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夏の春  作者: Chiaki
第三章 合宿
17/21

ep.15 初めての部活動




 僕は夢を見ていた。


 小学生の頃に行った、夏祭りの時の夢だ。


 なぜ夢を見ているとわかるのだろう。その記憶が僕にとってあまりにも鮮明なものだから、だろうか。


 人の波に押されて姉の右手が離れる。その瞬間、周りの景色が真っ白になったかのように思えた。


 気づくと僕は、神社の境内にある賽銭箱の下の小さな階段に座り込んで泣いていた。


 無人島に流されたような虚無感が僕を襲う。


 どうしてあの手を離してしまったんだろう――。




          ♢♢♢



 

 朝、目を覚ますと木で出来た天井がまず目に入った。


 掛布団を剥がし、ゆっくりと身体を起こす。


 僕は何故かナツキの姿が見たくなった。


 夏休み、毎日起こされている習慣からだろうか。


 とりあえず、顔を洗おう。


 



 顔を洗って部屋を出ると、階段のある踊り場に僕と同じ浴衣姿のナツキがいた。


「おはよ」僕は彼女に声を掛ける。すると、ナツキは振り向いて僕の姿に気づいた


「ハルキっ! おはよ!」


 こちらに一直線、そして抱き着かれた。


「わっ、どうしたんだよ! 暑苦しいぞ」


「えへへ、昨日嫌な夢見ちゃってさ」少し目線を下げる形でナツキの顔を見る。瞼の下が微妙に黒くなっていた。


 どうやら眠れなかったらしい。


「まったく……」僕は小さく息をついて、がっしりと抱き着いている彼女の頭に手を乗せた。


 その後すぐに予定していた起床時刻になっていることに気づき、僕はシュウジさんを起こしに部屋に戻った。彼は相当な寝坊助なので、随分手間取った。目を覚ましたにも関わらず遠慮なく「おやすみ」と言って二度寝しようとしたときは思わずグーパンチを腹にお見舞いしてやった。


 昨夜、夕食を頂いた広間で今度は朝飯にありつく。焼き魚に味噌汁、漬物、そして白ご飯……まさに『朝ごはん代表』というような献立だった。


 一つ一つが絶品だ。特に米が美味い。おにぎりにして持って帰りたいぐらいだ。おかずの味も濃すぎず、薄すぎずちょうど良い。改めて写真部に入ってよかったと思う不純な僕だった。


 朝食を食べ終えると僕はトウカさんに言われて、ナツキと持っていく機材の準備をすることになった。


 二階に上がる時、何故かナツキがオドオドと形容したくなる様子を見せたが、どうやら時間が押しているらしいので無理やり引っ張っていった。


 倉庫代わりに使っているという空き部屋は見たことのあるようなないような機材でいっぱいだった。


 ナツキがカメラバッグの中に手際よく必要だと思われる機材を詰めていく。


「レンズもう一本あった方がいいよね、あと予備のバッテリーと……ストロボと三脚はいるかなあ……」ぶつぶつと喋りながら手を動かすナツキ。


 どうやらなかなか本格的なものらしい。第二の不純な理由、トウカさんのバディー(推定Fカップ)に釣られて入部を決めた写真素人の僕には何が必要なのかもわからず、手持ちぶさたな気分だった。


 何気なく部屋にある大きな窓を見る。


 その先にはおよそ僕が住んでいる町では見られないような景色があった。


「すげえ……」


 窓を開けると夏の暑さと共に涼し気な風が部屋に入ってくる。外は木々が生い茂り、その隙間から点々と立つ造りが降るそうな民家が見えた。その手前には放物線を描くように田んぼが広がっている。奥の方は高い木が連なって山のようになっていた。


 なるほど。これは写真に収めたくなる気持ちを分からせてくれる。良いロケーションだ。僕は持ってきたデジタルカメラで記念に一枚写真を撮っておいた。


 カシャリという電子音に気づいてナツキがこちらを向く。


「何撮ってるの?」と彼女は僕の隣に歩み寄る。


「わあ……」


嬉々とした声を彼女も同じようにあげた。


「綺麗だろ?」僕は距離の近い姉を意識しながら聞いた。


「うん……でも……」


「どうした?」


「ここから落ちたら死にそう……」


 真っ青な顔でナツキは言った。


 その言葉に僕も窓から少し身を乗り出して下の方を見た。平らな土の道がある。確かに思ったより高い。


「まあ私が落ちたら、ハルキが助けてくれるんだけどね」


「二人もろとも頭が砕けるオチが見えるけどな……」




 一通り用意を終えると、僕たちは部屋に戻って着替えてから玄関に集まり、旅館を出た。


 五人揃って敷地を出て、さっき二階の窓から見えた山の方を目指して歩く。木に囲まれた傾斜の緩い山道を先陣切ってずんずんと歩くのは、紺色のオーバーオールを着ているトウカさんだ。中に着ている半袖がセーラー服みたいな模様で可愛いし涼しげだ。ここには何度か来たことがあるらしく、重いカメラバッグを持っているにも関わらず速いその足取りには迷いがなかった。


 周囲は蝉の声でいっぱいだった。オーケストラの指揮者にでもなった気分だ。


 少し遠くの方から蝉の声に交じって何やら聞き慣れない音が聞こえる。トウカさん曰くそこが目的地だそうだ。


「暑い……」真っ先に僕の隣でナツキが音をあげる。彼女の白いブラウスから覗かせる首筋には汗が滲んでいた。


「当たり前だろ。夏なんだから」と僕は言った。確かに暑い。


「木陰で涼めると思ったんだもん」


「まあまあ、もうすぐ着くから」トウカさんは笑って言った。


 それとは対照的なように見えるのが後ろで歩く二人だ。いつも無口で掴み難い伊調さんはともかく、今日はシュウジ兄まで表情なく無言で足を動かしていた。


 僕は振り返って声を掛けた。


「シュウジ兄、大丈夫ですか? スポーツドリンク飲みます?」


「あ、ああ、もらうよ」シュウジ兄は途端に軽く微笑んでみせた。無理しているのだろうか。


「熱中症、暑いんで気を付けてくださいね。もちろん伊調さんもだよ」と僕が言うと伊調さんはいつもと同じように、首を数ミリだけ縦に振った。


「ハルキ、私はー?」語尾を伸ばしながらナツキが僕の首に汗だくの腕をまわす。


「ナツキ、暑い」


「冷たいよ……あまりの態度の冷たさに少し涼しくなったよ……」


 ずるずるとナツキを引きずりながら歩く僕だった。


 ちなみに伊調さんはこんなに暑いのに長袖のシャツを着ている上、一滴たりとも汗をかいていない。この人は本当に人形か何かじゃないかと疑ってしまうぐらいだ。


「みんな! もうすぐやで!」前を歩いているトウカさんが、先に見える明るい光の方へ指を差す。


 そこにある光景を見た時、言葉が出てこなかった。


 透き通るように綺麗で、大きな水の溜まりが広がっている。


 そこに雷の如く打ちつけるのは真っ白な水。


 滝だ。


 岸壁を沿って、僕らが見上げないといけないような高さから空間を裂くように滝が流れていた。水の流れが分岐していて、耳を澄ますと何種類もの音が聞こえてくる。


 トウカさんは少し興奮気味に言った。「めっちゃ綺麗やろ?」


 僕はただ頷くことしかできなかった。



 

「さて、今日はハルキくんとカナデちゃんがせっかく写真部に入ってくれたということで、軽く写真について学んでもらおうと思うねん」


「今更だよなあ……」そう呟く元部長、シュウジ兄。


「しゃあないやろ! 夏休みは休むもんなんや! まあそれはさておき、今日で写真の醍醐味みたいなものをちょっとでも知ってくれたらいいかな。まず、これ」


 トウカさんはカメラバッグを置き、中から一眼レフを取り出して僕に見せた。


「遊びで撮るぐらいやったらほんまはコンデジでもいいんやけどな。せっかくやし今日は一眼レフ使ってみよか」


「俺ら三年は何しとけばいいの、部長さん」とシュウジ兄。


「ああ、あんたらは水遊びでもしといて。なんなら滝に打たれててもいいで?」にやりとトウカさんは笑った。


「遠慮しとく……ナツキと陰で働きっぷりを見とくよ」


「なんや、修行ってタイトルで写真展に出したろ思ったのに。あ、せやせや。ハルキくんコンデジ持って来てるって言ってたやんな?」


 コンデジというのは『コンパクトデジタルカメラ』の略らしい。僕が朝に倉庫からの景色を収めたやつだ。


「はい」僕はズボンのポケットに入れていた自分のカメラを取り出す。


「それであの滝撮ってみてや」


「え、いきなりですか?」


「うん、そんな大袈裟なもんやないよ。良い感じって自分が思うように撮れたらええんやし」


「じゃあ……」僕はコンデジを起動させ、滝に向ける。


 画面に滝が表示されたことを確認し、右手の人差し指でスイッチを押すと、滝の音にピピッという電子音が混じった。


 僕はトウカさんに撮れた写真を見せる。


「うーん、ええ感じやなあ。でも、なんか足りひんと思わん?」


 その写真は滝全体を映したものだった。足りない部分、か……。


「わかりません」僕は正直に答える。


「じゃあ、今度はあたしが撮ってみるわ」


 トウカさんは「にっ」と笑顔を見せると、滝に近づいて膝をつき、下から覗き込むようにして一眼レフを構える。ファインダーを覗き込む横顔はとても真剣で熱気が伝わってきた。


 電子音と共に重厚なシャッター音が響く。


「これやったらどう?」と画面を見せる。


 その写真は僕の撮ったやつとは全く別の景色を写しているようなものだった。


 滝周りの景観全体を収めた僕の写真とは違い、トウカさんの撮ったそれは滝のみに焦点が合っていて背景となる岸壁はぼやけている。カメラの性能の差もあるだろうが、その写真には漠然と大きなエネルギーのようなものを感じ取ることができた。


「躍動感がすごいです。まるで写真から水が流れてきそうだ」


「ふふん、そうやろ? さっき足りないのは躍動感のことや。私の持論やけども写真の被写体って生物とか無機物とか問わず『生きてるもの』やと思うねん。要するにハルキくんのさっき撮った写真は生きてる主役、写真の主人公が感じ取られへんかなってあたしは思ってん。そういう時はグッと被写体に近づいてあげる。まあ望遠レンズやったらズームしてあげたりね。」


 トウカさんは少し誇らしげに言う。流石現部長、といったところだろうか。


 ちなみにさっきからすごく距離が近い。僕の腕にたわわなアレが当たってしまいそうでなかなか彼女の話に集中できない僕がいた。


 その様子を伊調さんは不思議そうにじっと見ている。ナツキとシュウジ兄は脇の方で水浴びをしていた。


「ハルキくん? 話聞いてる?」


「き、聞いてますよ!」半分くらい。


「せやったらええけど……んじゃあ、次。一眼レフで写真撮ってみよか」そう言ってトウカさんは首から掛けていたストラップを外し、両手で僕に差し出した。


 僕も彼女と同じようにストラップを着ける。思ったより重いな。


「それは一眼の中でも軽い方やねんで? あ、結構いい値段するから大事に使ってや」とニッコリ笑うトウカさん。


「まず構え方なんやけど、足を軽く開いて。ちょっと斜になった方がいいかな。左手はレンズの下で支える係、右手の人差し指でこのシャッターボタンを押す。脇はきゅっと締めとった方がええな。あ、力入りすぎ。はいリラックスしてリラックス」


 トウカさんに肩を揉まれる。つか距離が近い。何か背中にふわふわしたものが当たっております。全く集中できません。


 ファインダーを覗き込むと何やらデータっぽい数字が表示されていた。「この数字って何ですか?」


「ああ、それは今の設定やね。カメラの設定は大きく三つに区分されてて、シャッタースピードと絞り、イソの三つ辺りが表示されてるんちゃうかな。まあ細かいことはまた教えるし、今はその設定で大丈夫やからとりあえずシャッターボタン半押ししたらピントが合うようになってるからやってみて」


「はい」と僕は短く答え、指先でボタンを押した。ピピッと音がし、ぼやけていた白糸のような滝が鮮明になる。


「あとはピントが合ったらボタンをバシッと押すだけ!」


「はいっ」僕はシャッターボタンを深く押した。カシャとシャッターが切られ、目を離すと画面には今撮った滝の写真が表示された。


「うん、良いやん」僕の後ろからその画面を見てトウカさんが言う。「ただ画角がちょっと斜めってるかな。基本的に水平になるように意識して。あと滝の全体を真ん中に置くんじゃなくちょっとずらしたりするともっとええ感じなると思う」いつになく真剣な目をしてトウカさんは僕に言った。


「はあ……」なるほど、奥が深い。

 そんなこんなでトウカさんに写真のイロハを教わる僕だったが、その様子を遠くからじっと見つめていいる者がいた。




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