閑話休題 -98話-[亡命のナユタの民。新天地にて。③]
完全にスランプだぁ!!
「今日は報告ご苦労様でした。アルカンシェ殿下と護衛隊長ならびに七精の門の面々の活躍には期待しています。今後も協力出来る事があれば遠慮せずに伝えて欲しい。我らは光精を信仰する国故魔神族に対してもとても神経を尖らせていますから本当に遠慮は要りません」
「ありがたいお言葉です。世界の為にもこれからも邁進させていただきます」
上映会の後は質問や戦術、俺達が不足していると感じた部分などを交えて回答などを行った。
やがて2時間ほどが経ちユレイアルド神聖教国サイドの疑問がある程度解消されたのを見て教皇が閉めの言葉を口にした。
「……さて、堅苦しい話は以上じゃ。改めて水無月殿のクランには感謝しておる。
だが、私達も座して待つ気はない。世界の危機が本格化する前に準備を整える下地を作る予定じゃ。これから引き続き儂らは話し合いを続けるがクレアが同席する必要は無いから先の話に出て来た診察に連れて行くと良い」
「ありがとうございます。事が済み次第すぐに教国へ送り届けさせていただきます」
教皇と枢機卿たちは別室へと移動を開始し、俺達も一旦クレアの部屋へ招かれた。
一息入れるクレアにトーニャがケーキを一皿差し出す。ついでに俺の前にも同じケーキがサーニャの手により差し出された。
これは毒見は己が身でやれという事か?
「サーニャ。これクレアへの誕生日祝いのケーキなんだけど……。
持ってきた奴が先に口にするってどうなの?」
「複数種類のケーキが数個ずつ入っていたので水無月様にクレア様を害する意思が無い事は承知していますが、これも聖女の務め。毒見は誰かが行なわなければならないのです」
目の前にあるのはショートケーキ。俺はあまり好きじゃない。
どちらかと言えば子供舌に人気の商品だろう。なので別のケーキが目の前に出されているのに俺のショートケーキに釘付けになっているベルにアーンしてあげる事にした。
「はい、あ~ん」
『アーン!』
「クーも食べるか?あ~ん」
『ありがとうございます、あ~ん』
姉としてキリッとしていたクーもケーキを口元へ近付ければ耳はピコピコしっぽはユラユラと動き上機嫌であることが伺えた。
続けて自分の口にも運んだがやはりショートケーキは俺には重いな…。
口直しにサーニャが居れた紅茶を飲んでいるとクレアの方から話を促して来た。
「先ほど議題に上がっていたナユタの民?ですか? 彼らの診察は水無月さん達で事足りるのでは?」
「瘴気が体に残っているかは俺達でちゃんと見たよ。ただ、子供が出来なくなった原因は別にあると思うから細かな診察をクレアにお願いしたいんだよ。俺の世界風に言うとセカンドオピニオンって奴だな」
「異世界の言葉で言われても分かりませんって……。
つまり治療の知識がある私に診察と治療をして欲しいということ……で合っていますか?」
「そうそう、そういうこと」
全くクレアは賢いなぁ。うんうん。クレアの背後と俺の背後に控えるクルルクス姉妹も頷いている。
ナユタの民の内、アスペラルダに引っ越すタレア族はクレアの診察後はすぐに移転予定だ。アスペラルダでは早くから移転先候補地の選定から住居の確保などなど急ピッチで行われたのでこの世界に慣れてもらう為にもすでに準備は整っていたのだ。
故にフォレストトーレ移住組より一足先に引っ越すと伝えているから地竜の島で今か今かと待っている事だろう。
「急ぎじゃないからひと段落してから行こうか」
「わかりました」
ベルとクーはケーキを食べ終わると精霊達を集めてキャッキャと雑談を始めた。
こちらも2つ目に出されたビターなケーキを食べ終えた頃合いを見計らって別件のお願いをクレアに申し出る事にした。
「診察とは別にクレアにお願いがあるんだけど……、とりあえず話を聞いて検討してもらいたい」
「私が即了承出来ない難題という事ですか……。わかりました、伺いましょう」
クレアもフォークを置いて聞く態勢を整えてくれたのでお願いを口にする。
「サーニャが欲しい!」
「ふぇっ!?」
背後のサーニャが変な声を出した気もしたがこの交渉はなんとか成功させたいので気にしないことにした。
クルルクス姉妹は二人で聖女クレアの護衛をしている。その片割れを要求したのだ。クレアも当然驚きの表情をして視線を上下させている。だが、俺もベルの副契約者の選定にかなり検討に検討を重ねた結果の第一候補なのだ。出来る限り粘ってクレアから許可を頂きたい。
* * * * *
◆——聖女クレシーダside
水無月さんのお願い。それは私の側仕えをしているサーニャが欲しいというものだった。
背後にいるトーニャも驚いているし私も驚愕している自覚はある。それでも水無月さんの背後に控えていたサーニャが可愛らしい悲鳴を上げ顔を真っ赤に染めてしどろもどろになっている様子を見ると逆に頭は冷静さを取り戻していく。
水無月さんをサーニャもトーニャも認めていて口では厳しい事も言いつつもサーニャは特に機嫌が良かった。そんな様子からトーニャと相談して水無月さんが訪問する時は彼女に出迎えをお願いしていたけれど、まさかここまで進展しているとは……!
アルシェはこの事を知っているのでしょうか……。
「サーニャは私の護衛でもあり侍女でもありますよ。そのサーニャが欲しいとはどういう意味合いでしょうか?」
「俺も言おうか結構悩んだんだ。でも、どんなに考えてもサーニャ以上に惹かれる奴は居なかった。
特に条件で厳しかったのは傍に置いても俺は戦闘が始まれば個人で動いちゃうから自衛が出来る必要があってな……」
「サーニャの事はアルシェに伝えているのですか?」
「当然、アルシェも賛成してくれたよ。ただ、クレアのアナザー・ワンだしクレアが危険に陥るくらいならサーニャの事は諦める」
「うぅ……」
サーニャが呻いている。私が理解出来ていない複雑な乙女心と責任感が鬩ぎ合っているかの様な声だ。
私自身は水無月さんがサーニャを大切にしてくれるなら応援する気持ちはある。懸念事項としてはアルシェだけ。
そのアルシェも水無月さんにアタックを繰り返してまだ受け入れてもらえていないと思っていたけれど、実は進展していて側妃を許可したって事かな?
「……サーニャ自身はどうしたいですか?」
「ふぁっ!? 私……ですかっ!? いえ、あの……水無月様の気持ちは…その……大変嬉しく思いますが何分急な展開で……」
「俺を選んでもらえる割分はどの程度だ? 気持ちは揺れているか?」
「ふぁああああ!こっち向かないでくださいっ!」
「そんな嫌われてる!?」
相変わらずサーニャは混乱の最中でしどろもどろになりながら返事になっていない言葉を口走っている。
サーニャは子供の私が見ていても水無月さんに好意を持っている様に見える。でも、水無月さんが妙にいつも通り過ぎて二人の落差に私もトーニャも首を傾げ始めた。
「トーニャ、耳を」
「はい、クレア様」
「これって告白かと思ったけど、もしかして違う?」
「私も同じ考えに至った所です。妹は満更でも無さそうなのに水無月様は……。
それに確か水無月様はいずれ元の世界に帰還するからアルカンシェ殿下と恋仲になっていなかったかと」
トーニャをコソコソと相談した結果。やはり私達が当初考えた甘酸っぱい話ではないかもしれない事で合致した。
話を思い返してみよう。「サーニャが欲しい」と水無月さんは言った。色恋の話で無いならば水無月さんの目的は残り一つとなる。
そう、戦力だ。契約精霊の中で副契約者が決まっていないのは光精ベルトロープちゃんと無精アニマ様だけ。
「あの……水無月さん。もしかして……」
「ん?」
「サーニャが欲しいって言うのは……部下にって事ですか?」
「そうだぞ。光精契約者が今後どうしても重要になるからな。
仲間が守る案も考えたけど出来れば自衛が出来る奴の方が手が掛からないと思ってな!」
「はえ?」
爆弾を投げるだけ投げてこの人は……。
普段のキリっとしたサーニャが口にしない様な力の抜ける声を漏らす姿に溜息を吐きつつ、どこまで行っても破滅対策からブレない水無月さんの相談事を真剣に考える事にしましょう。
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