†第11章† -05話-[VS勇者 傍観編]
「くぁwせdrftgyふじこlp」
「メリオ様も見られましたので私達はクレア様の元へ戻ります」
「クレチアさん、リッカ。あとはお任せ致します」
ひと月振りに会う勇者は、
足に例のアーティファクトを装着済みの姿で俺たちの元へ遅れてやってきた。
その間に召喚したアクアが俺の体をクライミングするし、
リッカには東方の話を振られて2世だなんだと話を逃げ、
クレチアさんからは勇者相手にどんな訓練をしたのかを聞いたりして時間を潰した。
「相変わらず何を言ってるかわからないな・・・。
クレチアさん、模擬戦の為に来てもらっただけだし無駄話は省いてください」
「かしこまりました。
メリオ様!時間が押しておりますので定位置へお願い致します!」
「ほら、言った通りじゃない!」
「教皇様とアルカンシェ姫の御前だし急げメリオ!」
クレチアさんの声に反応を示しメリオを急かす勇者の仲間達。
流石にレベルは上がっているだろうし、
アナザー・ワンに訓練を任せたからかなり戦力が上がっている事が予想される。
さらに聖剣エクスカリバーは最上級武器で有り光精霊エクスがその正体だから、
武器の扱いだけで無く魔法にも警戒をしなければならないだろう。
『ねぇねぇますた~、武器はお魚さんソードでい~い?』
「基本的には素手でもいけるだろうが、
あの魚を群れにして仕掛けるのは一回しておきたいな」
『わかった~』
「お前楽しそうだな」
『ん~?だってますた~のおかげで高すぎない魔力は吸えるようになったし、
ますた~と一緒ならもっと動けるじゃない~?
それにそれにまたあの泳ぐみたいな感覚がいまから出来るって思うと楽しみだよぉ~!』
俺クライミングを制覇したアクアは勝手に肩車の状態で楽しげだったが、
こいつはこいつでバトルジャンキーに育ち始めていて、
パートナーとしては心強い反面、親心としては複雑だ。
「イメージは氷垢のステルシャトーになったつもりで再現することになる」
『任せて~!これだけ魔力が溜まってればそれなりに出来るよぉ~!
でも、交代するなら少し抜いた後じゃないと駄目だよ~?』
「わかってるよ。
あっちも空での戦闘を望んでいるみたいだしその辺はなんとでもなる」
「水無月様、準備はよろしいですか?」
「はい、大丈夫です」
審判2人の元を離れて開始位置に移動する間に戦法を相談すると、
アクアは体を揺らしながら緊張感の無い声音で答えてくれる。
今回は流石に龍の魔力を供給してもらうわけにもいかないし、
ほとんどはアクアの魔力を使うことになることも理解しているのだからうちの娘は理解が早いな。
「では、これより最後の模擬戦を開始致しますっ!」
* * * * *
「ほう・・・精霊と一体になるとはあぁいう事か・・・」
「あれがアクアーリィちゃんとの水精霊纏ですか?」
「クレア達はニルちゃんとの風精霊纏しか見たことないんでしたね。
あちらは[竜]と呼ばれる姿です」
「龍?」
教皇が興味深そうに冷静な目でお兄さん達の水精霊纏を物色している隣。
クレアとその背後に控えるクルルクス姉妹もまた、
別の興味で[竜]の姿を前のめりで見つめていたけれど、
私の説明でクレアが私の隣で立ち上がって同じように模擬戦を観戦し始めたフリューネに視線を移した。
『僕達とは違うよ。
こちらは直接戦闘も出来る太く強靱な肉体をしているけれど、
アクアーリィは別の竜を目指しているらしい』
「別の・・・竜?」
『見た目は空飛ぶ蛇だね』
「水無月様やアルカンシェ姫の腕に巻き付いている姿は見かけました。
確かに小さいながらあの見た目は蛇と言って間違いないです」
「へぇ・・・あ、剣を出しましたけど、
今のはインベントリからではなく魔法でしょうか?」
勇者様はエクスカリバーと大きめの盾の攻守にバランスのいいスタイルで構え、
お兄さん達はアクアちゃんの魔法である[お魚さんソード]を発動させたところだ。
アクアちゃん一人で発動させた際は短剣に近い物だったけれど、
竜の状態だとちゃんとした剣の姿になるようですね。
こちらは盾がないですが、
単純に全ステータスの上昇はもちろんのこと、
高濃度魔力のおかげでさらに肉体強化が進んでいる。
「開始っ!」
開始の合図と共に動きを見せたのは勇者様。
知らない光魔法を行使した後にお兄さんの正面に現れて、
キイイィィィィィンッ!!!という甲高い音を発生させました。
「勇者様の魔法の解説などは可能ですか?」
「相手にしていたのはアナザー・ワンの娘達だ。
トーニャとサーニャは知る範囲で教えて差し上げろ」
「はい。今のはレベル上昇で覚えた[輝動]です。
伺った説明ですと光の速さで真っ直ぐ進む魔法だそうで、
条件は色々と存在するとの事です」
光魔法で真っ直ぐ移動する事しか出来ないのであれば、
あのような奇襲や戦闘の介入などには使えそうですね。
お兄さん達も水精霊纏して尚且つ濃度の高い魔力に囲まれていなければ受け止める事の出来ない速度でしたね。
「逆に水無月様はどのようにして反応したのでしょうか?」
「アクアちゃんが魔力の流れを読んで腕を動かし、
宗八に繋げたというところかと思います」
戦闘は次の展開に移り、
勇者様がお兄さん達を攻める形で連撃を浴びせているけれど、
どれも紙一重で回避している。
「あれも魔力の流れを読んでと言うことですか、アルシェ?」
「今は魔法では無く純粋な肉体の駆動なので、
風の流れを読み高いフィジカルに任せて避けているだけです。
審判のリッカさんよりも剣速は遅いですしね」
「それでもアナザー・ワンと打ち合える程度には剣速もこのひと月で成長したのですが・・・」
『アルシェ様、お姉さまの剣から小魚が出始めました』
『そろそろ反撃です』
『ニルの出番はまだですわねー』
「どういうことですか?」
「あとのお楽しみにしていてください、クレア」
シャイィィィィィィイイイインッ!!
連撃の最中は体の動きや剣の軌道を観察していたお兄さん達ですが、
ひとまず区切りを付けて大きくパリィをすることで流れを変えました。
「ここからだと小さくてよく分かりませんけど、
何かキラキラと光る多くの物体がメリオ様に群がっていきますね」
「あれは先ほどクーちゃんが溢していた小魚です。
宗八の持つ剣は元々アクアちゃんの創造した武器で、
その効果があの魚の精製です」
濃度の高い魔力を用いて発動させた小魚は、
次々と勇者様に突喊を繰り返しては斬り捨てられていく。
先の剣速を読んだお兄さん達がそれを少々上回る量を飛び込ませているので、
徐々にではありますが後退をし始めていますね。
あの状態からの脱出をするには・・・。
「どっちもすごいです!」
『勇者が詠唱を始めましたわー!
でも、長い詠唱が必要だなんて使い勝手が悪いですわねー!』
「よくあの音の集まる戦場の声を聞き分けられましたね、ニルちゃん。
魔力の高まりから見ても私たちの知らない魔法ですね」
おっと、お兄さん達も剣を一回転させて円を描いていますね。
アクアちゃん1人だと精々中サイズの大きさしか精製出来なかったはずですが、
お兄さんと一緒ならもっと大きな魚を精製させる事が出来るようです。
「《ヘリオス・レーザー!!》」
長い詠唱を終えた勇者様が唱えた魔法が発動すると、
勇者様の背後に強い光が発生してすぐにその光は幾重にも細かに分かれてアクアちゃんが精製した小魚を正確に撃ち抜いていく。
レーザーはそれだけでなく発動時の発光で目を眩ませたお兄さん達に向けて雨の如き数を持って襲いかかりました。
「使い勝手のいい魔法ですね。
あれをクレアとハミングちゃんは使えないのですか?」
「あれは勇者様にしか扱えない魔法のようです。
もしも扱えるようになるにしてもハミングはまだまだエクス様に比べると幼いですから・・・」
勇者様しか扱えない・・・勇者魔法とでも呼びましょうか。
お兄さん達も準備が終わったようです。
予想していた大きな魚が数匹精製されて円から出てきていますが、
予想よりも大きくないですか?それにあの尖っている鼻先は何でしょうか?
合計4匹精製出来た巨大魚は、
お兄さん達の剣の振りに合わせて一槍のようなエフェクトを発生させながらレーザーの雨に突喊していく。
「ほう、どちらも威力は同等か・・・」
「メリオ様は細かに散らばった魔法を集めて4体の魔法に対応しましたが、
あの魔法操作もすごく難しいと思います」
教皇様に続いてクレアも今の相殺劇の感想を述べているけれど、
あの操作が勇者様かエクス様かでまた違ってくるんですけれど・・・。
相殺によって生じた4つの爆発が2組の視界を塞ぎ、
お互いの動きが読めなくなった一瞬。
『く、クレア!魔力がすごく上昇してます!』
「え、どど、どっちのですか?」
『精霊使いさんです!』
以前は私たち全員でなんとか発動していた魔法ですが、
高濃度魔力の存在と長く出す必要性もない事からハミングちゃんが気が付いた時にはもうお兄さん達は吐き出していました。
「『《《凍河の息吹!!》》』」
吐き始めた凍てつく息吹は爆発で発生した煙をも飲み込み、
その先に居るであろう勇者様目掛けて流れていきましたが、
勇者様も一瞬で判断を下して横方向に駆けだしていました。
「逃げましたね」
「良い判断です」
『甘い』
クルルクス姉妹は勇者様の行動を良しと判断したようですが、
ノイちゃんが言うとおり甘いです。
お兄さんは面倒くさがりですから、
わざわざこんな囲いのある場所で対象を追いかけたりはしませんよ。
「あ!その場で一回転しました!
アルシェ!水無月さんが一回転しましたよ!」
「息吹の威力は高濃度魔力で信頼に足りますし、
こんな充満させるには狭い空間での戦闘なのですから、
あの行動はこちらとしては当たり前です」
アリの巣全域に行き届かせるような大仕事ではないのですから、
一回転分の息を持たせることが出来れば模擬戦会場の地上を全て銀世界に変えるなど容易です。
そして、勇者様に残された逃げ道は・・・空。
原動力となっているのは複雑に組み上げられている具足型アーティファクトとそこから生える小さな羽。
「マリエル、よく見ておいてね」
「はい、姫様」
ん?魔力ベクトルを冷気に変換し始めました。
姿を隠して奇襲を掛けるつもりのようですね。
「なんだか白んで来ていませんか?」
「霧が発生しているようです、クレア様。
このままではメリオ様は水無月様を見失ってしまいますね」
霧の濃度は加速度的に深まっていく。
すでにお兄さん達の全体像は朧気になっているし、
足下に至ってはこちらからはもちろん上空からも見えていないでしょう。
「「っ!」」
アナザー・ワンは誤魔化せませんでしたか。
「アルカンシェ姫・・・いま・・・」
「闇精のメイドが・・・」
魔力濃度が霧への変換によって薄まったタイミングにしても、
クーちゃんの魔法効果の減衰は抑えられるでしょう。
ナイスですよ!お兄さん!
『ぷは~!ある~、ただいま~』
「おかえりなさい、アクアちゃん。今日はこれで終わり?」
『何も言ってなかったからまだあるかも~』
交代で召喚を解除したアクアちゃんが、
ポテポテと相変わらず愛らしい足取りで私の元へと駆けてきて、
よいしょよいしょと膝に登ってくるのを手助けしてあげる。
ちょうど模擬戦の方も動き出し、
会場中に広がった深い霧の中から勇者様へと向かう無数の黒い手が出現。
空を逃げる勇者様を捕まえようと四方八方から黒い手に追われ、
大方は斬り払うもいくつかに捕まり動きの止まった一瞬。
「《||波動黒玄翁!》」
短距離転移で背後を取ったお兄さん達が、
黒く巨大なハンマーを両手に勇者様を殴り付けるけれど、
勇者様もすぐさま自身を捕まえている黒い手を振り解いて盾で防御を間に合わせましたが・・・。
「ぐあああああああああ!!」
「おかしいですね・・・。
メリオ様の防御力はかなり高かったはずなのに何故あのように叫ぶのでしょうか?」
「それにあの姿は何でしょうか・・・?」
「アルシェ、教えてください」
勇者様が大げさに叫んだ所為でトーニャさんが興味を持って疑問を口にし、
続けてサーニャさんがお兄さんの[天狗]を仰ぎ見ながら呟いた言葉に吊られたクレアが2つを同時に聞いてきた。
「あれは[鎧通し]といって防御を抜いてダメージを与える技です。
技術が必要なのはもちろんですが、
宗八も完全な知識がなかったので魔力を撃ち抜く方法で完成しました。
あの姿はクーちゃんと一緒に戦う姿。[天狗]です」
いつもの衝撃が先に対象の背後を抜けていき、
霧の中に落とされた勇者様。
お兄さん達はまだ空中に待機しつつ背中から六枚羽の閻手が生え、
勇者様が落ちた辺りに向けて全てを撃ち込んだままゆっくりと霧の中に降りていく。
「おかしいのぉ、勇者が出てこない」
「ダメージを受けたからといってもすぐに動くように訓練はしております。
なのに動かないのはあの黒い羽が原因でしょうか?」
「現在、模擬戦会場は宗八が支配しています。
あの霧のは宗八の魔力で出来ているので視界は良好ですし、
霧の下にある地面はクーちゃんの魔法で真っ黒になっています。
おそらく、落とされた勇者様は[バインド]と[影縫]で身動きが取れない状態になっている事でしょう」
と口にしてはいますがこれは私の予想です。
クーちゃんと入れ替わった直後に会場中から出てきた閻手。
あれを発動させるには事前に[反転世界]を使って影の範囲を増やしていなければ無理なはず。
相手がひとりの時点で、
バインドなど身動きを取らせない魔法を全力で注げますから、
お兄さんが完全に霧の中に降りた時点で模擬戦は終わりになるでしょうか?
「ん?」
決着を予感したその時。
見覚えのある天に伸びる魔法陣が発動してお兄さん達も霧の動きから距離を取ったらしい。
「あれはフォレストトーレでメリオ様が使っておられた魔法です!」
「アクアちゃん、どうなっていますか?」
『勇者がクーに身動きを抑えられていたんだけど~、
エクスが剣からニュートラル形態に戻って力尽くで闇魔法を押し返してるね~』
契約やシンクロで魔力の質が似通っているアクアちゃんに見てもらうと、
どうやらエクス様が対となる光魔法で無理矢理お兄さん達のバインドも、
影縫も、全て剥がして対応したみたいです。
属性相性も最悪な状態ですしここは交代でしょうね。
『ただいま戻りました、アルシェ様』
「おかえりなさいクーちゃん。
次は・・・ニルちゃんですか・・・」
次に姿を消したのがニルちゃんだと気づいた時には、
お兄さん達も勇者様達も空へと再び上がっていました。
「本当に勇者様と同じように空を飛んでいますね・・・」
「以前は空を走る姿に驚きましたが、
魔法でアーティファクトの真似事をする此度も驚きです」
とりあえず追いかけ回るレースが始まったようですが、
勇者様の動きが精細を欠いている様に見受けられます。
そういえば、資料の中に手に入れてからまだ一週間程度しか経っていないと・・・。
一週間ではあのアーティファクトの真の力を発揮出来なくて当然ですね。
ストレートでは負け、カーブもお兄さん達に比べるとかなり大回り。
上昇に下降も急激な対応が出来ずお兄さん達はバレルロールで勇者様の周囲をグルグル回って煽ると地上に戻っていきました。
「水無月さんが地上に降りちゃいましたよ?
どうしたのですか?」
「現状アーティファクトを使いこなせていないと判断したのでしょう。
それでも汎用魔法では捕まえられない機動力に、
通常攻撃の届かない高さに勇者様はどうも気が緩んでいる様子なので、
おそらくお灸を据えるのでしょうね」
「お灸?」
アクアちゃんの[お魚さんソード]が水精霊纏状態のお兄さんにサイズ調整したように、
ニルちゃんのオプションである[タクト]も普段彼女が振るっているサイズよりも長くなり、
今はお兄さんの手に収まり既に構えまで取っている。
お兄さんは弓道の構えと言っていたけれど、
こちらの世界に弓道という武道は存在しません。
あれもシンクロから行われるその場限りで創造された精霊魔法なのでしょうか?
勇者様はそのお兄さん達の動きを警戒して地上には降りてきていませんが、
あの構えなら矢を射られると教えているような物ですよね。
カァーーーーーンッ!!
[弦音]の美しい音がこちらに届いた時には、
空で様子見をして動いていなかった勇者様に不可視の矢が撃ち込まれ態勢を崩しました。
「今のは弓で攻撃したのですか?」
「ですがクレア様。
手にしているのは白い棒ですし矢は引き絞っている時からありませんでした」
「メリオ様にも矢が刺さったように見受けられません」
クレアは正解だけど、
クルルクス姉妹の方は魔法で再現が出来るとは考えも付かないのか、
目に見えている状況からの判断しか出来ていない。
『ますたー楽しそう~』
「先ほどの音が余程イメージに近かったのですね。
攻撃方法は音波の一点化かしら、マリエル?」
「そうだと思います。
単純な風の攻撃だと敏感な者はすぐに察してしまいますし、
視覚的にも透明な何かが映ってしまいます。
先ほどの音を波の矢に仕立てれば1秒で340m射程の攻撃が可能になります」
「そんな超圧縮するような魔法の組み立ては面倒ですし、
セリア先生に魔法式だけ伝えて組み立ててもらいましょう。
流石に水氷属性以外は感覚で理解出来ないから私には辛いもの」
「賛成です」
マリエルはニルちゃんとサブマスター契約をする際に、
お兄さんから直接風や雷の異世界知識を叩き込まれているので、
今回は細かにはわからなかった部分を確認すると予想通りあれを理解して答えてくれた。
「あの・・・アルシェ・・・」
「申し訳ないがアルカンシェ姫。
我々にも何が起きているのかお教え願えるかな?」
「こちらこそ申し訳ありません教皇様。
あれは音を飛ばして攻撃しているようです」
「音とは先ほどの甲高い音のことかな?」
「はい。その甲高い音は空気の振動によって私たちの耳に届き、
どのような音だったのかを私たちは理解するのですが、
その音を前方の一極に集約させて放った音の矢が攻撃の正体かと思います」
「その説明だと、
私たちにも聞こえたのですから集約は失敗しているのですか?」
「失敗では無く自分でも聞きたいし、
私たちにも聞かせたい宗八のお遊びですよ。
私たち以外は誰も先ほどの音が聞こえていないでしょうね」
解説席では先の音からの説明を行っていましたが、
会場では[弦音]に味を占めたお兄さん達が乱れ打ちを始めており、
勇者様は空を逃げ回るだけの体たらく。
全弾当たるのはちょっと擁護出来ません。
「空を飛べるだけで扱いきれないのであれば、
逆に今度のフォレストトーレに持ち込むのは危険ですね」
「ふむ、アルカンシェ姫の言葉をどう思うかね?」
「水無月様に遊ばれる程度ならば、恐れながら私も賛成です」
「同意見です」
教皇様からの確認は背後のクルルクス姉妹に向かい、
その回答も当然ながら肯定をするものだった。
魔神族を相手にするのであれば、
あの程度の熟練度では良い的になるだけで役には立たないでしょう。
勇者様もこれ以上空に居ても意味が無いと判断したらしく、
地上に降りてきて再び片手剣と盾の構えを取った。
空では構えですらフラフラでしたからね・・・。
『あ~スッキリしましたわー!』
「おかえりなさい、ニルちゃん」
『ただいまですわー!アルシェ!
さっきの魔法の音聞きました?ソウハチのイメージに合わせて鳴らしたのですわー!』
「澄んだ空気に響く美しい音だったと思いましたよ」
『当然ですわねー!』
やっぱり威力が弱まることもお構いなしに聞かせていたのですね。
ただ、矢は見えなくても聞こえてしまうと避けられやすくなるでしょうから、
その辺はまた改善の余地ありですね。
会場は最後の精霊との土精霊纏を行ったお兄さんと、
勇者様が相対を再開した直後なのですが、
どうも勇者様の刃がダメージに繋がっていないのかお兄さん達が防御の構えすら取っていないですね・・・。
「アクアちゃん、あれってどういう状況?」
『ますたーは[精霊の呼吸]を覚えたでしょ~?
龍の巣ではそれが無かったから[硬化]も徐々に掛けてたんだけど~、
肉体的には以前の強度まで上げても問題ないし、
魔力が体に溜まっても吐き出せば良くなったからタイムリミットもなくなったんだよ~』
「だから?」
『土精霊纏したらすぐにノイが最大回数まで重ね掛けしたの~』
じゃあ、あれって氷垢のステルシャトーと戦ったときと同じで、
お兄さん最大の攻撃力と防御力を持つ白兵戦仕様になってるって事かぁ・・・。
そりゃ下手に攻撃したら骨折れちゃうもんね。
「アルシェ、しつこい様ですが解説をお願いします」
「それが私の役目なのですからクレアは気に病む必要無いですよ。
あれは実際に魔神族と戦った時の戦闘スタイルの一つでして、
パートナーである土精のノイちゃんの土精霊纏で防御特化の[不動]となりました。
さらに防御力を上げる魔法[《硬化]を7回重ね掛けし、
その反動で魔法を使うと宗八の体に魔力が溜まるのですが、
その魔力量によって攻撃力も上がります」
「つまり、あの状況のメリオ様は・・・」
報告書を読んでいる者であれば、
あの状態のお兄さんですら魔神族を圧倒することは出来ず、
最終的には退散してくれたので助かっただけと知っている。
「魔神族の相手をするには足りていないという事です」
浮遊精霊の鎧もお兄さんより薄いから、
お兄さんは攻撃に移れないですし、
通常攻撃では効かないと見るや勇者様はエクスカリバーを光らせて連撃で攻撃するもノックバック程度しか効果が無い。
「「あっ!」」
おや?物理攻撃を諦めた勇者様がバックステップで距離を開けると、
エクスカリバーを天に掲げて剣先に魔力を溜め始めました。
「声を揃えて反応して居ましたけど、あれは拙いのですか?」
「現在メリオ様が使える勇者の魔法の中でも一番強力な魔法です。
敵1体を対象という規模ではないので思わず声が・・・」
「こちらまで影響が出るのですか?」
「そうですね・・・。
あれは光が発する熱を集めて放つ魔法なので、
熱気が直接当たると私たちでも危ないです」
アナザー・ワンが当たると拙い熱気が吹き荒れるのであれば、
のんびり観戦をしている訳にもいきませんね。
「クレチアさんが止めないのですか?」
「あの魔法については報告を受けてはいますが、
現時点で止めて良いものか判断を付けることは難しいかな」
教皇に最強侍女の出動を聞いたけれど、
動くことは出来ないらしい。
「アクアちゃん。
お兄さん達に受け止める気満々なところ申し訳ないのですが、
そのまま撃たれると聖女様や教皇様に被害が及ぶ可能性があるので発動を止めるように伝えて頂戴」
『あいあいさ~』
「あれを止められるのですか?」
「止めないと周囲に被害が出るのでしょう?
なら宗八が止めてくれますよ」
ただ、あの巨大な光球魔法を止めるにはすでにチャージの始まっている事も加味すると生半可な方法では止められませんね。
『ふぅ~、気合いを入れて望んだのに拍子抜けです』
『ノイお姉様は《硬化を掛けただけでしたからね』
『ニルと違って楽しめなくて・・・プププ。かわいそうですわ-!』
『良い度胸ですニル。
今からここを守るように指示されましたがニルは範囲内に入れてあげないです』
『え”!?お、お待ちをノイ姉様。ニルが悪かったですわー!』
『つーん』
『ノイ姉様あああああー!!!』
ノイちゃんが戻るのと合わせて膝元に座っていたアクアちゃんが再び姿を消したので、
何をするのかはもう分かったも同然ですね。
「ノイちゃんだけで行うのですか?他に指示は?」
『純粋な炎では無く光による熱運動から成る魔法なので、
何が起こるのか予想が出来ないとのことです。
切断特化の水竜ではなく氷竜で熱運動を抑えてみると言ってたです』
氷竜一閃で対処するのは賛成ですけれど、
強化された一閃を雪原以外で使うのは初めてのはずですが、
お兄さんはその事を覚えておいでかしら?
「ノイちゃんはこの場の全員でいいのね?」
『そうですね。余波は届くと考えろと言われてるです』
「じゃあ外に相性のいい[アイシクルウォール]を出しておきましょう。
クーちゃんはメリーに離れた方が良いと伝えてあげて」
『かしこまりました』
「ニルちゃんは壁の外に風の流れを作っておいてくれる?
氷竜の余波なら問題ないけど、熱の余波が来た場合に備えたいの」
『かしこまりーですわー!』
お兄さんから守れと言われたからには傷一つ付けるわけにはいかないので、
3重の守りにしましたけれど簡単なのは影に入れて離れる事ですよね・・・。
精霊達個人の力の一端でも教国側に見せるのが狙いかな?
「精霊達は水無月さんの契約精霊なのに、
アルシェの言うこともよく聞くのですね」
「まぁ宗八が冒険者で昨日今日私とPTを組んだのであれば聞かないでしょうが、
基本的にずっと一緒に居ますし人間社会の立場上も関係しますから」
指示系統も少人数ながらPT内に存在もしています。
お兄さん→私→クーちゃん→ノイちゃんとなっていて、
マリエルとメリーは護衛と従者の観点から組み込んで居ない。
クーちゃんは侍女扱いだけどお兄さんの考えも理解して寄せた意見を言えるので、
精霊達だけで行動することになった際の司令塔としている。
ニルちゃん?
風属性で幼い彼女は自由奔放が過ぎるからちょっと無理ね。
「念の為教皇様とクレア様は私共の後ろに隠れてください」
「あいわかった」
「よろしくお願いします」
「アルカンシェ姫様もよろしければ・・・」
あら、お誘いを受けたからには断れないシチュエーションね。
ここでメリーなら言葉を添えてくれるので動けるけれど・・・。
『アルシェ様。
大丈夫かとは思いますが予想外な展開になるかもしれませんので、
ここはお言葉に甘えた方がよろしいかと』
「クーちゃんが言うなら受けましょう」
「では、こちらへ」
ナイスです、クーちゃん!
メリーの教育が行き渡っていて私も誇らしいですよ!
いつもお読みいただきありがとうございます




