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特に呼ばれた記憶は無いが、異世界に来てサーセン。  作者: 黄玉八重
第09章 -奇跡の生還!蒼き王国アスペラルダ編Ⅲ-
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†第9章† -07話-[スタート地点の贖罪Ⅰ]

いつもお読みいただきありがとうございます

「今回は本当に助かりました。

 行商も我々が求める物を確実に商品に並べているわけではないので、

 そういうのが重なってずいぶんと足りない物が多かったので・・・」

「いえ、こちらも良い息抜きになりましたから。

 じゃあな、メイフェル」

「・・・・・!」

『皆様もお元気で』

『バイバ~イ!』

『なかなか楽しかったですわー!』


 大人は大人、子供は子供でお別れを済ませた。

 荷物もエンハネさんの言う通り、

 手荷物として持ち帰るには少々多すぎる量となっていた。

 なので結果的にクー達を各グループに振り分けて正解だったらしい。


 メイフェルも満足したほくほく顔で手を振って見送ってくれている。

 なんだかんだでメイフェルの掌の上って感じで、

 貢ぐだけの存在になっていないか?


「じゃあまた暇を見つけたら顔を出す事もあります。

 その時はよろしくおねがいします」

「はい、またお会いしましょう」


 こうして一旦アスペラルダへ戻ってきたわけだけど・・・。


「ありがとうございます、お兄さん!」

「えっと・・ありがとうございます?

 コレ中身なんですか?」

「私には勿体なき物ですが、心より感謝致します」

「そこまで高い物じゃ無いんだけどな、中身は秘密だよ。

 悪い事は書いていないから大人しくもらっとけ」


 訓練中&仕事中だった3人を集めてお守りをさっそく渡した感想は三者三様。

 今日は一つの決め事を確定させたら、

 フーリエタマナに渡ってから土の国方面へと移動を開始する予定だ。

 あの土精2人組がどういう結果を持って来るかはわからないけど、

 ゲートをあちら方面に設置するだけでも色々と旅の役には立つはずだ。


「さて、2人は元の作業に戻ってくれて良いけど、

 マリエルは俺たちと一緒にちょっと決める事があるから残ってくれ」

「はーい!本当にありがとうございました、お兄さん♪」

「それでは失礼致します」

「あ、ちょっと・・、姫様ぁ・・・」


 ルンルン気分のアルシェと静々とした態度のメリーは俺の指示通りに退室し、

 アルシェに見放されたかのように閉じるドアに手を伸ばしたままこの場に残るマリエル。


「マリエル」

「あ、はい。隊長」

「この場に残された理由がわかるな?」

「はっきりと言ってわからないです!」

「言いたかっただけだから気にするな。

 お前にわかるとは思っていない」

「ならなんで聞いたんですかぁっ!」

「まぁ、座れ」

「隊長、なんで我関せずみたいな顔してんですか・・・」


 馬鹿にされ両手をあげて抗議するマリエルを諭して座るように指示出しをする俺に、

 不満たらたらな顔をしてそれでも従うマリエル。

 俺に用意された客室と聞かされている部屋なのだが、

 以前通された客室と大きく異なり、

 やたらと元の世界にある俺の部屋と近いイメージの部屋へと改造されていた。


 座らせるのは椅子ではなく座布団。

 テーブルも低い座席に合わせて短い足のテーブルが用意されていて、

 昨日案内された時は一瞬混乱したほどだ。

 アスペラルダ城で暮らしていた短い期間のうちに、

 元の世界の話は確かにしていたけれど、

 まさか特別に俺用の部屋を用意してもらえるとは思っていなかっただけに、

 一瞬惚けたあとは懐かしさに感謝の気持ちしか出てこなかった。


「でもいいですねぇ、この部屋。

 私の部屋は普通の椅子だから、やっぱり床に座る方が楽です」

「そりゃ(いなか)暮らしだからな。

 俺も床に座る方が楽だよ」

『お父さま、お茶です』

「ありがとう、クー。

 少しマリエルと話すからアクアとアニマの相手をしておいてくれ」

『かしこまりました』


 俺に出したのと同じお茶をマリエルの前にも置くと、

 ソソソとクーはその場を立ち去り、

 ベッドの上でなにやら話している2人の元へと去って行く。

 残ったのは今回の話のメインとなるマリエルとニルの2人だけ。


『どうしてニルも残されたんですの-?』

「まぁお前のサブマスター候補であるマリエルと交えて、

 今後の方針を決めようと思ってな」

「サブマスターですか?でも確か私の候補ってノイちゃんっていう土精でしたよね?」

「初めはそのつもりだったんだけど、

 マリエルを鍛えるうちに別の方向性も見えてきたから再検討をすることにしたんだ。

 お前は|拳闘士の素養があり今まで拳を鍛えてきたが、

 それに伴ってカエル妖精としての素養も目立ち始めた」

「・・・脚技ですね」

「アルシェの報告でランク3の瘴気モンスターを、

 瘴気の衣を纏ったまま潰したと聞いている。

 お前の才能が開花し始めているこのタイミングが、

 マリエルの進む先を決めるのに見逃せない時期なんだ」

「はぁ・・、それで?」


 よくわかっていないみたいだな・・。


「元々予定していた土精のノイは防御に優れた精霊だ。

 それに攻撃も拳をメインにしている」

「ふんふん」

「で、新しく候補に挙がるのがこの風精ニルだ。

 こいつは近接の攻撃に優れた精霊で、

 攻撃方法も脚技がメインになる」

『ふんふん』

「で、ここでマリエルは拳か脚かのどちらに進むか選んでもらう。

 脚は種族柄拳よりも強くなるだろうから、

 拳を選んでどっちも引けを取らない威力に鍛えるか、

 さらに脚の威力を高めて特化型にするか」


 ゲームで言えばジョブチェンジの時が来たのだ。

 クラスアップともいうのだろうか?

 オールラウンダーも悪くは無いが、

 それは俺という前例を知っていればこそ特化型が良いのではと個人的に思っている。


「ゆっくり訓練の出来る期間は2ヶ月しかないし、

 前衛に混ざって戦わせるわけではないが、

 早い内から精霊との絆も育む必要性から今日決めてしまいたい」

「隊長はどっちがいいと思っているんですか?」

「それを言ったらお前決めちまうだろ。

 マリエルも薄々は気づいているだろうが、

 俺はずっとアルシェの側にいるわけじゃない。

 その代わりにお前を側に置けるように画策してる」

「まぁ流石に私もだいたいいつも一緒に居ますし、

 言葉にはなくても察しはしてましたけど・・・、

 って!私って隊長の身代わりなんですかっ!?」

「当たり前だろ。

 じゃなきゃポッと出の妖精風情がいきなりアルシェの護衛隊なんて立場に成れるか。

 俺も大概特別扱いされている立場だからあまり好き勝手も出来んが、

 アルシェを想う心と強さを示すことが出来れば、

 護衛隊が解散したあとにいきなり近衛で無くとも出世街道に乗れる様に調整してんだ」


 勇者召喚から1年くらいで救ってしまうかと安易に考えたけど、

 世界を救うってのはやっぱり物語のように簡単には行かないらしい。

 だから、まだ時間が許すなら、

 勇者ではない異世界人の我が儘として、

 世界とは言わないからせめて身内くらいには何かを残したい。


『色々考えているのですわー』

「でも、それって私と隊長の都合で、

 ニルちゃんとノイちゃんの都合はどうなんですか?」

「サブマスターは俺がいなくなった後の保護者も兼任してもらう。

 こいつらが自分で考えてやりたいことを決めるまでは、

 ちゃんと見守っててくれればそれでいい。

 それまでは義務教育だ」

「義務教育?」

「保護者の元を離れるなって意味、

 それまでに常識とか色んな勉強をしておく期間だよ。

 だからいまの段階のこいつらの都合は考えなくて良い」


 膝上に乗っかるニルを撫でながら、

 色々と考えていることをマリエルに伝える。

 本来の精霊としての流れを変えて俺の都合で成長させているんだ・・・、

 親となった以上は消えてしまう事を考えた先を見据える事こそ当然の贖罪だ。


 最後まで成長を見守れない者の悪あがきだ。


「だからマリエルも自分の成長だけを考えて決めろ。

 こいつらはこいつらで、

 いずれ保護者から旅立つ時までこちらの都合に付き合う運命だ」

「なんか納得しづらいけど、なんとなく理解は出来ました。

 それって今すぐ決めないといけないんですか??」

「すぐ出来るなら助かるけどマリエルの人生で大事な選択だ。

 だから2~3日の訓練のなかでどっちにするか決めろ」

「わかりました」


 いつもの元気な返事では無く静かに答えたマリエルの瞳に、

 俺は彼女なりの本気を感じた。

 まぁ考えていた期間はそれなりだったけど、

 マリエルに伝えたのは今が初めてだし、

 いきなりでは回答も出せないだろう。


『あーれーですわー!』


 すっかり重くなった腰を持ち上げながら、

 膝上のニルの羽を摘まんで立ち上がる。


「よし!じゃあ俺たちはもう行く。

 マリエルも何か試したいことが出来たなら誰でも良いから相談だけはしておけよ。

 ここじゃ俺たちの立場は一応将軍と同列らしいけど、

 実績がないから調子に乗っていると思われかねないからな」

「はーい、わかりましたよぉ」


 以前戻った際に報告会とかで将軍と副官の方々はある程度認めてくれているけど、

 魔神族関係の話とかはまだ公に出来ていない部分も多い。

 そのため兵士の中にはアルシェの護衛隊に対して疑問符を付ける者も少なくない。

 それでも将軍達が俺たちを庇うような真似も諸事情により出来ない為、

 結局黙秘で見守ってもらっている状態がずっと続いている。


「おら、お前ら行くぞ」

『あ~い!行くよ~、クー!アニマ~!』

『すぐ行きます』

『妹扱いは困りもの、です』



 * * * * *

「この辺を歩くのも久し振りだなぁ」


 マリエルと別れた俺たちは、

 とある人物達と再開する為に城下町へと降りてきていた。

 確かギルドの一角を借りて新米冒険者の相談役をしていると聞いたから、

 インフォメーションで聞けば案内してもらえるだろうか?


「すみません、フェラーとバーゼラルドは居ますか?」

「新米冒険者相談窓口はあちらになります。

 ただ、フェラー様とバーゼラルド様は本日休日ですので、

 ご自宅へ行かれるのがよろしいかと」

「自宅・・・わかんないです」

「規則なので身分を確認させて頂ければ、ギルドマスターに確認して参りますが?」

「あ、じゃあお願いします。あと・・・アクア、人型になれ」

『あ~い!で、な~に?』


 あまりもたもたもしていられない関係上、

 城下町への移動はアニマル形態に変身してから腕に巻き付いていたアクアが、

 俺の指示でニュートラル形態へと変身し、

 今度は腕のなかに収まった。


 抱かれるアクアはポケ~と口を開いて問いただしてくる。


「こいつのギルドカードの製作も確認してきてください」

「はぁ・・・お名前を確認しても?」

『長女!アクアーリィ!』

「アクアーリィ様ですね、かしこまりました」


 どうせギルマスはアインスさんだし許可は頂けると思うが、

 城では護衛隊の隊長としての地位はあるけど、

 ギルドからすればただの冒険者なわけで。

 それこそギルドの規則に従うのは当然なことなのだ。


『お父さま、何故お姉さまだけギルドカードを?』

『ニル達は作らないのですの-?』

「お前達ももう1回進化したら作るつもりだよ。

 アクアにギルドカードを持たせるのは・・・お金の大切さを理解させる為だ。

 お前にはもう俺がお菓子を買うことは無い」

『・・・え?パパ、なんで?』


 今までは欲しいと言えば買って貰えていたのに、

 いきなり買わない宣言をされたアクアは、

 ショックのあまりにいつもの伸ばし口調ではなく普通に聞いてきた

 。

 他の2人も次の進化で同じように買って貰えなくなる未来が頭を過ぎり、

 アクアの返答がどのような物になるのかと聞き耳を立てている。

 あとパパが出てるぞ。


「1週間に1回お金をアクアのギルドカードに入金する。

 そのお金はアクアの好きなように使って良い」

『ほんと~!』

「ただし、お金は無制限じゃない。

 1回の買い物で全部使ってしまうとその週はもう何も買えない」

『・・・そういうことですか』

『クー姉さまどういうことですのー?』

『お父さまはお小遣い制にしようとしているのです。

 決められた金額のなかで使い方を考えてやりくりさせようと考えられているのです』

『・・・?』


 賢い可愛いクーデルカは姉妹の中で一番頭が切れる子なので、

 ちゃんと俺の意図を理解したらしい。

 そのクーがわかりやすく内容を説明をしてくれたのに、

 アクアはアホ可愛いのでよくわかっていないらしい。


 ニルもいまはわかっていないけど、

 あとでまたクーにでも聞けばいいやと思ったのか、

 考えることを放棄した顔をしている。


「まぁアクアとニルは使い始めればいずれ理解できるだろう。

 初めは痛い目をみるだろうけどな」

『そこはクーがなんとか理解頂けるようにお伝えしてみます』

「苦労を掛けるな・・」

『クーはお父さま専属のメイドですからお気になさらず』


 良い娘のクーには耳の裏をコチョコチョしてあげる。

 アホのアクアとニルにはデコピンをプレゼントだ。


『『お・・おぉ・・・痛い・っ!』』

「お待たせ致しました水無月(みなづき)様。

 ギルドマスターから許可を頂けましたので御二方のご住所をお教え致します。

 それとアクアーリィ様のギルドカードの件ですが、

 そちらも本来は年端もいかないので製作はお断りをするのですが、

 ギルドマスターから許可が出ましたので、

 こちらの未登録のカードをお持ちください」

「アクア、カードに触れ」

『あ、あい~』


 カードがアクアの情報を登録している間に、

 ギルド職員が紙にさらさらっと2人の住所情報を記入していく。


「お先にこちらが住所になります」

「ありがとうございます」


 ふぅ~ん、元々どこに住んでいたのか知らないけど、

 ギルドに仕事へ来ているだけあってなかなか近い場所に住んでいる。

 もしかしたら仕事が変わったのを機に引っ越したのかもしれない。


「アクアーリィ様、お疲れ様でした。

 これでこのカードは貴女のギルドカードとなりました。

 以後はお金や装備など様々な恩恵がアクアーリィ様にもたらされます」

『ん~?ありがと~』

「アクア、カードを出せ」

『あい』


 ん~、最初はいくらくらいかな?

 お菓子とかなら元の世界より安く買えるから、

 思ったより多く買えるんだよなぁ。

 小遣いも本来は肩叩きとかさせて小銭稼ぎさせたいところだから・・・、

 それも考慮して・・。

 いや、これから2人は少なくとも進化する予定なら肩叩かれすぎて時間取られちゃうか・・・。


「じゃあ、こんなもんかな」

『お金入った~?』

「100Gな。これが1週間で使える小遣いだ。

 よぉ~く考えて使うんだぞ」

『あい!』

「わかってなくて泣き付いてきても今週は追加しないし、

 お菓子も買わないからな!」

『あ、あい!

 クー、あとでちゃんと教えてね』

『お任せください、お姉さま』


 最後にコソッと小声でクーに教えを乞うアクアを抱えたままギルドを後にし、

 城下町に降りてきた目的の二つ目となる住所へと向かう。

 2人ともギルドに居てくれればかなり楽だったんだけどなぁ。



 * * * * *

「果物を詰め合わせにしてください」

「予算はいかがしますか?」

「1000Gで」

「では、一番高い詰め合わせに致しますので少々お待ちください。

 すぐに用意致します」

「あ、同じ物を2つお願いします」

「かしこまりました」


 これから行くのは先のキュクロプス戦で腕が粉砕してしまった冒険者のひとり、

 バーゼラルドが住んでいる住所へと向かう。

 今は粉砕された腕は多少手当がされた程度で、

 骨は砕けたままになっているらしく、

 まだ若いのに介護を受けながらの生活と、

 冒険者時代の名残からギルドでの相談役という職についている。


 表面の傷は魔法で塞がっているけど、

 やはり見た目がグロい為、

 特性の手袋で腕を覆って生活をしていると聞いている。


「どうぞ、お待たせ致しました。

 お会計をお願いします」

「はい」


 商品の籠はクーがひとつずつ受け取り、

 丁寧な手付きで影の中へと沈めていく。

 外の空気は冷たくとも日中だから陽にあまり当てるのも良くないし、

 影のなかであれば果物の傷みも進まないので移動中は影に保管しておく。


「今から行く先には怪我人がいるからな、

 あんまりはしゃいで邪魔するんじゃ無いぞ」

『あい!』『かしこまりですわー!』


 元気に返事をするのはアクアとニルのみで、

 クーが返事をしないのは言われたのが自分ではないとわかっているからだ。


『こちら側に来たのは初めてですね』

「一応区画は表札が各所に張られているしなんとかなるさ。

 俺の世界だと最近はそれも見かけないからどこにいるのかわからなくなるんだよなぁ」


 各家には緑色の板で表記がされ、

 何丁目何番何号と書かれている。

 郵便、新聞など宅配する仕事の人や目的の家に行かなければならない人は、

 それを目印にして目的地に向かう。

 でも最近はその板を見かけなくなり、

 目的地から3~10棟隣にやっと発見するような体たらくだ。

 ネットの地図で調べても家主が申請していないと表記がされないって事知ってるのかね・・・?


 その元の世界ではあまり見なくなってしまった表記板が、

 まさかの異世界ではきちんと整備されて自分の目指すべき住所へと導いてくれる。

 ちなみに俺は方向音痴なので、

 元の世界では目的地への距離と向きだけが出る案内アプリが必須であった。


「ん~、ここ・・・だな」

『住所の記載も間違いありませんね。

 表札も出ています』


 目的地の玄関横の壁には、

 目的地であることを示す名が掘られた表札が貼られていた。

 クーが浮き上がって名札に触れながら間違いないことを確認する。


 コンコンコン・・・。

「はぁーい、今出まーす」


 流石にインターホンまでは文化的に追いついていないので、

 ドアノッカーを摘まみ上げてドアに数度打ち付けると、

 予想外の女性の声が聞こえてきた。


「どうせ彼女かと思わせてお母さんだろ」

『でも声は若いよ~?』

「女は声だけでは判断できないから若くない可能性もあるんだぞ」

「ちょっと、家の前で何若いだの若く無いだの話しているのかしら?」


 ガチャッと音を立てて開き始めたドアの向こうから俺たちの会話に女性の声で苦情が入った。

 ドアはそのまま開いて隙間を広げていくと、

 そこから顔出す女性にどこか見覚えを覚える。


「・・・っ!・・・どちら様?」

「え~と、バーゼラルドは居ますか?」

「私はどちら様か聞いたのですけど?」


 この勝ち気な感じ・・・、

 やっぱり俺はこの目の前の女性とどこかで知り合っている。

 顔を合わせたときの驚いた様子の表情に、

 足下にいるアクアにも反応を示しているし。


「自分は水無月(みなづき)宗八(そうはち)と申します。

 バーゼラルドとは半年振りくらいにはなりますが、

 友人ですので会わせて頂きたいのですが・・・」

「貴方の名前は知っているわ、水無月(みなづき)さん。

 バーゼラルドの妻で元冒険者のリーディエと申します」


 妻!歳はあまり変わらないと思っていたけど、

 あいつ冒険者を引退した後に結婚していたのか・・・。

 そんな思いが記憶を想起させ、

 以前の彼とダンジョン内で話をしていた独身時代を思いだしフッと笑いが出てしまう。


「何笑ってるの?

 バーゼは奥に居るからさっさと入ってちょうだい。

 寒気が入って寒いったらないわ」

「あ、はい。失礼します」

『おじゃましま~す!』

『失礼致します』

『お邪魔いたしますわー!』

「邪魔をするなら帰しなさいよ?」

「邪魔はしないように言ってますので大丈夫かと・・。

 基本的に話し合いをするときなども静かにしていますし」

「あっそ」


 めっちゃ嫌われてる。

 早いとこバーゼラルドの奥さんの正体を思い出したほうが賢明な気がする。

 けど・・・、どこで会ったんだろう?

 バーゼラルドとはダンジョンの中で出会って、

 食堂でも一緒に飯を食べた仲ではあるけど、

 流石にその時のPTメンバーとかだったら思い出せないぞ・・。

 何せ俺は関係の薄くなった人間は気がかりさえなければ1週間で忘れる男なんだから。

 高校の友達?名前も顔も片手人数しか覚えちゃいねーよ!


 奥へとリーディエさんの案内に黙って付いていくと、

 椅子の上で脚を組みながら目の前の譜面台のような物に本を乗っけて読みふける見知った顔の男が待っていた。


「バーゼ、貴方にお客様よ」

「ん、俺に客?珍しいなぁ。誰だr・・おわっ!

 お、お、お、お、おおおお・・・」

「ちょっと危ないわよバーゼ」

「あ、あぁ・・すまない・・・」


 バーゼラルドとはアスペラルダを出発する前に顔を合わせたっきりで、

 幾久しい俺の顔をいきなり自分の家の中で見ることになり、

 想像だにしていなかったバーゼラルドは驚きのあまりにバランスを崩して倒れそうになったところを奥さんが受け止めた。


「お、お、お前・・・お前水無月(みなづき)か?」

「そうですよ。お久し振りですバーゼラルド。

 お元気そうで何よりです」

「お前、この前までフォレストトーレに居たじゃないかっ!?

 なんで、いつアスペラルダに戻ってきたんだっ!?」

「確かにフォレストトーレには昨日まで居ましたし、

 ついでに言えばユレイアルド神聖教国にも昨日行きましたよ。

 そして昨日アスペラルダに帰ってきました」

「・・・もう、どうツッコミ入れれば良いのかわからん。

 まぁいいや。何もおもてなし出来ないが、ようこそ我が居城へ!」


 流石はギルドの一角で働く元冒険者だ。

 俺達の情報も何故かダダ漏れで、

 昨日まで滞在していた国名まで把握している。


『こちら、お見舞いにと詰め合わせて頂きました。

 町でも美味しいと評判の果実店の物です』

「あら、ご丁寧にありがとう。

 おチビさんにしては礼節を弁えているのね」

『師匠は侍従長のメリーさんですので』


 ただ、昨日の1日だけで三カ国を移動する俺のスーパーなフットワークの軽さに唖然とし、次いで考える事を止めて歓迎をしてくれるバーゼラルド。


「ってか水無月(みなづき)よぉ、姫様の護衛隊長がこんなところに何しに来たんだ?

 離れちまってもいいのかよ」

「アルシェも城に戻っているし、

 他に護衛をするメンバーも増えました。

 俺が離れても問題のない期間を今設けているんですよ。

 そして、俺がここを訪れた理由は俺の気がかりを解消する為です」

「ふぅ~ん、まぁ姫様の護衛状況を俺が心配してもってな話だし、

 水無月(みなづき)がそう言うならいいんだろうけどよ・・・。

 そのお前の言う気がかりってのは何の話だ?」


 俺とバーゼラルドが話している間に、

 裏ではクーが果物詰め合わせを嫁さんのリーディエさんに渡している。

 その贈り物を受け取っているキツイ性格の奥さんをちらりと見やり、

 視線をバーゼラルドへと戻すと彼の目を正視で捉えはっきりと伝える。


「バーゼラルドとフェラーの腕を治します」

「「・・・は?」」



 * * * * *

「・・・アンタ、何言ってるの?」

「いやいや、リーディエ。

 お前いつまで水無月(みなづき)の事嫌うんだよ・・・」

「嫌ってないわよ・・・。

 ただ、どうしても彼と話そうとすると強く言っちゃうだけ」

「すまないな水無月(みなづき)。愛故、だそうだ」


 世間ではそれを嫌うと言うのではないでしょうか・・?

 バーゼラルドもため息をひとつだけ吐いて、

 特に続く言葉で彼女の言動を抑えようとはしない。

 ってかバーゼラルドも何を言ってるんだ。

 これが妻帯者・・・? 怖い。


「で? どんな方法で治すって言うの?

 アンタの力で神聖教国まで送ってくれるって事?」

「いえ、それだと順番待ちが必要になりますし、

 クレアが言うには回復力を魔法でブーストして数ヶ月掛けて治療するそうです」

「クレアって誰だ?」

『聖女のことだよ~!』

「お前、姫様だけでなくて他国のお偉い人まで愛称で呼んでんのか?」

「許可は頂いてますからいいんです」

「ちなみにそっちのチビッ子は見覚えあるけどなんか大きいし、

 そっちの2人は誰なんだ?」

『長女!アクアーリィ!』

『次女、クーデルカ』

『三女!ニルチッイですわー!』


 クレアの言っていた神聖教国が扱う再生魔法とは、

 対象の回復力をブーストする魔法で、

 効果期間が非常に長くおおよそ1ヶ月ほどだという。

 効果は劇的ではないものの、

 身体に負担なく治療を進めることが出来るし、

 なにより無属性魔法であるヒール系では回復し得ない体内ダメージを回復させる効果がある。


 バーゼラルドの確認に最近恒例になってきた娘たちの紹介が始まる。


「(ついでにアニマも自己紹介しておくか?)」

『(いらぬ世話、です。ワタクシの事は気にせず事を済ませてください)』

「どうした?」

「いえ、なんでもないです。

 とにかくクレアの魔法は当てにしない方法で治したいと思っていますが、

 ひとつデメリットもありますので、

 それを聞いてから治療を受けるかどうかを決めてください」

『いいの~、ますたー?』

「いいんだよ。

 もう彼らはいまの状況で生活する術を手にしているし、

 治療した場合は現状を変えざるを得なくなる。

 治さない方が良いと判断してもそれはそれでいいんだよ」

『でも~・・・』


 四女アニマの紹介は本人の希望で保留となり、

 俺が行う治療を受けるのかどうかを、

 ちゃんと内容を聞いてから決めてもらうという発言にアクアが反応を示す。

 俺の気持ちに早い内から契約をしていた為に気づいていたアクアは、

 いままで積もった分の思いを心配してくれているのだ。


 実際文字魔法(ワードマジック)の治療で両手を回復させた場合、

 クレアの再生魔法と違って治療に必要な栄養分を強制的に身体から徴収し、

 発動からすぐに治療が完了する魔法だ。

 だからこそ、治療後1ヶ月~2ヶ月くらいは仕事が出来なくなるので収入もなくなる。


 それに今の仕事だって、

 アインスさんや王様が気を利かせて用意した職場なのだろうし、

 身体に障害があることが条件であることは想像に難くない。

 だから治療をすると必然的に仕事を失うのだ。

 それは俺だって喜び勇んで彼らの生活を乱してまで治療するのはおかしな話だろう?


「話が見えないんだけど、貴方が言う必要がないなら飛ばして頂戴。

 私はデメリットを聞かせて欲しいわ」

「まぁ言いたくない内容で必要もないなら無理に言わなくて良い。

 リーディエの言うとおりデメリットを聞かせてくれ」


 リーディエさんが俺とアクアの様子から気を利かせてくれたのか、

 すぐにデメリットの話を要求してきた。

 それに追随するようにバーゼラルドの方も、

 身内会話での内容は追求せずに同じくデメリットに話を進めるよう口を合わせてくれた。


「再生魔法と違って俺の魔法でその腕を治療した場合、

 数分で治療自体は完了するのですが、

 その際に体中から完治に必要な栄養素を強制徴収する関係で、

 おおよそ1~2ヶ月動けなくなります」

「それがさっきの現状を変えるとかどうとかってさっきの話になるのか・・・」

「もちろん希望されるのなら神聖教国に送ることも可能です。

 クレアから再生魔法を受けた後にアスペラルダの生活に戻れば仕事も続けられますし」

「でも聖女様の治療って劇的な効果だけれど、

 その分治療費も通常の治療院に比べて高かったわよね?」

『勝手ながら調べさせて頂いたバーゼラルド様のお給金3ヶ月分です。

 それに1度の魔法の効果中に完治する事はほとんどないとの事なので、

 合計3回ほどは見た方がよろしいかと思われます』

「あら、用意周到ね・・・」


 聖女の治療費は、

 その回転率の悪さと確実な改善がみられる点から篦棒(べらぼう)に高い。

 冒険者を引退したバーゼラルドのお給金はやはりそこまで貰えないので、

 その分彼らの家計にダメージを与えてくる。

 最後にクーから伝えられた情報に関し、

 リーディエさんは再び目を尖らせて俺へと鋭い視線を送ってくる。

 俺を睨まないで頂きたい・・・。


「なのでバーゼラルド、そしてリーディエさん。

 俺から貴方方に提案させて頂く方法は3つ。

 1.聖女の魔法で治療する」

『これは~1回分のお金は負担しま~す』

「2.俺たちの魔法で治療する」

『この場合は完治までの期間、

 本来バーゼラルド様が稼がれる予定の金額を贈呈致します』

「3.治療せずに今の生活を送る」

『こちらは聖女の治療費2回分を送らせて頂きますわー!』


 それぞれどれを選んでも彼らには出来うる限りのメリットを用意した。

 移動の手助けと治療費の一部負担、

 入院中の生活費の負担、

 多額の慰謝料。

 最後に至ってはお金で解決するみたいでスッキリはしないけれど、

 彼らが変わることを拒否した場合は、

 その意思を尊重してなんとか踏ん切りをつける心づもりである。


「どうでしょうか?」

「ふ~・・・。どうでしょうかって言われてもな・・・、

 俺はあのとき納得して冒険者を引退した身だ。

 その後にお前がお前なりのやり方で・・まぁその・・・なんだ。

 償い?がしたいって気持ちも嬉しく思う」

「・・・」

「どの話を受けてもメリットしかないって事も理解した。

 ただ、結構いきなりの話だからな・・・、

 すぐに回答を用意するってのはやっぱり難しいわ」

「それはそうだと思います。

 職場へお話を通す必要もあるかとは考え及びますし」

「おう、だからな。

 とりあえず今日の夜まで待って欲しい。

 リーディエとも職場ともちょっと話し合って決める必要があるからな」


 俺としては、

 ひとまず2ヶ月のうちに答えを用意してくれればいいかと思っていたんだけど、

 思いの外急いで用意してくれるみたいだ。


「いつまでアスペラルダに居るかは知らないけどさ。

 お前、暇じゃないんだろ?」

「いや・・・まぁ・・・忙しいには忙しいですね」

「この後もフェラーの家に同じ話をしに行くつもりだったんだろ?

 そっちも俺達が相談ついでに行って説明してやる」

「いえ、それだと誠意が・・・」

「お前は真面目が過ぎるな。

 もともとこんな贖罪はいらなかったってのによ、

 お前が頑張って治療方法を用意したってのを知って・・・嬉しかったよ。

 それはフェラーだって同じだろうさ。

 でもな、普通はあんなイレギュラーなんて、

 起こってしまえばどうしようもないのがこの世界のあり方だ」


 バーゼラルドの言葉に、少し泣きそうになった。

 贖罪であることは確かになんそうだけど・・・、

 あぁ・・・なんて表現すればいいのかわかんねぇや・・・。


「感謝はするしちゃんとお前の頑張りに俺たちなりの答えを用意する。

 だから、お前はお前のやらなきゃならない事をしろ」

「・・・・わかりました。

 クー、フェラーのとこ用に買ったやつも渡してくれ」

『かしこまりました。こちらを・・・よろしくお願いします』

「えぇ、旦那の名誉に賭けてちゃんと届けるわ」


 これ以上の会話は俺が泣いて会話にならないと判断し、

 クーに指示を出して渡した物と同じ詰め合わせをリーディエさんに渡してもらう。


「では、また夜に伺います。フェラーによろしく伝えてください」

「応!」

「土産はもういりませんからね」


 最後までツンケンとしたリーディエさんと優しいバーゼラルドに見送られ、

 俺たちは彼らの家をあとにし、

 もとの予定通りであったフーリエタマナにゲートで移動してから、

 土の国を目指す行動に移るのであった。


「あ、リーディエさん・・・思い出した。

 俺の頬を叩いたあの魔法使いの女性だ!」

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