閑話休題 -23話-[ハルカナム街道Ⅱ]
『ますたー、ばしゃだよー?』
「ん、あー本当だな。
あれにセーバー氏が今度こそ乗ってるかも知れないから接触しようか」
『あ~い』
フォレストトーレの街道は木々が大変多い為に、
うねうねと遠回りする傾向があった。
現在の俺たちは急ぎたいという事と、
同行するメンバーに移動系の技術がないことから、
俺とアクアの水精霊纏である[竜]を使用して、
地形的な障害を無視して空路での移動をしていた。
直線的にはまた1週間程度で到着するであろう距離でも、
迂回を余儀なくされ、尚且つ馬車の速度を考えれば、
2~3週間近く掛かってしまうことは予想されていた。
その為、
セーバーパーティが俺たちの次の目的地であるフーリエタマナを出発したという情報を、
マリーブパリアを出発する際に聞いていたが、
期間的に考えてまだこの辺にいるだろうと中りは付けていたのだ。
地面に降りてから一旦アルシェ達を影から地上へと引っ張り上げて、
接触の準備を進める。
「これで3つ目の馬車ですね」
「今来ている馬車でなければ次が期間的に最後かと」
「まぁ、出発の情報が間違っていないならいずれ会えるだろうからいいけどな」
影から出てきたアルシェとメリーが希望的な言葉を口にする。
セーバーパーティに無理に伝えなくともギルドに寄ってくれれば、
牧場近くのオベリスクの位置を案内することは可能・・なはず。
破滅の呪いは思考的な意味で盲目になってしまうから、
クエストとして発行された内容は謎の黒い柱を折れになっている。
ギルドに用件を伝える事が出来たとしても、
資料から見つけ出すことが出来ない・・なんてことも考慮して、
俺たちが直接伝えることにしているので、
伝えてしまえば俺たちの仕事のひとつが終わり、
少しは肩が軽くなると言う物だ。
ガラガラガラ・・・。
次の角から曲がってきた馬車の方へと俺たちからも近づくが、
いつものライドなどは使わずに近づいていく。
町間を馬車を使わないというだけでも警戒される要因なのに、
知らない魔法まで使っていればさらに警戒されてしまう事を考慮しての行動であった。
「おーい!」
一本道にひとパーティが居れば否が応でも目に入るだろうけど、
馬車に用があるという意思を伝える為に声を掛ける。
「あんたら、馬車も使わずにこんなところで何をしてんだい・・?」
「急ぎの旅じゃないんで、のんびり野宿しながら旅してんだ」
目の前で丁寧に止まってくれた馬車から、
御者が首を伸ばして高い位置から俺たちに声を掛けてきた。
「ふぅん・・・それにしちゃ・・・、
すいぶんと小綺麗だな。ここまで1週間以上掛かってんだろうに」
「清潔を保つ術を持っているんでね。
それで馬車を止めたのには理由があってね」
「あぁ、悪いがこの馬車はあるパーティしか乗せられない契約なんだ。
戻るのに乗せることは出来ない。悪いね」
「いえ、そうではありません。
そのパーティの方々に用があるのですが、
対応は可能か確認を取って頂けませんか?」
「それも悪いね嬢ちゃん。
客の情報をほいほい渡すわけにゃいかないんだよ。
誰が乗っているってのも教えられん」
まぁそれも理解は出来る。
というか、他の馬車も同じようにパーティ限定契約や、
大衆馬車もあったが、全て誰が乗っているかなどの情報は伝えられないと言われた。
「セーバーという方がリーダーを務めるパーティであれば、
受けられているクエストに追加情報があるので伝えたいのですが・・」
「クエストならなお嬢ちゃん。
ギルドに行けば情報の更新も出来るからこんなところで教えてもらう必要はないのさ」
そりゃもっともな回答だ。
でも俺たちは万全の体制で臨みたいので、
ここで折れるわけにはいかない。
「中の冒険者さん、聞こえますかぁ?
パーシバルさんとアインスさんの両名義で発行されたクエストを受けられているのであればお話を聞いて頂きたいっ!」
「ちょっと、あんたっ!勝手なことはしないでくれっ!」
大声で呼びかけると御者が慌てて注意をしてきた。
ちと反則な方法ではあるが、
実力行使以外で交渉をするには、
中の冒険者が反応を示して乗り気になってくれるのが一番だ。
これで反応を示さなければセーバーパーティは乗っていないし、
反応が返ってくればセーバーパーティ確定だ。
理由はクエストの受領時に受け取る依頼書には、
発行人の名前が記載される。
それと同時に誰が依頼人なのかもその時に始めて知らされるので、
パーシバルとアインスの両名義のクエストといえば、
今回のオベリスク関連のクエストしかない。
この情報を俺が提示したことで、
俺たちが関係者であると理解に及ぶはずだ。
コンコンッ・・・。
その時とても小さく俺たちに見えないところで、
御者が中の冒険者へどうするのか確認を取るノック音が聞こえた。
運んでいる冒険者が何か重大な背景の末に発行されたクエストを受けていた場合、
俺たちの話を聞かなかったことで失敗となる可能性もある。
そういう事も異世界生活をしていれば頭を過ぎるのか、
御者は黙って中の冒険者の回答を待っているようだ。
集音をしていなければ気づかない程度の小さな音を拾い、
俺は確信した。中に居るのはセーバーパーティだと。
「・・・・」
「・・・・」
「・・・・」
「・・・・」
ガチャっ。
暫しの沈黙の後に馬車の扉を開いて姿を現したのは、
私服姿なのに厚い胸板が判るほどに胸が隆起した肉体を持つ、
大男であった。
続けて男性と女性がそれぞれ2人ずつ馬車から降りてきた。
「俺がリーダーのセーバーだ。俺たちに何のようだ?」
低く頼りがいのある渋い声で語りかけてくるセーバーに対し、
俺は1歩前に出て挨拶をする。
「初めてお目に掛かります、俺は水無月宗八と言います。
とあるクエストを受けられたセーバーパーティに伝えたい情報がありましたので、
こうして足を止めて頂きました」
「それは先ほど御者も伝えていたとおりにギルドで確認するのでは駄目なのか?」
「理由は言えませんが、駄目かも知れない・・とだけお伝えします」
「・・・・」
後ろのお仲間は何を言ってるんだ?
という顔で訝しげにこちらの面々をしげしげと眺めている。
ところがセーバー氏は登場した時から変わらない厳つい顔で、
どう対処すべきか考えている様子。
「それは今聞いて、ギルドでも確認をして大丈夫なのか?」
「はい、それは大丈夫です。
とある事情によって伝わらない可能性を考慮してなので」
「・・・わかった、話を聞こう」
* * * * *
「では牧場からこちらの山を越えて、
この辺りの森の開けた場所にその柱があるんだな?」
「はい、そうなります。
そちらの地図はお渡しいたしますのでご活用下さい」
実際に現地で確認をしたメリーから説明と資料を受け取り、
情報の譲渡は完了した。
渡した地図にはクーとメリーがあのときどういう順路を通ったのかを細かく記述し、
√だけでなくその場で何が見えたのかなどランドマークに付いても詳細に書かれていた。
「さっきはギルドで確認が出来るとは聞いたが、
ここまでの資料を渡してもらえていたのか?」
「資料自体は複製して提出していますので・・メリー?」
「はい、こちらと同じ物は提出させて頂いております。
この場限りと言うことであれば私からの証言が聞けた程度かと」
「で、君たちはこの資料が俺の手に渡らない可能性を危惧しての行動という事か?」
「そうなります。何故、という質問には答えられませんが」
「ふぅん・・・そうか・・。いやわかった、助かったよ」
「それでは私はアルシェ様の元へ行っておりますので」
「あいよー」
情報を受け取るチャンスはこの後に2回ある。
片や目下問題の対応に追われているハルカナムのホーリィ女史が率いるギルドと、
片や誰がギルドマスターをしているかもわからないマリーブパリアのギルド。
知っている人物がいても居なくても不安要素は大して変わらないので、
本当にここで正しい情報を伝えられて良かった。
「ねぇねぇ、お嬢さん。
貴女たちはどういう集まりなの?
歩いて移動するにも荷物をあまり持っていないようだし・・・」
「私たちはアスペラルダから観光をしながら旅をしているんです。
あちらにいるお兄さんがリーダーで、
マリエルとメリーが私たちのパーティです。
あちらの2人とこちらのトワインさんとフランザさんは、
今回同行したいと仰せのゼノウパーティの方々です」
「どうも」
「よろしくおねがいします」
向こうではアルシェ達女性陣が時間を潰す為に話し合いの場を設けていた。
セーバー陣営もゼノウ陣営も男性の方は、
それぞれ離れた位置に陣取り俺たちの様子を伺っている。
「そういえば、そっちの小さいのは精霊か?」
「は?」
念の為にアクア達精霊達は影に避難しているように伝えていたはずなので、
彼の口からそんな言葉が出てくる訳はないんだけど・・?
(『申し訳ございませんお父さまっ!ニルが・・・』)
『あ、バレましたわー!逃げろーですのぅあああああああー!』
セーバーの反応とニルの声に振り返ると、
いつの間にか言いつけを破って影からの脱出を果たしたニルが、
ピューと俺の側から逃げていく。
そのニルをクーが影の中から閻手を使ってグワシッ!と掴むと影へと引きずり戻していった。
「・・・あー、今のは?」
頭を抱えた。
「・・・以前、他の精霊にあったことが?」
「あぁ。俺は王都から離れた田舎町で育ったんだが、
その地にいた守護者と名乗る精霊と会ったことがあったんだ」
「なるほど、守護者ですか。
その精霊は何かセーバー氏に伝えてきたのでしょうか?」
「いや、単に俺が子供の頃に見つけた、
風が気持ちいい丘に座ってたんだ。
話も雑談程度で今日は何があったとかそんな程度だった。
名前はないって言ってたな・・、
あの人はいつも楽しそうに話を聞いてくれたよ・・フフ」
懐かしそうに話す彼の瞳は純粋な少年のような輝きを持っていた。
感情表現は苦手そうだが、しっかりと声音だけではなく、
表情にもありありと楽しかったという事が本当であったのだと窺えた。
なら、精霊を隠す必要もないかな・・。
交渉するにしても見慣れない精霊が居ては進まないかと思ってお留守番をさせたが、
精霊に触れたことがあるのであればここから先は問題ないだろう。
「では、改めて。俺は精霊使いの水無月宗八と申します。
アスペラルダ出身で、いまは冒険者をしながら各地を回っている最中です。
そして・・・」
再びピューっと勢いよく影から飛び出してきたニルと、
俺の念話越しの指示で影から姿を現すアクアとクー。
座って話す俺の横にちょこちょこと歩を進め、
各々が自己紹介を始める。
『はじめまして、長女のアクアーリィです!』
『お初にお目に掛かります、次女のクーデルカと申します』
『えーと・・、三女のニルチッイですわー!』
「ほう、これはこれは。
まさか精霊が3人もいるとは・・・俺はセーバー=テンペスト=カルドウェルだ。
よろしく頼む」
と、名前の部分で引っかかりを覚え、
再確認の為に声を挟ませて頂く。
「テンペスト?加護をお持ちなんですか?」
「そうらしい。
親から小遣いをもらう為にギルドカードを作ったんだが、
その時から名前にテンペスト神のミドルネームが入っていたんだ」
「どういう条件で加護が与えられるのかもわかりませんが、
ミドルネームがあるということは亜神の加護ではないんでしょう。
ギルドカードを作られたタイミングは精霊と会った後ですか?」
「すまないな、何分ずいぶんと昔の話だから細かくは覚えていないんだ・・・」
なるほどなぁ。
セーバーは見た目年齢30を超えている。
そんな彼が子供の頃と小遣いという単語を出す時点で相当に古い記憶という事がわかる。
守護者と会った後であれば守護者がテンペスト神直属の配下で、
あった可能性もあるけど、
名前もない精霊ってことはスィーネと同格の精霊と予想も付く。
別に調べる必要はないけれど、
念の為に彼の故郷の名前を聞いておこうか・・。
「故郷の名前はなんて所ですか?」
「スタルクヘッズだ。なんだ?行ってみたいのか?」
「行く機会があれば協力してもらえる可能性がありますから。
クー、俺たちの旅道具の説明の為にアルシェの所に行ってやってくれ」
『かしこまりました』
『あくあもいっていい~?』
「あぁ、行って良いぞ。あと、ニル」
続けてニルも女性陣の元へ行こうとしているのを発見したので、
名前だけ呼んでインベントリから取り出した瓶をスッと差し出す。
『・・・はい、ですわー・・・』
言いつけを破った罰として常用化の兆しが見える瓶詰めの刑。
今回は彼女のおかげで話に進展が見られたが、
これが悪い方向に転がった場合は目も当てられない。
情状酌量の余地が認められて蓋をする事と、
黙らせることはしない。
大人しく自分から瓶の中へと入るというシュールな光景を見届けてから、
瓶を抱えて視線をセーバーへと戻すと、
目を見開いて驚いた表情をしている。
「あぁ・・、隠れていろと言いつけていたんですが、
勝手に出てきてしまったので罰を与えているだけですよ」
「君は精霊を育てているのか・・・すごいな・・・」
「いいえ、そんな事よりもですよセーバー氏!
貴方は精霊と契約をしていないのですか?」
「契約はしていないな。
精霊とも子供の頃に会った守護者しか見たことなかったし、
今日数十年振りに見たくらいだ、感動だよ」
せっかく加護も持っているのにそれは勿体ない・・・。
フィルターを外して見れば、
彼は風の浮遊精霊をかなり多く纏っていることがわかる。
「セーバー氏。
精霊使いになりませんか?」
「え?精霊使い?君みたいなってことか?
いやまぁ、こうして目の辺りにして憧れ・・はある。
だが、契約するにも精霊がいないだろう?」
反応から察するに乗り気ではあるらしい。
もちろん通常の精霊契約であれば言葉が話せるレベルの、
それこそ彼が出会った守護者くらい成長している必要がある。
しかし、いま!すぐに!出来る契約といえば、
浮遊精霊を強制加階させて行う俺式契約だけだ。
「出来るならしますかっ!?
もしされるのであればセーバー氏が受けられたクエストの内容も、
もう少し詳しく話すことが出来ますっ!
ギルドでは伝わらないかも知れない理由もですっ!」
「ん、んぅ・・まぁ出来るのであれば、
契約はしてみたいと思う・・・」
してみたいと声が聞こえてくる間に影の中から宗八箱を取り出し、
中から保管しているスライムの核をひとつ取り出す。
「よしキタ!すぐ準備しますので、
セーバー氏はこのスライムの核に魔力を込めて下さい!」
「いや、俺は前衛しかやってこなかったから魔法に関してはわからん」
「何か魔法は扱えますか?」
「ヒールなら・・」
「じゃあヒールを使っている最中に手の平から何かが漏れ出すのを感じますよね?」
「あ、あぁ感じる・・」
「魔法は使わずにその感覚だけをトレースして下さい」
「漏れ出す感覚だけ・・、・・・」
目を閉じて集中する彼の開かれた手の平から、
微かではあるが魔力が漏れ出したことを確認する。
「はい、それでいいです。
この核を握ったまま同じように漏らし続けて下さい」
「わ、わかった・・・」
戸惑いながらも俺の指示に従うセーバー氏。
開いた手の平にすぐさま核を乗っけて握り込ませ、
そのまま続けるように指示を出す。
ついでに戦士一辺倒の彼のMPでは満タンにするのに足りないかと思い、
マナポーションも数本彼の隣に置いておく。
「マナが切れたらこれを飲んで魔力を込めて下さい」
「了解だ」
さぁて、これからこちらの計画にセーバーを引き込む為の作戦を決行する!
「ニル、彼の浮遊精霊と話をしてセーバー氏と契約したい奴を選定しろ」
『それをしたら許してくれますのー?』
「・・・いいだろう!」
『張り切ってお話ししますわー!』
即答するとなんか甘い気がしたので、
少し間を置いてから許可を出すと、
ニルは鼻息荒く瓶から飛びだしてセーバーに纏っている浮遊精霊に話しかけ始めた。
いつもお読みいただきありがとうございます