ep.2 弟を私と同じ部活に入れたい件について
本日は晴天なり。
さてさて、今日私はあるところに出向かおうと考えている。どこかわかるかな?
答えは学校だ。今日が登校日というわけではなく部活に顔を出そうと思っている。まあ受験生の身だからあくまでも顔を出す程度なんだけどね。
私の所属する写真部ではもう部長も引退(文化部でも引退って言っていいのかな)して二年生に部長権限を早めに引き渡している。しかしながら一つ問題がある。
深刻な部員不足だ。
二年生はさっき言った部長一人。オンリーワン。この時点で深刻さが伝わると思うけれど、問題は一年生の部員がなんとなんとたったの0人……。
わっはっは。
ちなみに三年生は元部長と私の二人だけだ。
うちの高校は運動部が有名で部員数もなかなかの規模なのだが、いかんせん文化部は人気なくってね……。
しかし! 私はとある秘策を思いついたのだ。
弟を我が写真部に入信させる!
……本日作戦決行予定でござる。もちろんハルキにその旨は内緒だ。しかしどうやって学校に連れ出そう。
「あれ、ナツキ。なんで制服着てんの」そう言いながら全身水色のパジャマ姿のハルキが眠そうな目を擦りつつリビングに入ってくる。
グッドタイミーング! さりげなさを忘れずに……。
「部活だよー」すごく笑顔で返してみる。
「ふーん」
会話終了! もうちょい食いついてきてよ!
「写真部もう引退したんじゃなかったっけ」と思い出したかのようにハルキが言う。
それそれ!そういう返しを待っていた!
「まあ、私もそろそろ門外顧問的な?上級生として部活に顔出しとこ的な?」
「……そうか」興味が微塵もないといった様子でハルキは冷蔵庫のドアを開けて中を物色していた。
あれ……「お姉ちゃんやるじゃん!」みたいな空気にしようと思ったのにもしかしてミスった?
「あ、そうだ、僕シュウジ兄にゲーム借りてたんだ」
キタ――――!!!!
シュウジというのはさっき言った写真部元部長でありご近所さんのシュウジ君(十八歳)のことである。そのゲームソフトを返す口実として引っ張り出して……。
「ナツキが返しといてよ」
なんでやねーん!!!!!!
♢♢♢
「まったく……夏休みだってのにどうして僕まで制服着て学校に行かなくちゃならないんだ……」
「いいじゃん、たまにはね」
結局無理を言って、学校へついて来させる私であった。もちろんハルキも制服だ。
まったく、利用しておいてなんだが、お願いされると断れないのは我が弟の弱みである。
「それはさておき、なんで自転車に二人乗りしてるのだ僕たちは」自転車のペダルをこぐ足をいったん止めてハルキは言った。後ろには横向きの体勢で、後ろの荷台の金具に私が乗っている。
「だって私の自転車パンクしてるんだもーん」
「歩けよ」
「やーだ!」
「つかくっつくな、暑苦しい」
日差しがジリジリと肌を焼く夏。
私は弟が運転する自転車の後ろに乗っていた。二人乗りの後ろってエネルギー使わずに風を切れるからとても涼しい。
スカートだと跨れないから横向きで座らないといけなくてバランスを保つのが難しい。
「ハルキ、コンビニ寄ろうよ。アイス食べたい」
「奇遇だな。僕もちょうど思っていたところだ」
私たちは学校の手前のコンビニエンスストアで複数本入りのアイスキャンディーの箱を買った。
先ほどのことだが、写真部の元部長であるシュウジからメールが返ってきていた。
今日は元部長も現部長も学校に来ているとのことらしい。
というわけで差し入れをするという建前、部室でアイスパーティーをしようという魂胆である。
「早く行こ! アイス溶けちゃう!」とコンビニの袋を高く掲げて私は言った。
「自転車、こぐのは僕なんだぞ……」
♢♢♢
「お前ら本当に仲良いな」
大きな机と資料がぎっしりと詰め込まれた本棚がまず目につく写真部専用の部室。私が部屋に入って、開口一番にそう言ったのはパイプ椅子に座った目つきの悪い長髪のヤツだ。顔のパーツはすごく整っている。しかし長髪から漂う不潔な感じは否めない。
あ、こいつが元部長のシュウジね。制服着てるからこそかろうじて高校生だとわかるが、年々オッサン化してきている。
「シュウジ、おひさ。誰と誰の話?」私はオッサンもどきに向かって言った。
「お前とハルキ。姉弟で自転車二人乗りなんて普通やらないもんだけどなって」
「ああ、見てたの」てへ、と軽く舌を出して私は言った。
「窓からな」オッサンが言う。
それに対して「声かけてよお」と私は返した。
「ここ三階だぞ。恥ずかしいわ」
「なるほどね。あ、これ差し入れ」私は右手に持っていたコンビニ袋を差し出す。
「おお、アイスか。いいな。トウカが帰ってくる前に食っちまおう」
「そういえばトウカ部長の姿が見えないですな? 早くもおサボりかしら」
「トイレだよ。つかお前の弟こそどこ行ったんだ」
「ハルキは自転車置き場だよ。私だけアイス溶けちゃうから先に来たの」
その私の言葉にシュウジは「なるほどね」と窓の外を見た。と思えば神妙な顔つきになって彼は言う。
「……で、メールで話した作戦はどうなっている」
「そりゃあもうバッチリっすよ、アニキ……!!」
にっしっしとお互い悪い顔になりながら笑っている写真部の部室。平和だ。二人とも受験生だなんて忘れてしまうぐらい平和だ。
ガチャンとノック無しにドアが開く。
「おっすナツキちゃん! 久しぶりやなあ! さっきハルキくんと便所の前で会って姉の方もしばらくぶりに来てるんちゃうか思ったんやけどビンゴやわ!」
私に向かって飛びつく勢いで入ってきたのはトウカちゃん。
ズッコケている小学生たちと同じ部員数の我が写真部を支える現部長さんである。
大きな二重の目に、染み一つない肌。手入れの行き届いた腰まである長い髪は校則で規定された茶色いゴムでまとめてポニーテールにしていた。そしてはしたない大きくたわわな胸……。スタイル完璧な憎らしい美人さんだ。
いかんせん天真爛漫すぎるところがたまにキズだけど。本人曰く「それもチャームポイントの一つや!」とのことだ。
「トウカちゃん! おひさー、最近勉強が忙しくてねえ」私はトウカちゃんに抱き着き、その胸の感触を堪能しながら言った。
「家で勉強をしているところなんて一瞬たりとも見ていないのですがそれは」続いて後ろからハルキも入ってくる。
「今日は勢ぞろいだな……アイスもあるぞ」とシュウジ。
「やったあ! あたしアイス食べたかったところやってん!」トウカちゃんが満面の笑みを浮かべる。かわいい。
「ちょっとそのアイス私が買ってきたんだから! 感謝してよね!」とシュウジに向かって私は言った。
「やれやれ……」
すっかりこのドタバタしながらも平和な空気に溶け込んでいるハルキはいつものように目を細めて息をついていた。
この調子なら全弟部員化計画も達成間近であろう。ふっふっふ……。
私が口元の前で手を組む例のポーズを取っているとハルキが思い出したかのように持ってきたカバンの中をまさぐる。
「シュウジ兄。これ借りてたゲームです」
「おお、わざわざ悪いな」
「確かにこれ返すためにここに来るのは少し骨が折れましたね」
「……ん?」
ツンツンと私の横腹を指で突いたシュウジが声を潜めて言った。
(作戦は上々だと言っていたのは噓だったのかナツキ隊員)
(いや、家から連れ出すのも大変だったんですシュウジ軍曹)
(今日中に部員にする手筈は整っていないのか)
(今日中なんて誰も言ってないっす)
(マジか……)
うなだれるシュウジ。やっぱり元部長として、部の存続に関する心配は枚挙に暇がないというかとても気になっていたんだなあ。
確かに自分が部長を終えた代で廃部なんて責任を感じちゃうだろうね。
私はちらとハルキを見る。するとハルキはトウカちゃんと話していた。
「ハルキくん、しばらく見やんうちになんか大人っぽくなったなあ」
「今、両親が仕事で家を空けているんで家事を僕がやっているんです」
「えええ! ナツキちゃんと二人暮らしなん!? そら大変やろうな……たまにはウチきいや! あたしも下宿で寂しいからなんかご馳走するしうちの相手したってや!」
「あ、ああ……じゃあ今度お邪魔させてもらいます」
むむむ、なんだか楽しそう……。
待てよ、これは良い傾向なのでは。
ナツキ、大丈夫。作戦通りよ。上官の命令は絶対なのよ。
私はサムズアップをシュウジに向かって送るが、彼は依然としてうなだれたままだった。
でも……なんだかなあ。
「そういえばハルキくん部活入ったん?」トウカちゃんがハルキに聞く。
「ああ、それなら帰宅部に入りました」とハルキ。
「何その部活! めっちゃ楽しそうやん!」
「ショートカットの研究や自転車のメンテナンスも欠かせない奥深い競技です……。加点対象の範囲内でどれだけ下校時のタイムを縮められるかが……」
「めっちゃガチな部活やないかーい!!」
むむむむむむ………………。
「冗談はさておき、どっか部活に入る予定ないん?」
「いえ、今のところ特にって感じです」
「じゃあさじゃあさ、写真部入らん!? 今な、部員全然足りてなくて存続が厳しいねん……」
「あ、それだったら入りますよ」
「「ええええええ!!!!!!」」
写真部引退済みの二人の驚声が夏休みの校舎をこだました。