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特に呼ばれた記憶は無いが、異世界に来てサーセン。  作者: 黄玉八重
第09章 -奇跡の生還!蒼き王国アスペラルダ編Ⅲ-

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†第9章† -11話-[アルカンシェ誕生祭と土の国へ移動開始]

「本日はお集まり頂きありがとうございます。

 この良き日に我らが宝、至高の結晶!

 アルカンシェ=シヴァ=アスペラルダ様が御産まれになられました!

 今夜はアスペラルダ陛下とアスペラルダ妃に心より感謝し、

 アルカンシェ様の誕生を祝いましょう!」


 出た-!いつものアルシェを讃えるアスペラルダ国民の定番!!


 以前模擬戦をアルシェと繰り広げたフランシカ副将が挨拶をすると、

 会場中から拍手が巻き起こる。

 パチパチパチではない。

 スタンディングオベーションとでも言えばわかるだろうか?

 偉い人達が集まってアルシェを祝うと聞けば、

 こういう世界を知らなくとも想像することが出来る。


 それは一人一人が真摯に対応し、

 全行程が粛々と進んでいく。


 その幻想は正にいま壊された。

 拍手喝采!熱狂!いや、狂乱!

 用意された席から立ち上がって全員が全力で拍手をしている。

 胸元で拍手?一人も居ませんが?

 全員が頭の上に手を上げて強く強くクラップしまくるのだ。


 長い拍手の津波に溺れかける俺。

 その時、フランシカさんがゆっくりと片手を上げていき、

 合唱指揮者が伸ばしを止める時のような円を描く動きをしながら、

 最後に軽く開いていた掌をキュッと握りしめると・・・。


 ピタッ!と・・・拍手が止まった。

 あの狂乱の拍手がだ・・・。

 怖い・・・あと怖い。


「本日は私。第一王国軍所属、フランシカ=アセンスィアが進行を務めさせていただきます!

 よろしくおねがいします!」


 フランシカさんは自己紹介を挟むと綺麗で深いお辞儀をした。

 それに対して客席では拍手ではなく、軽いお辞儀程度の返しをする。

 彼らの先の様相と打って変わった態度に、

 本当に薬でもやっているのではないかと不安になってしまうな。

 でも横に座る王族の方々や、

 将軍代表として俺と反対に居るマリエルの隣に居るアセンスィア将軍とフィリップ将軍は慣れておられるのか表情すら変えない。


 その後は司会のフランシカさんが役を置く町名や、

 所属する部隊を伝えた後に続く名前を読み上げると、

 観客席に座っている方々が立ち上がって中央に敷かれたカーペットを歩き進み出る。


 立ち止まる地点なども事前に決まっているらしく、

 全員が全員しっかりとアルシェ達が座るひな壇から4mほどで足を止めて、

 ゆったりとした動作で跪いていく。


 そのほとんど顔すら見たことのない観客の中には、

 ポルタフォールやアクアポッツォの町長や兵士などの顔を見ることが出来た。

 その出会いは長時間立ちっぱなしなのと、

 知らない人達がアルシェに跪きながら挨拶と贈呈品の紹介をする姿を延々見続け草臥(くたび)れた俺の精神力を少々回復させるには嬉しい再会だった。


 彼ら観客は名前を呼ばれれば部屋の中央に敷かれたカーペットを歩いて行き、

 アルシェ達の前で跪き改めて誕生日おめでとうをややこしい言葉遣いをして祝うと、

 フランシカ副将の司会の元、

 部屋の横にある扉からメイドさんが現れ跪いている人物達が用意したプレゼントをアルシェ達と彼らの間に配置する。


 一応事前にチェックはしていると聞いているけれど、

 それでも知識のないものは何が起こるか分からないので、

 王達を護る為に俺たちが待機しており、

 彼らとの間に贈呈品を設置することで巻き込まれる危険を同程度とするのだという。


 そしてそれぞれが用意した贈呈品の説明を己等で行い、

 どんな物でどれくらい貴重で、

 どういう使い方をすると有効という説明をして、

 アルシェが「ありがとうございます」と言うと周囲が拍手を行い、

 フランシカ副将の進行で席に戻って貰い次の方を呼ぶのだ。


 これが・・・すでに3時間続いている・・・。

 晩ご飯はまだかしら?

 視界の端に映るアクアは、

 この状態に飽きていつの間にかアクアテールを発動させており、

 尻尾をフリフリしたりアルシェの席の裏に尻尾を伸ばしたりと制御力の訓練を行っている。


 クーは流石にメリーから鍛えられている事もあり、

 こちらは何の問題もないかのように同じ姿勢でずっとじっと動かない。

 アニマも元々が寿命の概念がほとんど廃れている精霊の王様だけあり、

 こいつも涼しい顔をして凜とした雰囲気を保っている。

 もう勘弁して欲しいと思っているのは、

 このような行事に関わったことのない俺と向かいのマリエルだけのようだ。


 とにかく、早く終わってくれ・・・。



 * * * * *

「あ”~、疲れたぁ~」

「お兄さん、お疲れ様でした。

 私も久し振りの行事参加だったので少し疲れてしまいました」

「それでも少しってところが流石は姫様だよ。

 俺はもう変な気疲れからお腹ぺこぺこだ」


 あれから前半を耐え抜いた俺たちは会食という名の晩ご飯に有り付ける。

 そう思っていた時期が確かにあったのだが、

 残念ながらアルカンシェ姫殿下(ひめでんか)の護衛隊というのは、

 国の誰もが気になる存在となっていたらしい。


 アルシェとの関係から始まり、精霊、加入条件、戦力に続き、

 お近づきにと色々と俺に振るなと正直思う話題を振られ、

 うちの娘を取り込めないかと嫁に!とか婿を!とかそんな話にまで飛び火していた。


 そんな状況下で俺たちにまともな飯を食べる時間があるわけもなく、

 俺が名前も知らないお偉方に話しかけられている間に、

 アクアとクーは早々に逃がした。

 パパッと皿に盛った食事を影に沈め、

 俺の私室で精霊達は食事を先に取らせる事とした。


「あの会食は招待客の話題を円滑に進める為の道具ですから、

 話題の渦中にあるご主人様とアルシェ様には必要のないものだったのです」

「メリー、それを先に聞いておきたかった・・・」

「申し訳ございません。

 どうにもご主人様は王族の1人と認識が深まっていた所為で、

 本来説明が必要な部分をご主人様へ伝えるのを失念しておりました」

「何度も言うけど、俺はいずれ帰るんだからな?

 そろそろアルシェ専属のメイドにも戻って良い頃合いじゃないか?」

「いえ、クーデルカ様をまだまだ鍛えなければ専属には戻れません」


 さいでっか。

 クーも精霊としてもメイドとしても十分成長したとは思うけど、

 侍従長としてはまだまだな部分が見えるらしい。

 とはいえ、

 魔神族があれでは勇者メリオが世界を救うのもずいぶんと先になる気もする。


「アルカンシェ様、お食事の用意が出来ました」

「わかりました、すぐ行きます。

 じゃあお兄さん、待望の晩ご飯を食べに行きましょうか」


 後半の会食も終わって各要人も割り振られた部屋へと撤退を終えた頃。

 時刻は日を跨ぐ前とはいえ十分に遅い時間帯だ。

 なので精霊達にはご飯を食べさせた後は歯磨きだけは忘れるなと釘を刺しておき、

 その後は布団に入って先に寝ている様に指示をしておいた。


 今頃は夢の中だろうて・・・。


 先ほどまで居た会場は再度整えるということで、

 一時的に控え室に詰めていた俺たちは準備が整ったとの知らせを受けて改めて会場入りする。


 パチパチパチパチパチパチパチ!


 大扉を開くと会場には将軍達や、

 ずっと働きづめだったメイド達といった城詰めのメンバーが拍手と共に出迎えてくれる。

 先ほどまでの会場は、

 国内からきた様々な人が集まっていた息苦しさを感じていたけど、

 今回はメンバーもメンバーだし食事をするテーブルも、

 従者と兵士、王族であまりわかりやすく区別もしていない。

 気を張らなくても良い楽な食事だ。


 実際、王様も王妃様も将軍やメイドさんと食事をすでに行っており、

 アルシェの入室に気づいてからは持っていたグラスを置いて拍手しながら前に出てくる。


「アルシェ、改めて誕生日おめでとう」

「おめでとう、アルシェ」

「ありがとうございます。お父様、お母様」


 2人の率先したアルシェへの祝いの言葉を皮切りに、

 兵士やメイドさんも口々におめでとうと言い始めた。

 数の多い下っ端兵士や下っ端メイドはこの会場には入りきらないので、

 別に豪華な食事を食べているのだが、

 それでもその中でも地位が高かったり国への貢献度によっては会場入りしていた。


 そんな方々が一斉に祝いの言葉を言い始めれば、

 広い会場といえどすっごい事になる。

 アルシェは嬉しそうな手前申し訳ないんだけれど、

 俺は元々静かな空間が好きなオタクなので、

 もうね・・・うるさい。


 しばらく続いた祝福をしっかりと受け止めた俺たちは、

 ようやっと扉の前から移動を始め、

 ひとまず結婚式場のような特等席に案内された。


「お兄さんも好きに食べてください」

「アルシェの隣で食べていてもいいのか?」

「私も食べますし。

 この場は先のイベントで食事をまともに取れない方々が食べる為の時間ですから。

 お兄さんが食べても食べなくても皆わかって会場入りしていますよ?」


 姫様の隣で無遠慮に貪る護衛隊長というのが外聞が良くないのでは?

 と評判を懸念してみたりしたけど、

 元より無礼講の場らしい。

 護衛隊長という立場と、アルシェの緊張をほぐす意味合いで、

 周りも気を遣って俺の席を結局いつもの位置に設置したと後から聞いた。


 アルシェの言うとおり先ほどまでうる・・、

 騒々しかった彼らも静まり雑談をそれぞれがしながら立食を進めている。

 意識はアルシェの誕生パーティの延長なので向いてきているけど、

 必要以上に注視はしていない。

 おそらくアルシェも食事を楽しんで欲しいと考えての配慮なのだろう。


「じゃあ、食べましょうか」

「そうだな。手を合わせて下さい、いただきます」

「いただきます」


 いつの間にか背後から姿を消していたメリーとマリエル。

 メリーは食事なども取っていたようだが食事の追加を運んでいたり、

 マリエルはこの数日で仲良くなった拳闘兵の集団へと溶け込みながらアルシェの誕生パーティを楽しんでいた。



 * * * * *

「ねぇ隊長。私もこれからずっとこれしないといけないんですか?」


 座禅から足を崩したマリエルは、

 集中なんぞもうしとうない!というように地面に五体投地して俺に愚痴を言ってくる。


「マリエルもニルと契約したんだし、正式に俺の弟子であり精霊使いになったんだ。

 今まで以上に制御の訓練は勿論、

 身体だけでなく魔法の訓練をしなけりゃならんだろう?」

「まぁ・・・そう聞いてますけど・・・」


 誕生パーティが明けて翌日。

 初めに話をした日から数日で答えを出したマリエルは、

 風精ニルをパートナーに選び脚撃特化型拳闘士を目指すことを決め

 た。

 その為、ニルはアクアとクーを参考にと道中はずっと聞き込みをし、

 アルシェが使っているオリジナル魔法[アイシクルウェポン]も参考にマリエルに使用する足を覆う魔法の創作(クリエイト)を始めていた。


「魔法拳自体は使用に関して俺の次に出来ているお前のレールには、

 俺が躓いた石がそこらへんに転がっている。

 今は武器の問題も相まって制御の訓練もなかなか進めることが出来ないけど、

 ゆっくりと出来る時間にはこうして制御だけに集中する時間も必要だとわかったんだ」

「まだ隊長みたいに上手く魔力を排出出来ないから、

 結構武器壊しちゃってますけど・・・」

「どうせ安物だから壊れても問題はない。

 マリエルにはアルシェほどの魔法センスはないから、

 アイシクルウェポンも使えない。

 そして、氷の手甲もないんだから仕方ないさ」


 マリエルを朝の魔法制御の瞑想に誘った際に、

 こうなることはわかりきっていたので大量にナックルダスターは買ってきていた。

 それらは安いだけ有り、

 素材の中に精霊石の粒も少なく魔力貯蔵量も少ない。

 だから、アイシクルエッジを込めただけですぐに限界に達するのだが、

 限界に達した武器はそれでも内部での反復運動を止めずに魔力量は増えていく為、

 使用者が意図的に魔力を排出させないと武器が耐えられずに自壊してしまう。


「早朝じゃなければ姫様に造って貰えるんですけどね。

 今日だけで3個・・・」

「ナックルダスターは反復で増える魔力も最低量だからまだ楽な方だぞ。

 これを無意識に出来る程度になれば、

 もっと増幅効率の良い武器に変えても自壊させずに排出出来るようになる」


 結局はコツさえ覚えてしまえば楽なもんだ。

 あとは反復練習をするというのも身体だろうが魔法だろうが同じだな。


「アクアちゃんは今日もお散歩ですか?」

「そうだよ。なんだかんだで城に長く居るのも初めてだし、

 幼い見た目も明るい性格も手伝ってか、

 メイドさんや兵士の中での認知度が上がって俺にも話しかけてくる奴が増えた」

「良いことじゃないですか。

 日中は城を離れるし夜も訓練してご飯食べたらさっさと寝る隊長の代わりに、

 アクアちゃん達が存在を示してくれているんでしょ」


 まぁその点に関しては俺に非があることは理解している。

 それでも副将の方々が夜の時間に模擬戦を申し込んできたり、

 将軍も時々時間を作っては精霊の扱いについて確認に来るから、

 下っ端兵士の中にはあまり話しかけづらいという風潮があるようだ。

 本来ならこちらから歩み寄る必要があるんだろうけど、

 こっちもこっちで忙しいからその辺(ないがし)ろにしているからね・・・。


 愚痴を軽く言ったマリエルは気分を入れ替える為のストレッチも終え、

 拳を握り構える。


「じゃあ行きますよ、隊長」

「バッチ来い。骨だけは折ってくれるなよ」


 軽い打ち合いから始める運動。


「アニマちゃんを起こせばいいんじゃないですか?」

「夜に将軍達の無精に熱心に教えているからなぁ・・・。

 お前だって無精を託されただろ?」

「そうですね。

 契約もなしに護りのベクトルを操作できるとは思いませんでした」

「無精の加階(かかい)が一斉に始まったからな。

 核で進化させなくてもそういう役割を持つ無精が出来てきただけだ。

 将軍たちやポルトーは実験で契約しただけだし、

 ゼノウやセーバーは必要に駈られてだったからな」


 速度の上がっていく拳と蹴りを捌いていく。

 掌で拳を落とし、手首に添えて反らし、

 肘で受け止め、首を曲げて回避する。

 同じく攻撃もマリエルにしてるので、

 マリエルも同じように防御や回避をしていくのだが、

 彼女は主体を足技にシフトした関係で、

 近接から少し離れた距離からも蹴りを出し反撃の攻撃も足で捌くなど器用な事をしている。


「ただ、契約がないから睡眠時間とかも私たちに合わせてくれないんですけどね」

「そこは持ちつ持たれつで上手くやっていこう。

 いざとなればうちのPTの無精に睡眠時間はアニマに命令を下させればいいだけだし」

「私たちの都合でってところがねぇ・・・」

「世界が破滅から救済されればいつでも寝られるんだから、

 勇者が魔王を倒すまでは付き合ってもらうしかないさ」


 パパパパンッ!パンッ!パパンッ!

 居るのが2人だけの静かな修練場には、

 軽い何かを弾くような音が連続して響いていた。



 * * * * *

「おはようございます、パラディウム氏」

『ん?あぁ水無月(みなづき)さん。

 おはようございます、お早かったですね』

「相方さんはいらっしゃらないんですか?」

『いえいえ。食事の屋台が今頃出てくるので、

 それを買いにいっているだけですから直に帰りますよ。

 それにしても水無月(みなづき)さん・・・朝9時の約束では?』


 現在の時刻は7時半。

 どうせアイアンノジュールに到着するのは明日になると理解しているから、

 気が急いたつもりはなかったけれど、

 朝練の後に軽く朝食を食べたらすぐにマリーブパリアへと渡ってき

 た。

 屋台が出る時間丁度に買い出しに行っているということは、

 これが彼らのいつもの習慣なのだろう。


「目が冴えてしまったので都合が合えばと思ったもので・・・」

『そうですか・・・ひとまずネルレントを待ちましょう』


 なんとか誤魔化したぜ。

 そこへトテトテとクーが歩み出てパラディウムさんに質問をする。


『この町は長いのですか?』

『いえ、ここひと月くらいなものですよ。

 水無月(みなづき)さんに会えなければあの日を最後に翌日から移動しようと思っていましたし』


 クーの質問に答えるパラディウムさんの答えは意外な物だった。


 って事はかなり運が良かったな。

 運命は巡り合わせとはいうが、

 ゲートを作れるようになっていなければ・・・、

 ハイラード共同牧場が備品不足じゃなければ・・・、

 行き先をマリーブパリアを選ばなければ・・・、

 メイフェルが興味を示さなければ・・・。

 挙げればキリがない分岐を進んだ結果、

 彼らと出会いこれからノイを迎えに行ける。


『ますたー、どうする~?』

「パラディウム氏達がご飯を食べ終わるまでどっかで時間を潰すか・・・」

『いえいえ、それには及びませんよ。

 ナタイエ村には水無月(みなづき)さんの魔法で移動出来ると聞いていますし、

 そこからの地脈移動中はやることもないので、

 その時間を使って朝食はいただこうと思います』

「無理を言ってすみません」

『この程度は無理ではありませんよ。

 土精王の方が余程の無茶を言いますしね・・・』


 その言葉を口にするパラディウム氏の顔は・・・疲れていた。

 しばしの談笑を挟んだ後にネルレントさんが朝食を抱えて戻ってきた。

 事情を説明すると、

 少しガッカリした顔をしそうになって持ちこたえていた。

 余程お腹が空いているとみた。

 うんうん。


 俺も晩ご飯を腹一杯食べたはずなのに、

 朝起きると何故かぺこぺこだからいつも困っている。

 もっと腹持ちが良くてもいいと思わんか?

 どうせなら数日持ってもいいと思わんか?

 ご飯食べる時間って30分くらいは掛かっちゃってゲームのコントローラー握れないもんね。


『えいっ!』


 ネルレントさんが指先でツンと彼らの岩洞(がんどう)を突くと、

 さらさらっと砂へと姿が変わり、

 その砂も魔力へと還元され露天の前には何も残らなかった。


『これ、あれだね~』

「アクアがこの間見せてくれた着水か・・・。土精だから着土?」


 着火が基準だからなんかゴロが悪いんだよなぁ。

 まぁ、どうせこれから暇な時間が出来るしここはひとつ考えてみるかな。


『まだ幼いのにもうその域の制御訓練をしているのですか?』

『スィーネがやった方が良いって言ってた~』

『スィーネさん?』

「ポルタフォールの守護者(しゅごしゃ)をしている水精です。

 精霊使いとはいっても精霊をすべて知っているわけではないので、

 訓練とか修行とか技術向上の指導をお願いしているんです」

『それもそうですね・・・。

 我々も幼い頃は上位精霊に教えを乞うておりましたし。

 それにしては優秀だと思いますけれど・・・』


 岩洞(がんどう)を片付けている傍らでパラディウム氏が露天商品の片付けを進める。

 そのパラディウム氏が俺たちの呟きに反応を返してきた。


「うちのはちょっと普通の精霊とは違いますから、

 某上位精霊曰く、人よりも成長が早いと言っていましたよ。

 アクアなんて浮遊精霊(ふゆうせいれい)から1年でコレですしね」

『ほうほう・・・、それはまた不思議な現象ですね。

 他の契約精霊も同じ成長を?』

『ニル達もアクア姉さまと同じように成長する予定ですわー!』

『クーも同じように成長する為に頑張っています!』

『向上心は大事ですからね!

 私も楽器をこれから改良もしなければなりませんし、

 もっともっと色んな種類を開発しなければなりません!』


 最後の言葉は努力や試行錯誤で楽器開発に取り組むネルレントさん。

 同じ精霊であり長命種特有の悠長な過ごし方でなく、

 常に努力を続けるニルやクーの向上心に反応したらしい。


『お待たせしました。準備も整いましたのでさっそく移動を始めましょう』

『まずはナタイエ村です。

 水無月(みなづき)さんの魔法で移動予定ですけど・・・』

「えぇ、一旦人目に付かないように外で使うますので、

 ひとまず着いて来て下さい」


 足並みを揃えて町の入り口へと向かう。

 まだ早朝ということも相まって入り口に近寄る者は俺たちしかいない為、

 変な目立ち方をしている気がする。

 ちなみに町を護る大きな門扉はつい先ほど、

 午前8時に開いたばかりなので開いた直後に出て行く俺たちの目立ちようったらない。

 門番の人から「何をする気か知らないが、気をつけろよ!」と注意された。

 意気込み高く冒険に行く集団と間違えられたのかな?


「じゃあさっさと移動しますから、

 お二人は俺たちの後にゲートを通ってナタイエ村まで移動します」

『わかりました』

『闇魔法・・・ドキドキしますね、パラディウム様』

『そうだな!』


 街道から少々外れた森の中で、

 俺たちの後からゲートをくぐる二人を眺めながら俺は、

 しばらく連絡を取っていないある人の事を思い出していた。


「(そういえばセリア先生は、

 ノイをアイアンノジュールに送ってから何をしているんだろうか?

 アスペラルダには戻っていなかったし、

 俺たちと合流しようという動きもなかったし・・・)」


 地脈移動が終わったら俺たちは空をかっ飛ばして、

 徒歩で1週間程度離れたトレアーズ村に今日中に到着する予定だ。

 アクアが加階(かかい)したおかげで速度もかなり上がっているし、

 ニルも一緒に居るから風除けもしっかりと発動できる関係で、

 速度を緩めずに飛ばすことが出来る。


 これにニルが居らず俺だけの制御力で風除けを作っても、

 アクアの速度で発生する風を抑えきることができない。

 瞑想で制御力が少し成長していても、

 限度というのは割と底が浅いものだ。



 * * * * *

 ナタイエ村・・・への直通ではなかったゲートを渡り、

 我々はナタイエ村の近くの森までやってきた。


『おぉー!これは良い魔法ですね!』

『すごいですねー!これは旅が捗ります!』

「時空魔法なので闇属性の精霊以外には無理ですよ。

 水精の水脈移動やこれから行って頂く土精の地脈移動は、

 短い時間で長距離を移動出来るし消費MPも少ないですけど、

 これは一瞬で移動できる反面短い距離でもMPの喰い方えげつないですよ?」

『お父さまとクーの努力もあって本当に微々たるものですが、

 徐々に消費MPも少なくはなってきています』


 まぁそれでも1度長距離移動したらマナポーションをグビグビ飲まないといけない。

 この魔法を多用し始めた最近は常用どころではない・・・。

 1日に許される摂取量を確実に超えているという自覚がある。

 良薬も飲みすぎは毒となるわけだし、

 せめて朝・昼・晩の3食はバランス良く体調に気をつけている。


「ナタイエ村はそこの木陰から見える距離ですね。

 完全に道から外れていますけど、

 ここからどの方向に地脈移動のスポットがあるかわかりますか?」

『あー本当だ、村が見えれば場所はわかります。

 こことは村を挟んだ反対側になりますね』

「じゃあパパッと向こうまで行きますから、

 今度は影のなかで少し待っていて貰えますか?」

『影? パラディウム様、精霊使いってこんなでしたっけ?』

『言い方をっ!考えろっ!』

『あだっ!!!』

「こんな?」


 愛ある拳骨を頭頂部へと受けたネルレインさんは、

 可愛いとは言えない悲鳴と共にしゃがみ込んで頭を抑える。

 ところでこんなと言われるということは、

 精霊使いという存在を知っているということなのだろうか?


『いつだったか火の国を巡業していた時に接する機会がありまして・・・』

「え!?それはどこ会ったか詳しく!!」

『あー、いえ。それはずいぶん前でしたし、

 契約者もお歳を召しておられたのでもう会うことは叶わないでしょう』

「はぁ・・そうですか・・・」


 ついに俺以外の精霊使いの情報が!と期待をしたが、希望は潰えた。


『その精霊使いはやはり火精(かせい)を連れていたのですが、

 それぞれが互いが互いを護るような戦い方をしていたので、

 そういうのとはまた違うという意味で・・・』

「おそらくその契約精霊は純粋培養の精霊でしょう。

 俺たちのは先にも説明したとおり少し違う成長をしていますから」


 それと魔法の開発については精霊使いのほうが魔法をイメージしないといけない。

 精霊だけではアイデアを出せないのだ。

 何せ、基本的には大きくなれば隠れ里?に引きこもるし、

 戦闘とは縁遠い生活をする者が多い。

 それでも生活に使う程度の制御力があれば魔法を開発する必要がないって聞いたな。


『ともかく時間も惜しいので影へ入っていただけますか?』

『え、あ、すみません。すぐに入りますね』

『ネルレントよりもしっかりした子ですね』

「まぁうちのしっかり者代表ですから」


 地脈移動に次の村への移動時間を考えて急かすクーに、

 ネルレントは申し訳なさそうにヘコヘコ謝る。

 実際の歳と精神的なしっかりは比例しないらしい。

 二人を影に案内してから移動を開始する為に足首をグリグリと回す。


『ソウハチ-、どうしますのー?』

『短いけど精霊纏(エレメンタライズ)する~?』

「いや、一人で使える移動魔法も練習していたし、

 お前等もそれぞれがついて来てくれれば良い」

『わかりました。闇纏(マテリアライズ)!』

『あ~い。氷纏(マテリアライズ)!』

『かしこまりーですわー!雷纏(マテリアライズ)!』


 アクアが開発した移動魔法[アクアライド]。

 これは無精の特性上アニマは当然使えるし、

 俺も使おうと思えば使えるけど・・・。

 アクアが使ったときほどの速度は出ない。


 だから俺向けの魔法・・・とは違うけど、

 アニマと調整を重ねて魔力制御だけで移動をする方法を作り出した。

 ヒントは元の世界でもあったし、

 それが実際に再現が可能なほど俺も成長していたのが功を奏した。


『ワタクシは何もしない方がいい、です?』

「距離も大したことないし、

 集中力も持つだろうから大丈夫だ」

『わかりました。失敗しても怪我はしないように護ってあげます』


 俺の守護を担うアニマ様からも勝手にせよとお達しを頂いたところでスタートの構えを取る。


「行くぞ」

『『『はい!』』』


 足の裏に魔力が集まる。

 少なすぎては弾けないし多すぎるとバランスを崩してしまう。

 そういう細かな魔力制御を熟して、俺の姿は消える。


『《アクアライド!》』

『《風影輪(ウンブラ・ロタ)!》』

『《エリアルジャンプ!》』


 精霊達もそれぞれが移動魔法を発動させ、

 アクアは足下から水の飛沫を撒き散らしながら地面を滑っていき、

 クーも足首から丸っこく可愛い羽にも見えるフォルムの掌が出現し、

 アクアと併走して高速移動を始めた。

 ニルはアニマル形態の方が移動力がある為、

 兎の姿で空を飛び跳ねて後を追う。


 街道ではない道はずれからのスタート故、

 フォレストトーレは木々が多すぎて新しい移動法では直線での移動が難しい。

 アクアのように器用に木々の間を駆け抜け、

 時には水で道を作って崖を登る。


「んなこたぁ無理だ。ここで俺は空を選ぶ」


 俺が使い始めたこれは縮地(しゅくち)と呼ばれる動きだ。

 瞬動術(しゅんどうじゅつ)とも言われるこれは、

 名の通りに一瞬で距離を縮めるもの。

 魔法先生ネ○ま!を読んでおいて良かった。

 この世界の先駆者でもあるアセンスィア卿にも手伝ってもらった。

 まぁ、あっちはアクセサリーの力だったけどね。


 大体6mほどを一瞬で詰める事の出来る俺の縮地(しゅくち)

 もちろん途中で方向転換できるわけもなく、

 下手をすれば大木にぶつかってダメージを負ってしまう。

 そういう事も踏まえると空を駆けるという選択しか出来ない。


宗八(そうはち)・・・』


 護るといったアニマが心配そうな声をあげる。

 でも返事をする余裕が俺にはない。

 エリアルジャンプは風の力場を踏み込んで空を駆ける魔法だが、

 俺が使う縮地(しゅくち)は魔力を足裏で弾けさせて身体を飛ばす技術だ。魔法ではない。


 その為、踏みしめる事が出来ない。

 地面を離れてしまえば、

 タイミング良く弾けさせないと途端にバランスを崩して落下してしまう。

 その時の体勢も大切になるし呼吸も大事だ。

 呼吸なんて動けば乱れるものなのだから、

 この縮地(しゅくち)に関しては出来る限り息を止めて行うのが鉄則だ。


 それでも一瞬で6mだ。

 息を止めていられるのも1分くらいある。

 それでも一瞬で6m・・・。

 身体に掛かるGもハンパない・・・。


「おえぇぇぇぇぇ・・・」

『やはりすぐ無理が来ましたね』


 目も痛い・・・。

 無精の鎧がなければ体中痣だらけになっていただろう。


『ますたー!大丈夫~?』

『お父さまっ!?』

『あららーですわー・・・』


 娘達も一息遅れで合流してきた。

 こちらは最速でも無理のない魔法なので身体に負担はないけど、

 俺のコレは長時間運用には全く向いていない。

 せめてノイと契約をして重力の制御が出来るようにならないと死んじゃうよ・・・。


「うぅ・・・いまは緊急回避くらいにしか使えないか・・・」

『無精の鎧でダメージには繋がらなくとも、

 乾きも圧力も身体に影響を与えますからね』


 それでも村は通り過ぎてあと少しというところまで進んでいた。

 効果は劇的、デメリットも激烈。

 漫画やアニメみたいな何でも有りな世界なら、

 この程度デメリットもなく使えるんだろうけど。

 異世界も現実なのだからこれも当たり前なのかな・・・。


「アクア、すまんが送ってくれ」

『あいあ~い。《アクアライド~!》』


 結局近場までアクアの魔法で寄せることにして、

 土精の二人も影から地上へと引っ張り出して正確な位置へと案内してもらう。


『あぁ、ありましたありました。ここですね』

「ここって・・・どこ?」

『草木でわかりずらいかと思いますけど、

 僅かですがこの草の下に鉱脈が露出しているんです。

 ここから連続した地層などを通ってプルゥブトーアへ向かいます』

『時間にして5時間ほどでしたか?』

『そうなりますけど、このまま移動を始めても大丈夫ですか?

 始めてしまえば途中で止めることは出来ないですけど』


 あ、すっかり忘れていた。

 5時間・・・5時間かぁ。


『お父さまはゲートの設置をする為に移動の必要があります』

「あっちに着いてから次のトレマーズ村までは徒歩で1週間って聞いたな・・。

 クー、どのくらいか分かるか?」

『ん~、お姉さまとの水精霊纏(エレメンタライズ)とニルのソニックで3時間といったところでしょうか?』


 さらに3時間・・・。

 特にすることもない時間が多すぎて勿体ないよな。


「アニマ、俺の召喚(サモン)ってどのくらい持つかな?」

『・・・・。3時間は持つと思いますよ』


 俺とのパスから召喚(サモン)の効果時間を算出し、

 俺の思惑も見据えて解答をくれるアニマ。

 なら、全員戻していてもいいかな。


「アクア、クー、ニル。

 お前達3人はそれぞれスィーネ、アルカトラズ様、アスペラルダ城に戻ってもらう」

『なんで~?』

「5時間も暇な時間があるんだ。

 どうせ魔法制御の訓練くらいしかないんだし、

 やるならちゃんと教えられる人と一緒のほうが良いからだ」

『クーもですか?』

『ニルもですのー?』

「2人もだ。召喚(サモン)は3時間持つし、

 クーを最初に呼び出せばゲートも開いて別口で合流も出来る。

 ニルもセリア先生の元へ送れれば良かったんだけどな。

 せめてマリエルもアルシェも居る城に戻ってな」


 三者三様ではあったけど、これは決定事項だ。

 離れたがらない理由が俺の心配というところが情けないところだが、

 アニマは残すし上位精霊2人も居るわけだし、

 地脈移動中は地面が断裂でもしない限り妨害は受けないらしい。


『わかった~!アクアがんばる!』

『クーは離れますが十二分にお気を付け下さい、お父さま!』

『ニルはアルシェに魔法を相談して完成させる事にしますわー!』

「はいはい。5時間したらまた全員呼ぶから、

 あっちにはよろしく伝えておいてくれ」

いつもお読みいただきありがとうございます

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