†第9章† -08話-[スタート地点の贖罪Ⅱ]
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バーゼラルド宅から半ば追い出される形で先を急がされた俺たちは、
さっそくフーリエタマナへとゲートを開き移動をした。
ギルド経由からの緊急事態を想定した体勢が町全体に敷かれ、
町に入るのにもいちいち検問を通る必要があるほどだった。
まぁ俺たちはフーリエタマナに用はなかったので、
外から眺めてからすぐに町から飛び立って土の国方面へと移動を開始した。
「とはいえ、しばらくは風の国から出ることは出来ないからな」
『スピードは出してるけど、ちょっと暇だよねぇ~』
『クーはお父さまとお姉さまの背中で日向ぼっこ出来て・・Zzzz』
『ニルもソニックを掛ける以外は暇ですわねー・・、
クー姉さまも寝てますしニルも寝ていていいかしらー??』
「はいはい、ご勝手にどうぞ」
アスペラルダからは休暇を頂いているこの2ヶ月で、
俺が勝手にノイを迎えに行く為にこいつらを付き合わせている以上昼寝に口出しは出来ない。
出来れば必要のない時間今のような時間は、
城に戻して訓練でもさせることが出来れば良かったんだけど、
流石の影倉庫もここまで離れると機能出来ないらしい。
以前に魔法ギルドに所属する闇精カティナが、
長距離転移は大変だとか言っていたから、
上級精霊が大変な事をクーが出来る道理もないだろう。
そもそも影倉庫の主な開発理由はテントなどのキャンプ器具を持ち運ばなくても良いようにしたかったからだ。
そのついでに中に人も収納が出来てしまっただけに過ぎず、
さらに副産物で転移紛いの移動も出来ていただけなので、
国の首都から別の国の首都まで移動できていては転移という魔法の意味も成さなくなってしまう。
「アクア、制御力の訓練って最近は何をしているんだ?」
『ん~?アクアはね~地面を凍らせる範囲を操作したり~、
魔力に着水させたりしてるよ~?』
「地面を凍らせるはアルシェも同じことしてたから知ってるけど、
魔力に着水ってなんだ?」
『じゃあやってみせるから腕のコントロール頂戴~』
「はいはい」
俺たちの戦技:精霊纏は、
精霊を纏うことで二身一体となって戦うスタイルになる技だが、
これは基本的には俺が身体のコントロールをして、
魔法については精霊に任せる方法で戦闘を熟している事が多いのだけれど、
別にこのコントロールを逆にすることも出来るし、
各個別に操作を分けることもできる。
今回は飛ぶ制御をアクアがしていて身体の体勢は俺が操作していたが、
この身体の腕というパーツだけをアクアに委任する形でコントロールを明け渡す。
アクアは俺の腕を胸元へ持って行き、
ボールでも持つかのような形を取ると水属性の魔力を放出させる。
それを制御してボールを持っているかのように見えた腕は、
本当に魔力のボールを持つこととなった。
『これでね~・・・やっ!』
アクアが珍しい掛け声を発すると同時に、
一瞬で手元の魔力ボールが水ボールへと変化した。
しかし、アクアが力を抜くとその現象も収まり水は何処かに消え、
手元には先の魔力ボールだけが残った。
『こんな感じで魔力に水を着水させるの~。
いままでは周りの水を集めたりしてたけど、これが次の段階なんだってぇ~』
「着水って何の事かと思ったけど、
着火の水Ver.だったのか・・・。
魔力を着火・・着水材にして制御で水を着けるんだな」
『そうそう。
水場での巻き上げとかまでなら出来るようになったんだけどね~。
水場がないときはこれが出来ないと制御でいろいろするのは大変だぞってスィーネが~』
うーむ、さっそくスィーネ先生の新しい講座が始まっていたのか・・・。
俺も制御の練習自体はしているんだけど、
やっぱり規模はまだまだ小さなもんで、
アクアが今し方見せた着水技術なんていつ出来るようになることか・・・。
「俺も休みのうちにスィーネかボジャ様に修行してもらおうかな」
『え~!?2人のところに行くならアクアがますた~の面倒みるよ~!』
「面倒て・・・」
『シンクロすればアクアのゆってる意味も伝わるでしょ~?』
「ゆってるじゃなくて言ってるな。
まぁそれもそうだな・・じゃあ、
今度暇な時にでも俺の面倒見てくれや」
『まかせろ~!』
『Zzzzzz』
『Zzzzzz』
* * * * *
さて、空が黄昏色に変化した案配でアスペラルダへと戻った俺は、
ギルドへと向かっていた。
『すぐにでも土精の王と連絡が取れるのであれば、
今日にでも何かしら連絡があるかとは思いますが・・・』
「でも、どういう連絡ラインがあるんだろうな。
アクアもシヴァ様と連絡できないし、
クーもニルもアルカトラズ様やテンペスト様と連絡できないんだろ?」
『ですね』
『ですわー』
『当然、です!』
ギルドへ向かう俺の身体の守護から分離し、
アニマがその回答を持って胸元に姿を現す。
「どういうこと?」
『浮遊精霊として産まれた時点で王からの庇護はある程度働き始めます。
もちろんアクアとクー、そしてニルはその庇護を受けていたでしょう』
「王って・・・無精は今までどうだったんだ?」
『うっ・・王の代理を立てて、
上位精霊数名にひとまず里親として庇護をお願いしています』
へぇ、無精ってちゃんと成長した個体もいたんだ・・・。
でもセリア先生もカティナも見たことないらしい事から、
もっとも姿を隠している属性かもしれないな。
聞いた話だと、
冒険者に纏ってはいずれ他属性に変化すると・・・。
『代理は庇護だけで加階は封印されておりましたから・・・。
そちらもワタクシが顕現してからは解除をして、
おそらく世界中で多少の加階をしている子もいるかとは思います』
「進化した精霊は俺たちが施したみたいに成長して鎧のコントロールが可能に?」
『えぇ、まぁ・・。ただし、宗八。
貴方の人工加階に比べれば微々たる加階なので、
ワタクシァもちろん、ウーノ達にも及ばないですけれどね』
そういえば上位精霊はこぞって俺の強制加階は加階率が高いと言っていた気がする。
本来は数度の加階で進む成長がひと息に飛び越えてしまうので、
人より遅い精霊の成長が、
俺の技術によって人よりも早い成長になっているとか。
「で、庇護の話に戻すけど。
王の庇護で連絡が取れるのか?」
『いえ。庇護はあくまで見守る程度の役割しかありません。
庇護対象の動向を察することが出来るので、
今回も察した王からの連絡を待つのだと思います。
あ、庇護対象から王への連絡は出来ないのであしからず、です!』
にゃるほど。
スィーネと会った後に王妃様がなんとなく状況を察していたのはその所為か。
っていうか、庇護の内容が完全にGPSアプリでワロタ。
少し先を浮遊して進むアニマは振り向いて人差し指を立てて話を転換する。
『で、初めの話に戻りますが、
王の庇護は3人にも届いていたのです。
でも途中で親の役が・・・宗八に変化した』
「つまり里親が決まったから庇護役が切り替わった?」
『そういうこと、です!
人の子と同じく精霊も上の立場の者から護られている、です!』
「親ではなくなったから連絡は取れなくなったってか?
少し薄情じゃないか?」
『精霊に親という正確な関係はないですから・・・。
そこは大目に見てください』
ギルドへ向かう間に精霊についてまたひとつ賢くなった。
ちなみに、ギルドで連絡が入っているかと確認をしたところ、
特に何も連絡は入っていなかった。
『まぁ土精はのんびりしている部分もありますし、
4日5日はズレると思っておいた方がいいでしょう』
* * * * *
「んじゃ、手袋外して前に揃えて腕を出してください」
俺たちが今居るのは、
治療院の2人部屋であり、
その2つのベッドにはバーゼラルドと久々に顔を見たフェラーが横になっている。
「おい、宗八。
話には乗ったけどな、俺もバーゼとほぼほぼ同じ考えだぞ」
「その件についてはこれ以上の譲歩はありません。
お金は支払いますし、出来うる限りの手助けはさせて頂きます」
「頭固いだろ?」
「宗八の世界は余程平和らしいな」
それぞれがベッド脇に控える女性から、
醜くなってしまった手を隠している手袋を外してもらい、
ランプの明かりにその姿が晒される。
初めて見たその醜さに目を反らしたくなる弱い自分を叱咤し、
しかと自分の未熟さで負わせてしまった傷と向き合う。
「水無月、無理はするなよ。
受け入れる必要はないんだしこれからお前が治してくれるんだろ?」
「その顔は前にも見たぞ。
忘れろとは言わないけどな、慣れた方がいい」
「余計なお世話です。
では、先に奥様方に振り込みますからカードをお願いします」
「私もあのときは大人げなかったと思っているわ。
だから気持ちとしてはバーゼと同じよ・・・でも、
感謝はしているわ」
まずバーゼラルドの配偶者であるリーディエさん。
あぁやっぱり俺を引っぱたいて場を鎮めてくれた人だったか。
「私は話しに聞いていただけなので、
今回のお話もいきなりで戸惑いましたが、
3人が前向きだったので、それならって・・・」
「知らない技術でご主人を治そうと言う話ですから無理はありません。
ご不安かとは思いますが、
ふた月もすれば健常者の生活がフェラーに返すことが出来ますから、
どうか信じてください」
「えぇ、主人が決めた事ですから。
私も貴方を信じたいと思っています」
フェラーの配偶者であるパウダーさん。
日本の大和撫子と言われれば納得の行く姿勢を持つ女性で、
外見が茶髪でなければ懐かしさすら感じられた事だろう。
「ちょっと・・・」
「気のせいです」
リーディエさんが目聡く予定よりも高い金額が振り込まれた事に気づいて、
俺の袖を軽く引っ張りながら声を掛けてきたが、
知らぬ存ぜぬで話を継続しない方向で誤魔化す。
お金だってあって困ることはないだろう?って言うと嫌みに聞こえるし、
余計な言葉を発してしまうと、
リーディエさんに揚げ足を取られて怒られかねないので逃げさせて頂く。
「さっそく施術に移りますよ。
ニル、2人の腕を麻痺させてくれ」
『あいさーですわー!《タクト!》』
ニルは俺の指示の元タクトを呼び出し握ると、
彼ら2人の4つの腕に対して肘関節部分をチョンチョンと突いていく。
その様子を部屋の入り口から見つめていたシスターがトトトッと走り寄ってきて、
心配げに声を掛けてきた。
「彼女は何をされているのですか?」
「今から腕に微弱な電流を流して痛みを無くす為に、
スポットを設置しているんです」
「はぁ・・」
何言ってんのかわからないといった様子のシスターだが、
彼女の仕事はあくまでこの2人部屋を清潔に保つのが仕事である。
しかし、治療院とクレアがいるユレイアルド神聖教国は繋がりがある故、
聖女以外が謎の技法を持って治療するという状況に、
少しでも情報を持ち帰ろうと聞いてきたに過ぎない。
「熱心なところ申し訳ないんですけど、
聖女クレシーダはこの魔法を直接見ていますよ」
「え、あ!そうなんですか!?
はぁ・・・え?直接っ!?」
感情の起伏が忙しい方だ・・・。
相手するのは面倒だしあとは無視しておこう。
俺が感情の起伏が薄いのでこういう人は苦手だ。
「準備は出来ましたけど、どうしましょうか?
どちらかから施術するか、2人同時に始めるか選んでください」
「ひとつ聞きたいんだけどな、宗八。
実験はして成功しているって認識で良いのか?」
「はい、実験は1人・・いえ、自分も入れて2人ですかね。
1人目は事のついでに手の骨を砕いて実験しましたから」
「こわっ!誰だよその可哀想な人」
「隣国のラフィート王子です」
「「「「「・・・・・」」」」」
流石は異世界だ。
隣国の王子様の名前を知っているからか、
まさかの人物の名がここで挙がり全員が「ええええ・・・」とした顔で引いてしまった。
俺なんて隣国の代表どころか自国の副大統領も、
自分の住む地域の町長すら知らないってのに・・・。
「先日のフォレストトーレ王都の異変を調査した際に、
着いてこられると国として不都合があると判断してボコっただけなので、
気にすることはありませんよ」
「それは貴方が言う台詞ではないのではないかしら・・?」
予想外の内容に戸惑いながらもリーディエさんが指摘をしてきたので、
仕方なしにアクアに目配せをする。
『先日のフォレスト・・』
「精霊が言えばいい台詞でもないからなっ!?」
夫婦揃って怒るとは。
「正当性はありましたしアルシェの前ですべて行いましたので、
ある意味王族公認の行為です。
俺たちが気にする必要はありません」
「宗八は当事者だろうに、
なんでこいつは他人事のように語るんだ・・・」
「彼は屑でしたからね。
あ、俺のほうは体中の骨にヒビが入っている様だったので使用した程度です。
とにかく体調の回復に時間もかかりますし、
そろそろ始めたいんですが?」
あの王子はこんなところでも邪魔になるのか・・・。
そんな苦い思いをしながらも強制的にフォレストトーレの遺児の話は切り上げて、
選択を早くしてくれと促す。
2人は一旦お互いを見やった後に、
俺に振り返って芯のある声で答えてくれた。
「「同時で頼む」」
* * * * *
「では、目の前に浮かぶ文字を口に含んで飲み込んでください」
『文字は目に浮かんでいるだけなので、
口に含むと柔らかく無味の丸い物体を飲んでいる感覚です。
それをそのまま飲み込めば大丈夫です』
すでに文字魔法は発動され、
彼らの口の側に浮遊する文字は当然「修復」。
それを飲み込めば魔法が服用した身体に影響を与え、
文字に適した効果を発揮する。
「今から電気麻酔を腕に施します。
これで完全にとは言いませんが痛みはかなり抑えられるはずです」
「王子様にも同じことを?」
「いえ、その時は新鮮な実験体に興奮して痛みはそのままで施術しました。
なので、大変五月蠅い思いをしました」
「ひでぇ・・・」
「ねぇ、もう1度聞くけれど・・・。
栄養の過剰消費で日常生活が困難になる、
その後は栄養のある食べ物を食べさせてあげれば回復は早まるのよね?」
「術後は実験をしたわけではないですが、
先の実験に協力してくださったラフィート王子を看てくれているシスターが診察したところ、そういう話を伺いました」
俺はカルシウムも取っていたし、
日光にも基本的には当たっていたからビタミンDも精製されていただろうし、
動けなくなるなんてことはなかったが、
ラフィート元王子はベッドと大親友になっていた。
「食べれば良いというものではないので、
小分けに消化出来るように、
1日5回くらいの食事が出来ればいいんじゃないかと思いますが・・・」
「そうですね。消化しきらず排出してしまうと食事が無駄になりますから、
小分けにというのは賛成です」
俺の見解を提示してからシスターに視線を向けて実際はどうなのか確認すると、
小分けと消化に関しては賛同を得ることが出来た。
太りたい人も同じように消化機関が弱いと大食いしても、
そのほとんどの栄養素は吸収されずに流れてしまうらしい。
だから小分けにするとちゃんと吸収されて体調も整うのだとか。
「じゃあ、リーディエさん。
私たちで分担すればなんとかなりそうですね」
「そうね。なんとかしましょう」
「話も決まったところで、2人は飲み込んでください。
ニル、麻酔を始めてくれ」
『かしこまりーですわー!』
奥様2人が仲良さげに自然と分担の話をし始めるなか、
俺たちは俺たちで施術の準備を始める。
ニルは立てたタクトを2度軽く振るうと、
一瞬パリッと黄緑色の電流が2人の腕に設置したスポットに走って行った。
神経がちゃんと麻痺したか、
2人は指を動かして確認することが出来ないので、
俺はおもむろに2人の腕を抓ってみる。
「痛いですか?」
「・・痛くない」
「俺も痛くねぇな」
「じゃあ後は文字を飲み込めば施術が勝手に行われますから、
その様子を見たくなければ目を瞑って頂いてかまいません。
いつでもどうぞ」
準備は整った。
説明もしたし、生活保障のお金も渡したし、麻酔も掛けた。
俺は2人の側を少しだけ離れて、飲み込むようにと態度でも示す。
「じゃあ、飲むぞ」
「OK相棒、いつでもいいぞ・・」
「「せーのっ!」」
ここまで来ると2人は目配せしなかった。
この魔法に不安があるのだろう事はわかっているし、
1度決めた以上はこのまま飲むしかないという気概を感じる。
俺たちが見守るなか、
2人は一息に[修復]を口に含むと苦くもないのに目を目一杯に瞑って飲み下した。
結果。
効果はすぐに現れ始め、
彼らのグチャッと潰れてしまっていた手先は、
ウゴウゴと活動を始めると、
実験体と同じようにパキパキポキポキと不気味な耳に不快な音を立てながら、
着実に人の手の形へと修復されていく。
「「「「「・・・・」」」」」
その様子をこの場に居る全員が黙って見守る。
別に喋ることが悪いわけではないけれど、
やはり2人の事を考えると見守ることしか出来なかった。
全員が、治療の成功を祈る時間だった。
パキパキパキ・・・バキバキ・・ポキ・ポキパキ・・・
ゆっくりとしかし着実に、
1年前の姿に戻っていく両の手を黙って見つめる2人は、
一体何を想っているのだろうか。
「・・・うっ」
「バーゼッ!?」
「・・・なんだ、これ」
「フェラーッ!?」
ベッドには入っていたが、
上半身を上げていたバーゼラルドとフェラーは、
施術の副作用である栄養の強制搾取を受けて支える力を失ったらしく、
ボフッと音を立てていきなりベッドに沈み込んでしまう。
その姿を見た両配偶者の2人がすぐに駆け寄り声を掛ける。
「大丈夫です。治療の副作用で力が入らなくなっただけですから。
1~2週間程度で起き上がれるようにはなると思います」
「血色から見てもおおよそその程度でしょう」
セカンドオピニオンでも同様の回答を頂けたことで、
2人は安堵の息を漏らすと同時にリーディエさんからキツイ視線をプレゼントされる。
ええぇぇぇぇ・・・説明していましたよねぇ・・。
「癖よ」
癖で睨まないで頂きたい・・・。
それから少し経てば施術も完了し、
彼らの手は綺麗な人の形して元の姿を取り戻した。
しかし、栄養失調の関係で意識はすでに失われている様子だ。
「貴方の魔法で栄養を戻すことは出来ないの?」
「文字魔法は身体に無理を強いて、
デメリット覚悟で用いる魔法です。
無から有を生み出す魔法ではないので、
栄養を作る要素がないのに取り戻すような事は出来ないんです」
「あっそ」
「そう上手くはいきませんよね・・・」
先のことの考えて不安そうなフェラーの奥さんだが、
横に立つリーディエさんが凜とした立ち居振る舞いで、
お互い頑張ろうと声を掛け合う様子を余所に、
俺は治療院のシスターに目配せして確認する。
「あとはお任せして大丈夫ですか?」
「え?えぇ、そうですね。
あとはこちらで対応をさせていただきます」
「リーディエさん、フェラーの奥さん。
夜も遅いですし今日の役目も終わったので、
自分達はこれで失礼します。
何かあればギルド経由で連絡をしてください」
「わ、わかりました」
「わかったわ。とりあえず、お疲れ様。
何かあればすぐに呼ぶからさっさと来なさいよね」
最後まで変わらぬ対応のリーディエさんに肩を上げて了解の意思を伝え、
その場を女性3人に任せた俺たちは、
アスペラルダ城へと引き上げていった。
* * * * *
アスペラルダ城はアスペラルダ城で帰ると色んな人から声を掛けられた。
「宗八、さっそく魔法弓の訓練に付き合ってください」
と、トワインから言われて弓兵の修練場へと引っ張って連れて行かれ。
「宗八!無精の運用について相談したいことが・・」
と、ポルトーから言われて歩兵の修練場へと引っ張って連れて行かれ。
「隊長!拳兵の方達が模擬戦しようってしつこいです~!
もう今日は嫌なんです、助けてください~~~!!」
と、マリエルが拳兵の修練場から助けを求めて俺を盾にして隠れてきたりと、
色んな人が俺の元へとやってきた。
今日は夕方の予定もあったことから、
娘達を上位精霊の元へと修行に行かせるのはお休みとした。
セリア先生もまだ戻っていないしね。
今どこに居るんだろうか・・・。
「ご主人様。夕食はアルシェ様がお呼びですので、
兵士達とは別室となります。
なお、娘様方もご一緒でどうぞとの事です」
「了解。
今から風呂だけど、迎えが来るって認識でいい?」
「いえ、クーデルカに部屋はお伝えしておきますので、
案内はよろしくおねがいします」
『かしこまりました。侍従長』
そう言って俺の部屋へと訪ねて来たメリーが、
クーへと小さな紙を手渡す。
俺たちの個室には小さな風呂も付いており、
元から用意されている貯まった水の下に、
湯沸かしをする為の魔道具が設置されたタイプのよく見かける風呂だった。
ちなみに兵舎の風呂は大勢が出入りを繰り返すので、
その関係で温度が低くなることを想定した作りとなっていて、
温泉や銭湯と同じように、
別室で沸かしたお湯がこんこんと注がれ続けるタイプだ。
「じゃあ、風呂に入るかね」
『今日も疲れた~』
『1日が濃かったのは確かですね』
『長距離移動が出来るのも問題ですわー』
『ワタクシだけ疲れていませんね・・・』
脱衣所も小さいながら用意されているけれど、
俺が服を脱いでいる間に精霊達はさっさと衣服を魔力に戻して、
それぞれが本日の感想を溢しつつ風呂場へと突撃していく。
「浴槽にはまだ入るんじゃないぞー」
『大丈夫です。お姉さまとニルは捕まえました』
『長女と三女は問題ばかりですね』
『クー!離して~!お風呂がアクアを呼んでるの~!』
『ニルは一番風呂に入りたいだけですわー!』
「喧しい。後で頭は洗ってやるから、
先に4人でお互いの身体を洗っていなさい」
『『『『はーい』』』』
そう指示出しをすると、
風呂の床にクーの閻手で押さえ込まれて何かを喚いていたアクアとニルは、
サッと我が儘を止めて身体の洗いっこを始める。
組み合わせはニルがクーと組みたがったのと、
長女は一番下の子の面倒を見るものということですぐに決まったらしい。
『つい返事をしてしまいましたけれど、
ワタクシはまだエレメンタル体なので汚れたりはしないのですが・・・』
『洗うだけでも気持ちいいから洗いっこしようよ~』
『クー姉さま耳は・・・』
『わかっています、同じ耳のある動物ですからね。
ニルもクーの時は気をつけてくださいよ』
俺が頭を洗う間に精霊達がお互いの身体を洗い始める。
しばらくはキャッキャと楽しげな声が風呂に反響していたが、
それも自然と治まっていき、
身体を洗うという行為に没頭し始める娘達。
血ではなく魔力による繋がりしかないはずの精霊達が、
俺にそっくりな行動をするのだと始めて知った時は驚いたものだが、
今となっちゃもう色々と諦めた。
今回も遊びだけでなく、
ひとつの事に没頭を始めると黙々と作業を進める姿が、
全くもって俺にそっくりだ。
「身体洗い終わったらこっちに並べぇー、頭洗うぞ」
『ニルが一番ですわー!』
『あ、ニルずるい~!』
『アクアは一番身体が大きいのですから、
遅くなって当然なの、です!』
『クーもお手伝いしますから早く洗いましょう』
いち早く頭を差し出してきたニル以外は未だに身体を洗いっこしている様子。
若干アクアの不満が聞こえた気もするけど、
そこは上手くアニマとクーが押さえ込んだようだ。
「じゃあ、ニルから洗うぞ。
湯を掛けるから耳をしっかりと押さえとけよ」
『バッチコーイですわー!』
ロップイヤーと同じ耳が付いたニルは、
自分の身体に抱き込みながら耳に湯が入らないようにその耳を押さえ込む。
押さえ込んだからといって頭からぶっかけたりすれば、
湯が入らないというわけにもいかなくなってしまう為、
ゆっくり丁寧に小分けにして何度も髪を湯に浸透ながら掛けていく。
アクアとアニマ、それとおそらくノイもトカゲなので、
気にせずぶっ掛けることが出来るけれど、
クーとニルの二人に於いては、
ちゃんと身体に適した処置を考えていかなければならないだろう。
その後も身体を洗い終えたアクア達の頭も洗ってからようやく湯に浸かる事が出来た。
「はぁ~、やっぱり風呂はいいなぁ・・・」
『旅の間は水風呂だもんねぇ~』
『はぁ~、気持ちいいです』
『ですわねー』
『悪くはない、です』
俺たちが最初に旅立ってから施工が開始されたと聞くこの風呂は、
ちゃんと俺が身体を沈めて肩まで温められる深さもあり、
さらに身体の小さい精霊共も入る事を想定した小さな風呂エリアも用意されている。
まぁ、当時はアクア一人だけだったからこの大きさでも広かったんだろうけど、
目の前にはクー、ニル、アニマが少し窮屈そうな入り方をしている姿が映っている。
そして当のアクアはというと、
もう身体も大きくなってしまい、
用意されたスペースと深さでは風呂を楽しめないということで、
俺が抱きかかえて入らせている。
「あー、そうだ。
アニマ以外の3人はそれぞれの属性に合った矢の魔法を創ってくれないか?」
『矢~?アルが前に精製した感じの~?』
「そんなやつ。
ただ今度は氷だけじゃなくて水や風、雷属性の魔法矢を創って欲しいのと、
念の為闇の矢も創っておいて欲しいかな」
『闇魔法は仕様も特殊ですから、
流石に無精では使えないのではないですか?』
「いずれ使えるようになるかも知れないから、
手札として用意しておきたいだけだよ。
使えないなら使えないでもいいんだ」
『確かに無精の眷属では現時点で使いこなせないでしょう。
その魔法とはあのトワインという名の弓兵の為ですか?』
「トワインだけじゃなく、
今後も兵士の弓兵さんや協力者が戦う術として幅を持たせたいんだよ」
弓兵の弱点は誰でもわかる弾数だ。
装備の予備枠に詰めるだけ矢を詰めていても、
戦況に応じて使いどころや使用を抑えなければならない場面も出てくるだろう。
戦が長期化すればそれこそ補充に金もかかるし、
それが人数分ともなれば結構な出費となる。
「魔法で創れればモンスター相手に属性を選択できるし、
矢筒を持ち歩かずに別の装備品の替えを持ち歩けるようになる。
連射の時に隙も少なくなるから、集中も切れづらくなるし」
『でもね~創るのはいいんだけど~、
規模は小さくなっちゃうと思うよ~?』
『普段使われている矢を基礎とすると、
確かに大した効果は得られないと思いますわー』
「そういう時は普通の矢にマジックエンチャントを使えば威力は上がる。
適材適所に臨機応変な戦いが出来るようになる・・と考えているだけだから、
実際は運用してみないとどう転がるかはわからんさ。
その時の使用感覚を無精と契約者に聞いて調整を繰り返すことになる」
『あの規模なら片手間で調整も出来ますが、
クーの場合はそのテストが出来ませんが?』
「魔法のなかでも固形を持つのは氷と土だけだし、
他の無形矢を参考にすればある程度いけると思うけど、どうかな?」
『そうですね・・・やってみます』
今回のように俺たち自身は使わない魔法でも、
無精の王アニマを通して他の無精達がその魔法を使えるようになる為、
今後も同じように使わないのに考えて試行錯誤するような場面は増える事になる。
そんな事を考えているとフト思い出すのはアニマを加階させてしまった時に思った感想だ。
あの時の考えは正に的を得ていたのだと今なら思える。
面倒・・・抱え込んじまったなぁ・・・。
後ろ向きの考え方から思考を切り替える為に、
再度風呂の気持ちよさに心を解放し、
何も考えない風呂を楽しむのであった。