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路線をぐぃ〜っと変更!
一也君には様々な活動をしてもらうことにしました。
展開に幅を持たせたく候。
とある一日。
桜子さん経由で鮎川さんからお呼び出しを受けた。
クリシュナさんのお相手したあの日からお忙しい日々を過ごさせてもらっていたので、また新しい仕事でもきたのかと思い意気揚々と事務所へと向かった。
しかし、そこで待っているのは深刻そうにゲンドウポーズをしている鮎川さんだった。
机についている肘の所にはクリップ留めされた紙束が置いてある。
何か難しい案件でも入ったのかと不安そうに見つめると、ゆっくりと鮎川さんは喋り始めた。
「今回、大河ドラマ出演の依頼が入ったんだが、これがどうにも断り辛いものでね。仮面を外して出演するというのが絶対条件なんだ……」
どうやらこれを依頼してきたのが日本屈指のテレビ局で、適当な理由で断ると業界的に問題があるらしい。
もう少し芸能界での立場を確固たるものとしていていれば、断る理由も簡単なものでよかった。
しかし、今回ばかりはそうも言ってられないようだ。
ここで断るのも簡単だろうが、それではここの社員やタレント達に迷惑がかかるのは確実。
それに、そろそろ素顔を出してもいい時期にきているとも思っていたので、この大きな仕事で一気に駆け上がるのも悪くはないだろう。
「潤はそのままでいいというならその依頼受けましょう」
「い、いいのかい?」
「遅かれ早かれですよ。そろそろ素顔を出さないとと思ってましたし、どうせ出すなら派手にいきましょう」
こうして条件をつけて返信すると、それでいいということになった。
すると、すぐにプロデューサーと会うことになり、慌ただしく動き始めた。
NHKの一室に招かれ、隣に桜子さんが座り後ろには男護ーズが控えており、目の前には今回の大河ドラマのプロデューサーと脚本家が座っている。
「今回は出演を快諾していただきありがとうございます。私がプロデューサーの柏原瀬那で、こっちが……」
「脚本家の堂林菫です。よろしくお願いします」
どちらも美人さんでキツめの印象を受けるが、そこまで悪い人たちのようには感じなかった。
あくまで感覚ではあるが……。
「今回は素顔を見せての出演となるのですが、そのぉ……今からその仮面を外すことってできますか?」
柏原さんが恐る恐る聞いてきた。
素顔を見せないと役に合っているかもわからないので、見せるつもりでやってきている。
すぐに了承して仮面を外すと、2人は段々と顔を紅くしていき俯いてしまった。
「は、はいっ、大丈夫ですっ。やっぱりこの一条兼綱役は貴方しかいませんっ!」
堂林さんがこちらを見ないようにしながら叫ぶ。
そう言われて悪い気はしないのだが、バッとしか見ていないのに決めてもいいものなのか聞いてみた。
「だ、大丈夫です。まさにり、理想通りの美しさです」
合格点は貰えたらしい。
一条兼綱とやらのことは知らないが、これからは演技のレッスンも追加してもらわないといけなくなった。
なので鮎川さんにそのことを聞くと、当分は演技のレッスンの時間を多めに入れることとなった。
演技指導をしてくれるのは、数々の大女優を育て上げた並木紗代子さんが担当してくれるらしい。
そして、一条兼綱という人物についても調べてみたのだが、どうやら姫武者の男バージョンのようだ。
男が戦場に出ることは基本的にはないものの、世継ぎに恵まれなかった一条家を男の身で大名までにした傑物らしい。
ボーイッシュな女優たちも何人かリストアップされていたのだが、今回は一也の低音ボイスに惹かれてオファーをかけたようだ。
そのオファーも、NHK会長自ら出されたことを柏原さんは気にしていた。
何か粗相があったかもとハラハラしていたらしい。
少し眉間にシワが寄りかける文だったが、柏原さんを安心させるためにも適当に答えておいたので一安心だろう。
NHKを後にしてすぐに並木さんの個人事務所へと向かい顔合わせを済ませる。
並木さんからは色良い返事を貰っていたので、滞りなくレッスンの日程が決まっていった。
「一也くんが一条兼綱役なんて夢のよう……」
呼び捨てがどうしても慣れない綾奈が妥協点として呼び始めた君付け、違和感も大分なくなってきた。
そんな綾奈が熱のあるため息をつきながらそんなことを呟いた。
「一条兼綱ってそんなに人気なの?」
「もっちろん! 一也にはわからないかなぁ? 愛する女を護るために立ち上がったたった1人の跡取り。数々の誘惑を振り払い戦場を駆けるその姿は想像するだけでも……ふへへ」
どうやら頭がおかしくなり始めた明日香を白木に連行してもらった。
流石にふへふへ言ってる女性をそのままにするのは居た堪れない。
明日香を運搬してもらった後、改めて綾奈に一条兼綱について教えてもらう。
一条兼綱はこの世界では珍しく恋愛婚約をしており、婚約者のために小さな地方領主から大名へと成り上がったらしい。
それも前線での槍働きなどが主な功績で、戦場を駆け回る姿は数々の女性を魅了したそうだ。
出演決定後、すぐに次回大河ドラマの配役発表が行われた。
隠していてもバレるだろうことがわかっていたので、先に出して興味を惹かせたほうがいいという結論だ。
演技指導に励む日々を過ごしている間に兼綱のイメージ衣装なども完成し、着々と大河ドラマの撮影が始まり始めている。
すでに兼綱幼少期の撮影は始まっており、初めの数話は幼少期のストーリーで決まっているらしい。
幼少期に跡取りである姉たちを戦場でなくし、自身が跡取りとなるべく修行を始める。
そこから一気に飛んで青年期が始まるのだが、そこからが一也の出番だ。
後日、仮面を外して兼綱の恰好をした一也が草っぱらに座る姿を後ろから撮影しただけのポスターが公表された。
筋肉のつき方などからすぐに本物の男であることがわかり、今いる男優たちの身体つきではないことから世間は騒然となった。
記念すべき大河ドラマ『一条兼綱』の第一話の視聴率は、異例の67%を記録。
世間の賑わいを余所に、一也は焦り演技練習に力をいれていった。
ワンモアセッ!!
この言葉だけであとワンセットやる気力が湧くのだよ。
どんな筋トレをやろうとも、どんなメニューをやろうとも、結局最後はワンモアセッ!が至高。




