†第10章† -13話-[不可視境界線]
いつもお読みいただきありがとうございます。
マリエルとニルが鎧魚を相手に空へと上がっていた一方で、
時を同じく戦場を変えて戦いを始めたメリーとクー、そして水精のポシェント。
壁を破壊して広い通路に躍り出た潜口魚を追って、
メリー達は瓦礫を軽々と飛び越えると通路へ移動した。
『もう潜っていますね』
「位置の把握は出来ていますから・・・っ!
これで広間へ移動するのを邪魔出来ますね」
宗八が潜口魚を吹き飛ばす前に、
クーが素早く[魔力吸収]を設置したお陰で敵のいる方向を感知できるようになった為、
広間へと向かおうとする潜口魚の道筋に影縫の手裏剣を投擲するメリー。
この手裏剣は空間を固定する為の魔法なので、
その先に潜口魚が進もうとすれば必然的に手裏剣を破壊することに繋がる。
そうなると正確な位置を特定出来、出現した瞬間にポシェントの槍が突き刺さる寸法だ。
潜口魚の気配は手裏剣から離れ、
自分たちから逃げるかのように通路の奥へと向かい始める。
『待たせた。あの魚はどこへ行った?
もっと遠くへ連れ出した方が良いそうだ』
「通路の奥へと向かいました。
十分追いつける速さなので影縫で誘導しながら対応致しましょう」
『龍に被害が出る前に追いましょう!』
そういえば、潜口魚の向かった先には、
弱っていたフロスト・ドラゴンが身体を小さくして休んでいるはず・・・。
あまりのんびりと構えている場合では無さそうですね。
「追います。ポシェント様は如何されますか?」
『少し遅れるとは思う。
だが、お前達にしか足留めは出来ないのだから先行してくれ。
戦場さえ決めてくれれば追いつき次第仕事はやる』
『かしこまりました。では、お先に行かせて頂きます』
足の遅いポシェントはアクアが居る状態であれば[ライド]を掛けて同行も出来たのだが、
闇精であるクーの魔法を水精ポシェントに掛ける事は出来ない為、
仕方なくカーテシーで頭を下げると、
メリーとクーは冷たい通路を駆け始めた。
「クーデルカ様、どう致しますか?」
『制御のほとんどは魔力吸収と魔力接続に持って行かれます。
残る制御力では潜口魚の妨害と・・・』
「ポシェント様のサポートだけですね」
長らくクーのパートナーとして行動してきたメリーは、
魔法の才能はほとんどないに等しかったのだが、
制御力の残量が少ないという程度には認識が出来るようになっていた。
おそらく、魔法の同時使用は出来ないでしょう。
妨害をしつつ攻撃などが出来ないので、
役割分担できっちりと互いが熟さなければご主人様の下へと押し通られてしまうかも知れない。
「現在、近場に居る龍はフロスト・ドラゴンが二体とアイス・ドラゴン様の計三体。
影に避難は出来ないのでしょうか?」
『どこまで小さくなれるのかはわかりませんし、
現在含ませている魔石の大きさ的に今の大きさから小さくしてはタンクの役割が果たせなくなります』
「では、せめてどちらかを巣の外に移動させるべきですね」
『楽なのは龍の方かと。
あれから少し経ちましたし、立ち上がって動ける程度には回復していると思います』
低い姿勢を保ち通路を走っている間に行われる次策の相談を終わる頃合いに、
丁度良く目指す先であるフロスト・ドラゴンが休んでいる辺りから争う音が通路を反響して聞こえてきた。
新たなタンク役である二体がここで死んでしまえば、
自分たちの失態となってしまう為急ぎ足を速めて角を曲がると、
そこには小さな身体のまま潜口魚の攻撃から必死に逃げ回る二体のフロスト・ドラゴン。
「まだ満足に動けないようですね」
『身体を動かすには回復が間に合っていなかったですか・・・。
《螺旋閻手!》』
元は1本しか出せなかったクーのオプションである閻手だが、
最近はその扱いにも慣れ、
十本までは瞬時に練り出せるようになっている現在では、
個人でもそれなりの戦闘が出来るように成長していた。
シンクロしてるメリーがクーの詠唱に合わせて魔法をイメージしながら、
上顎を地面から生やした状態で、
フロスト・ドラゴンに襲いかかろうとしている潜口魚へ向けて貫手を振るうと、
二人の影から閻手が集まっていき1本の螺旋槍となって射出される。
完全に影から切り離すと魔力が通せなくなり固形化が出来ない闇魔法なので、
根元は影に繋がったまま潜口魚に向かった槍部分は、
攻撃を察した潜口魚が地面に潜る事で回避されてしまう。
『ちっ!察しのいい魚ですね・・・』
「クーデルカ様、ご主人様のようでございますよ。
お口が悪うございます」
『お父さまに似ていると言われると嬉しいですが、
侍女としては不正解でしたね』
避けられた螺旋槍をすぐに魔力に還元し、
周囲を警戒しつつフロスト・ドラゴンの元へと駆け寄ると、
クーデルカは気配を追う事に集中しメリーはフロスト・ドラゴンの容体を確認する。
「生きてはいますね」
『肯定。しかし、お前達に協力するのはいいが、
小さいままでは戦えん』
『同意』
「いえ、戦わないで下さい。
戦う為に動かれると魔力を消費してしまいますから、
出来れば安全な場所までお送りしたいところですが・・・」
二体とも今の襲撃で失った四肢はなく、
小さくなった身体を自力で起き上がる程度には元気であった。
とはいえ、小さいと言っても限度が有り、
やはり二体ともを影に収納するには無理がある・・・。
『それにクー達が相手の空間に干渉出来ないからといって、
相手がクー達の空間に干渉出来ない証明にはなりません』
「中身ごと食べれるかもしれない・・・ということですね」
クーデルカの懸念を聞きつつ周囲を見回せば、
通路の床や壁といった魚が口を広げて通り過ぎた場所には不可解な削り後がある。
明らかに噛み付いた痕ではなく、
口に触れた物が消えているような・・・そんな綺麗な抉れ方をしていた。
「クーデルカ様。
潜口魚の攻撃は私たちが思っている以上に危ないかもしれません」
『敵は魔神族ですからどこまで想定しようとあまり大差はないと諦めましょう。
お父さまもニル達も同じような状況ですから、みんな同じですよメリーさん』
確かにそれはそうだ。
ご主人様然りアルシェ様然り今日初めて出会った魔神族を相手にしており、
状況はどの戦場も厳しく甘えた弱音など吐いている暇はない。
勝てなくとも魔神族の相手を直接している二人・・・いや、
四人の邪魔に入らないように戦場を離すのが私たちの仕事なのだ。
気を引き締めつつ中心と自分たちを隔てる壁際の地面に影縫の手裏剣を次々を投げて潜口魚の戻ろうとする動きを妨害する。
その通路の向こうからは遅れて来たポシェントの姿が現れる。
『敵はっ!?』
私たちの姿とフロスト・ドラゴンが周辺を警戒して居る様子から察して、
その場で足を止めたポシェント様が声を張って状況確認に努める。
「前方と足下にご注意をっ!
こちらからポシェント様へ向きを変えて進んでおりますっ!」
『こちらに来ていないのであればあちらに行け。
アレの攻撃は避ける動作だけでひと飲みにされるぞ』
『・・・感謝します!』
片腕と片目を失ったフロスト・ドラゴンが被害を出さぬようにと、
アドバイスと救助へ向かう事を進言してくれる。
その言葉に多少の迷いを見せはしたものの、
対象が離れていることは確実な為、
その言葉に従って二人は駆け出してポシェントの元へと向かう。
「早めに何か対策を考えつきませんと・・・」
『クー達だけが駆け回るだけならなんとかなりますが、
状況を改善しなければどこで躓くかわかりませんしね』
潜口魚の攻撃は単純。
自前の空間へと潜り神出鬼没の噛み付きでの攻撃か、
もしくは物理的な噛み付き攻撃では無く空間を削り取るような攻撃・・・。
せめてもう少し敵の動きを制限出来なければ状況を良くは出来なさそうだ。
『試したくはありますけど、
せめてフロスト・ドラゴンを逃がさなければ・・・』
「出口はまだ先ですし、すぐにどうにかするのは難し・・・っ!
ポシェント様の槍ならば壁を破壊出来ないでしょうか?」
『直接見た攻撃は広間の[流星突き]だけですから判断は付きませんけど、
可能ならば外に出ることで改善は見込めますね』
魔法での繋がりを頼りに潜口魚を追いつつも、
通路を駆けながら対抗策を練る相談も並行して行う二人は、
協力者であるポシェントの攻撃に期待して状況を回復させる為に動きを止めない。
メリーは両手で計8つの手裏剣を、
潜口魚の動きがわかりやすいようにと魔力をほとんど込めずにポシェントの手前にばらまいた。
そのうちの3つが一気に壊れポシェントに敵の位置を教えてくれる。
壊れた手裏剣を見たポシェントは槍を地面に向けて構え、
駆け寄るこちらへ向かって大声で忠告をしてきた。
『下がれ!地面を破壊するっ!』
『引きましょう、メリーさん!魔力が高まっていますっ!
《風影輪!》』
「念のため壁走りで離れましょう」
クーの毛が逆立つレベルで高まる魔力が、
集中するポシェントの周囲に蜃気楼にような揺らぎを見せ、
すぐさま魔法で速力もあげて地面を失っても良いように壁走りにてその場を一旦離れる。
やがて揺らぎが急速に形を取り始め、
それはポシェントが手に持ち構える細波のランスその物を合計で5つ水で作り上げる。
『《水霊瀑布槍っ!!》』
地面に槍を突き立てると同時に、
周囲に浮いていた水のランスも地面目掛けて射出された結果。
激しい水飛沫と共に地面は砕け、
その隙間に浸水した水が意図的に被害を広げて広範囲に破壊を刻み続ける。
地面だけでは無い。
渦を描く水の動きに周囲の瓦礫も一掃され、
爆音を轟かせながら壁にも穴やヒビが広がっていく。
それに加えて、何故か通路の奥から冷気の塊が薄ら流れてきているのが見えた。
「攻撃判定の長い魔法でしょうか?」
『確かにこれならば姿を現した途端にダメージを負いますけど、
いざという時にクー達の支援が出来ませんよ』
範囲外まで戻ったメリーとクーは地面にランディングしながら姿勢は後方のポシェントへと向かっていた。
効力の無い飛沫だけならば範囲外まで飛んでくるので、
それらを避けつつ被害状況を確認していく。
「でも、壁の方はなんとかなりそうですね」
『確かにあの被害ならばクー達の攻撃でも破壊が出来そうですが・・・、
あの攻撃の所為でただでさえ薄くなっている魔法の繋がりが揺らいで位置がわからない方が不安です』
元より次元が違う空間へと潜行される所為で魔力吸収を設置していても繋がりが悪く、
位置の特定が不安定なのに、
ポシェントの大技は実際に効果があったのかも現状不明であるし、
渦巻く魔力がノイズとなって潜口魚の位置を完全に見失ったことを懸念するクー。
全員が耳を立て目を凝らすその時、
ズシイイィィィィィンンンン・・・。
と巣全体が震える程の重厚な音が中心部と通路の奥から反響しながら各員の耳に届き、
ポシェントの背後の通路からは大きめの氷の破片がいくつも転がって来ており、
同時に土煙と冷気の混ざる気体がもっさりと流れて来るのが見えた。
* * * * *
「動き始めました」
メリーの発言は近くに控えるフロスト・ドラゴンと、
前方のポシェントに向けての物である。
相棒のクーは先の爆音に反応を示して潜伏が甘くなった潜口魚に動きに集中していた。
集中すると耳が立つのが猫の性。
視認する事も音を聞く事も出来ない対象を魔法の感覚で追っているのにピクピクと耳が動いている。
『拙いですメリーさんっ!お父さま達の方へ向かっていますっ!』
「確かにそれは良くありませんね。
どういたしましょうか?」
『残念ながら潜伏時の対処は攻撃を待つ以外、クー達には手がありません。
・・・これはお父さまの手を借りるべきですね』
邪魔になることは十分に理解はしているが、
介入を許せば今以上の邪魔となる事はもっと理解している。
故に現段階で宗八の協力を得る事が、
この後に続く邪魔にならないように手を借りる必要を判断したクーデルカ。
『(お父さま、申し訳ございません。今よろしいでしょうか?)』
「(応、どした?)」
『(潜口魚が先の音に反応して潜伏状態でそちらへ向かってしまいました。
申し訳ございません・・・)』
「(なるほどな。少しアルシェ達と合わせる必要があるから、
アクアも一緒にシンクロするぞ)」
『(はい!お父さま)』
「「「『『(シンクロ!)』』」」」
メリーには宗八の念話は聞こえて居らず、
クーの念話のみが聞こえて居たが、
その会話だけでどのような処理をするのか理解を示し、
遅れる事無くシンクロの発声を合わせて叫ぶ。
「(内容は理解しました)」
『(時間稼ぎやりま~す~)』
「(申し訳ございません、アルシェ様)」
『(お姉さまもすみません)』
「『(気にしないで、こっちはまかせて!)』ください!)」
「(クー達は位置把握と攻撃準備をしておけ!)」
「『(かしこまりました!)』」
念話会議は時間も掛けずに行われ、
数秒と掛からず終話し直ぐさまこちらも動き始める。
「ポシェント様!こちらへ走って下さいっ!」
『?・・・了解』
『フロスト・ドラゴン両名は出口へ向けて走って下さい。
外にはメグイヌオール様が居られますので合流を』
『了承』
『承知』
『魔力は使わせて頂いてもよろしいでしょうか?』
『むろん、かまわない。奴らを追い出してくれ』
次々と指示を出し、
射線に入りかねないポシェントはこちらへ駆け出し、
フロスト・ドラゴン達も出口に向かって走り始めた。
魔力の使用許可も出たし、これで心置きなく使う事が出来る。
「ポシェント様、その辺りから外へ向かって構えておいて下さいませ」
『外に向かって?敵は内側にいるのではないか?』
「目の前に踊り出るのでそのまま強攻撃で外へ戦場を移します!」
『・・・了解したっ!』
壁向こうからは魔力の高まりが感じられる。
通常より高い魔力を込めて魔法が行使されようとしているのがわかる。
「(《範囲指定!》)」
『《ロック!》』
「(《湾曲!》)」
『《ロック!》』
「(『《|消滅しやがれ!糞世界!《バニッシュメント・ディス・ワールド》》』)」
ピシッ・・・ピキピキ・・・・。
ポシェントの目の前に存在する不可視の全てにヒビが眼に見える形で刻まれ広がっていく。
床も壁もそういう物体ではない。
存在するものにヒビはないのに、空間にヒビが入っているのだ。
自身の想像を超える光景に自然と槍を構える身体にも力が入り、
この後どのようにして敵が出現するのかと熱くなる胸とは裏腹に瞳は静かに状況を見守る。
パリパリパリパリバババリバリバリバリバリバリバリバババパリパリパリパリパリ・・・・
ヒビが入りきった瞬間に、
中心部から薄い何かが割れていくような音がドップラー効果を響かせながら、
目の前の空間を破壊し続けて巣の外へと流されていく。
その衝撃は凄まじく、
壁や床はコナゴナに砕け、
ポシェントも流れに飲まれて外へと放り出されそうになる中、
足下から幾本もの閻手が影から伸びてきて、
自分の下半身をしっかりとその場に固定してくれる。
足下の地面も氷や岩が捲れ上がると同じく、
不可視の空間も砕かれて破片が外へと排出されるその光景の向こう側に・・・。
潜口魚が居た。
苦しげに口からは多量のよだれを吐き出し、
身体をよじって破片と共に排出されようとしていたが、
流石に砕けはしなかった巨体は外まで吹き飛ばないらしい。
「ポシェント様っ!お願いしますっ!」
『外へっ!』
視線は潜口魚そのままのポシェントは、
確かに背後から飛んでくる二人の言葉を耳にした。
潜口魚の身体を見る限り先ほど繰り出した大技は空間の隔たりによって完全に無効化されてしまったらしい。
指示に従わず先行した挙げ句がこれでは、
もう足を引っ張るわけにはいかない。
細波のランスを構え思う。
この魔法技術は計り知れない。
肉弾戦であればまだ自分は宗八に負ける事はないと考えていたポシェントだったが、
空間を砕く常識外の魔法を目の当たりにし、
そして自分の攻撃は無効化した潜口魚がこうして苦しんでいる。
その事実が・・・胸の中で大暴れさせる。
シヴァ様からの手伝えという言葉の意味も重さも実際わからずやってきたこの島で、
自分は何を成しただろうか?
死闘を繰り広げる広間の宗八達の指示も守れず、
手を借りて・・・。
『あぁ・・・っ!情けないっ!』
悔しさは涙となって瞳に浮かぶ。
だが、それが零れる前に、ポシェントは敵を穿って外へと連れ出す。
『《猪突き》!』
敵は破片の波の中で自分は外に居り、
流されないようにと闇精クーデルカ達が下半身を影にて抑えている為、
ランスは届く距離になかった。
だが、ポシェントは魔力を再び練り直すと上半身だけを捻り独特な突きを繰り出すと、
潜口魚の真正面に弯曲した水の牙が出現と同時に牙の流れるままに潜口魚を突いた。
突き刺さりはしなかったものの、
ゴリッという耳に痛い音を残して潜口魚は無事に外の戦場へと連れ出された。
空間破砕の波も治まったのを見計らいポシェントを抑える影を離すと、
ポシェントは振り返りもせずにそのまま走って潜口魚を追っていってしまった。
「どうされたのでしょうか?」
『さて、繋がりの無い方ですから考えは分かりかねますが、
やる気を出して下さる分には良いのでは?』
「それもそうですね。
これでご主人様もアルシェ様も存分に戦いに集中できますし」
『ですね!クー達も同じ轍を踏む前にポシェント様に合流致しましょう!』
ポシェントを追って外に躍り出る前に不要となった宗八とのシンクロを解除して、
クーとメリーはそのままの足で戦場を移したのであった。




