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がんばった!
ラジオも終わり次の日……一心不乱に二人は机に向かっていた。
静かな部屋にペンを走らせる音だけが響いている。
何故こんなことになっているのかというと、リスナープレゼントである直筆サインの数を100から500枚に増やしたからなのだ。
おびただしい量のCDが目の前に積まれており、一向に減っている気がしなかった。
かれこれ一時間以上も書き続けており、そろそろ親指の付け根辺りが悲鳴をあげ始めている。
「ねぇ一也……まだ終わらないのかな……?」
「考えるな純……機械になれ……機械になるんだ」
純の弱音を聞くのも何度目か分からない。
目が虚ろになりながらもペンを走らせているのを見るとこっちの目も死にそうになる。
しかし、直筆のサインなんて何度も書く機会があるだろう。
なので、今回くらいのことでへこたれてる場合ではないのだ。
それから数十分後、ようやく500枚ものサインを書き終えた。
綾奈の淹れたコーヒー飲みながら純が終わるのを待つのだが、純のペンの進みがかなり遅い。
「終わったぁー!」
コーヒーも飲み終わり綾奈と明日香の三人で今日の晩御飯を何にするか話していると、純がようやくサインを書き終えたようだ。
坂上さんからカフェオレを貰って一気に飲み干している。
「お疲れ様です。前回のラジオが好評だったおかげで……すみません」
純の叫びが聞こえたのか桜子さんが部屋の中へ入ってきた。
何故謝ってきたかというと、100から500へと増加を提案した張本人だからである。
「えーっと……四月から始まるラジオが正式に決定しました。それにあたってオープニングとエンディングテーマを考えてほしいそうで、これが三月中旬までにとのことです。
今回も自分で作りますか?」
期間としては一ヶ月以内に仕上げなければならないので、さすがの桜子さんも不安そうだ。
もちろんラジオに合う曲というものの中から、さらにサンライズに合うものを探して仕上げるとなると骨が折れる。
歌にはこだわっていきたいものの、それで仕事が疎かになっては本末転倒だろう。
なので、桜子さんにはラジオ用の曲を用意してもらうことにした。
使わないのがベストなのだが、こればっかりは仕方ない。
桜子さんも久しぶりに曲を用意するとなって張り切っていたので、準備するのは一曲だけにしておくのも悪くない気がする。
「さすがの一也こればっかりはきつそうだね」
純がいたずらが成功した時のガキンチョの様な表情でこちらを見ている。
「ん? まぁ今回ばかりはちょっと厳しいかもな……。でも、一曲は絶対仕上げてやるよ」
「頼もしいねっ! でもたまには桜子の力も借りたら? 根詰めすぎても良くないしさ」
純の言うことは尤もだ。
この前のときなどはかなり根詰めていたので、オーバーワークになる可能性も否めなかった。
特に綾奈と明日香のオロオロ具合は酷かった覚えがあるし、現に今も何かを訴えるような目でこちらを見ている。
なので、本来なら二曲作るつもりだったが一曲しか作らないことにした。
「あとの予定は雑誌の取材が数件とテレビ出演依頼ですね。取材のほうはいいとして、テレビのほうは後ほどじっくりと話し合いましょう」
桜子さんは単刀直入に要件だけを伝えていき、すぐにつぎの仕事に取り掛かり始めた。
こちらもラジオ用の曲作りに取り掛からねばならない。
「う〜ん……こうなってくると僕は暇だよね」
「まぁピアノが出来るようになったら作曲とかしてみたら?」
そうは言ったものの、さすがの純も作曲まではできないだろうと思っている。
というか、作曲までされたらいよいよ立つ瀬がなくなってしまう……。
「さすがに作曲は無理でしょ。何か暇つぶしできるの探さないとね」
純が作曲にあまり乗り気でなくて助かった。
これで作曲にまで本気で取り掛かられたらと内心ヒヤヒヤだ……この天才児め……。
というか、この世界の男性は実はポテンシャルがかなり高い可能性がある。
女性たちが過保護に扱うおかげで堕落しがちになるが、しっかりとなにかをやらせておけば力を発揮するのでは……。
どんどんと考えがおかしな方向へといってしまうが、あながち間違ってはいない気がする。
家に戻ってからインターネットで調べると、どの業界にも男性は少ないながらもいるようだ。
しかも、その男性たちはかなりの実力を持っているらしい。
あまり他の男性のことを調べることなんてしなかったので、この事実は中々に衝撃的だった。
特に有名な男性は冬月翔という画家で、コンテストで賞を獲得しまくっているらしい。
綾奈はこの画家の描いた絵を持っているらしく見せてもらったのだが、写実的な画風ながらもポップな絵も上手く描けており素晴らしい実力だった。
こうして頑張ってるいる他の男性がいるということを知ると、俄然やる気が満ち溢れてくる。
純にちっぽけな対抗心を燃やす前に自分を磨く必要があるし、ラジオに使う曲はガッチリハマる曲を考えねばならない。
「あ、あの……一也さんにそろそろ伝えたいことがあるんですけど……」
心の中で静かにメラっていると、綾奈がもじもじとしながら話しかけてきた。
「ん? どうかしたの?」
「一也さんは、そのぉ私と……けっ、結婚を考えてくれているんですよね……?」
「もちろん。付き合う人は皆結婚前提で選ばせてもらってるつもりだけど」
この世界では付き合う=結婚というのが当たり前だと思っていたのたが、実はその考えは間違っていたということに最近気づいた。
味見をするだけしてポイッというのが結構あるらしいのだ。
しかし、綾奈の心配はポイッされることとは大きく違った。
「あっ、ありがとうございます! そ、それでなんですけど……一也さんと付き合ってるということを母に伝えたんですけど……」
「あっ! 挨拶するの忘れてたね……」
そろそろ付き合い始めて長くなってきたというのに、肝心の親への挨拶を忘れてしまっていた。
結婚を前提にしてるというか、結婚するために付き合っているのに……だ。
「すみません……。母がどうしても会いたいというので、出来れば会ってもらえないかと思いまして……」
「それならお義母さんが空いてる日にお邪魔させてもらおう。予定を聞いといてもらえるかな」
そう言うとすぐ様携帯を取り出し連絡していた。
そして、キッチンから会話を聞いていた明日香が私もと吠えだしたので、東條家への挨拶が終わり次第ということで抑えてもらった。
そして、このことを伊織さんに伝えると、伊織さんからも挨拶のお願いをされたので後日時間を作ることを約束した。
いきなり予定がみっちりと詰まってしまったが、ここまで忘れて引き伸ばしてしまったせいなので仕方ない。
新曲制作に取り掛かりながらなんと挨拶するかを考える。
今まで以上に忙しそうにしているので綾奈にいらぬ心配をかけてしまったが、なんとかフォローしておいた。
そして、お義母さんから返信がきたので確認すると、明後日なら空いてるらしい。
俺が帯同することを秘密にしてもらい、綾奈だけの帰省というドッキリを仕掛けるつもりだ。
綾奈が心臓が止まるかもと心配していたが、さすがにそこまでではない……と、思っている。
こうして慌ただしい日々がスタートし、充実感に溢れているとすぐに挨拶の日となった。
最近バスケを再び始め、ジムにも通い始めました。
充実した日々を送っているのですが、小説のほうは全く充実してとりません。
眠る前の一時間じゃ中々大変てすな!




