†第10章† -18話-[侍女組VS潜行魚《せんこうぎょ》-亜空間の決着-]
『ッ!ッ!ッ!ッ!』
潜口魚が準備を進めていた凝縮した歪みは、
最終的に彼自身の横幅とほぼ同じ大きさの球体へと成長しており、
その球体から四度に渡って歪みが射出された。
『っ!』
素早く回避をする為に猫の姿へと変化していたクーデルカは、
一つ目の射出を確認してから不可視の魔弾を回避せんと動き始めたのだが、
その動きに合わせて細かにヒレを操って方向転換を行う潜口魚。
『あのヒレはそういう役割でしたか・・・。
どちらにしろ破壊は出来ませんし、回避は可能です!』
メリーが[ほうき星]の軌道を修正して潜口魚に迫るなか、
クーデルカは猫特有のしなやかな身のこなしで魔弾を回避していくが、
今度の魔弾は回避をされた後に消え失せず、
潜口魚が操ってUターンして戻って来た。
『厄介な。《編盾!》』
動き回ればその分無駄に体力が奪われる。
一部を受け止め、他を回避する事で注意をこちらへと向けさせ、
メリーが攻撃しやすい状況を整えようと盾を二枚設置し二つのキャッチに成功する。
しかし、威力は小さい魔弾の比ではなく、
軽い連射よりも一発の魔弾に集約したのは伊達ではなかった。
『くっ、一枚では受け止めきれませんかっ!?』
アニマル形態は確かに機動力が上がるのだが、
その代わりに手で魔法を支えたりといった補助的な動きが出来なくなる。
どちらにせよ、
クーデルカがニュートラル形態であったとしても支えきれる威力ではなかったが・・・。
「クーデルカ様っ!すぐ向かいますっ!」
『こちらは何とかしますっ!メリーさんは潜口魚を地上へお願いしますっ!』
「っ!かしこまりました!」
押される度に自分の元へ戻ろうとする心配性のサブマスターを叱咤しつつ、
クーデルカは少しの足留めにしかならない編盾を駆使し回避行動に集中する。
『《多重閻手!》シフト:黒玄翁!』
ただし、このままで良いと考えるほど状況は優しくない。
威力はメリーが共に使用する時とは多少落ちてしまうが、
クーデルカは攻撃魔法で応戦を開始した。
『ふんっ!にゃっ!』
回避、防御、打ち返し。
クーデルカを襲い続ける四つの歪みの魔弾は何度はじき返してもUターンをして小さな子猫を襲い続ける。
言い訳をさせてもらえるのであれば、
現在のクーデルカは万全の状態ではない。
常に龍達からの魔力の吸い上げ・変換を行い、
それらを仲間が魔力を使う度に供給している。
この作業に制御力の多くを割いている為、
本来は編盾を四枚、黒玄翁も二本出す事が出来、
さらには螺旋閻手で攻撃に参加も可能。
メリーにも闇精外装を施し多少の無茶な運動も出来るのだ。
「(誰か一人・・・)」
『(手が空いてくれれば・・・)』
メリーは[ほうき星]で潜口魚の後方から突進した後、
対した効果が無いと判断するやその場で飛び上がり箒を再び両手剣へと切り替えて一刀の元に切り裂いた。
「はああああああああ!!」
潜口魚の身体に直接箒の穂先や両手剣の刃を立てる事で分かるその肉質。
まるでゴム。刃が奥まで届かず引いてもつるつるとした鱗により切断することも叶わない。
こういう相手には魔法戦。
そこまでは把握出来ているのに戦闘に不向きな闇精霊。
しかも、支援に多くの制御を回している所為で純粋な魔法攻撃が行えない歯痒さを二人は抱えながら戦闘を繰り返す。
『UGAAAAAAAAAAAAA!!』
『メリーさんっ!』
「見えております!タイプ:双剣」
三度目の時空震。
メリーも兆候の見出しは出来ていたので事前に距離を取り回避に成功するも、
いま先ほどまでクーデルカを襲い続けていた四つの魔弾が、
今度はメリーに向かって行く。
「《闇食み!》」
遠くにあるうちから偏差射撃で相殺を狙い、
各一つずつに命中を確認したが、
やはり規模が違う事から威力を少々削ぐ事は出来ても0にする事は出来ず回避行動に入る。
『GURRRRRRRRAAAAAA!!』
『《千手閻手っ!!》』
選手交代とでもいうのか、
魔法の対象をメリーへ変更した潜口魚が次に取った行動は、
この空間内の戦況をコントロールせんとしているクーデルカの排除。
メリーの動きに制限を加えたうえで、
小さなクーデルカに大口を開いて迫る潜口魚に対し、
特に注意を払っている口元の積極を避けたいクーデルカは新たに創成した魔法を発動させた。
まず変化はクーデルカの背中に現れた。
6枚羽のように背中の中心から閻手が生えてきて、
各20cm程度で伸縮が進むとその羽の様相は一変し、
美しくもあった6枚羽の閻手はどんどんと巨大化していく。
元のデザインは人の手に近かったのだが、
大きくなるにつれて野獣のように指先は尖っていき、
本来はぺらぺらに近い刺突特化の閻手の肉付きが良くなって、
黒基調のメイド服を着ているクーデルカの最終的な姿は、
まるで堕天使のように見えるだろう。
『お父さまの娘として簡単には殺られませんよっ!!』
耳と尻尾を逆立てて叫ぶクーデルカの意思に従い、
6本の屈強な腕は突撃してくる潜口魚の各飛び出している部位に伸びていきその巨体を掴み取る。
しかし・・・。
『止まりませんかっ・・・』
猫の姿でよりもパワーのあるニュートラル形態に変化をしながら、
状況に悪態をつくクーデルカ。
魔法である[千手閻手]ならば腕力はある。
だがクーデルカ自身の体重は大変に軽い為に、
直接の攻撃を受けてはいないものの突っ張った閻手を伝ってクーデルカがどんどんと勢いよく亜空間内を押されていく。
『・・・・っ!かはっ・・・!!
空間をズラした!?いえ、縮めたのですかっ!!?』
先ほど閻手を伸ばした時は十分な広さを確認し、
こんなところに壁はなかった。
つまり、この一件でこの亜空間の把握がまた一歩進んだのだ。
しかしクーデルカがピンチである事態に変わりは無く、
メリーもすぐに助けに入る事の出来ない状況。
さらに壁と潜口魚に挟まれたことで、
隙間を確保しつつ下がれば良かった時と異なり、
巨躯の力押しで大口を開いて迫る潜口魚を小躯の魔力押しによる突っ張りでなんとかこれ以上の事態悪化を防がねばならない。
それでもクーデルカには奴の生暖かく臭い息は掛かり、
眼前にはどこが起点となって消滅を起こしているのか不明な口内が徐々に徐々に距離を詰めてくる。
「クーデルカ様っ!・・・っ!」
メリーもようやっと魔弾の処理を済ませて、
視認したクーデルカの陥っている状況をシンクロにて正確に把握した。
助けには入りたい。
だがメリーが潜口魚に攻撃を加える事によって潜口魚の態勢が崩れると、
現在膠着出来ている状況が下手をすれば敵の後押しとなる可能性がある。
宗八からの指示は足留め。
役割としては全う出来ていると言えはする状況だが、
このままではクーデルカが消されてしまう。
亜空間の支配者は潜口魚であり、
クーデルカや自分は時空関係の魔法の使用が出来ない。
さらに戦闘が激しくなっている中央と空に魔力供給を行っている所為で制御力の多くを割かれている。
どちらにしろ潜口魚を倒せるほどの打撃力を持ち合わせない自分たちではトドメを刺す事も出来ない。
「《コール》マリエル様!」
ピリリリリリリリ・・・ピリリリリリリリ・・・
「早く出て・・っ!」
ピリリリリリリリ・・・ピロン♪
〔はぁ~い。どうs・・〕
「そちらの戦闘は終わりましたかっ!?」
〔うぁ、あは、はい!終わりました!〕
「魔力供給を切らせていただきますので!」
〔えっと?りょうk・・〕
ポロン♪
繋がった直後からほぼ被せ気味の話は終わりを迎え、
集中すべきはご主人様方の中央のみとなった。
これで空組の魔力供給の魔法である[魔力接続]を切断することで多少制御力を持ち直す事が出来る。
クーデルカもシンクロで流れてきた情報を元に、
マリエル達に設置していた魔法を解除して抵抗する為の糧とする。
『《麝香猫!》』
巨体の真下に広がる巨大な影から再び闇の手が幾重にも生えて潜口魚に絡みつき、
拘束をしつつもそれだけに留まらず一塊となった影の集合体は、
凶暴な猫の頭を形取り潜口魚を斜め下から押し返そうとぶつかる。
しかし、二人には自分達が詰んでいることもこの時点でわかっていた。
「(潜口魚にはあの時空震がある。
回避するにしてもこの亜空間内で時空関連の魔法は発動出来ず、
影転移で脱出を謀れない。
防御をするにしてもクーデルカ様と潜口魚の距離が近すぎて編盾を発動してもあの威力を直接は・・・)」
ぶぶぶ・・・
耳にまだ残る嫌な響きが予感と共に潜口魚から放たれる。
「クーデルカ様っ!」
せめて自分が間に入る事で多少の希望に縋ろうと、
メリーは駆け出し身を挺してクーデルカと潜口魚の間に身体を挟み込む。
『メリーさん!?ダメです!離れて下さい!』
「いいえ、この場では私がクーデルカ様の命を守る立場にあります。
クーデルカ様のお言葉は聞けません」
ぶぶぶぶぶ・・・
最後の別れの言葉も許す気のない潜口魚は、
あざ笑うように一瞬途切れさせた不気味な振動音を再度振るわせ始め、
その音に最後を感じ取ったメリーはクーデルカを強く抱きしめた。
その時・・。
『《流星突きっ!!》』
もうこれまでと覚悟をしたメリーの背中に水飛沫が当たり、
聞き覚えのある声と同時に麝香猫の押し返しも良くなった。
『クーデルカ!拘束を解け!』
『・・っ!』
メリーに抱きしめられている為視界はゼロであるのだが、
声の指示に従い咄嗟に動かせる手首を振るってバインドを解くと、
麝香猫は獲物を失って勢いよく向こうへと突進していったので慌てて麝香猫も消した。
『メリーさん、ポシェント様のおかげで助かったようです。
離して頂けますか?』
「・・・・、・・・・・。
確かに・・・・。失礼しましたクーデルカ様」
『いえ、守ろうとしてくださりありがとうございました。
ポシェント様も・・・助かりました』
『どうにも胸騒ぎがするのと、
やはり待ちの姿勢はポセイドンとしては面白くない。
タイミングが良かったのは完全に偶然だ』
偶然だろうがなんだろうが危ない場面を脱することに繋がったのだ。
メリーの胸の中から解き放たれつつポシェントに向き直って感謝の意を述べたが、
ポシェント自身も運が良かっただけだと言ってすんなりと救出劇のやりとりは終わりを告げた。
全員の視線を受け、
吹き飛ばされた潜口魚は態勢をすでに整えており、
中空に浮かび上がったままヒレというヒレが起き上がりゆったりとこちらを睥睨している姿に怒っているという印象を受ける。
「《嵐伸刀!!》」
もう何度目の仕切り直しが始まろうかという矢先。
詠唱と共に潜口魚の側面から黄緑色をした刃が振り下ろされ、
潜口魚は切り裂かれた事で空間の奥に錐もみしながら吹き飛ばされる。
その余波で亜空間内にも一陣の風が吹き荒ぶ。
『やはり、追って正解でしたわ~』
「ゆらゆらしてて本当に立ってるのか不安になるな・・・」
「実際に踏ん張って攻撃出来ていた。問題ない」
「あんな隠し球を用意してるなんてなぁ。人が悪いぜセーバー」
黄緑の刃が伸びてきた出先と思しき方向から四人分の声が聞こえてくる。
ポシェントが来た時点で予想はしていたクーデルカ達だったが、
まさかあのような魔法剣を編み出しているとは思っていなかった為、
物珍しさに視線を向ける。
「お前等のお父様に意見を聞いたりしてな、
なんとか形は整えられるところまで来た」
『クーデルカは誤魔化せませんね~』
『私たちはお父さまというブレインが居ますし、
アイデアに対するアドバイスが出来ても、
実際に魔法を組み立てるのは経験の無いリュースィ様ですから』
「それでも地上で試したうえで魔法剣を使ってみたが、
奴らに関しては普通の物理攻撃は期待出来ない」
伸縮する黄緑の刃が縮小する先には、
ポシェントに引き続き大きな三人と小さな一人の姿が現れ、
そのうちの大きな一人と小さな一人がクーデルカに列びながら話しかけて来る。
『ではクー達が感じていた違和感は正しかったのですね』
「タイプ:双剣。
元より物理にしろ魔法にしろ戦闘に不向きですので確信が持てませんでしたが、
戦士であるセーバー様が言われるのであればそのようです」
空間奥から飛来する幾重もの歪みを[闇食み]で撃ち払いながら、
メリーはクーデルカの言葉に同意を示す。
『注意点をご説明致します。
この亜空間は潜口魚の支配下にある為、
クー達の時空魔法は一切使えません。
合わせて、動きの俊敏さが向上しており、
視認し辛い先の細かな魔弾と大きい魔弾も操ります』
「遠距離だけか?」
クーデルカの説明にゼノウが確認を取る。
当然、もっとも注意が必要だと考えている攻撃がある。
『接近戦の際、ぶぶぶぶという気味の悪い鳴き声が響きましたらすぐに離れて下さい。
潜口魚を中心に時空震が発生致します。
余波でもまともに受ければ態勢を崩されひと飲みにされる恐れがあります』
「おい、おいおいおい。
ただでさえ近距離じゃねぇと攻撃できねぇってのに・・・」
「我々は足留め要因だな」
別に物理が全くダメージに繋がっていないわけではないのだろうが、
単に物理耐性が高い他に属性的な抵抗もあってポシェントの威力が落とされているのかも知れない。
魚の姿に引っ張られて理由付けしている感も否めませんね・・・。
『《コール》ニルチッイ』
ピリリリリリリリ・・ピロン♪
〔ハイハーイ!クー姉様どうされましたのー?〕
『私たちが戦っていた上空に待機をお願いします。
もしも亜空間から潜口魚が飛び出してきたら思い切り蹴り落として下さい』
〔ニル達が倒した鎧魚は気絶していますけどー、
離れちゃって大丈夫ですのー?〕
確かに足留めまでしかお父さまはご指示をされていませんし、
動かなくなればそのまま様子を見た方がいいでしょうが、
こちらも万全を期して事を構えたいところ・・・。
『魔力供給の魔法は解除していますから、
無理のない程度に再度蹴り込んでおいてこちらへ来て下さい。
周囲に支援班の配置も忘れずに』
〔かしこまりましたわー!
マリエルとすぐに向かいますわー!!〕
「あぁ、お前等も念のため向かっておいてくれ」
上から自分と同じような指示出しの声が聞こえ、
見上げてみればセーバーが支援に回らなかった手空きのメンバーにコールで連絡を取っていた。
視線が絡むとクーデルカは納得をしてニルとのコールを切断する。
属性は風。
PTの中で一番の打撃力である[極地嵐脚]なら、
と考えて上空に待機命令を出したが、
順序的にはこちらがまずは打ち上げる程の打撃を加えなければならない。
「脱出も考えておいた方がよろしいですね」
「あ?入ってきた穴から戻れば良いだろ?」
「もしも潜口魚を倒した場合、
この亜空間は奴の支配下にあるのでおそらく消滅致します。
亜空間から空へ打ち上げた後にマリエル様方が蹴り落とすまでの間に地表に戻っておかなければ・・・」
「戻っておかなければ・・・?」
「空間消滅に巻き込まれて圧死するってところか」
「それも込みで私たちだけが亜空間に侵入したのですけれど、
皆様来てしまいましたから何か方法を考えなければなりません」
亜空間の天井と思しき場所を見つめながら、
ゼノウとライナーの質問に答えを返すメリー。
とはいえ、方法は侵入したときと同じ手を使う必要があるので、
元の穴から出るか新たに開けるかの検討を始めていた。
「段取りは任せるぞ。おい、ライナー。ポシェントも」
「あいよ。姿が見えるならまだマシだな」
『魔力は温存して時間稼ぎをする』
その場を頭脳派に託した脳筋派三人は、
それぞれの武器を構えながら潜口魚に向けて駆け始め、
残った三人は被害を出さないうちに早期決着を着ける為の算段を考え始めた。
* * * * *
「では、その流れで参りましょう」
「俺達で上手く当てる必要があるのはセーバーの[嵐伸刀]、
マリエルの[極地嵐脚]、ポシェントの[水霊瀑布槍]の3つ」
『クー、ゼノウさん、ライナーさんは足留めや陽動の役割ですね。
ダメージには繋がらずとも体勢や勢いを崩す切っ掛けくらいは作れるかと』
注意を促した通りに伝えた潜口魚の魔法に対応し、
ポシェントとセーバー&リュースィ組が上手く立ち回り、
ダメージを受けないように時間稼ぎをしてくれている間に、
賢組が素早く作戦を立てた。
「潜口魚の空間上限というのは確かか?」
『確実ではなくほぼ確実、といったところです。
時空魔法の使い手としての感覚なのですが、
物体の裏に空間を作っている・・・ような気がする』
「上限がなかったとしても開いた穴に変化が見られないことから、
開けてしまえばそこは外界という事で正しいかと」
メリーの説明を受けて入ってきた穴に目を向けるゼノウの視界には、
確かに入ってきた時と同じ位置に穴が残っているように見えた。
「了解だ」
『指示出しはゼノウ様、お願いします。
クーは外界へ出す為の準備にほとんどの制御力を回しますので』
「そっちも了解だ。《コール》セーバー、ライナー」
ポシェントには今回揺蕩う唄を渡していないので、
亜空間内の戦闘では遊撃に徹して貰い、
外界へと上手くセーバーが吹き飛ばす事が出来れば最後の一撃にポシェントを頼る算段となっている。
〔応、指示をくれ!〕
〔魔弾の把握が出来なくて足留めが精一杯だぜっ!〕
「まず戦闘エリアは現在の位置から移動させない事が前提だ。
ポシェントにも伝えてくれ」
〔あいよ!〕
ライナーのまだまだ元気な声を聞いたゼノウがこちらに振り向き頷いてくる。
その返しは当然メイドである二人組だ。
カーテシーと黙礼で返礼すると、ゼノウは仲間達の元へと駆け出していった。
『こちらも準備を致しましょう』
「かしこまりました」
ゼノウと分かれた二人は踵を返して、
先に侵入を果たした穴へと向かい駆け出す。
その目的はメリーを外界へと出す為。
『《多重閻手!》』
穴の真下へ到着したメリーは、
クーデルカの魔法で発生した大きな闇の掌に乗り持ち上げられていく。
やがて、外界へと脱出を果たしたメリーはすぐさま飛び退き、
手にしていた双剣を再び箒へと変化させてゆっくりとした速度で歩き出した。
クーデルカもメリーの動きに合わせて亜空間内を移動する。
メリーが手に持つ箒に注いでいた魔力量を増やしながら、
三人の戦士が戦い戦場へと足を踏み入れた。
「セーバー!出力を抑えて!」
「リュースィ!」
『グッと抑えますわよ~』
吹き飛ばし過ぎないようにとゼノウの指示が飛ぶ。
セーバーの契約精霊が風の刃の威力を抑えた剣は見事に潜口魚を斬りつけると多少のノックバックを発生させる。
「ライナー!」
「応よ!スゥーーーッ・・おらっ!!!」
「はっ!」
飛んできた潜口魚の背後からは、
ライナーとゼノウのコンビが同時にエンチャントされたそれぞれの武器で斬りつける。
武器にエンチャントされているのは従来から有る、
攻撃力を上げる為の魔法[エンハンスウェポン]。
白い膜のようなオーラを発する武器での斬りつけは潜口魚には効果的ではないけれど、
予定通りに体勢を立て直そうとする敵の邪魔には一役買っていた。
「ポシェント!」
『位置の調整とは難しい事を言ってくれる』
『ですが、倒すとなれば必要な事です』
『中心点の把握の為とはいえ危険な場所にのこのこ出てくるとはな・・・』
『それも必要な事ですので』
『《いのづき》!』
二人が体勢を崩した事でガラ空きとなった側面やや下寄りから、
クーデルカを伴ったポシェントがゼノウの指示に従って駆け寄り穿った一撃で、
潜口魚は中空3m程度の位置に浮かされる。
『《闇縛り!》』
「セーバー!」
「真上だったなっ!ゼノウ!」
『これは手加減無くても良かったですわよね~?』
「真上に全力だっ!」
丁度良い位置に釘付けにする為には本来使用する影縫の代わりに、
ゼノウ・ライナー・ポシェントが三地点に位置取りする事で、
その影からバインドを伸ばして中空に固定することに成功し、
流れで出来上がった真下の空間にセーバーとリュースィが黄緑の両手剣を握りしめ構えを取りつつゼノウに確認を取っている声が聞こえた。
『(今です!メリーさん!)』
「(かしこまりました)」
一方地上ではタイミング良く行われた念話を受け取ったメリーが、
龍の魔力を回されて手元は伸び、
房が大きく広がり変貌した箒を両手で握りしめると、
クーデルカの存在を真下に感じ取れるこの位置の地面を魔力を込めながら掃わくと、
土と氷で出来ていた地面の下から亜空間へと繋がる大穴が新たに生成された。
潜口魚も抵抗の意思は衰えて居らず、
ぶぶぶぶ・・・と再び一瞬だけ全員の耳にあの振動音が届いた。
次の瞬間。
「『《嵐伸刀っ!!!!》』」
緑のオーラを纏ったセーバーとリュースィの揃った声で紡がれた魔法剣名。
その名の通り、潜口魚を下から刺し貫く様に刀身が伸びて見事にその魚肉体に突き刺さる。
伸びる刀身に押し上げられる形でメリーが開けた外界への穴から外へと強制的に排出され、
さらにはその黄緑の刀身から発生する強烈な風が起こす凶悪なノックバック効果で地表からもどんどんと離れていき、
自分のテリトリーではない潜口魚はその日初めて無防備にその巨体を白日の下に晒す事となった。
「マリエル様っ!!!」
『脱出します!《多重閻手シフト:ピック!》』
「外に出たらポシェントを残してすぐに離れるぞっ!」
「「『了解っ!」」ですわ~』
空にシアン色の大きな波紋が広がるとほぼ同時に、
亜空間内部からはクーデルカの魔法によりビリヤードの球のように弾き出されてきた冒険者達が次々と着地してはその場を離れる。
ただし、飛び出てきた中の一人は槍を空に向けたまま魔力濃度を高める為に精神集中に直ぐさま入った。
『《闇精外装!》
メリーさんも離れましょう!』
「かしこまりました!」
どんな威力を持つにせよ身体への負担というのは発生するものだ。
ポシェントのポテンシャルを正しく理解していないクーデルカではあるが、
彼の身体を慮って心ばかりの支援で少しでも負担を軽くする為の魔法をポシェントに施すとメリーと共に冒険者の後を追ってその場を離れる。
「『《極地嵐脚っ!!》』」
空から声が振ってくる。
よく知る二人の重なり合う声だ。
メリーに抱き上げられ離れる隙に見つめたポシェントの身体からは、
陽炎の様な魔力が吹き上がり、
周囲には巣の通路でも見た水の槍が複数本浮かび上がっている。
「『スイシーダッ!!!!!!』」
ドンッ!と重低音は確かなHITを示し、
空はその衝撃で二人と一匹を中心に雲が綺麗に外側へと追いやられて晴天が大きく広がっていた。
二人の威力の高さを物語る潜口魚を抜けた風が地表にも降り注ぎ、
全員が踏ん張ったり手で顔を覆ったりと動きを見せるなか、
ポシェントは微塵も揺らぐ事のない構えを取り続け、
今から自分に向けて落ちてくる獲物に向けて槍を空へと突き出した。
『《水霊瀑布槍ッ!!!!!》』
以前は亜空間に隠れた状態の潜口魚を狙って地面を穿った槍は、
偽りなく今、潜口魚の巨躯を穿ち、
ようやくここまでして刺し貫かれて出来た小さな傷口からは、
水の槍が次々と染みこんでは傷を抉り広げていく。
しかし、マリエル達の攻撃に加えてポシェントの威力も凄まじいかった為に、
受け止めたポシェントが耐えきっても地面は耐えきれずに広範囲に渡って地割れが発生し、
ポシェントのいる場所のみがクレーターのような凹みとなって足場を保ってくれた。
水に因る体内の蹂躙が終わった頃。
極地嵐脚よりも威力が少しだけ勝ったポシェントの槍からふわっと潜口魚がノックバックを起こし地面にドシャッと仰向けで倒れる。
『はぁ・・はぁ・・はぁ・・はぁ・・・』
空気は澄んでおり、
その場にはポシェントの疲労から来る疲れた息遣い。
そして・・・
『さま~・・・!クー姉さま~!』
「すみませ~ん!受け止めて下さ~い!魔力切れで~す!」
「クーデルカ様」
「はぁ・・・。最後まで格好が付かないですね。
《麝香猫》」
影から伸びる闇の手が幾重にも重なり合い、
やがて猫の頭の形を取ったそれは空から落ちてくる二人組に向かって伸びていき、
その口を大きく開ける。
『「また~!」ですの~!』
猫の口に収まったのを確認したクーデルカは[麝香猫]をすぐに解除する。
今頃二人は影倉庫の中で気を抜いていることだろう。
「俺達はもう戦える気力もないし撤収作業で良いか?」
『残るは魔神族だけでしたわよね~?』
『そうですね、それで構いません。
念のため時間が許す限り龍の魔石の収集をお願い出来ますか?』
「了解した」
「最後までこき使われるのかよ・・・」
セーバー達への水龍の巣での最後の指示を終えたクーデルカは、
視線を今もなお動き出さないポシェントへ向ける。
息の上がりは収まりを見せ、
潜口魚を見つめ続けている彼に向かってクーデルカは話しかける。
『ポシェント様!』
『ん?あぁ、聞こえていた。撤収だな』
『いえ、ポシェント様はお疲れですしこのままここで待機をお願いします』
「また動き出さないとも限りませんので」
メリーの言葉に皆の視線が自然と仰向けに倒れて動かない潜口魚へと注がれる。
ダンジョンのモンスターであれば倒した時点で姿は消え、
生き物である魔物の死体はその場に残る。
しかし、無精の鎧を纏ってはいないので生物としての防御力しか持ち合わせていない。
そのどちらでもない潜口魚と鎧魚。
倒しても死体は消えず、
攻撃をしても肉体破壊は行われず無精の鎧のようにへのダメージをHPのみで賄っていた。
もちろんマリエル達の戦闘ではきちんと肉体破壊に到る攻撃に成功はしているが、
まだまだ魔神族サイドの詳細は分からない事だらけなのだ。
『監視も兼ねてと言う事だな。了解した』
残るは中央だけ。
それももうじき終わるような予感をクーデルカは小さな胸で感じ取っていた。
いつもお読みいただきありがとうございます