表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
特に呼ばれた記憶は無いが、異世界に来てサーセン。  作者: 黄玉八重
閑話休題 -ギルドハルカナム支店会議室-
122/430

閑話休題 -26話-[フォレストトーレ救出作戦報告会Ⅰ]

 パチリンコ。

 自然に目が覚めひとまずは枕横で眠るニルに当たらないように、

 ベッドの上で大きく伸びをする。


「く・・・ふあああああああああ~・・」


 目尻を擦ってから窓の方へ顔ごと向くと、

 カーテンの下からは陽の光が微かに漏れているのがわかる。

 日が昇り始めたくらいってことは、7時くらいか・・・。


 左脇にはアルシェが俺を抱き枕にしている温もりがあり、

 右にも感じる温もりを確認しようと掛け布団を少しめくりあげると、

 朝の寒気を顔に感じてか、

 俺のお腹にますますひっつく女の子の頭が見えた。


 髪の色は以前と同じで綺麗な蒼髪で、

 長さまでは今は分からないけれど、

 蒼髪に2点シニョンのような白い塊があるのが気になった。


「なんだこれ?」


 謎のシニョンに指を立ててツンツンと突いてみると、

 ポヨンというかプルンというか・・・、

 いや、俺の中ではすでに回答が出ているから別に出し渋ることでもないんだけどさ。


「これ・・竜の時に頭に出来る角か?」


 竜とは俺と契約精霊が使用している2身1体の戦闘形態の事なのだが、

 その水精霊纏(エレメンタライズ)を使って取る姿は魔神族に顔バレしないようにと、

 フードとマントが繋がったような姿に変わった精霊を纏った姿だ。


 アクアとの形態は[(りゅう)]と呼んでおり、

 フードの部分も竜を模した物になっていたのだが、

 その頭部にはいまのアクアの頭部についているプニプニの角が付いていた。

 それは幼い竜は柔らかく丸い角があるという俺のイメージ故なのか、

 この世界の竜由来なのかは不明だが、

 実際アクアは進化をした姿にこの頭を選んだらしい。


「身体を見るのが怖いけど・・・一応確認しとくか・・」


 抱きついているアクアの身体の脇に手を差し込んで、

 ゆっくりと俺の顔まで布団から引っ張り出す。

 生意気に抗って俺の服を握って抵抗しようとしていたけど、

 俺のお腹がお目見えするだけで抵抗虚しく新生アクアはお目見えした。

 顔は面影がばっちり残っていて、

 頭も蒼色の髪と白く丸い角が中華娘みたいな様相を呈している。

 ついでなのでほっぺをプニプニしてみると、

 やはりこの娘は慣れ親しんだモチモチボデーのアクアで間違いないらしい。


 両腕でその大きくなった身体を抱きしめて実際の大きさを確認してみると、

 予想の3~4歳よりも小さい気がするなぁ・・・。

 身長は1m前後って感じに思える。

 俺の上半身で頭から足まで感じる事が出来ているから、

 どこかを曲げてこの身長ではないのは確かだ。


 同じ地面に立ったとすれば膝から頭が出ているくらいかな?

 抱きしめているのが俺だとわかっているのか、

 ますます抱きついてくるアクア。


「う~ん・・、もう浮遊出来なくなってるだろうから、

 武器を持った戦闘を覚えさせようかと思ってたけど、

 これは流石にまだ早いかなぁ・・・」

『んん~、ぱぱ~・・』


 いつもは『ますた~』としか言わないくせに、

 寝ぼけていたり今みたいな寝言のときは俺の事をパパと呼ぶアクア。

 俺がもぞもぞ動いてたのがわかったのか、

 お腹の上で丸まって寝ていたクーが胸元まで移動してきて掛け布団から顔を出す。


『く・・ふぁああああ・・・。

 おはようございます、お父さま』

「おはよう、クー」


 まだ眠る子もいるから小声で朝の挨拶を交わす俺たちは、

 この後も起き出してくるであろう皆の為に朝食を作ろうと、

 ベッドから抜け出す。

 アルシェとアクアには、

 俺の代わりにお互いを抱き合うように動かして眠らせておく。


 ただ、先の戦闘でダメージを負ってしまったニルの体調は気になるので、

 大きめのランチバッグに毛布を敷いて、

 簡易ベッドを作り上げて中に眠ったままのニルを移して、

 調理場へと連れて行くことにした。


『おはようございます。宗八、クーデルカ』

「おはよう、アニマ」

『おはようございます、アニマ様』


 人型のクーとニルが納められたバッグを抱えて廊下に出る。

 ドアをゆっくり閉めてから廊下を歩きだすと、

 俺の身体からアニマが姿を現して挨拶をしてきた。


「アニマは身体に異常はないか?」

『えぇ、ワタクシはありません。ニルはその中、です?』

「まだ眠ってるけどね。

 俺たちはお腹も減ったし食事がてら皆のご飯でも作ろうかと思って出てきたんだよ」

『昨日は早く眠りましたしね。

 ワタクシはもう少し眠っていますから、何かあれば呼んでほしい、です』

「あいよ、おやすみ」


 少し目が覚めただけだったのか、

 挨拶とニルの様態を確認したらすぐに俺の身体に溶けていくアニマ。

 まぁ、なんだかんだで仲間としての意識はあるらしいから、

 この友好な状態を続けていければいいな。


 俺たちが宿泊した部屋は通常冒険者が入り込む事の出来ない内部に存在している為、

 ギルドの簡易キッチンへ向かう途中で職員が働く現場を裏からの脇をちらりと覗き込むと、

 まだ明け方だというのに働く人が数人椅子に座って作業を進めていた。

 ギルドが開くまではあと1時間以上はあると思うのだけれど、

 今居るハルカナムはまだ解決していない問題と、

 新たに避難民の受け入れを無理をして行っていただいた関係上、

 ギルド職員も数名は缶詰になってしまっているらしい。


「おはようございます」

「え?あー、ブラトコビッチ様のお連れ様ですね。

 おはようございます」


 一瞬ブラトコビッチとは誰ぞ?と思ったけど、

 よくよく思い起こしてみれば勇者の名前だったなと理解する。

 そうか、俺だったら水無月になるけど、

 外国と同じでブラトコビッチが(かばね)になるのか・・・。


「何かご用ですか?」


 一番廊下に近く机に突っ伏していない女性に話しかけたのだが、

 目の下に隈を作って作業をしていたのか、

 振り返り会話をする表情もあまりギルド職員がしていい顔ではなかった。


「今からうちの連れ用に朝ご飯を作ろうかと思っているんですけど、

 良かったら皆さんの分も作りましょうか?」

「・・・・え?ご飯を作ってくださるんですか?」


 働き過ぎで働かない脳みそでなんとか俺の言葉を理解した女性は、

 ひとまず事実確認だけをしてくる。


「えぇ、食材は蓄えていますか?」

「あぁ、いえ。

 基本的に宿泊用のキッチンなので、

 必要な時に必要な分だけ買うようにしていて蓄えは無いです」

「じゃあ、朝市をしている場所を教えて貰えれば皆さんの分も買ってきますよ。

 簡単な物でよろしければですけど」


 対話を続ける女性はしばらく考え込んでいるのかパチパチと瞬きをした後に、

 ぐるりと周囲を見渡す。

 机に沈み込んだ同僚が5名、

 そして静かな職場であればこそ俺たちの声が届いたのか、

 じっと女性に視線で訴える同僚が3名。


 再び俺たちに向けて顔を戻した女性の表情は幾分か柔らかくなっていた。


「では、申し訳ないのですが、

 軽い朝食をお願いします」

「わかりました」

『飲み物は何がいいですか?』

「なんでもいいですよ。水でも牛乳でも。

 お金はあとから言っていただければお渡しいたしますので、

 とりあえず9人分お願いします」

「わりぃけど、俺の分も頼むわ・・・」


 9人分の注文を取り終えたところで、

 彼女たちの上。

 つまりは階上の手すりからチビッ娘ギルドマスターのパーシバルさんが、

 ひらひらと力なく手を振りアピールしてくる。


「ここのギルドマスターはどうされたんですか?」

「あいつはこっちじゃなくて町長の所で缶詰だよ。

 とにかく、俺の分もよろしくなぁ~」

「わかりました、じゃあ朝市の場所を教えてください」



 * * * * *

 まだ日が高いところまで来ていない早朝の時間はこの時期は当然冷え込む。

 何せ俺の世界で言えば冬の1月を越えた頃合いだから、

 寒さもひとしおだろうなか、

 俺だけが厚着をせずに街中を歩いていた。


 寒さと早朝ということもあり、

 あまり歩く人はいないけれど、

 俺と同じ目的で朝市へ向かう人間はパラパラと存在していて、

 俺以外は全員冬にぴったりの暖かそうな格好をしていた。


「兄ちゃん、寒くないのかい?」

「大丈夫です、寒さには強いんですよ。

 美味しいお野菜をください」

「ははは!うちのは全部美味しいよ!」

「うちのチビ共も口にするので出来れば新鮮なものを食べさせたいんですが・・」


 朝市の八百屋?で野菜を吟味していると当然ながら厚着をしていない俺はよく心配された。

 実際は亜神の加護があるから寒さに強いんだけど、

 加護持ちは確認されている数も少ないので、

 意味も無くに公言するのは(はば)れたので、

 とりあえず寒さに強いとだけ回答をして買い物に会話を誘導していた。


「ふ~ん。確かに小せえな。仕方ねぇ・・。

 ちゃんと食べて大きくなるように、おっちゃんも協力してやろう!」

「ありがとうございます」


 おっちゃんは俺が抱きかかえるクーをじっくりと見つめて、

 こんな会話を各店で行い続け、

 野菜を数種類と挟んで食べる用のパン、

 牛乳とチーズと果実も大量に買っては影の中に落とす作業を繰り返した。

 人数的に考えれば、

 俺たちが人間4人と子供3人、セーバーたちが人間5人と子供1人、

 メリオたちが人間5人と・・エクスも数えて6人か。

 さらにクレアたちが人間3人で合計22人と、

 ギルド職員10人合わせて32人分の量だからな。

 そりゃ持ち帰るのに2人だけでは無理があるだろ?


 ギルドに帰ってくるとすでに数名の早出の職員が到着しており、

 作業の引き継ぎを行っていたので、

 邪魔にならないように静かに脇を通って簡易キッチンへと入る。


『どういたしますか、お父さま』

「とりあえず冷蔵庫に牛乳を入れておいてくれ」

『わかりました』


 器用にオプションの閻手(えんじゅ)を使って冷蔵庫の扉を開いて、

 影から缶に入った牛乳を入れていく。

 俺の世界とは違って保存食の缶みたいなやつに牛乳が入っているらしく、

 時々凍っているから先に火で少し暖めるようにとおっさんに言われた。

 簡易キッチンはそこまで広くなく狭いので、

 全部を影から出すことは出来ない。


「クー、果物を切るから絞って果汁を出してくれるか?」

『わかりました。どれに入れますか?』

「えっと・・・これでいいか」


 本来はソースを作った時などに入れておいて、

 食べる人が各自で掛けるようにと作った醤油差しのような器を影から取り出しクーの前に置く。


「ほい」

『ぶしゃー』

「ほい」

『ぶしゃー』


 果物はさっさと切れるので4等分に豆腐の要領で手のひらで切ってしまい、

 クーに渡すと小さなもみじを重ね合わせて果汁を搾っていく。

 その作業と並行して買ってきた牛乳を少し別の器に分け取り、

 火に掛けてホットミルクに仕上げていく。

 砂糖は市場で買ってはいないんだけど、

 自前の砂糖を少量加えて少しの甘みを感じられるようにする。


『ますたー・・ますたー・・』

「おにいさーん、どこですかー?」


 牛乳も温まり職員の皆さんに差し入れをしようかと思っていた矢先。

 俺たちが眠っていた先の通路から、

 俺を呼ぶ聞き覚えのある声が2つする。


『お連れしましょうか』

「ん、頼む」


 クーが寝ぼすけ2人の世話をして連れてくる前に、

 2人の分のコップを影から取り出して出来たてのホットミルクを注いでいく。

 キッチンに比べると無駄に大きいテーブルに2人のコップを置いてから、

 職員用の据え置きのコップに手早く注いでいき、

 トレイに人数分を乗せて彼女等が待つ職場へと足を踏み入れる。


「食事の前に暖かい飲み物を入れたので飲んでください」

「あ、ありがとうございます。

 そこに置いておいてくれれば私たちで配っておきますので」

「わかりました。

 すぐに食事も用意しますから」

「はい、お願いします」


 初めに会話をした女性はすでに突っ伏し組に加わっており、

 代わりに元気な顔をした女性がトレイを受け取ってくれる。

 食事は人数もいることを考えて作り慣れているサンドウィッチを作るつもりだったが、

 もしかして新しい職員の分も作った方がいいのかな?


「あの、一応10人分と聞いているんですけど・・」

「私たちは食べてから来ているので、

 死んでる人数分で大丈夫ですよ」

「わかりました」


 念のための確認を終えて食堂に戻ってくると、

 起き抜けなのがバレバレなアルシェとアクアが眠たそうな糸目のままホットミルクを口に運んでいた。


「おはよう」

「おはようございます、お兄さん」

『おはよー、ますたー』

『廊下で手を繋いでうろうろしていたので顔だけ洗ってここまで連れてきました』

「ありがとう、じゃあ次は食事の準備に入ろうか。

 2人はそこで待ってるんだぞ」

「『はーい』」


 仲良くふにゃふにゃ声で聞こえた返事には特に反応も返さずにキッチンに戻る俺とクー。

 この世界に普及するパンは四角い食パンはあまり流通しておらず、

 どちらかと言えばロールパンのタイプが多かった。

 それは切り分けての販売をしていない事が大きく、

 切り分けが面倒だったり買うと数日はパン食が続いてしまうとか、

 火の月だとカビが生えてしまうとか様々な理由が有り、

 うまい早い安いの3点が整ったロールパンタイプが人気なようだ。


 まぁ、今回は食べきれる予定があるので食パンを買ってきた。

 うーん、ならサンドウィッチだけじゃなくてフレンチトーストも作ってしまうか・・・。


 そうと決まれば手早く準備をして卵と砂糖を混ぜて原液を作り、

 食パンもさっさと切り分けていく。

 先に職員たちの食事を作る必要があるので、

 10人前だけ切り分けてからクーに後は任せてしまう。


「クー。

 この液にパンを浸したらこっちのフライパンで両面焼きをしてくれ。

 焦げは少し付くくらいが美味しいからな」

『おまかせてください!』


 普通の食パンを4等分にした大きさなら、

 小さなクーでもひっくり返すのも問題ないだろう。

 あまり浸しすぎて重くならないようにとだけ注意をして、

 俺はロールパンに切れ込みを斜めに入れて野菜とチーズとハムを挟んでいく。

 最後に本来は気付け薬を飲むためのお猪口程度の小さいコップをお皿に付け足し、

 その中にクーが先ほど絞り出した生搾り果物ジュースを注いでいく。


「アクアー、アルシェー」

「はーい」『あーい』

「運ぶの手伝ってくれー」

「はーい」『あーい』


 手元を行う作業と共にクーの焼き上げ作業を同時に見ながら暇をしている2人を呼ぶ。

 横に置いてあるトレイには数人分の料理が乗っている。

 1つは3人分、もう1つは2人分の料理が乗っかっており、

 アルシェもアクアも何も確認などはせずに自分に合った大きさのトレイを持って職員の待つ職場へと持って行く。


 遠くからありがとうとか感謝の声が聞こえるけど、

 あれがアスペラルダの姫様って知ったらどんなに疲れていても一発で目が覚めそうだな。

 流石にそんなことはしないけどさ・・。


『ん~、良い匂いがするですわー・・えっ!?

 どこ!?ここどこですのー!?』


 余計な考え事をしていると次にニルが目を覚ましたらしい。

 ランチバッグがバコボコと暴れ回っているのを両手で押さえ込んで蓋を開けてやると、

 半泣きのニルが俺の顔を見上げていた。


『そうはちー!なんですのー!』

「ごめんごめん、心配だったから連れてきたんだよ」

『心配-?あら?そういえば、戦闘途中から記憶がありませんわねー??』


 俺を護って気を失ってから今までぐっすり眠って元気にはなったらしい。

 ニルをバッグから抱え上げるとひとます抱きしめてみる。


『どどど、どうしたんですのー!?そうはちー?』

「すぅ・・・はぁ・・・・。

 ニルどこか痛くは無いか?」

『どこもいたくありませんわー』

「身体に不調はないか?」

『どこもおかしくはありませんわー』

「護ってくれてありがとうな」

『契約精霊ですから当然ですわー。

 と言っても必死でしたから何か考えが合ってのことではないのですわー!』


 それでもニルに助けられた事実に変わりは無く、

 彼女が元気になった事は本当に嬉しく思う。

 しばらく抱きしめて生存を確認してから解放すると、

 子供だからかニルのほっぺたが赤くなっている。

 抱きしめたことで体温が上がってしまったようだ。


「いま食事の準備をしてるからあっちのテーブルで待ってな」

『あ、はいですわー・・』


 どこかぽわぽわとした様子でテーブルへと向かうニル。

 その向こうから空のトレイを持ち帰ってきた2人が姿を現し、

 ニルを見つけると駆け寄って話し始めた。


「おーい、次も出来てるから持って行けー」

「はーい!」『あーい!』


 いま2人が持って行った2回目の配膳で、

 ギルド職員からの注文分は捌けたので、

 ニル用のコップにホットミルクを注いで手渡してあげると、

 ゆっくりとコクコク飲んでいく。


「なんだー?ずいぶんと賑やかになってんな」

「おはようございます、セーバー。

 同じ物で良ければすぐ出せますけど?」

「俺はもうちょいがっつりしたもんが食いたいんだけどな・・」

『セーバー、私はたべたいですわ~』

「どうしますか?」


 朝食と暖かい飲み物で盛り上がっている声は、

 近くで聞く俺にはそこまで大きいとは思わなかったけれど、

 元々静かな早朝であり、

 ギルド内で話しているのは俺たちが居た場所だけということもあり、

 離れたところで寝ている人たちのほうが響いてくる声に敏感だったのだろう。


 背後から顔を出してきたセーバーは、

 片手でリュースィを抱き上げて視界に登場してきた。


「2人とも顔と手は洗ってきましたか?」

『・・・洗いましたわ~』

「おい、リュースィ。嘘をつくと後が怖いぞ」


 目を瞑って匂いを熱心に嗅ぐリュースィのわかりやすい嘘を注意するセーバー。

 っておい、

 実質出会って4日程度のアンタが俺の何を知っとるねん。


「すぐに準備しますから洗ってきてください」

「あいよー。うちの連中も目は覚めてるからすぐ来ると思う」

「わかりました、そっちも下準備はしておきますよ」

『セーバー、早く早くですわ~』


 洗面所に向かう2人に下準備の返事で対応をしつつ再びキッチンも戻る。

 フレンチトーストの液体がかなり少なくなっていたので、

 常温で放置しておいた卵を割り入れようかと思ったけれど、

 その手を途中で止めてアクアを呼ぶ。


「アクアー」

『あ~い、な~に?』

「手を見せてみろ」

『あい』


 トテトテと呼ぶ声に導かれて吸い寄せられるように俺の前に近づいてきたアクア。

 進化をしたことでお手手も多少大きくなり、

 以前から手伝いたいと言っていたし卵割りくらいは出来るかと思い、

 アクアに手を開かせる。


「こりゃ、握るでない」

『よいではないか~』


 正面にしゃがみ込み、

 手の中心に親指を当てて大きさを確認していると、

 握り込んでくるアクアに注意をするも謎の回答で握るのを止める気配はない。


 まぁ、大丈夫かな?


 立ち上がって脇に手を入れると、

 持ち上げて貰えると分かるのか俺の首に手を這わしてくる。


「よっと。

 今から卵を割るからアクアもやってみるか?」

『ほんと~?アクアにおまかせだよ~!』


 舌っ足らずは相変わらずだけど、

 一人称のアクアの部分はしっかりと発音出来るようになっているらしい。

 発声練習の成果なのか、

 進化したからなのかはわからないけど、

 成長という意味合いでは一緒だろう。


 俺に抱え上げられたままコロンビアのポーズでやる気を漲らせるアクアは、

 今回の進化で浮遊能力を失っているはずなので、

 簡易キッチンの高さでは料理に参加は出来ない。


 なので、今回は俺が抱え上げたまま高さを調整することとした。


「アクアちゃん、頑張って!」

『アル、ありがと~!』


 大きさ的にまだリュースィよりも少し小さく見えるアクアを片腕で支え、

 卵をもう片方の手で取りアクアに渡す。

 どうにか両手で隠せる程度にはお手手も大きくなっている。


「器の角に卵の横をコンコンってヒビが入る程度に打ち付けてみろ」

『ここ~?』

「そそ、そこをコンコンしてみ」

『あい』


 バリッ!

 とはいえ、初めての卵割りなので当然力加減も分からずに、

 それなりの力を込めて打ち込んだ結果、器の縁が卵の半ばまで刺さっている。


 そこから怖くて動かせないのか、

 必死に動かないように腕をプルプルさせながら顔だけを俺に向けてくるアクア。

 幸いなことに両手持ちをしている為、

 そのまま開いてしまえば多少の殻は入るけれど卵を器に落とすことは出来そうだ。


「大丈夫。簡単には落ちないから一旦そのまま持ち上げて器の上に移動させろ。

 そうそう。そしたら親指同士をくっつけたまま小指側をゆっくり放していけ」

『・・・・』


 戦闘以外ではなかなか見ることのアクアの真剣な表情を横から見守りつつ、

 彼女の手元にキッチン外からの視線も自然と集まる。

 子供のチャレンジってどうして他人の子供でも頑張れって応援しちゃうんだろうね(笑)。


 アクアが開いた卵の殻の中心からツルンと器に落ちる黄身と白身。

 多少殻も入ったけど、

 そんなものは取り除けばいい話だ。

 今は初挑戦に成功したアクアを褒めておこう。


「良く出来たな、偉いぞアクア」

『えへへ~、アクアうまい~?』

『流石はお姉さまです!』

「おめでとう、アクアちゃん」


 パチパチパチパチとクーとアルシェ以外にも、

 アクアの初めてを見守っていた職員の方々が一緒に拍手でアクアの健闘を称えてくれる。

 そしてふと、ここで冷静になるのだ。


 ゴクリンコ。

 このアクアが初めて割った卵。

 これを俺はどうしても食べたい・・・。


「お兄さん座ってください」

「え?」

「後は私たちに任せてください」

『そうですね。お父さまは席に座ってお待ちください』


 何かを察したように見事な連携でみるみるうちに俺はテーブルにつかされ、

 その缶もアルシェとアクアとクーが協力して、

 俺が先ほどまで作っていたサンドウィッチホットミルク、

 そしてフレンチトーストを仕上げていく。


 包丁や火の扱いに関してはアルシェが手伝っている様子だけど、

 卵を混ぜるのもパンに詰めるのも焼くの、

 全てアクアとクーの手が入るように調整されているのが見て取れた。


 そして・・・。


『ますたー、おまたせしました~』

『お父さま。どうぞお召し上がりください』

「ふぅ~、我ながら良い仕事をしました・・」


 目の前に並べられてた料理は、

 当然ながら先ほどまで自分で作って整えて配膳をさせていた3品と一口果実ジュースだ。

 しかし、パンに挟まる野菜もハムもチーズもこれでもかと詰め込まれ、

 フレンチトーストも吸わせ過ぎで少しベチャついてはいるものの、

 俺がクーに教えていたとおりに少しだけ焦げも付いている。


 まずは暖かい物ということで・・・。

 ホットミルクを飲む。


「「「「「なんでですかっ!?」」」」」

「いや、ついついネタに走ってしまう気質なんです」


 このホットミルクはアルシェが暖めたもので娘の手は加わっていない。

 俺たちの様子から娘の初めての料理を口にする父親の構図を想像し、

 暖かい目でその家族の姿を見守っていた職員の方々からの総ツッコミを受けた。

 シリアスは苦手なんだわ。


 アルシェたちはどうせそんなことだろうと思っていたとでも言うような目でこちらをジト目で見つめてくる。


「いや、ごめん。

 じゃあ、いただきます!」


 感想から言おう。美味かったよ!!!

いつもお読みいただきありがとうございます

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ