば確かに一定の生活費を稼げれば良いと昇給を諦める者も居るのだが、上位ランクの依頼には高い報酬が約束されているのであの強さでD級に留まる理由がトリエラには理解できなかった。
「あっ!」
ちょうど模擬戦で五十秒が経った瞬間にディテウスの動きが完全に別物となり一瞬で兵士を圧倒して首に武器を添えて模擬戦は終了してしまう。
「最後の動き、見えた?」
誰とは問わず確認すると、拳闘士の男が答えた。
「見えたには見えたが……ありゃA級に匹敵するぞ。絶対D級は嘘だろ」
ディテウスは見慣れない短槍を両手に持って戦っていたのだが、最後はいつの間にか短槍同士が合体して双刃剣となり兵士の武器を空に巻き上げると首に刃を添えていた。それも寸止めだ。若くしてB級冒険者となったトリエラでさえ武器の取り回しに目が追いつかなかった。
「あんな強くてD級……。特殊な立場って何なのよ……」
トリエラの言葉には誰も答えられなかった。
トリエラと同じ複雑な感情を[地鬼の聖剣]のメンバー全員が感じていたのは言うまでもなかった。
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