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鏡色のデスティニー  作者: 真壁真菜
3/30

変身

 多分、真夜中だろう……太一は怪しい音に眠りから引き戻された。その音は粘度の高い液体が、床に落ちる様な音。それは文字にするなら、ピチャピチャという背筋を凍らせる音だった。


 薄目を開け、そっと部屋の中を見る。街灯の微かな光が、カーテン越しに薄暗いシーンを演出する。眼球だけで、部屋を見回すが視野には何も入らない。ただ、何かの気配だけが太一を背中から冷やした。


「どうしたの?」


 摩姫羅の声が神様の声に聞こえた。太一は声の向こうに確かに摩姫羅を感じたが、姿は見えなかった。


「何か、いる」


「あれね、あれは怪畏かいだよ」


 少し眠そうな摩姫羅の声は普通だった。


「何だそれ?」


 太一の声は思い切り裏返る。


「民は”鬼 ”と呼んでるみたい」


「鬼ですと!」


 瞬時に角と牙の形相が太一に激しくぶつかった。


「別に驚くことなんてないよ、あいつ等どこにでもいるから」

 

 欠伸と一緒に、摩姫羅の声だけが響く。


「けど、けど……」


 恐怖に太一の言葉は掠れた。


「臥召羅が結界張ったんで、覗きにきたのかなぁ」


 太一位置の気も知らず、全く平穏な摩姫羅の声は欠伸と混ざる。


「そんな……」


「大丈夫だよ」


 安心させる言葉と同時に、太一の背中に何か大きな暖かいモノが触れた。本当に驚いた時は声なんて出ない、ただ反射的に飛び起きた。


 瞬間、視界に寝乱れた派手な着物の女が飛び込む。背中までの漆黒の髪、目を逸らしたく成る程の切れ長な美しい深紅の瞳、蕾の様な赤い唇。そして肌蹴た胸元からは、純白の胸の谷間が太一を惑わせた。


「誰っ?!……です、かっ?」


 太一の喉は恐怖さえ置きっ放しにし、カラカラに乾いて思い切り声が裏返る。


「何? 何で変な顔してんのよ。アタシだよ、摩姫羅」


「摩姫羅ですと? 何で俺のベッドに居る。鳥じゃなかったのかっ?」


 思わず太一は大声を出す。


「どうしたの?」


 蒐羅の声がしたと同時に、部屋の入り口には巨大な白い狼がいた。その目と牙は獰猛に光を放ち、額には梵字の様な印が付いてい背中には七本の触手、蒐羅だと認識出来たのは両耳が黒かったから。


「まさか臥召羅は……」


 太一の脳裏に大怪獣が炎を吐き、ビルを破壊する映画の画面が大写しになる。勿論、サラウンドの音響付きで。


「大丈夫だよ、臥召羅は落ち着いてるから。ここで変化したら大変だからね」


 寝乱れたまま摩姫羅がポリポリと頭を掻く、太一の想像を見ていたみたいに肯定して。


「安心しろよ、外の怪畏は狩って来た。隠したつもりはないけど、これがオイラ達の本当の姿なんだ」


 背中の触手を揺らしながら蒐羅は低い声を太一に向け、さっきの不気味な音が錯覚ではなかったことを証明する。


「太一殿、本当に申し訳ありません」


 気付くと式部は部屋の入り口で深々と頭を下げていた。


「すまない、我の結界が怪畏を呼んだ」


 式部の横には臥召羅が、また後ろ脚だけで立ち頭を垂れた。その姿は小さな亀のままで、太一は少し溜息を付いた。


 しかし混乱した思考は太一の頭の中で渦を巻き、言葉を失わせた。


「やはり、太一殿にご迷惑です……皆の者」


 式部は悲しそうな顔で摩姫羅達に目配せした、その小さな手にはあの鏡があった。


「御意」


 臥召羅は直ぐに頷き、蒐羅は黙ってそっと目を閉じた。


「太一、ごめんね」


 摩姫羅も立ち尽くす太一の耳元で囁く。震えが止まらなかった、それは受け止めきれない驚きと恐怖、しかし奥底には別の意味も存在していた。


 ついさっき寝る前に感じていた、ワクワクする喜びににも似た感覚。それを思い出みたいに感じる事が、堪らなく嫌だった。


「待って、よ……」


 頭で考える前に、太一の口からは言葉が漏れた。ゆっくりと式部が視線を太一に返す。


「……ばあちゃん、行くなよ」


「しかし、太一殿」


 呟く太一に、俯き加減の式部の小さな声が重なる。


「行くなって」


 太一は跪き、式部の胸に顔を埋めた。着物の優しい匂いは、甘いお香の香りだった。懐かしい感覚と同時に、溢れだす安心感が太一を包み込んだ。


「それではお言葉に甘えて、もう少し居させてもらいます」


 式部に撫ぜられた太一は、知らなかった肉親の温もりを確かに感じた。


__________________________



 朝起きると、泣いていたのか太一は目元に違和感を感じた。全てが夢だったという感覚が背中に悪寒を走らせたが、隣に眠る呀壬羅に大きな溜息を付く。それは安心と同義だった。


 大きく背伸びした太一は起き上がると朝食の準備に取り掛かった。


「太一殿、これは?」


 トーストを目前に、式部が首を傾げる。


「パンだよ、美味しいよ」


「ぱん?」


「姫様、旨いよ。この卵や肉もいける」


 ベーコンエッグを頬張り、摩姫羅が嬉しそうに笑った。当然、人の姿のままで。


「確かに美味だね、太一、この肉は何の肉だい?」


 テーブルの下で蒐羅が尻尾を振った。


「豚だよ、ベーコン。亀って、何でも食べるの?」


 微笑む太一は、テーブルの上で必死にベーコンに噛り付く臥召羅に問い掛けた。


「ご心配無用、石や木でも食します」


 顔を上げ、目をカモメみたいにした臥召羅の顔は油でベトベトだった。


「美味しいですよ、太一殿」


 式部もトーストを食べ、笑顔を向けた。


「よかった」


 何年ぶりだろう、こんなに食事が楽しいなんてと太一は笑顔に包まれた。


「昼食、ここに置いとくからね」


 テーブルの上に、昼食の準備をして太一は式部に微笑んだ。


「太一殿、お出かけですか?」


「うん、バイト。夕方には帰ってくるから」


「そうですか」


「この時代、まだよく分からないだろ? テレビで色々見れば少しは分かるよ」


 既に摩姫羅達三人? は並んでテレビに釘付けになっていた。


「姫様、面白いよ。この時代の民達の様子がよく分かる」


 目を輝かせた摩姫羅が、満面の笑顔で振り向く。


「それじゃ、行ってくるよ」


「お気を付けて」


 式部はキチンと玄関まで見送り、太一はまた新しい気分になった。見送られることの嬉しさに、舞い上がってしまった。



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