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特に呼ばれた記憶は無いが、異世界に来てサーセン。  作者: 黄玉八重
第07章 -平和な工芸都市フーリエタマナ編-
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†第7章† -08話-[必要最低限の排除]

 メリーとクー、そしてシスターズの姉であるトーニャが協力をして作ってくれたランチは、

 勇者一行も含め全員同室で取らせてもらい、

 メリーが気を遣ってアクアとクー用に小皿に盛り付けてくれた。

 先の2人とは別に今回の昼食は初めての食事となるニルには、

 俺が少しずつ分けてあげる事で、

 受肉後の体の感覚を少しずつ慣らすことにした。


 精霊の受肉はいろいろと生活の中で違いを実感するらしく。

 受肉前は重力に影響を受けていなかったのが、

 歩く・飛ぶ関係なしに体の重さを感じるし、

 今までの動きに筋肉も影響してくるため、

 空く時間は全て運動をさせて早めに新しい身体に慣れさせる必要がある。


 初めての食事も顎が疲れないようにと、

 柔らかい料理を分けてあげていたが、

 無理に摂取する必要もない食事は精霊にとって、

 味覚を楽しめる程度の必要性しかないのだ。


「はい、これで祝福を授けました」

「ありがとう、クレア。

 これで俺も魔力を注ぐ手伝いが出来るようになるな」

「お兄さん、魔力を統一しなくてもいいんですか?」

「これが核ならひとりで込めないといけないよ。

 でも、相手が精霊だから本来は魔力を込める事は出来ない。

 アクアたちも自分で俺たちの魔力を吸収しているだろ?」

「そうですね。

 他ですとクーちゃんの[ビータイリンク]で魔力を分けてもらうくらいでしょうか?」


 精霊だけで無く生き物には魔力を直接込めることは出来ない。

 そんな事が可能ならMP回復が容易・・とは言わないけれど、

 誰かが魔法として昇華しているはずだ。

 ゲームでも魔法を使うために必要なMPを回復させる魔法があっては本末転倒なので、

 分けるか効率が悪いけれど少し回復させる程度に抑えているはずだ。

 ちなみにクーの[ビータイリンク]は、

 先に[ガイストアプション]という対象の魔力を吸収する魔法が必要なコンボ技で、

 クー自身の魔力では無く吸収した魔力を仲間に分配する魔法である。


「そうだ。だから魔力が切れかけの精霊で、

 しかも武器に姿を変えてくれているから込められるし、

 誰の魔力でも関係ないんだよ」

「核はそれを起点に契約が最終的な目的なので統一が必要で、

 エクスカリバーは精霊を起こすための処置なので統一しなくてもいいんですね」

「流石ですね、アルカンシェ姫殿下」

「ありがとうございます、聖女クレシーダ様」


 俺越しに会話をする2人の空気感がなんとも言えない。

 アルシェからは明らかな焼きもちを感じているが、

 クレアの方は普通に年上のお兄さんに甘えているという認識なのか、

 アルシェの迫力の意味をわかりかねて、

 とりあえず常識的な対応をしているみたいだ。


 そう言葉にしてしまうとアルシェが子供っぽく、

 クレアが大人の対応をしているようで俺も複雑な気分になるため、

 俺は考えるのを止めた。


「昼からそっちはどうするんだ?」

「事前に動いてもいいのなら、

 勇者様にセーバーさんやゼノウさん達をオベリスクの元へ連れて行ってもらい、

 先に破壊を依頼しようかとも思ったんですけど・・・」

「それをすると相手を警戒させるから、

 動くなら同時にしないとって事だよな?」

「お兄さんもその考えに行き着いたんですね・・。

 なのでお昼からは、

 外に出て魔法の説明を勇者様一行とセーバーさん一行にしようかと思います」

「うん、今はそれでいいよ。

 急がないといけないけど、焦っちゃ失敗するしな。

 今回は王都奪還が目的じゃ無くて救出がメインだからな」


 俺と同じ考えにたどり着いたアルシェを撫でていると、

 もう一つの隣と膝上から視線を感じる。

 もちろん隣の視線はクレアであり、

 膝上はアクアとクーだ。


「私も下手くそですけど、魔力を込める作業を頑張ってます・・」

『きょうあんまりかまってもらえてない~・・』

『さみしいです、お父さま・・』


 なんだこいつらは・・・撫でるしかないじゃないか!



 * * * * *

『まぁ~すごいですわぁ~、羨ましいですわぁ~』

『ふふ~ん、ニルだけのオプションなのでお貸しできないのが残念ですわー!』


 アルシェたちの魔法説明会は勇者、セーバー、聖女のグループ全員にする必要がある為、

 広くて迷惑の掛からないスペース確保のために外へと移動してきていた。

 クレアはシスターズが離れるのを渋った為に、

 エクスカリバーへの魔力注入作業を外へ持ち越すことにし、

 俺も魔力注入に参加するのでご一緒に近くの木陰へと座り込んでいた。


「それでは始めます」

「くぁwせdrftgyふじこlp!」

「「「「よろしくおねがいします!」」」」

「「「「よろしくおねがいします!」」」」

「「よろしくおねがいします」」


 あちらも説明会が始まった。

 サポートとして各グループのリーダーと、

 アクアとクーとアニマ、メリーとマリエルが控えており、

 その間の聖女クレアへの護衛としてニルとリュースィが側で待機する運びになった。


 とはいえ、

 説明会会場と俺たちのいる木陰は目と鼻の先なので、

 問題が起こったとしてもこれだけのメンバーがいればそれなりに対処できるし、

 上空から感じた視線は今時刻までに3回出現しており、

 観察をした結果、町の中限定でしか見回ることが出来ない様だった。


「じゃあ、こっちも始めようか。

 エクスカリバーを持ってここにおいで」

「はい、失礼しますね」


 背を木に預けて座る俺は、

 膝を立てて股を開いた状態でそのスペースにクレアを誘う。

 年相応の嬉しそうな表情で俺の言葉に従い、

 クレアはエクスカリバーを抱えたまま俺の全面を背に身体を預けて座り込んできた。


「ちょっと魔力を確認するな」

「はい、どうぞ」


 エクスカリバーを一旦クレアから受け取り、

 核と同じように魔力の充填量を確認するが、

 感覚的には全体の20%しか込められていなかった。

 確かに最初こそほとんどが漏れてしまっていたクレアの魔力も、

 昼ご飯の前には半分くらいは込められるようになっていた。

 核であれば数個満タンになっている魔力量を込めて20%程度とは・・・、

 予想以上にこの剣の精霊は上位精霊なのかもしれない。


「ありがとう、クレア。

 次は俺の手を握って光属性の魔力を出してくれ」

「えっと・・・わかりました。

 わぁ・・・大きいですね。教皇さま達とも違う男性の手です」

「まぁ大聖堂だっけ?

 そこにいた人たちは立場的にも結構年取っているだろうしな。

 ほら、魔力を出してくれ」

「あ、はい。行きますよ」


 俺は光魔法を使えない。

 それは魔導書が存在しないこともあるが、

 精霊と契約できていないため、

 光属性の感覚がわからずエクスカリバーに込める作業を手伝えない。

 だから、クレアと手を合わせた状態で放出してもらい、

 魔力を光属性のものに調整をしなければならなかった。


 淡く光り出すクレアの手から伝わる感覚。

 無属性や他の知る属性の魔力とは異なる・・・なんて言えば良いんだろ。

 前向きな明るさ、丘の向こうを見ようとする意思、

 目の前が開けるような感覚を俺はクレアの魔力から感じ取り、

 自身の手のひらからもその感覚のベクトルに従って魔力を調整する。


「クレア、同じ魔力を感じるか?」

「・・・自信はあんまりないんですけど、同じだと思います」

「よし、じゃあ俺も作業に入るからクレアはやってたとおりに込めてくれ。

 もしも俺の魔力が光属性じゃなかったら拒否されて全部漏れていくだろうし、

 とりあえず試してみよう。

 クレアはそのまま流しながら魔力の流れを意識して」

「わかりました」


 出来る限りクレアを基準に魔力を込めようと、

 クレアが握るエクスカリバーの柄をクレアの手の上から握り込む。

 こうすることでクレアの漏れ出す光属性の魔力も感じることが出来、

 調整と注入、そしてクレアの漏れてしまっている魔力も一緒に包んで込められるようになる。



 * * * * *

「・・・はい、完了。クレア、お疲れ様」

「ふぅ・・・水無月さん。

 私って必要でしたか?」


 クレアに協力してエクスカリバーに魔力を込め始めてから10分で充填が完了しては、

 クレアがそう言うのも理解できる。


「元々クレアが頑張って20%は進んでいたし、

 昼からは2人分の魔力を無駄なく込めることが出来たんだから、

 そりゃ早いさ。

 それに本来はこの作業を聖女ひとりで行っていかないといけなかったんだと思うよ。

 加護を持っていないと光属性の魔力は宿せないから、

 たぶんだけど失われた文献には、

 その方法とかが書かれていたんじゃ無いかな?」

「聖剣の整備も聖女のお仕事だったんですね・・・。

 今後の神聖教国のお役目も一度持ち帰って話し合う必要がありますね」


「教皇さまは加護を持っては居ないのか?」

「えぇ。長い歴史はありますが、

 聖女にしか加護を与えられていないようなんです。

 でも、他国も王族に加護が与えられているわけではありませんよね?」

「そりゃそうか。

 王族の中でもアスペラルダはアルシェしか持ってないし、

 他国もそんな話は出てないしな」


 エクスカリバーの充填が完了したとはいえ、

 精霊がまだ起きてこない為、

 一旦アニマに相談しに動こうと、後ろからクレアの脇に手を入れて立たせてあげる。

 う~ん、小さいな・・・。あ、身長がって事だよ!


「ありがとうございます、水無月さん」

「魔力が少なくなってるならマナポーションを分けるけど、いるか?」

「いえ、午前の消費分はお昼ご飯で回復しましたし、

 お昼からの魔力込めも短時間で終わっちゃいましたから大丈夫です」

「さよけ。

 一応魔法の勉強にもなると思うから、

 アルシェ達のところに合流してくると良い。

 シスターズもクレアを気にしてるし、出来れば安心させてあげた方が良い」

「わかりました、お気遣いありがとうございます。

 じゃあ入れ替わりにアニマ様を呼んで参りますね」

「あぁ、頼む。

 ニル、リュースィ、こっちはもういいからクレアと一緒にあっちに合流しな」

『もういいんですのねー?

 じゃあ行きますわよ、リュースィ-』

『あら~、わかりましたわ~。

 でも、リュースィ達お仕事出来てましたか~?』

「あー・・・まぁ出来ていたよ。

 セーバーの所に帰ってあげな」

『はぁ~い、お疲れ様でしたわ~』


 まぁ実際の所は普通にニルと雑談をしていただけなんだけど、

 問題も起こらなかったし、

 仕事を完遂したって言っても良いかもしれない。

 可も無く不可も無くだけどね。


 クレアがニルとリュースィを連れて行き、

 程なくしてアニマが俺の元へとやって来た。


『宗八、ワタクシが来ました、です!

 エクスカリバーに魔力を込められたそうですね!』

「ほい、アニマもお疲れ様。

 あっちはどんなもんだった?」

『アルシェが妙に張り切っている様子ですね。

 アクア達もしっかりとサポートしていますし問題はない、です!』

「わかった。

 それで、エクスカリバーを起こすにはあとはどうすればいいんだ?」

『ちょっと見させて貰う、です』


 地面に突き刺して放置しているエクスカリバーに、

 アニマが近寄っていき手を添えたりノックをしたりといろいろと何かを確かめている。

 視線をアニマから外してアルシェの方へと向けると、

 丁度クレアと喋っているところであった。

 歳も近いし同性だから出来れば仲良くなってほしいと思うけど、

 産まれから覚悟から何もかもに差があるあの2人は今後どんな関係を築いていくのか気になってしまう。


『宗八、確かに魔力は十分に溜まっていますが、

 完全な覚醒には至っていないよう、です!

 強いて言うのであれば、起きそうだけど惰眠を貪っている感じでしょうか?』

「つまり、半覚醒状態でベッドをゴロゴロしてるのか・・・」


 これが社会人なら出る時間ギリギリまで寝て、

 ご飯も食べずに仕事に行くことだろう。

 また、これがバイト戦士だった場合は、

 ギリギリまで粘って最終的にお休みの連絡をすることだろう。


 さて、突然だが朝の目覚めを気持ちよくスッと起きるには、

 朝日を浴びるのがいいと聞いたことがある。

 しかし、エクスカリバーの精霊は光属性であるからして、

 これは逆に心地よくなって朝日は逆効果かもしれない。


「アニマ、アクアは火属性が嫌いだしクーも光属性は苦手だ。

 いまこいつは気持ちよく寝ているんなら嫌な気分にして起こすのも手だと思わないか?」

『思わないって言ってもやるんでしょう?ご勝手にどうぞ。

 精霊が武器に変化するなんて、

 ワタクシの時代ではなかった事例ですから、

 この後の正しい起こし方もわからない、です』


 ってなると、アニマもエクスカリバーの件だとほとんど助けにならないか。

 いつ頃からエクスカリバーという名の聖剣を神聖教国が保管を始めたのか、

 あとでクレアに聞いてみるかな・・。


 とりあえずあの娘を呼び出すかな。


「(クー、こっちに来られるか?)」

『(少々お待ちください。・・・・・、

 すぐに合流・・)・・しました!お父さま!』

「いらっしゃい、クー。

 仕事中にすまんね」

『お父さまの命令ですから、いの一番に来ますよ!

 それで、いかがされたんですか?

 エクスカリバーの充填は終わったと聖女様が仰っていましたけど・・』


 念話途中で影から飛び出して来た猫姿のクーは、

 そのまま俺の背中を伝って肩口まで駆け上がってきた。

 その黒い若猫に両手を近づけていくと、

 抱き上げられると理解してクー自身も持ち上げやすいように両腕を上げて手が脇に入ってくるのを待つ。


 両手で脇持ちしたクーを顔の高さまで持ち上げながら、

 鼻をこすり合わせると嬉しそうに尻尾の鈴が鳴る。

 そのままクーに新しいお仕事を伝える。


「光属性の精霊が剣の姿になっていて、

 且つ魔力は充填済みだけどまだ起きないんだ。

 だから、闇属性の魔法をいろいろと試してみてほしいんだ」

『好きにしていいんですか?』

「バインドから普段試してみたかったコンボとか、

 折れない限りはいいよ。

 元々闇属性の魔法はあまり攻撃性はないしね」

『・・・わかりました。

 色々と試してみようと思います!』

「どうせだから、シンクロ状態で好きに遊んできな」


 こうして聖剣エクスカリバーは、

 闇縛り(シャドーバインド)で身体という身体を闇魔法で隙間無く固められたり、

 闇玉(シャドーバレット)の発展型で撃ち抜かれ続けたり、

 閻手(えんじゅ)を使った打撃技の試し打ちを幾度となくその剣身で耐え続ける事になった。



 * * * * *

『お父さま、エクスカリバーが震えだしました』

「お、ついにお目覚めかな?

 そのままを継続しつつ急いで勇者の元に連れて行こう」

『はい、お父さま!《閻手観音(えんじゅかんのん)!》シフト:黒玄翁(くろげんのう)!』


 クーの魔法の練習台としてご利用させていただいた聖剣エクスカリバーの正体は光精霊。

 というわけで、互いが弱点属性となる闇魔法を気が済むまでぶち込んだ結果、

 ようやっと耐えきれずに反応をし始めたらしい。


 折り紙を折らせる知育の成果。

 新魔法を唱えるクーは左手を前に翳して握り締める。

 影縛り(シャドーバインド)を唱えたときと同じ闇の手が影から幾重にも飛び出し、

 おびただしい数が一本の先行した閻手(えんじゅ)に折り重なっていき・・、

 やがては数本の影で支えられた人をも潰しかねない大型の槌の姿を取った。


 カキィィィーッン!

 とホームランバットで打たれたとあるゲームのキャラクターのように、

 空へと打ち上げられるエクスカリバー。


『これ・・・気持ちいいですね・・・』

「暴力的な子になってくれるなよ」

『お父さまがお望みならこの世の光属性を全て駆逐する所存です!』

「やめんか」


 パチーン!

 興奮状態で振り返り野蛮な事を口にするクーの額へとデコピンを軽く打ち込む。

 躾の為に行ったデコピンであるが、

 何故かクーはニヤニヤを抑えられないような表情でおでこを両手で押さえる。

 なして?


『お父さまはお優しくて、あまりクーを怒らないので・・・、

 怒られたことが、その・・・嬉しくて・・・エヘヘ』

「・・・・」

『あう、お父さま・・どうしたんですか?なんで無言で頭を撫でるのですかっ!?』


 そりゃさ、お前。

 こんな事言われてあのハニカミ笑顔を見てみ。

 もおぉぉぉぉぉさ!わかるだろ!かあぁぁわいいんだから!

 そういえば、物語に出てくる出来の良い子も、

 褒められるだけでその子の功績が嬉しいだけの親だったり、

 出来て当然と思って褒めない親だったりとあまり良い親ではない作品が多かったな。


 それを反面教師として褒めて伸ばす教育を推進しよう。


 嬉し恥ずかしテレテレしつつも、

 クーの魔法制御に乱れは無く、

 エクスカリバーは何度も空へと打ち上げられてお手玉状態で勇者の元へと向かう。


『見てて微笑ましいですけど、

 何故ワタクシは羨ましいと思っちゃっているんでしょうか?』


 今では凹凸の無くなった胸元へと手を当てながら、

 宿主とその次女の姿を見つめるアニマ。

 その胸の奥からわき上がる感情の意味を、

 初めての契約で経験したアニマには、

 嫉妬という名前だとは理解していなかった。



 * * * * *

「えっと・・・お兄さん、これはどういう状況なんでしょうか?」

「私が離れた後に何が起こったのでしょうか・・・」

「・・野蛮」

「・・ウザイ」

「おい、ウザイは止めろ妹の方!」


 クーを抱いたまま甲高い音を立てるエクスカリバーお手玉を披露しつつ、

 アルシェ達が集まる場所へ移動してきたが、

 アルシェは頭が痛いと言うかのようにこめかみに手を当てられ、

 クレアは顔を青ざめさせ、

 シスターズには批評される始末。


 他の俺に慣れていない面々と勇者ビッチは、

 自分の世界の勇者の聖武器、

 聖剣エクスカリバーが黒い手のような何かにギチギチに捕縛され、

 先ほどから聞こえていたカキィィィーッン!という音の正体が、

 姫殿下の護衛と小さなメイドの影から生える不気味な大槌が原因と理解し、

 絶句したまま言葉を発することが出来ていない。


「魔力を込め終えたのはクレアから聞いただろ?

 あとは起こすだけだから嫌がらせの一環で対属性のクーの魔法で叩き起こしたんだ。

 実際、効果はあって震え始めたから勇者の元に届けに来たんだ」

「貴様っ!仮にもその武器は聖剣!魔王を倒して世界を救うための特別な武具だぞっ!

 それをこんな扱いっ・・・許されることでは無いぞっ!」


 俺の回答に耐えきれなくなったのか、

 勇者パーティに参加しているラフィート兄王子が、

 怒声を上げて俺に詰め寄りながら指を俺の胸に当ててくる。


 周囲のお仲間も止める様子が無いことから、

 同じような考えを持って俺の真意を伺っているというところか?


「では、ラフィート王子。

 貴方はこの眠る聖剣の正しい起こし方がわかるのですか?

 勇者が勇者足る力を振るえるようになるには聖剣の力が必要なのですよ?」

「それとこれとは話が別だっ!

 もっと考えて常識を持った方法を模索出来ないのかっ!?」

「今も国の臣民が苦しんでいる状況下でよくもそんな言葉を口に出来ますね。

 王子の言われる正しい方法が分かれば苦労はしませんが、

 アニマ様ですら知らない方法を模索していては、

 貴方の生まれた都はおろか、

 フォレストトーレ全土が終わる可能性の方が高いことはご理解いただけておりますか?」

「っ!貴様!誰に向かって口を聞いていると思っているんだ!

 先ほどから聞いていれば調子に乗りおってっ!

 アルカンシェ姫殿下にも聖女クレシーダにも不遜な態度!

 護衛如きが使う言葉を弁えろっ!」


 うぜぇ・・・。

 完全に頭に血が上がってしまっていて話の理解が出来ていない、

 感情で文句を言うだけのクレーマーに成り下がっていやがる。

 口の利き方にしろ俺の中での彼はすでに亡国の王子だから敬意を払う必要も感じないし、

 アルシェとクレアに関しては本人から許可も貰っているんだ。

 逆に外様の兄王子から注意をされる謂われは無い。


「・・・・はぁ。

 ラフィート王子、大層賑やかなご様子でいらっしゃいますところ、

 誠に恐縮でございますが、

 早急にご逝去遊ばしていただければ幸甚に存じます」

「・・・・っ!・・・っ!?ど、どういう意味だ!?」


 俺の懇切丁寧な綺麗なお言葉に流石の兄王子も二の句が紡げなかった。

 というか、何を言われたのか理解できなくて、

 反応に困ってしまっている。

 その隙にうちの精霊達が俺の身体に飛びついて来て、

 代表としてクーが口を開く。


『お父さまのお言葉を翻訳させていただきます』


 相手は腐っても王子という事でカーテシーをしてから、

 続きの言葉をクーは代弁し始める。


『うっせぇーな、てめぇ。死ねや、です』

「・・・は?」

「ラフィート様方の現状認識と私たちには明確な差があります。

 その意識共有をするにしても精霊と契約をしていなければ、

 伝える情報もいいところ3割理解出来れば上々といった所なのです」


 クーの言葉の意味も簡略化されすぎていたのか、

 聞き慣れない言葉に動揺したのか再び間抜けな擬音を漏らす兄王子。

 一度鎮火した様子を見極めたアルシェが説得の言葉を横から付け加えていく。


「護衛隊長の行いに関してはこの世界の者として注意をしなければならない事もありますが、

 我がアスペラルダ王国は彼の行動を全面支持する体勢を取っております。

 それは、勇者様とは別口。

 聖女様の予言した破滅に関しての情報を集め、

 その対策を取るための行動だからです」

『ゆうしゃなにもしなかった~!』

『全部素通りで問題は全てお父さまとアルシェ様が対応しました。

 これに関しては勇者様から先に謝罪もありましたが、

 ラフィート王子殿下はお父さまを糾弾するよりも目を向けること、

 そして介入すべきことがあるのではないですか?』

「なんだとっ!ガキは黙っていろっ!」

「ラフィート王子っ!」


 アルシェの言い分までは我慢して聞いていた様子だった兄王子だが、

 クーの言葉には我慢がならなかったらしい。

 見た目赤子程度の大きさしかない子供から説教じみた事を注意されれば面白くない思考は理解できるが・・・。


「うちのに何してんだ、落ちぶれ王子」


 激高した兄王子は正常な判断も出来ないのか、

 クーを目標として手を伸ばしてきた。

 その手を叩き落としていっちょ殴り飛ばしてやろうと思ったが、

 一瞬のうちに勇者一行のお仲間も見過ごせない行動だったようで兄王子の動きをしがみついて止めていた。


「やり過ぎです、王子殿下!」

「持ち得る情報に差があるのは否めません。

 王子である貴方が事を荒立てては、

 今回の状況対応に対してもっとも現状を理解しているアルカンシェ姫殿下の協力を頂けなくなりますぞ!」

「うるさい黙れっ!お前達も誰に口を聞いているっ!

 ここは俺の国だぞっ!離せっ!」


 なんというか、ここまでご勝手で高尚な人物だと知って、

 開いた口が塞がらないとはこの事か・・。

 聖剣の扱いにキレたと思えば、

 王子としての扱いを要求し、

 最後は俺の国だ?


 対話をする必要性が見当たらなくなった。

 俺にとってのある種設けているラインを超えた。


「貴様!俺と決闘しろっ!

 俺が勝てば今までの行いと発言を全て謝罪しろっ!」

「王子っ!」

「いいですよ、決闘に応じます」

「お兄さん?

 あ・・・、はぁ、わかりましたご勝手にどうぞ」

「くぁwせdrftgyふじこlp!?」

「えぇ、かまいません。

 その代わりHPの全損をさせないことと降参したらすぐ止めること。

 この2点はお守りください」



 * * * * *

 パキパキパキ・・・・

「あ”あ”あ”あ”あ”あ”ああああああああああああ!!!!」


 お兄さんの決闘相手は現在居るフォレストトーレの王子殿下です。

 町の中を歩く姿をみても町民が大して騒がないのには理由がありますが、

 今回の決闘で晒される痴態を臣民に見られないようにとお兄さんの配慮で、

 2人が戦っている周囲一帯はクーちゃんの[セーフティーフィールド]で隠されています。

 それでも2人が立てる音というのは筒抜けになっていて、

 側で見守る私たちの目には見えない分耳に届く音で状況を想像するしかありませんでした。


「さっき聞こえた声はどっちだろうか。

 始まったばかりなのに悲鳴にも似ていたが・・・」

「始まってしまいましたか・・・、

 レベル差がありますから姫様はさぞかし不安でしょう・・」

「いえ、確かにレベル差はありますが、

 私たちは私たちで強くなっております。

 ですから、護衛隊長が負けるとは微塵も思っておりませんよ?」


 勇者さまのお仲間である2人が私の心労を心配してお声を掛けてくれました。

 この2人は先ほど王子殿下の動きを抑えようとしてくださった方々ですから、

 初対面の私のなかでは評価は高いです。

 先の悲鳴はお兄さんではないと本当に思ってはいますし、

 審判としてメリーとクレシーダ様サイドから妹のサーニャさん、

 そして勇者様サイドから他2名の仲間が一緒にフィールド内に入っていますから、

 どっちにしろ公平な判断が付くと思っています。


「さぁ、こっちも時間がありませんから勇者様の準備を進めると致しましょう」

「え!?アルカンシェ様見守らなくていいのですかっ!?」

「審判も複数ついていますし、

 その間ずっと何もせずに待つのは愚の骨頂ですよ、クレシーダ様。

 皆様の考えているよりも事態は逼迫(ひっぱく)しているのです」


 音のする空間から目を引きはがして踵を返す私に、

 クレシーダ様が驚きの声を上げました。

 急ぎの用がなければ私もお兄さんの勝利を待ちたい気持ちはありますが、

 残念ながら現状の認識がほぼ正しく出来ているメンバーは、

 私たちのクランのみのようですから、

 お兄さんと2分するリーダーとして今は私が率先して動く必要がありました。


「アルカンシェ様、聖剣を覆う魔法が解けました」

「ありがとうございます、セーバーさん。

 勇者様、エクスカリバーを握ってどうにか目を覚まさせてください」

「どうにかって言われても・・・、どうすればいいんですか?」

「どうにかです。

 こちらのサポートとしては魔力を込めて精霊を活性化させ、

 意識を取り戻すための切っ掛けまでは用意致しました。

 それもどうすればいいのかわからない状態から持ち込めた結果なのですから、

 勇者様もどうにか頑張ってみてください」

「わかりました、やってみます!任せてください!」


 セーバーさんにはクーちゃんの魔法で雁字搦めになっていた聖剣を見ていて貰っており、

 時間経過で魔法が解けたら声を掛けて貰えるように伝えていました。

 その聖剣は地面に刺さったまま誰かを待っているかのように、

 聖剣の周りを漂う空気は澄み切っているように感じました。


 あとは勇者様に精霊を起こしてもらうだけ・・・、

 だとお兄さんも考えていたようなので私も勇者様へと発破を掛けます。

 勇者様の準備が出来ればすぐにでも行動に移せるように今は私が動かなければ・・・。


「姫様、自分たちはどうしますか?」

「そうですね・・・。

 現地への移動は勇者様の魔法で行けるそうなので、

 元々の予定を実行できるように馬を今のうちに用意致しましょうか」

「わかりました、自分たちだけで大丈夫でしょうか?」

「いえ、勇者様方と念のため聖女様方の頭数も追加でお願いします。

 ゼノウさん、お金は大丈夫ですか?」

「問題ありません。それでは行って参ります」


 本来は今日出発しての予定だったので、

 予約していた馬の数は揃っているけれど、

 予定が変わって人数も変わったので先にゼノウさんに指示を出して対策をしておく必要がありました。


「あの、アルカンシェ様。

 いまどういう状況で指示だしをされているのか伺ってもよろしいでしょうか?」

「私たちがどういう目的で現在動いているかクレシーダ様は分かっておいでですか?」

「王都を目指しており、

 状況次第では我が教国も含む各国へ進軍の手配まで進めておいでですよね?

 ただ、詳しいお話はわかりません。

 教皇様もアスペラルダ王からの連絡を受けて戦力を整え始めたそうですが・・・」

「流石はお父様ですね。

 では、私たちが王都を目指し何を成すために動いているのかのご説明をさせていただきます」

いつもお読みいただきありがとうございます

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