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夏の春  作者: Chiaki
第一章 一つ屋根の下
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ep.4 モットー




 なんかそっけない。

 

 そわそわしている。


 頻繁にうわの空になる。


 ハルキの様子が最近おかしい。


 思い当たるのはあの日。ハルキが写真部に加入した日だ。


 あの次の日、弟は一人の女の子を連れて部室に入ってきた。

 

 伊調カナデ。それが彼女の名前だった。


 可愛い、というより美人ってタイプの子だ。長くて綺麗な黒髪で、肌が深く積もった雪みたいに真っ白で。


 そして儚い。存在感が無いというか気配が薄いというか……どうも高校生離れをした落ち着きを持った少女だった。


 そして私とは全然真逆のタイプだった。


 なんか、な。面白くない。面白くない?


 どうしてそんな風に思うんだろう。


 わからないことだらけだ。


 まあ、いいや。ハルキを起こしに行こう。今日は部活で集まる予定なのだ。

 

 トントンと階段を降りてハルキの部屋に向かう。


 夏休みになってから本当に朝起きられない体になってしまった我が弟。


 今日はどんな起こし方をしてやろう。


 ドアを引いてそっと中を覗き込むと案の定ぐっすり寝ていた。

 よし……。


 私は半ばやけくそ気味な思いでハルキの上に飛び乗った。


「起きろ―――――!!!!]




          ♢♢♢




「頼むから普通に起こしてくれと何度言ったらわかるんだ……」とぼやくハルキに私は頬を膨らませて言った。


「起きない人が悪いんですよーだ」


 こういうやり取りも夏休みに入って何回目だろう。


「何にやけてんの」気味が悪そうにハルキは私に聞いた。


「なんでもないよっ。さ、学校行く準備! 朝ごはん食パン焼いたから好きなもの乗せてね!」


「今日は気合入ってるなあ、どうかしたの?」


「んーん、なんでも!」


 今日は良い一日になるといいな。眠そうなをした弟を見て、何気なくそんなことを思った。




          ♢♢♢




「おはよう諸君! 元気かねー? ってトウカちゃんしか来てないじゃん!?」と部室の扉を開けて中を見た私はツッコミを入れた。


「おはようさん、ナツキちゃん。シュウジはさっき家出たって連絡来たわ。カナデちゃんはさっきまでおったけどなんも言わんとどっか行ったわ」私と同じく制服姿のトウカちゃんが「ふう」と息をつきながら答える。


「二人ともマイペースだなあ」


「お前が言うな、ナツキ」私の後ろから、ハルキからの鋭いツッコミが飛んでくる。それをあえてスルーして私は聞いた。


「で、今日は何するの?」


「今日はなあ、部員も揃ったことやし駄弁ってばっかりおらんときっちり写真部の活動内容について話し合おうって思ってたんやけど……」


「んじゃ僕、伊調さん探してきましょうか?」

 

 え?


「あ、ほんまに? じゃあお願いするわ!」


「わかりました」


 短く答えたハルキは、そそくさと部室を出て行ってしまった。

 

 その様子に私が口をつぐんでいると、


「まったく……ハルキくんも変わった子連れてきたもんやな……」とトウカちゃんは閉まったドアを見つめてそう言った。


 居ても立っても居られない。


「私も一緒に探してくる!」私は部室を飛び出していた。


「え、ちょ、ナツキちゃん! また私一人で待っとかなあかんやん!」


「すぐ戻るよ!」


「ナツキちゃあああん……」背後の方で断末魔のような声を耳にしながら私は部室を出てハルキを追った。




          ♢♢♢




 ハルキは部室棟を出て校舎の方へ向かっていた。


 その足取りは早く、迷いがない。まるで、カナデちゃんの居場所の検討が最初からついているような……。


 私は物陰に隠れながらもハルキの背中を追った。なるべく足音をたてないように。


 角を曲がる際にハルキの横顔が少しだけ見えた。


 その表情は見たことのないものだった。


 姉弟として過ごしていた十七年間で一度たりとも見たことのない顔。


 私は思わずハルキを追いかける足を止めてしまっていた。


 経験した覚えのない感情が少しづつ根差し始めている。


 どうしよう。


 とにかく、追わなきゃだよね。


 どうせ後悔するなら行動してからだ。


 それが私のモットーだから。


 私は再び足を進める。しかし顔を上げて歩み出した時にはもう彼の背中は見えなくなっていた。

 

 どこへ行ったの、ハルキ?


 その時だった。



 ……ピアノの音?


 少し遠くから囁くような、空気を震わす甘い音が聞こえた。


 私はそれに導かれるようにして歩く。


 だんだん音色がクリアになっていく。


 その根っこはどこにあるんだろう。しかし、あまりにも単純な見落としに気づく。


 音楽室だ。学校でピアノがあるのは当然あそこだ。


 どうしてかわからないけど、ハルキもそこにいる気がした。




 そして、案の定その通りだった。


 私はこっそりと音の漏れる扉の窓から覗き込む。


 そこにはやはり、ピアノからほんの少し離れたところに椅子を置いて座る弟の姿があった。


 そして、ピアノを弾いているのは……美しい少女だった。


 伊調カナデ。


 私はどうしようもない気持ちになった。


 どうして?


 ふと、音が止んだ。


「どうしたの伊調さん?」


 ハルキの声だ。


「……なんでもない」


「そっか」


 私は身を翻して音楽室の前から離脱した。

 

 だんだん歩くスピードが上がる。


 自分でもわからない内に走っていた。


 部室のドアを思いっきり開ける頃にはすっかり息が切れていた。


「わわ、どうしたんナツキちゃん! えらい元気やなあ」勢いよく入った私に驚いた様子のトウカちゃんが声をあげるように言った。


「なんでもっ、ない」ぜえぜえと切れる息にやっとの思いで言葉を混じらせる。


「あれ、ハルキくんとカナデちゃんは?」


 私はトウカちゃんのその質問に、ぴくりと反射的に肩をあげてしまった。


「あ、あー……結局見つかんなかったよ。えへへ……」


「そうなんや。どこ行ったんやろか」


 眉根を寄せてドアの外を見るトウカちゃん。


 私の脳裏にはさっき聞いたピアノの音が繰り返し流れていた。


 その後ハルキとカナデちゃんは揃って部室に入ってきて、その直後にシュウジも来た。


「お、全員揃っているな」と遅れてきた長髪、シュウジが言う。


「自分が遅いねん。気合入ってなさすぎちゃうか」


「言っても既に引退した身なんでね。というかお前らと違って俺は受験勉強に勤しんでいるんだ。そこにいる同じ三年のことは知らんが。……ナツキ?」


「ナツキちゃん?」


 顔の前にシュウジの手が振られていることに私は気づく。


「え?」


「どうしたんだ?ぼーっとして」と心配そうに私の顔を覗き込むシュウジ。


「そう言えばさっきからやなあ。なんかあったん?」


「べ、別になんでもないよ! さあ、部活部活!」


「……変なヤツだ」


 耳に入るシュウジの言葉を無視しつつ、さりげなくハルキの方を見る。依然としてハルキはカナデちゃんと話していた。彼女の方は特にリアクションはない。ただ静かに頷いたりするだけだ。


 私はただシュウジとトウカちゃんの話に耳を傾けることと、脳内にてそれに混じってくるピアノの旋律を振り払うことに必死だった。 




♢♢♢




その日の部活は大まかな写真部の一年間の活動内容を簡単に話し合って正午あたりで解散となった。

 

「ナツキちゃん、もう帰るん? もうちょい喋っていけばいいのに」早めにカバンを持って帰ろうとした私にトウカちゃんが声を掛けてきた。


「ううん、今日はなんか体調悪いみたいだから悪いけど帰るね」


「やっぱりそうなん? えらい口数少ないなあって思ってたんや。一人で帰れそう?」


「うん、大丈夫。今日は私も自転車乗ってきてるし」


「そっか……まあ、ゆっくり休みや」


「うん、ありがと。それじゃあ」


 そうトウカちゃんに告げた私は急ぎ足で部室を出た。ハルキが心配してくれていないか一瞬様子を窺ったけど、彼はカナデちゃんと喋ることに夢中になっていた。


 その後のことはあまり覚えていない。




          ♢♢♢




「ん……」


 ふと目を覚ますとオレンジ色の西日で部屋が染まっていた。


 どうやらリビングのソファーで制服も着替えずに眠り込んでしまったらしい。


 今何時だろう。時計を見ようとして体を起こすと何かが落ちる音がした。


 大きめのサイズの毛布だった。

 そこからは弟の匂いがした。

 ハルキのやつだ。

 私はそれをきゅっと抱きしめた。


「あんまり心配させんなよ」


「へ?」


キッチンの方を見るとハルキが立っていた。


「急に帰っちまうから。しかも体調悪かったそうだし。全然気づかなかったけど」


「……うん。ちょっと、ね。ごめんね」


「いい。次からちゃんと言えよ。こっちも心配するし」


「ハルキ」


「ん?」


「毛布、掛けてくれたんだね。ありがと」


「……ん」


 わからないことがあっても、わからないなりに前に進まなきゃ。


「ハルキ! ごはん作るの手伝う!」


「いいから寝てろ。余計な手間が増える」


「そんなこと言わないのー!」




 考える前に行動する。それが私のモットーなんだから。




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